食事所


22日、マンダルヨン市、SMメガモールと反対にショーブルバード1500mほど入ったLIBERTY CENTERにラーメン大翔一号店が開店して、一周年ということで、記念行事に招待された。ちなみに親会社の大翔グローバルについては、会社の登記、登録などでお付き合いがある。 フィリピン人をターゲットに、和食もどきではなくて、本格的な日本の味を提供しようという主旨で、あえて、マカティやグローバルシティ、あるいはモールオブエイシアなど、日本人が訪れる場所を避け、マンダルヨンという日本人からはなじみの薄い場所を選んで出店したそうだ。 フィリピン人好みの日本食と言えば、まずは、焼肉、そして、とんかつ、それにラーメンが三羽烏といえる。特に、ラーメンについては、日本のラーメン・チェーンの進出ラッシュで、無料情報誌、PRIMERでは、ラーメン特集が出るほどだ。それぞれが、日本の味、そのものを維持して妥協を許さず、値段は、高めでもフィリピンの中産階級の和食通に受けているようだ。 ラーメンは5種類、みそ、しょうゆ、とんこつ、塩、それにニンニク油の付け麺だ。それぞれ、麺が違い、異なった味わいがある。とんこつと味噌を試したが、確かに本格的ラーメンだ。具もいける。普通盛りで300ペソ、大盛りは、約その倍だ。一食100ペソ程度が庶民の予算だから、高め、あるいはマカティスクエアのサイカあたりのランチ定食と一緒だ。 この日は、某テレビ局の取材や、マニラ新聞の広告用の取材もあって、なかなかの賑わいだった。大翔グローバルの書記を務めるジェーンもキムとKIANを伴って出席、3人ともパーティの雰囲気を満喫していた。 壁には、ここを訪れた有名人の写真が誇らしげ飾ってあった。また、マニラ新聞の写真撮影は、さすがプロ意識丸出した。この後は、さらに常連客80人が招待されていて、同伴者が一人づつで80人、合計、160人の客が来るそうで、80席と大型のラーメンハウスだが、さばききれそうにないと心配していた。招待客は、期間中に10杯のラーメンを食べた人だそうだ。

ラーメン大翔の創立一周年記念に参加 2015年1月24日


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一昨年、閉店した天天火鍋を発見した。天天火鍋はパサイロードとマカティアベニューの交差点近くにあって、商社のご用達として、長年、日本人の胃袋を肥やしてきた台湾式の中華火鍋(しゃぶしゃぶ)の老舗だ。1990年代、その存在に気づいた私は、それ以来、百回ではくだらないほど、足を運んできた。うまい、安い、量が多いの三拍子そろった店だが、特に、野菜が豊富に食べられるところがうれしかった。 ところが、一昨年、未明、何度行っても店は閉まったままで、うわさでは、市役所の命令で閉鎖を余儀なくされたらしい。最近、天天が復活したとの情報をジェーンがつかんで、早速、カーネルと二人きりで食事をしてきたと話していた。そのため、早急に皆で食事に行こうと話していた。この日は、法王5連休のため、カーネルも休みで、一家、9人が久々の火鍋料理を味わいに出かけていった。 参考ブログ「ファーザーズデイ(父の日)の食事会 2013年6月18日」、「台湾料理「天天火鍋」は野菜が一杯 2010年1月30日」参照。 店は、マカティアベニュー沿い、アヤラトライアングルの向かい、Atriumというビルにあるが、ここは、1989年、クーデターの舞台になったところで、それ以来、閑散としている旧式のビルだ。店の名前は新天天新鮮火鍋で、かつての富揺天天火鍋とは、公式には別の店らしい。しかし、メニューをはじめ、すべてが元のままで、別れた恋人に会ったような気分だった。ちなみに英語名としてはTian TianからTien Tienになっていたが漢字では同じ天天だ。 店のつくりは、前よりも立派。いかにも中華料理屋といった雰囲気だ。前の2階のように喫煙室も別室にちゃんとある。前のようにゴキブリが走り回っていることなどはなさそうだ。 見覚えのあるウエイトレスはいなかったが、相手は、我々のことを覚えていて、日本人に宣伝してくれと盛んに頼んでいた。 9人で3000ペソ強、値段的には前とほとんど変わらないようだ。Kianといえば、好物のイカ団子を猛烈な勢いでむしゃぶっていた。KIANも天天のことは、忘れていないようだ。

