shiga


子供たちが、2年間待ちわびたこの日がついにやってきた。退職者の来訪、ビザ発行などの用件を済ませて、10日ぶりに疎開先のタガイタイに戻ってきた。マカティでは、あいかわらず、ほとんど家にこもっていたのだが、タガイタイへの道すがら、ママ・ジェーンが、高速道路沿いのプール・リゾートのスプラッシュアイランドを見て、子供たちが、2回目のワクチン接種が終わったら、連れて行ってあげると言い出したのだ。さらに戻ってからは、明日は、子供たちにとってのタガイタイ観光の目玉、スカイランチ(遊園地)に行こうと言う話がまとまった。 確かにマカティでもタガイタイでも車や人の出は、もはやパンデミックの気配は見えないし、これ以上、子供たちを家に閉じ込めておくことはできないと悟ったのだろう。毎日数万人の感染者が出ている日本でさえ、緩和の動きがあるのに、数百人の感染者、しかもワクチン接種も終わっているのにいつまでもおどおどしているわけにもいかないというわけだ。 この日は、平日なので、午前中はオンライン授業がある、そして午後のお昼寝を終えて、もたもたしているうちに4時ごろの出発となった。真昼間は暑いし、すぐ近くだし、帰りは夕飯でも外で食べるならばちょうど良い時間だ。 田舎からの居候のハイスクールの女の子二人、ママジェーンの子供達、キアン、クッキー、ココのKKK団、それにヤヤと私の7人、それに運転手役のママ・ジェーン、総勢8人で出かけた。 平日にも関わらず、道すがら観光客の姿が目立った。車の数も渋滞こそおきてはいないが、そこそこ混んでいる。やはり皆、外の空気が吸いたいので、タガイタイにやってきたのだろう。当方は、昨年の8月以来、ここに住んでいるものの、今日が初めて外出だ。 スカイランチが近づくと、子供達、特に5歳のクッキーがシンボルの観覧車を見つけて歓声をあげた。車窓からしか外の世界を知らない2歳のココは一体、ここがなんなのか見当もつかない。 入場料が一人一律100ペソ、大人はくっついているだけだから、入場料が安いのはありがたい。乗り物は別料金で、それぞれの乗り物ごとにチケットを買わなければならないのが面倒だ。料金はあらかた100ペソ/回で、一人につき、500ペソの予算では少々物足りないが、5人もつれていると、それでも乗り物代だけで、2500ペソになってしまう。 ハイスクールの居候にはちょっと物足りないが、小学校間近のクッキーから、中学間近のキアンあたりまでがちょうどよい。ココにはちょっと早いが、それでも大いに楽しんでいた。平日にも関わらず、そこそこの人出で、決して閑散としているという雰囲気はない。タール火山の絶景を望む高台にあって、それを楽しむピクニックととして位置付けても大人もそこそこ楽しめる。 このほか、タガイタイには、ピクニック・グローブ、ピープルズ・パーク、レジデンスイン・ミニ動物園、マホガニー・マーケットなど観光の目玉があるので、疎開中に順繰りに攻めて行きたい。

コロナ解禁、タガイタイ・スカイランチ(遊園地)訪問 2022年4月9日


無事にSRRVの取得を終えて、日本に帰国された方に体験談をお願いした。因みに、この方は、フィリピン入国メモを書いていただいた方でもある。これからフィリピ入国あるいは日本への帰国を計画している方は是非参考にしてほしい。                記 3月25日に、NAIAマニラから羽田空港への直行便で帰国、入国しました。 その際の私的な体験をかいつまんで書かせていただきます。 なお、事前の準備なのですが、SRRV保持者はTravel PassをPRAに申請することが必要ですので書き添えます。予約の出発便の一週間前までの申請が求められているようでして、ここは要注意です。(これが無いと出国できない例もあったやに聞いています。) また、その文面中に、「(フィリピン帰還後)3日以内に、PRA公式メールアド宛てに入国時の入管スタンプ押印パスポートページなど送り、帰還の報告をしなければならない」というような内容があり、これも気を付ける必要がありますね。 また、後述もしますが、フィリピンでのPCR検査では日本入国用の検査証明だけに焦点があたりがちですが、私がPCRでお世話になったクリニックでは、フィリピン出国用の検査証明も自動的に出していただき、チェックイン時に航空会社に提出しました。 (これが無いとチェックインできないのかどうかは分かりませんが。。) Covid-19下の国際移動~日本入国時の必須は、MySOS(救命健康サポートアプリ)というアプリの、自分のスマホへのインストールからでした。厚生省のアプリです。 ファストトラック (mhlw.go.jp) にアクセスして説明を読んで、ダウンロードをしていって下さい。これを一読しないとずっと不安だと思いますし、珍しく?分かりやすい説明になっていると思います。 なおこれを読んで分かるように旅行者がスマホを持っていないことはそもそも想定されていません。(持ってない人は日本の到着空港で貸与されるようですが、その場合の具体的な対応は私には分かりません。MySOSの事前対応をせずにどうやってフィリピンなど外国を出国できたのかを含めて。。) このMySOSがFast […]