鍋料理の老舗、天天火鍋発見 2015年1月19日



KIANがまだ、1歳のころ、毎週のように出かけた高級ホテルでのブランチを再開した。この日はまだ万聖節の余韻が残る往年の最高級ホテル、マニラホテルのロビーでの食事だ。まずは広々としたロビーで撮影会、そして、食事、ただ、それだけだが2000ペソ強で、家族全員8人が存分に高級な雰囲気を味わった。 マニラホテルと言えば、1980年代、マルコス時代には、押しも押されぬ高級ホテル、外国要人を迎える迎賓館としてにぎわった。しかし、現在は、マカティを中心とする高級ホテルの出現で、人々から忘れ去られようとしている。しかし、その重厚感あふれる内装はさすがといえる。 ロビーの食卓には骸骨が食事中で、少し気持ちが悪い雰囲気に、顔をしかめるKIAN   魔女との記念撮影、そして変わったチョコレートに興味を示すKIAN マニラホテルのロビーのシャンデリア、そして木造の内装は、さすがの一言だ 皆、記念撮影に夢中だ パパ・カーネルとママ・ジェーンは、記念撮影には興味はなく、いち早くソファーでくつろぐ   料理は、定番のクラブハウスサンドイッチ、それぞれのホテルが工夫をこらしていて、面白い。マニラホテルでは丸型の食パン一個をくりぬいてサンドイッチにして元へ戻すというすぐれものだ。それにKIANにパンシット広東(焼きそば)は欠かせない   それに、カンバル(双子)には、スパゲッティも欠かせない。私に欠かせないのは、もちろんビールだ しばらくしたら、動き回るKIAN、KIANにとってはお行儀などはくそくらえだ 3人前の料理を大人5人、子供3人で、分けたのだが、あまるほどだった。ここに飾られていたカボチャは、実に本物のカボチャだった。万聖節用に特別に品種改良して作ったものなのだろう