日本入国体験談 2022年4月7日



フィリピン入国のコロナ規制が緩和され、無査証のみならずSRRV(退職ビザ)を保有する方の日本往復が盛んになってきている。日本への入国については、皆さん神経を使って慎重に対処しているが、落とし穴がある。それがトラベルパスだ。従来、SRRV保有者はチケットさえあれば出入国に当たって、何の手続きも不要で、それがSRRVの売りだった。コロナ・パンデミックの状況においては、フィリピンあるいは日本入国に気がとられて、まさか、フィリピン出国においても追加の手続きが必要などとは思いもよらない。フィリピン大使館の資料でも、ことフィリピン入国については詳細に記載されていても出国に関する手続きというのは見当たらない。 しかし2021年2月11日付で入管から出国に当たっての通知が発行されている。これを読んでも何のことやらよくわからないが、要は、従来、出国許可(ECC)を免除されていたSRRV、SIRV、PEZAなどのビザにあっては、それらのビザの発行元からトラベルパスなるものを取得せよというものだ。それを受けてPRAからも通達が発行されているが、そのころ、フィリピンは鎖国の真っただ中で、SRRVを保有していたとしてもフィリピン外務省からのEED(入国制限免除書類)がないと入国できないので、トラベルパスに関心を示す人はいなかった。 そのため、空港からトラベルパスがなくて出国できない、何とかならないかと、電話がかかって来たり、トラベルパスの取得方法がわからない、などと知人から連絡が入ることがままあった。そんな経験から、別件で連絡を取りあっていた方から、近々日本に行くと聞いたので、何気なく「トラベルパスの準備は大丈夫ですか」と聞いた。そうしたら、「晴天のへきれきでびっくりした、一体それは何ですか」という返事が戻ってきた。それで、私が手元の資料を送ると、翌日、「無事に入手できました、ありがとうございました」と連絡があった。「私の何気ない問いが無かったら、空港でパニクっていた」と、えらく感謝された。 実は、以前、このトラベルパスを私が代行できないかとPRAに聞いたが、返事がなく、PRAのホームページにアクセスして成りすましで申請したとして、どういう結果になるかわからないので手をこまねいていた。しかし、件のかたから、簡単に発行にこぎつけることができたというので、その方法について、詳細に紹介したい。 さらに、トラベルパスの取得方法についてPRAに問い合わせたおり、下記の回答をもらった。その方、これに沿ってやって、簡単にトラベルパスを手に入れることが出来たと言っているが、手慣れた人にとっては可能かもしれないが、我々退職者にはちょっと重荷だ。したがって苦心して実際の画面のスクリーンショットにコメントを付けたので参照してほしい。 それでもシステム・トラブルやパソコンの取り扱いに慣れていないで、どうしても最後までたどり着けない場合は、E-メールで、PRA<entryexit@pra.gov.ph>にパスポート、PRA ID、エアーチケット等のコピーを添付して申し込めば、トラベルパスをE-メールで送ってもらえるそうだ。さらに最悪の場合は、PRAを訪問すれば、その場で、発行してもらえるが、その時だけは、アポイントなどという野暮なことは言わないようだ。私にとっては最後の手段が最も簡単で迷うことは無いのだが、パンデミック禍によるニューノーマルとやらで、なにもかもリモートでやりにくい世の中になっている。 なお、ここに記載されているように、フィリピンに再入国した際には3日以内にパスポートの顔写真のページ、SRRVのスティッカー、入国スタンプのコピーを添えて、Eメール(entryexit@pra.gov.ph)でPRAに届けなければならないので、気に留めておいてほしい。

トラベルパスの入手について 2022年4月5日


3月1日から警戒レベルがレベル1に緩和され、一か月が経過し、4月からもレベル1が継続されることになった。レベル1となると役所、レストラン、公共交通機関、建設現場など100%の稼働が可能で、ワクチンを接種していて、マスクさえしていれば、普通の社会生活を送ることができる。 かと言って諸外国に目を向けるとコロナ感染の最盛期ともいえる感染者数で、東京だけでも毎日一万人前後の感染者数もウクライナに気を取られているのか、麻痺してしまったいるのか、たいした話題にもなっていない。しかし、この状況がいつフィリピンにやってくるかわからないので、まだまだ油断をするの早い。 そういうわけで我が家は警戒レベル3を自主的に維持して、高齢者と子供は外出禁止となっている。しかし、世の中が動き始めていると、そうばかりも言ってられない状況が出てくる。そういうわけで今週は、2年ぶりの外出を果たすことが出来たのでその感想を述べたい。 2月に退職ビザの申請者がおいでになったときは、まだ警戒レベルは2で、高齢者の外出禁止は活きていた。そのため、申請者とは面会することなく、リモートで、申請、発行までこぎつけた。しかし、3月末においでなった方から、パスポートを含む書類の引き渡しをリモートで行うことを拒否され、警戒レベル1では高齢者の私でも外出できるので、断りきれなかった。 その後は、キアンの卒業写真の撮影(Pictorial)だ。久しぶりに訪れたドンボスコスクールは、人っけはまばらだが、毎日の出迎え、水泳教室、テコンドウ教室などなど4年間のキアンとの思いでがこみあげてくる。この2年間、そんな日常を奪われしまったことが、悔しくてならない。 ママ・ジェーンの話によると、キアンは更に2年間、ドンボスコに通うそうだ。そうしたら、また、私に出迎えをして欲しいと言う。車と運転手がいると言ったら、キアンはもう大きいのだから、ジプニーか歩きで十分だという。確かに1.5km程度の距離だから、歩いても20分程度で、雨でも降らなければ歩けない距離ではない。自転車という手もあるが、車が多い通りなので、ちょっと怖い。この提案に、キアンも私も、してやったりとほくそ笑んだ。私にとっても糖尿病予防の散歩になって一石2鳥だ。 実はこの卒業についてはひと悶着があった。オンラインレッスン中、キアンがゲームをやっているという疑いから、卒業はさせられないという通知が学校からあったのだ。キアンは否定するもののジェーンは黒と決めつけてキアンをつるし上げた。確かにそんな気配も去年はあったが、両親にこっぴどく叱られて懲りているはずだ。そうこうしている間にジェーンは学校と話をつけたと豪語して今日の卒業写真撮影にこぎつけた。 ドンボスコの目の前にはWalter Martのモールがある。ここは、キアンと私が毎日、学校帰りに立ち寄って、シウマイやアイスクリームをごちそうするのが日課になっていた。このシウマイとアイスクリームがキアンをデブにしてしまったという話もあるが、キアンにとっては至福の時だった。そういえば、学校の門の外の売店でポケモンカードを買うのも日課だった。ママ・ジェーンもその点を理解していて、自主規制を解いてもらって、ひとしきり、モールの中を散策させてもらった。 入り口でワクチンカードの提示があるのかと思ったが、2年前と何の変化もなかった。4階のシウマイはさすがに立ち食いは許されず、冷凍を買うことになった。さらに100円ショップの日本城では老眼鏡などの日用品を買い求めた。必要な物がすぐに手に入るということは、2年間、味わうことが出来なかった喜びである。 そして、翌々日、3月31日の期末はキアンの12歳の誕生日だ。キアンもいよいよ、ハイスクール、日本で言えば中学生だ。ママ・ジェーンは、何もしないと言っていたのだが、やはり、ロースト・チキンにケーキと、キアンの喜ぶものが用意されていた。 恒例のHoppy Birthday to youの後の会話の中で、キアンがダダ(私のこと)と大きな声で言ったので、耳を傾けていると、ママ・ジェーンから誰が一番好きかと聞かれ、即座にダダと答えたのだ。なんともうれしい限りで、ママ・ジェーンとは仕事の話をしたかったのが、この時だけは、憚れて黙っていた。 […]