マニラホテルでブランチ 2014年11月9日


セブで英会話学校に通っていた退職者ののぶ子さんが日本に帰国する前に我が家に寄って行った。バギオの湿気に耐えかねて逃げ出したあと、農場で過ごすつもりだったが、例の噴火警報でセブで過ごすことにしたのだ。今回も、数日、農場に行くつもりだったが、噴火警報が3のまま維持され、次回のチャンスということになった。 セブで2ヶ月ほど過ごしたのぶ子さんは、見違えるように元気になって、以前の活発さを取り戻していた。日本で放射能に汚染された体がセブの英語学校の環境で見事によみがえったそうだ。のぶ子さん、お勧めの英会話学校は、松本文夫さんが経営するストーリーシェアという英会話学校で、バギオ、セブなどに開港しているが、ビリッジの一軒家を借りて、良好な環境で英会話が学べるとのこと。詳細は http://storyshare-e.com/ にアクセス。 CそITADINEからの景色(写真左)久々に面会したジェーンの喜びようは尋常ではなく、早速、その晩、我が家で鉄板焼きパーティ、大量の食材を買い入れて、夜の11時まで歓談した(写真右)。 今回、のぶ子さんは、友人とともに、マカティ、サルセドのCITADINESというコンドテルに泊まった(PRAから100m位の至近距離)。高級コンドミニアムをホテルとして営業しているが、外見とロビーは地味だが、部屋そのものは五つ星ホテルをはるかにしのぐ、のぶ子さんのお気に入りだ。窓からは、公園とそれを取り巻く高級コンドミニアムが見える。ただし宿泊料金は、ワンベッドルームが一泊150ドルで決して安いとは言いがたい。 翌日は、おいしい日本食が食べたいということで、最高級と思われる、シャングリラホテルの稲菊で食事をとった。さすが、五つ星の最高級ホテルというだけあって、ロビーやレストラン等のアニメティはすばらしい。 1時間もするとKIANは飽きてしまい、私を誘って、外に遊びに出た。ロビーは広々としているので、KIANは喜んで走り回っていた(写真右)。 以前食べた幕の内弁当がすばらしかったので、メニューにはないが、それを6個注文にした。20~30分たってから、それは昼のメニューで、夜はないと、ウエイトレスが言ってきた。そして、セットメニューは会席になるというが、3000~6000ペソ/人という値段に注文する勇気が出ない。アラカルトの値段を見て、躊躇している私を尻目に、のぶ子さんがさっさと注文してくれた。しかし、値段のわりに量が少なくて、物足りない。でも、個々の料理の味はたしかにうまい。ジェーン曰く、サイカは、ここに比べたらトロトロのレベルだと。 KIANは、僕には何を注文してくれるのと、何度も聞くが、ここには焼きそばやラーメンなどの庶民のメニューはない。それに一番近い、焼きうどんを注文したのだが、KIANは一口食べて、後は手をつけなかった。我々にはサイカ・レベルが一番合っているようだ。 食事の後は、さらにロビーでデザートを食べる。このときもKIANはテーブルの下にもぐりこんだりして、遊びに余念がない。 いざ、帰ろうとしたら、入り口がやけに物々しい。ホテルの従業員が一列に並んで、誰かVIPを迎える体勢だ。聞いてみると、マライア・キャリーが泊まるそうで、われわれもその到着を待つことにした。翌日、モールオブエイシアで行われるショーは15000ペソもするというので、ジェーン夫妻は涙を飲んだそうだが、この際、只見を決め込んだ。 スタッフはすべて黒人、何人ものカメラマンが大きなカメラを抱え、準備に余念がない。太目の女性スタッフがノーカメラとわめいている。爆弾犬も警戒に余念がない。 ようやく到着したバスから、体格の良い黒人女性が次々と降りてくる。しかし、見慣れたマライア・キャリーの顔が見当たらない。どうも、隠密行動で、どこか別のところに宿を取るか、明日の到着になるらしい。とんだ人騒がせな話だ。時計は、11時近くになっていて、とんだとばっちりを受けたKIANはパパ・カーネルの腕の中で眠りについていた。 この日、のぶ子さんがしゃれたバッグをジェーンにプレゼントした。きっとバリクバヤンかSMのKulturaあたりで、買ったものだろうが、日本へのお土産に買おうと心に決めた。さすが女性はいいものを選ぶもんだと感心する。

高級和食料理稲菊(シャングリラホテル)で食事 2014年11月2日



息子が一ヵ月ぶりに日本から帰ってきた。息子の帰還にはピザで歓迎するのが最近の我が家のしきたりだ。この日は、近所で見かけた張り紙のモンスターピザのを試してみることに決めていた。直径3フィート(90cm)の巨大なピザにいたく興味を引かれていたのだ。しかも888ペソは以外に安い。 午後の4時ごろ、キムに注文させたが、いくら待っても誰も電話に出ない。やっと出たと思ったら、マカティのサンアントニオに届けるのならば、別の電話番号にかけてほしいという。そうしたら、やはりうんともすんともない。やっとつながって注文したのだが、その間、約20分、自分が注文したら、とっくに切れてあきらめるところだ。しかし、そこは、待つことに慣れているフィリピン人は、根気良く待っている。ちなみにデリバリーには2時間かかるというが、夕食にはちょうど良い時間だ。 ぴったり2時間後、ピザが配達された。興奮気味のKIANは表に飛び出してきた。直径90cmのピザを家の中に運ぶのは容易なことではない。キムと二人がかりで運んだが、KIANがまとわりついて往生した。この巨大なピザは、まさに6人がけの円形のダイニングテーブルを占領したが、8種類の具が一枚のピザにしつらえられて、たっぷり10人前はある。一体こんな大きなピザをどうやって作るのか、一度製作現場を見てみたいものだ。 飛行機が遅れて6時の夕食時間になっても息子は現れず、待ちくたびれたKIANは箱の脇からピザをちぎって食べ始めてしまった。かわいそうなので、息子の帰還を待たずにピザパーティが始まった。パパカーネルとママジェーンは、友人のパーティで出かけていたが、この日は、特別と、禁酒令を破って、缶ビール開け、私もピザを食べ始めた。         食事を始めて、しばらくして息子が帰った来た。転げるように階段を下りてKIANが出迎え、クヤ・ケイシー(恵之おじさん)と叫んで、息子に飛びついて行った。KIANは息子が大好きなのだ。それから、食事が終わっても、KIANは息子から離れなかった。 ちなみに、ピザの生地は薄手で、フィリピーノの評判は大変良かった。KIANとなると相変わらずピザの縁の硬いところだけをほおばっていた。歯の矯正ブレスレッドで硬いものが噛み切れないキムははさみで細かく切って食べていた。私も食べ過ぎて、寝る前に血糖値を計ったら189もあってちょっと反省した。