マニラに活気が戻ってきた 2022年4月2日



マニラの封鎖が決行され、行政、小売り、サービス業、公共交通、入国、等々、すべての庶民生活が停止したのが、2020年の3月15日、それから丸々2年が経過した2022年3月16日、当方の案内による待望の退職ビザ(SRRV)発行が実現した。実にこの二年間、当方の主たる業務のSRRVの発行手続き代行が皆無だったわけで、実にビジネスの続行が危ぶまれる崖っぷちの状況が続いていた。 そして、この2月10日からビザ無しの入国が解禁され、さらに3月1日からは警戒レベルが1に緩和されて、役所も100%稼働が可能となり、いよいよ眠ったいた社会が動き始めた。2月10日以来の外国人の入国者数もすでに10万人を突破し、ボラカイを訪問する観光客も、すでにパンデミック前のレベルだそうだ。 一方、外に目をやると、日本では毎日の感染者数が5万人、東京だけでも一万人前後と、フィリピンの数百人とは、二けた違い、韓国では数十万人と三桁違いのありさまだ。ロシアのウクライナ侵攻に世間の耳目は奪われており、従来ほどの話題にはなっていないようだが、昨年のレベルとは大違いで、こんな状況で外国人の入国を許すなんて、きちがい沙汰と言われても致し方ないような気さえする。しかし、このまま、封鎖状態を続けていたのでは、社会そのものがつぶれてしまう恐れもあり、ウクライナに目を奪われている間に決行に至ったのだろう。当方としては、恐る恐るながらも外の様子を覗きみながら行動しているといった按配だ。 SRRV申請者を受け入れるにあたって、ビザ無しで入国できることはわかったものの、具体的な続きについては、大いに戸惑うものがあった。基本的な要件は、下記の五つであるが、色々と疑問が沸き起こった。 1.ワクチン接種を完了しており、フィリピン政府に認められた接種証明書を提示できること 2.出国48時間前にRT-PCR検査を実施して陰性証明書を提示できること 3.35000ドルのコロナ罹患の治療をカバーする旅行保険に加入すること 4.出国から30日以内に帰国ないし他国へのチケットを保有していること 5.OHP(One‐time Health Pass)にワクチンとRT-PCRの証明書等を登録してQRコードをスマホに保管していること ワクチン、RT-PCR検査、旅行保険は、関連業者に対応してもらえるので、さほど迷うことはないだろう。しかし、出国から30日以内のチケットに関しては、もしも30日以上の滞在が必要になったとすると、果たして30日有効とされる入国ビザの延長は可能なのか、特にSRRVの取得には、従来通りとしても4~6週間必要で、途中で帰国する羽目になるとしたら致命的な問題だ。PRAにと言わせても他の役所のことだからか、回答は得られなかったので、入管に直接問い合わせて、従来通り可能との回答をもらって安堵した。同じ質問が殺到したのか、その後、在日フィリピン大使館のホームページにも延長可能であることが明記された。「お知らせ:ワクチン接種を完了した査証免除国(行政令408号 / 1960)からの渡航者の観光およびビジネス目的での無査証(ビザ無し)入国について」 次のOHPについては、コロナ感染予防に関するすべての情報をQRコードに記録するもので、RT-PCR検査が48時間以内となっているので、検査結果の入手に一日かかるとすると、結果の入手から出発まで時間がない。しかも、すべて英文なので入力が難しいなどの問題があって苦労するので、十分な余裕をもって入力を開始して、RT-PCRだけを入力すればよいようにしておくべきだ。一方、空港の案内所などで入力代行サービスをしてもらえる所があるとありがたいところなのだが。なお、フィリピン入国案内のサイトによってはTraze(追跡アプリ)などにも登録が必要となっているが、実際問題、それ無しで入国できているようだ。 […]

ついに待望の退職ビザ(SRRV)が発行された/フィリピン入出国について 2022年3月21日


2022年1月27日、フィリピン政府は、2月10日より、外国人のビザ無しでの入国を許可することを発令し、いよいよ外国人が自由に入国できるようになった(ただしビザ無し入国が従来より認められていた、157か国に限り、中国、インド等は許可されない)  日本大使館領事班からお知らせ(2022.01.29)並びに IATF決議案第159号参照 昨年11月27日にも同様の措置を12月1日から実施すると発表したにも関わらず、オミクロン株の世界的な感染蔓延を踏まえて、3日後に取り消された経緯がある。そのため、またかと疑う向きもあったが、その後、詳細なルールが発表され、いよいよフィリピンに夜明けがやってきたのだ。日本大使館領事班からお知らせ(2022.02.07)並びに IATF決議第160-B 号参照 疎開中のタガイタイの夜明け、さすが郊外になると空が澄み切って美しい。 欧米諸国は、一日の感染者数が数十万人と拡大している一方、規制緩和の方向にある。これは、オミクロンが感染力は強いものの重症化のリスクは少なく、ワクチン接種も進んでいるので、これ以上の規制は返って人々の生活のマイナスにつながるという考え方が主流になってきているものと考えられる。 ビザ無し入国の条件としては、パスポートの有効期限が6か月以上あること、30日以内に出国するチケットを保有すること、コロナワクチン接種を完了していること、入国48時間以内のPCR検査の陰性証明書を有すること、35000ドル以上のコロナ疾病保険をかけていること、OHP(One Health Pass)のアプリを携帯にダウンロードしていることなど。詳細は、後述する入国体験メモを参照してほしい。 一昨年、2020年3月15日に、コロナ禍によるフィリピンの封鎖が発令されて以来、誰もが予想しなかった長い道のりを経て、外国人に対して入国の道が開けた。その間、フィリピンに関係している外国人は入国に関する政府決定をかたずをのんで見守ってきた。 はじめは、フィリピン人の入国許可、ついでフィリピン人の配偶者ないし移民ビザを持つ外国人、次に特別居住ビザ、さらに昨年9月はEED(Entry Exemption Document)を取得して9a(ツーリストビザ)を取得した外国人と、小出しに入国制限を緩和していったのだが、入国を許可される外国人は非常に限定され、フィリピンに関わる外国人をシャットアウトするものだった。この点は日本の現状とよく似ている。 タガイタイは高地のせいか、雲の造形が美しい、こんな空を眺めるのが楽しみの一つだ。 しかし、ここに来て、条件さえ見合えば、原則誰でも入国が許可されるという、いわば当たり前の状況に戻ったわけだ。これを待ちわびていた多くの外国人が歓喜したことは想像に難くない。ちなみに2月10日の解禁から10日間で1万人の外国人が入国したそうだが、その半数がアメリカ人だった。 […]

フィリピンがついに開国した‐入国体験メモ 2022年2月27日



SRRV(退職ビザ)のEED(入国制限免除証明書)の提出義務が6月早々解除されて、晴れて、日本訪問あるいは帰国するSRRV 保有者が一気に増加している。これで、入国制限がかかっていいるのは、9a(ツーリストビザ)だけとなった。先日、フィリピン入国に当たって準備について報告したが、今回は、日本入国の体験記を福井淳一さんの協力を得て掲載することができた。 出国前の事前準備:フィリピン出発前に、準備するものは、航空券、Travel Pass(SRRV保有者のみ)、厚生労働省・検疫所指定の陰性証明書、スマホ、アプリダウンロード、質問票(ネット上)、誓約書(事前準備もしくは機内、日本の空港にて)、日本の空港から自宅までの交通手段確保、日本国内連絡先(電話番号)、緊急連絡先(電話番号)。 TRAVEL PASS:PRAが発効するTravel Passは、一週間前となっているが、予定が確定したら早めに手配するのが安心だ。https://ssrvm.pra.gov.ph/ 陰性証明:陰性証明の要件は、厚生省のサイト参照。陰性証明の準備はジャパンヘルプデスクに依頼するのが安心。日本政府の情報を常にアップデートしているので間違いがない。 日本のフォーマットに訳した陰性証明が必要なので。陰性証明の記載漏れで入国できない事例がある。実際に入国してから、72時間以内の陰性証明かをチェックされた。ジャパンヘルプデスクは、陰性証明を取る時間も考えて検査時期を教えてくれる。フライト時間を伝えて、ベストのタイミングを提案してくれる。私の場合は7月3日なので、6月30日の午後はどうですかと提案してくれた。出国してから72時間以内で、遅すぎず早すぎずベストだった。私の時は、マカティメディカルとセントルークスでの検査のみ対応していた。 質問表:厚労省のサイト(2)から最新情報を常にチェックすること。厚労省のサイトに質問表があるので、出国前に回答すること。回答し終えるとQRコードが出るので、それを携帯のカメラでスクリーンショットを取っておくこと。PALのカウンターと入国の際にQRコードを見せる必要がある アプリ:スマホを準備して所定のアプリをインストールしておくこと。厚労省が必要なアプリを指示しているのでチェックしてダウンロード。入国後でも出来るが、事前にダウンロードしえおくとスムーズにプロセスが進む。PALの場合は、出国の際にアプリをダウンロードしているかをチェックされた。 日本入国:関空から入国。到着した人が少なかったから検査や手続き、10カ所くらいのチェックポイントがあったが、意外と早かった。到着してからホテルに着くまで3時間位。入管に着くまでに2時間位(検査結果があるためだろうと推察する)。唾液のPCR検査があり、唾液が出ない人には鼻での検査で、無料だった。 誓約書:チェックポイントで立ったり座ったりを繰り返すから、手荷物を少なくすること。クリアファイルを数枚と、それを入れておく手さげ袋があると便利。手提げ袋があるとクリアファイルの出し入れに便利。手にクリアファイルを持っているとけっこう大変。クリアファイルには提出用の各種書類を入れておく。その他、誓約書の提出等があるが、妻が対応して簡単に済んだ。 検疫隔離:3日間のホテル隔離が義務付けられている。ホテルは日本政府が手配するので、どこのホテルに連れていかれるのかはその時になるまで分からない。私たちの場合は、関空近くの日航ホテルで、空港から専用のバスで行き、全て無料だった(フィリピンとは大違いで感激)。ホテルは快適。食事も良し。カップが限られているので食器用洗剤とスポンジ、暖かい飲み物、キッチンペーパーがあると良い。ちなみに酒は厳禁、食べ物は結構充実していた。 自主隔離:三日間のホテル隔離後の11日間の自主隔離(合計で2週間)は、1日1回メールの返信、現在地を報告する〝今ここ(アプリ)〟連絡が1日2~3回、3日に一回くらいテレビ電話がかかってくる。テレビ電話では背景と家族を見せるように要求される。近所の散歩や食材の調達は認められているが、遠出をすると滞在場所から離れているのがばれてしまう。結構チェックは厳しい印象。それでも自由はある(フィリピンよりも(笑))。自主隔離は、自宅でも可能だが、滞在先を事前に報告する必要がある。空港からの交通手段は、公共交通機関が使えないので、ハイヤーをホテル隔離期間中に予約し。これは有料で、日航ホテルに直接ハイヤーに来てもらい、帰宅した。 ワクチン接種:日本政府は、海外在住の日本人で、現地でのコロナ・ワクチン接種に不安を持っている日本人に対して、3日間のホテル隔離後、空港でワクチン接種のサービスを行なっているので、該当・希望者は緊急大使館情報(2021.07.17)を参照してほしい。