モンスターピザに子供たちは大はしゃぎ 2014年3月23日


ご承知のとおり、2月14日のバレンタインでは、男性が意中の女性(妻やステディな恋人はもちろん)にバラの花をささげて、食事をともにするのがフィリピンの慣わしだ。一方、女性がチョコレートを配りまわるのは日本だけの習慣だ。 14日の朝、今にはこれ見よがしに豪華な赤いバラの花束が居間に飾られていた。もちろん、カーネルからジェーンへのプレゼントだ。朝一、一本の赤バラの花をおすそ分けしてもらったKIANは、それを持っていそいそと幼稚園に出かけていった。女先生にプレゼントするのだという。若い女先生の喜びようは目に浮かぶが、KIANのババエロ(女ったらし)の面目躍如といったところだ。 バレンタインに赤いバラの花束欠かせない。だから、その前日にはバラの値段が高騰する  現在、ジェーンのお兄さんのアランが居候しているが、この日、彼女とのデートは欠かせない。運転手役のジェーンの弟(ボボイ)も2泊3日でデートに出かけていった。二人とも4人の子持ちだが、前妻と分かれて、新しいパートナーの獲得に躍起だ。ジェーンは、カーネルからのバラの花束をばらして、数本づつ、彼らに持たせてやったそうだ。 さて、この日、カーネルは仕事でどうしても戻れないそうで、家に残ったのはジェーン、カーネルの娘のキム(17歳)、ボボイの双子の娘(8歳)それにKIANの5人だ。こうなると、特にデートの相手もいない私が皆に、ご馳走をしないわけにいかない。幸いサイカのポイントカードが2800ペソほどたまっていて、それを使えば、只で食事ができる。ちなみにサイカのポイントカードは客の少ない夜しか使えないので、長いことためたままにしておいたのだ。 ここのところカーネルはATMカードの詐欺事件で多忙で、この日も、護身用のショットガンを持って出かけていった。17歳のキムがガンを車に運んでいたが、薬師丸弘子の「セーラー服に機関銃」の歌を思い出してしまった この日はバレンタインデイというほかに、金曜日、そして給料日が重なって(フィリピンでは月に2回給与を支払うのが普通)大渋滞が予測された。サイカのあるマカティ・スクエアまでの道のり(約1km)は渋滞を極め、歩いて15分のところを車で30分かかったが、サイカは意外とすいていた。  ジェーンは刺身、キムには、彼女のお父さん(カーネル)の大好きなさば塩焼き、双子にはカツカレーとえびフライ、KIANには、いつものハーフ塩ラーメンを頼んでやった。そこで、秘密兵器として頼んだのが、特盛り枝豆だ。250ペソで、普通の枝豆よりちょっと高いだけだが、量が半端ではない。枝豆のほかにも焼き鳥など割り得の特盛りメニューがある  この枝豆が出てくるなり、ジェーンの目の色が変わった。ジェーンの久しぶりの大好物だったのだ。特大のお皿を引き寄せて、枝豆をわしづかみにして食らいついた。キムや双子は始めてみる枝豆に興味深々だったが、KIANは、豆飛ばしに、はしゃいでいたが、決して手をつけなかった。 そういえば、先日、日本観光旅行を終えて、いろいろお世話したお礼にと建築家のジーナに食事をご馳走になったが、大分遅れてきたので、このサイカで枝豆とビールをとって待っていた。残った枝豆を試してみて、これが未熟の大豆と知って驚いていたが、私が残した枝豆の鞘を指差して、食べていいかというのだ。びっくりして、それは食べるものではないと説明したが、彼女は鞘まで全部食べてしまっていたのだ。 ちなみに、枝豆は、たんぱく質だからお母さんの乳の出を良くするというし、若い女の子のおっぱいを大きくする効果があるという。この話は小さめのおっぱいのキムに話をするのはちょっとためらわれた。また、数十年前にアメリカ人が、日本に来てこの枝豆に感激したが、未熟の大豆と聞いてびっくりしたそうだ。アメリカでは家畜のえさとしか捉えられていないが、こんなにおいしいものだとは想像がつかなかった。アメリカで売り出したら、ヒットするに違いないと。現在は、きっとアメリカでもビールのつまみの定番になっていることだろう。  フィリピンの男性の最も忙しい2月14日は4人の女性とKIANを食事に招待して大役を果たした サイカでは男性客用にチョコレートを用意してあって、ひとつ持ってくると、思わず双子が手を出した。しかし、それが、わたし用であって、ひとつだけと知って、がっかりしていた。期せずして今年はチョコレートを一つゲットしたが、こんなことは10年ぶりのような気がする。