フィリピン出国/日本入国体験記2021年7月18日


6月3日、SRRV保有者のフィリピン入国に際して、従来要求されてきたフィリピン外務省発行のEED(Entry Exemption Document、入国制限免除書類)の事前取得が不要となった。EEDはPRA/DTI(観光省)経由でDFA(外務省)より、発行されるもので、ビジネス上のよんどころない事情、あるいは人道上の理由がある場合に発行されるものとされている。しかし、私自身、それが発行されたという話は耳にすることはなく、実質的にSRRV保有者の入国制限を継続する以外のなにものでもなかった。 いよいよSRRV保有者の入国が可能となったことで、ビザ以外の入国のための要件がどうなのか、にわかに取り沙汰され始めたので、経験者にヒアリングして整理してみた。 現在、空港で30日間有効の入国ビザ(9a)は発行されていないので、事前にいずれかのビザを取得している場合のみ、入国が可能。なお、期限切れのビザやACR-Iカードについては、救済措置があるので要注意。 事前準備としては、パスポート(有効なVisaスタンプの押されているもの)、ACR-Iカード(SRRVの場合はPRA会員カード)、航空券。ここまでは当たり前だが、他にPCR検査の予約と隔離ホテルの予約が必要だ。 ただし、9a(ツーリストビザ)の場合はフィリピン外務省(DFA)発行のEED(Entry Exemption Document、入国制限免除書類)を入国時に提示する必要がある。 また、SRRV保有者でフィリピン在住者はフィリピン出国前にPRAからトラベルパスの取得が必要で、フィリピン再入国後、3日以内にPRAに報告する義務がある。 下記のフィリピン大使館のホームページに各種ビザ保有者に関しての必要事項が記載されているが、SRRV保有者は、”lX”を参照して欲しい。 コミュニティ隔離下における外国人のフィリピン入国のためのビザ申請書類-フィリピン大使館 フィリピンに入国する際の手続きについて‐フィリピン大使館 PCR検査予約の登録について、フィリピン航空を利用する場合は、このサイトにアクセスする。 フィリピン航空以外は、ここにアクセスしてください。 […]