バレンタインデイと枝豆 2014年2月18日



先日、ちょっとしたトラブルのお手伝いをした方の接待で、家族一同、食事に招かれた。新しい、おいしいお店があるというので、普段、同じところばっかり行っているので、たまには別の場所で、ということで、喜んで案内してもらった。YumYumとはおいしいという意味。ちなみにBiniBiniは年頃の女の子、トロトロは飯屋、フィリピン人は同じ語彙を繰り返す言葉が好きだ  パサイロードの日本橋亭のとなりにフィリピン料理の店が新規オープンしていた。ガラス張りのモダンな造りの店で、今まで気がつかなかったが、できたばかりなのだろう。ちなみにYum Yum(ヤムヤム)とは英語で「おいしい」という意味で、1990年代にマニラで良く見かけた店と同じ名前だ。  近代的な外見の入り口には大きくメニューが掲げられている  店内は、これまたガラス張りで、フィリピン料理とは思えない内装だ。2階は個室になっていて、メインのダイニングを見下ろす、なにかカラオケのようなレイアウトだ。それもそのはず、オーナーはNew SachiやBlue Angelなどの大型カラオケをマカティやエルミタで経営ている日本人で、おとなりの日本橋亭も同じオーナーだそうだ。ガラス張りの2階のVIPはどこかカラオケの雰囲気が漂う  同じパサイロード、パソンタモの交差点の近くにあり、数年前に閉店したカマヤンには、1990年代、良くゲストを案内してフィリピン料理を堪能してもらった。しかし、最近は、フィリピン料理といえば、ジュピター通りののアドリアチコかMAX’sくらいしかなくて、マカティスクエア近辺には全くないので、不自由していた。1階の席もモダンなつ造りだが、掲げられた絵画は伝統的なものだ  私は、レストランといえば、三拍子そろった店に客を案内していることにしている。三拍子とは、すなわち「安い」、「うまい」、それにもう一つ、「量が多い」、「ウエイトレスが可愛い」、「雰囲気が良い」などのどれかだ。中華料理の「ルートンマカオ」、日本食の「サイカ」などがその典型だ。メニュー写真をクリックして拡大して見てください。メニューは100ペソ台が中心、それが意外とおいしい  ここの料理は100ペソから300ペソくらいまでで、安い点については合格だ。味のほうはオーナーが日本人のせいか、比較的あっさりしていて食べやすい。3番目は店の雰囲気だろうか、いずれにせよ合格点がついた。フィリピン料理が食べてみたいという客はここに連れてくるこちにしよう。 大人7人に子供3人の総勢10人だったが、同じチャーハンが5皿出てきたのには驚いた  家族一同で外食するのは久しぶりで、この日はカーネルも時間を都合して参加した。キムや双子も久しぶりの招待に緊張気味だ。フィリピン人にとってライスのない食事は、食事とは呼べないので、これだけ大量のライスが出てもなんとなく食べ終わってしまった   しかも、KIANまでがホークとスプーンを器用に使って食べているのだ。普段手づかみかヤヤに口に運んでもらって食べているのに、雰囲気を感じ取って正式なマナーで食べている。赤ちゃんと思っていたKIANが知らぬ間に色々なことを学んでいるのだ。 3才半の幼児が周囲に見習ってホークとスプーンで食べる様子に、子供はほっておいても学んでいるのだとしみじみ感じる  食後は、KIANは相変わらず元気に店の中を走り回っていたが、外へ出てみると、隣の日本橋亭の前に、なんとフェラーリが停まっていた。某若手男優のものらしいが、三千万円もするような車を乗り回している人がいるものだと感心する。フェラーリの窓に日本橋亭の文字が鮮やかに写っている。KIANはそれを見て小躍りして喜んでいた。きっとで映画、CARSから抜け出てきたと思っているのだろう。 […]

フィリピン料理レストランYUM YUMの紹介 2013年10月12日


毎週、土曜の昼はKIANと昼食をサイカでとるのが恒例だ。KIANの注文は焼きそばとエビフライが定番だが、エビフライは衣だけ食べて中身のエビはヤヤにくれてしまう。その焼きそばは、堅い焼きそばから冷やし中華に好みが移ってきている。最新版はソース焼きそばだが、ソバなら何でも大好きだ。  ここのところ、毎回注文しているのが写真のお子様ランチだ。メインディッシュはオムライス、スパゲッティ、それとカレーライスから一品選ぶ。サイドディッシュとしては鳥から上げ、エビフライ、肉団子、餃子など、8種類の料理及び2種類のデザートから4品選ぶ。それぞれにボリュームがあって、とても一人では食べきれない。だから、同行した子守のヤヤあるいは姉のキムの料理は注文する必要がない。画面をクリックして拡大して見てください。 それでいて、値段は320ペソだから、かなり経済的だ。問題は、まず冷やし中華が来るとKIANが独り占めをして、他に分けない。ひとしきりして、お子様ランチがくるともはや冷やし中華には目もくれず、お子様ランチを独り占めする。ヤヤやキムには何一つ分けようとはしない。それも一時でお腹が一杯になると料理を放り出して遊びに行ってしまうから、ヤヤやキムの食事はそれからだ。一方、私は海鮮ちらしなど刺身料理がもっぱらなのでバッティングすることはない。 はじめて、お子様ランチを注文したこの日は、スパゲッティ、エビフライ、肉団子、鳥のから揚げ、それにクリームコロッケ。しかし、KIANが一番気に入ったのは左側のスナック菓子だった。 双子と一緒のこの日は、カレーライス、餃子、エビフライ、たこ焼き、それに鶏肉のから揚げ。 久しぶりに同行したキムと一緒に選んだのが、オムライス、フレンチフライ、エビフライ、たこ焼き、それに鳥のから揚げ。 今日は、一巡して、スパゲッティ、エビフライ、春巻き、肉団子、そしてたこ焼きだ。エビフライだけは毎回欠かせない。KIANも箸を使うことに興味を覚えたようで、いろいろチャレンジしているが、まだまだ、もっぱら人差し指と親指の箸で食べている。