フィリピン入国について 2021年7月11日



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年明け、感染状況が落ち着いてきて、外国人の入国が緩和され、2021年2月16日より基本的に有効なビザを保有している外国人の入国が可能となった。マニラ首都圏のコロナ隔離措置もGCQからMGCQへと緩和されるものと期待され、いよいよ庶民の生活が戻ってくるものと胸がふくらんだ。ちなみにフィリピンのコロナ隔離措置は4段階に分類され、一番厳しいのがECQ(Enhanced Community Quarantine)で、以下 MECQ(Modified CQ)、GCQ(General CQ)、 MGCQ(Modified CQ)でMGCQにいたって、かなり自由な行動が可能となる。ちなみに上から3番目のGCQあたりが、日本の緊急事態宣言に相当し、一番厳しいECQにいたると、いわゆる封鎖(ロックダウン)であり、ほとんどすべての経済、社会活動が停止され、庶民は自宅に軟禁、街はゴーストタウンと化す。 しかし、結局、いまだ時期尚早ということで、3月1日からのコロナ隔離措置はGCQが維持されることになったが、昨年の3月15日から始まったコロナ隔離措置(ECQ=封鎖、ロックダウン)以来、一周年を迎えることとなった。ところが3月後半になって、首都圏を中心に新規感染者が急増してフィリピン全体で毎日1万人を超える状況となり、3月22日、一部例外を除いてフィリピン人を含む外国からの入国を一ヶ月間禁止、さらに4月4日から11日までの一週間、首都圏はECQが発令された。まさに、一年前の封鎖(ロックダウン)に逆戻りしてしまったわけだが、欧米ではワクチンの接種され始めた状況で、規制緩和の期待が大きかっただけに、庶民の落胆は大きいものがあった。しかし、ドテルテ大統領の強力な指導力のたまものか、暴動のような社会不安には至らなかった。 このままでは経済、庶民生活がなりたたず、コロナ感染による死亡よりも餓死者のほうが多くなるという経済界の圧力のせいか、その後、4月12日からはMECQへと一段階、緩和され、5月1日からはフィリピン人はもとより外国人の入国も有効なビザを保有している限り可能となった(ただし、SRRVと9aビザおいては外務省からの入国許可書-EEDが必要)。感染者数も減少傾向を見せており、ワクチン接種も開始されたので、コロナ規制もMECQからGCQさらにはMGCQへ緩和され(その後、5月15日からGCQに緩和された)、外国人の入国も、従来のようにビザ無しで自由に行き来できるようになることが期待されるところだ。しかし、インド変異種の拡大も報じられているので、まだまだ予断は許されない。 封鎖一周年などと浮かれていた3月20日過ぎ、首都圏の感染が急拡大していたおり、同居人のママ・ジェーンから陽性だったと告げられた。我が家では唯一彼女が買い物などの外出可能で、他の者はこの一年、クリニック以外は外出できない、まさに自宅軟禁状態だった。ウイルスの感染源は彼女か、あるいは郵便物か食材等の配達人のいずれかだ。直後、私は具合が悪くなり、キアン(10才)は高熱、二人のメイドのうち一人は2週間ほど入院するはめになった。検査の結果は、国家警察幹部のご主人が陰性だった他は、全員陽性、ただしクッキー(4才)とココ(1才)の幼児二人と二十歳のメイドは無症状だった。キアンの高熱は一日で下がり、ジェーンもほとんど無症状だったが、市役所の指示にしたがって一週間ほど部屋にこもって自主隔離をした。ジェーンが隔離で、メイド一人が入院で家事戦線を離脱、残されたメイド一人が幼児二人と寝たきりの私の世話、そして家事全般をこなさなければならないという、まさに、ジェーンの戦線復帰までの一週間は家事崩壊の危機だった。 問題は、高齢者の私なのだが、熱はないが、トイレに行くだけで息が切れて、横になっていても呼吸が今一難しい、まさに肺炎の症状だ。嗅覚や味覚は正常だが、食欲がなく、上向きでベッドに横たわっているしか術がない。医者には往診してもらったのだが、取りあえず自宅で療養して重症化するようだったら入院するよう告げられた。しかし、マニラの主要病院のベッドは満杯で、数十人の順番待ちがあり、入院することさえままならない、まさに医療崩壊の状態のようだ。さらに、なんとか入院できたとしても保険制度がお粗末なフィリピンでは、症状により入院費は数十万ペソから数百万ペソの自己負担で、コロナよりも返って恐ろしい。 幸い3週間程度で症状も治まって、検査も陰性となった。しかし、家の階段の上り下りも息が切れ、ほとんど体力がなくなっている。いわゆるコロナ後遺症で、この状態が回復するには数ヶ月かかるそうだが、さらに2週間養生して、一日、1~2時間の在宅執務が可能となとなった。しかし、コロナ後遺症で血栓が出来やすくなっており、無理をすると脳梗塞や心筋梗塞などの致命傷になりかねないと、経験者の退職者からアドバイスを受けた。血栓の原因となるのは、長時間椅子に座っての執務なので、最長一時間程度に限定する必要があるそうだ。しかし、体力が回復するにつれ、つい執務をしたくなるのを、思いとどめて、休む/怠けるというのも辛いところではある。ちなみに、この一ヶ月あまりで10kgほど痩せてガリガリになってしまった。 5月に入って外国人への無料ワクチン接種も可能と報じられた直後に、市役所からワクチン接種の案内メッセージが携帯に届いた。場所と時間が指定されていて、その時刻に行って見ると、多くの高齢者が並んでいたが、一時間半程度で接種をすませた。日本のように予約もへったくれもない、事前の登録と身分証明書を提示するだけのファースト・カム・ファースト・サービスだ。日本もフィリピンのように、予約など、いっそ無くしてしまえば、予約殺到の混乱も起きないはずだ。また、心配していた外国人であることも関係なかったが、もっとも、外国人であろうがなかろうが、同じく感染源になるのだから除外するとしたら、まさに本末転倒というものだ。 接種会場にはマカティ市では「2万人が接種済み」という横断幕が掲げられていたが、接種を進めることが市の最重要課題となっているようで、職員は皆、熱心だった。ジェーンによると、私が受けたワクチンはロシア製のスプートニクで数日前に届いたばかりのものだそうだ。効果が50%程度といわれている中国製でなくてほっとしたが、因みに接種に当たって、当方がワクチンを選択する権利はない。 […]