サイカのお子様ランチ 2013年9月4日



6月16日(日)は父の日、この日は幸いパパカーネルも休みで、一家全員で食事をすることになった。場所は、ママジェーンお好みの天天火鍋だ。ここで食事を取るのは数ヶ月ぶりのような気がする。なかなか皆で食事をする機会がなかった。久しぶりの一家全員でのお出かけでにはしゃぐKIAN。前回来たときは、まだ赤ちゃんだったような気がするが、ずいぶんと子供らしくなっている。 カーネル一家で記念撮影 食事が一段落すると、早速、居合わせた女の子にお近づきの挨拶をするKIAN   KIANは店の従業員へのおべっかも忘れない KIANも、ようやく、まともな写真が取れるようになってきた。これがKIANの目線なのだ 店の前での一枚。相変わらずハンサムなKIANだ この日は、プレゼントにT-シャツをプレゼントされたが、ちょっと照れくさい若者風のデザインだった。

ファーザーズデイ(父の日)の食事会 2013年6月18日


あのワタミとユニクロがいよいよフィリピンに上陸した。ユニクロや有名レストランチェーンが海外に活路を求めて世界へ進出しているというニュースは大分前から耳にしていたが、フィリピンにもようやく目が向きはじめたようだ。先日報告した、ラーメン屋の山東火もその一環だ。  この日はH夫妻をマニラ案内し、是非モール・オブ・エイシアにも連れて行って欲しいと仰るので、当方としてはワタミとユニクロを見つけることを課題とした。世界第3位のの規模を誇るモール・オブ・エイシアの巨大さをいまさら語ることはないが、その広さゆえに、その辺の店員や案内所で聞いても、誰も知らないのに往生した。  何とかワタミを探し当てたが、そこはマニラ湾に面する一等地で、毎週、金曜と土曜、7時から行われる花火の見物には絶好だ。 中は、広々清潔で、高級感があふれる。時間が早いせいか、空席が目立つが、花火がはじまる7時ごろは満席となった。客層はいろいろで、特に日本人が目立つこともない、ターゲットはちょっと高級志向のフィリピン人のようだ。 ワタミとはご承知の通り和民と書くが、これは私の本名だ。なんの断りも無しに他人の名前を使ってけしからんと思っていたが、名前は登録標章でもないので、文句をつけるわけにも行かなかった。私は、この名前を60年以上背負って生きてきているので、元祖であることには間違いないのだが。しかし、このワタミが私のしょばであるフィリピンにまでやってきたのだから、一言挨拶があっても良かろうかと思う。後の祭りだが、いっそ、パスコではなくて、会社名をワタミとしておけば、フィリピンでこの名前は使えなかったはずだ。しかし、フィリピン人をこの店に案内して、冗談で「私の店です」なんて紹介するのも面白そうだ。 なかなか美人ぞろいのウエイトレスは、とても気がきいて、てきぱきと動いている。可愛いと思って、ちょっと見つめたりすると、すぐに寄ってきて、「何か御用ですか」と聞かれて、照れてしまう。さぞかし厳しいトレーニングが行われたもの推察されるが、出てきた料理はしっかりと日本の味を維持している。他のフィリピン人向け和食レストランの日本食もどきとは一線を画している。 7時になったので、食事を中断してとりあえず花火見物。下の写真は決して線香花火をさかさまに掲載したものではない。  メニューは日本人にはちょっと平凡で、ただの刺身やてんぷら、焼き鳥などが並んでいる。日本の居酒屋では目を見張るような創作料理が並んでいるが、そんなものを並べてもフィリピン人には猫に小判だろう。価格はモール・オブ・エイシアの一等地にある割には安い。 食後、ユニクロを探したが、こっちは簡単に見つかった。かなり広い売り場面積で、こんなスペースが、まだ空いていたのかと思うくらいだ。 女物が多くて、ちょっと日本との比較がしにくかったが、商品価格は日本と同等だと、同行した奥さんが教えてくれた。そうなると日本とくらべて物価が4分の一程度(昨今の円安で、もはや5分の一とはいえなくなった)のフィリピンとしては、かなりの高級品と言える。ちなみに、790ペソや990ペソのポロシャツは、フィリピンではかなり高いと感じる。

ワタミとユニクロのフィリピン進出 2013年4月14日