コロナに感染してしまいました 2021年5月13日掲載、6月7日、13日追記


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東日本大震災から明日で10年を経ようとして、日本のTVは、その話題で持ちきりだ。一方、マニラ・コロナ封鎖は15日で一年を迎えようとしている。この封鎖で開店休業となって時間をもてあまし、キアンの算数の家庭教師をかって出た。あれから一年近い歳月、ほとんど毎日一時間ほどのレッスンで、ようやくキアンがオンラインテストで満点を取って結果を出してくれたのだ。キアンの喜びようは尋常ではなかったが、それよりも、私自身、よくここまで我慢してやってきたものだと、自分を褒めてやりたくなるほどの感激だった。今年に入ってから、コロナ/PRA/SRRV関連以外にブログのトピックになるような話題はなくて、すっかりご無沙汰していたのだが、ようやく筆を執る気になるニュースだった。参照ブログ「封鎖中はキアンの家庭教師に再就職 2020年4月25日」 昨年、キアンの算数レッスンを開始した当初、九九が完璧でないこと、一桁の+-に指を使うことなど、小学校低学年での算数学習の基礎がなっていないことに気がついた。これは、3年前に私自身が教えることをギブアップしてしまって、家庭教師に任せてしまったのが原因だ。今更、後悔しても始まらないし、もはや手遅れだが、いまや四則演算は計算機がやってくれる時代なのでおおきなハンディになることもないだろう。 4年生の教科書が学校においてあって、封鎖で取りに行けないので、Beastというオンライン算数問題集でレッスンをはじめた。4年生の復習を主に行なったのだが、オンラインなのと、式や計算を紙に書いてやる習慣が不十分なので、暗算で出来ないと、すぐにギブアップして、思いつくままに適当に回答してしまう。キアンは、学校の試験は四択(a,b,c,d)だから、でたらめに選んでも25%は正解となることを知っているのだ。 そこでしつこくしつけたのが、まずは式を紙に書け、そして計算の手順を書いて、回答を導け、決して暗算を頼りにするな、である。一桁の四則演算も暗算でろくすっぽ出来ないくせに、文章問題を暗算でこなすなんて10年早い。また3桁以上の計算になると、きちんと紙に書いて計算できないので、位取りが混乱してしまって、正解を導くことができない。 ここ数ヶ月はキアンが大きらいという分数に挑戦した。足し算引き算に必要な通分や計算結果の約分、私自身、算数に関わる英語がわからないので、その概念を教えるのに苦労した。教科書には詳しく概念を教えてあるのだろうが、その教科書がないので、どうにもならない。 そして分数の掛け算・割り算に進むと、何故、割り算は分母と分子をひっくり返して掛け算をすれば良いのか、なかなか覚えてくれない。その時はテクニックとして覚えても、次の問題に移ると、掛け算も割り算も同じになってしまう。私としても、これは繰り返して叩き込まなければならないと覚悟して臨むのだが、つい、アホかと声を荒げてしまう。 そうなるとキアンは萎縮してしまって、ちんぷんかんぷんになってしまう。これを脳みそという言葉の連想からみそスープと名づけ、脳みそがみそスープになると、キアンは思考が停止してしまうだ。 キアンの勉強の敵はクッキーだ。遠慮という言葉を知らないクッキーは算数レッスン中でも平気で、キアンの邪魔をする。時には、私がキアンが算数のレッスンを行なうことを拒否する。強引にやったとしても周囲で大騒ぎするのでキアンの脳はみそスープになって意味がない。 ママ・ジェーンは「クッキーがいたくらいで気が散って勉強ができないなんてことは許されない」と精神論を唱えて、クッキーの邪魔立てを放任した。最近は、さすがにクッキーの邪魔立てがどんなものか、身を持って知ることになり、キアンがオンラインスクールや算数レッスンでしているときは邪魔をしないようにクッキーを注意するが、それにさえ歯向かうクッキーなのだ。 そんなわけで、家庭内で孤立気味のクッキーはパパカーネルが帰宅してハグをしようとすると、「ウイルスがいるから、まずはシャワーを浴びて来い」と怒鳴る。さすがカーネルは冷静にクッキーに従うが、私ならはったおしているところだ。 一方、1歳と4ヶ月目を迎えたココは、部屋をヨチヨチと走り回って、周囲の喝采を浴びる人気者だ。私の部屋を訪れるのが大好きで、ひとしきり私の周りのものを投げ散らかして遊んでゆく。しかし、それにクッキーが加わると、わざと叫び声を挙げたり、他人が嫌がることをやる、典型的な嫌われ者役で、私の顔はしかめっ面のままだ。それに対して、クッキーは”I don’t like your […]

コロナ封鎖下、苦節一年、キアンの快挙 2021年3月10日