当地の夏休み(3月末~5月末)に5月1日から約一ヶ月休暇をいただいて英気を養いたいと計画しています。休暇中はもっぱら農場のあるビコールですごすつもりでいます。この間、マニラを留守にするため、退職ビザの申請・発行等に影響が出るかと思います。また、インターネットは使える状態にしますが電波の状況により返信に時間がかかるのであらかじめご容赦願います。

長期休暇のお知らせ



マニラで発刊されているPLECOMMという無料週刊誌に毎週「グローバル時代の子育て」という題で、子育てについてのノウハウが連載されている。「習い事が人生を決定付けるほど重要な理由」「やる気を延ばす家庭教育とは」「本気で習い事をしている子は、勉強も本気でやる」「子供を暇にしてはいけない理由」「子供がよい習慣を身につけるには」「コミュニケーション能力を高める方法」等々、目にうろこの記事が続く。元ねたの「全ての子供は天才になれる、親(あなた)の行動で。」(ダイヤモンド社刊)を是非一読したいところだ。 中でも習い事の重要性については、まさにこれだと、唸らされた。曰く、習い事は、何もそれで身を立てる技術を身につけるということよりも、習い事によって培われる「やり通す気力と忍耐」、「達成感と喜び」そして「自分が優れているという自信」が重要で、机に向って勉強しているだけでは決して培われないものである。これは学業にも寄与するばかりか、そしてこの力が将来社会に出たときに発揮され、いわゆる「出来る」人間になるのだ。欧米の世界有数の大学では学科試験のほか、スポーツあるいは芸術の腕前、さらにボランティア活動の実績などが問われ、文武両道が要求される。 キアンが4歳のころ、私がイニシアティブを取って、公文、空手そしてピアノと習い事のオンパレードが始まった。私の狙いは、①公文:数字に滅法弱いのが当たり前のフィリピン人に育ってほしくない。②空手:自分自身に自信と誇りを持つとともに自己防衛力を見につけて欲しい。③ピアノ:音楽は頭の回転を早め賢い子になる、音楽で人生が豊かになる、人に自慢できて自信がつく、そして女の子にもてる、という多目的で、自分がなしえなかったことへのリベンジでもある。 ①公文は やたら宿題が多くて キアンにとって苦悶でしかなく、DNAのなせる業か、挫折した。現在は家庭教師にまかせきりだ。②空手は時期尚早だったのか、キアンの抵抗でギブアップ。代わりに水泳に路線変更をして本人も喜んでチャレンジしているが、いずれ何らかの武道への再挑戦の機会をねらっている。③ピアノは大成功、キアンも毎年一回開かれるリサイタルを楽しみにしている。現在は「エリーゼのために」を聴衆の前で演奏できるようになるのが目標だ。④さらに最近は週一で日本語のレッスンに通わせており、これはおまけだが、先生に言われて日本語のアニメをユーチューブ(英語の字幕付き)で楽しんでいる。 そして最近出会ったのが「グローバル時代の子育て」で、習い事が学校の授業よりも優先される、ないし重要度が高いという情報だ。ママ・ジェーンは学校の試験前や家族の外出などと重なると平気でピアノや水泳を休ませる。不満顔をすると「学校の試験とピアノとどっちが大事なの?」とありきたりの言葉を発する。ピアノのお稽古を単なる私のお遊び相手と思っているらしい。しかし、「グローバル時代の子育て」の教えによると、学業よりも大事なのだと、自信を持って言い返すことができるようになった。「キアンのために今日の試験が何点などということは、どうでも良い、キアンの成長、将来のために必須なんだ」と。 実はキアンにとっては、口うるさいママ・ジェーンと離れて、私と一緒に出かけたり食事をする時間がこの上ない安らぎなのだが、それは決して口に出すわけにはいかない。何故そうなのかはこのブログの後半に述べる。 さらに「グローバル時代の子育て」では「何をなすべきか、具体的な指示はしない」「自主的なやる気が原動力となる」「干渉が多すぎると自信が育たない」「小言や尋問は厳禁」「何でも話せる家庭環境づくりが重要」「親が子供と真剣に向き合うことが基本」などなどと説く。学校で勉強さえして、良い成績さえとっていれば、いい大学に行って大会社に入って人生の目標が達成できる、と信じている教育ママにとっては耳の痛い話ばかり続く。会話の無い家庭環境や親の過度な干渉が、子供を木偶(デク)に育ててしまい、社会に出たとき、いわゆる「出来ない」人間になり、せいぜい単純作業位しか職業とすることができない大人になってしまう。 フィリピンの子育てを見ていると、まさに、その真逆を行っている気がする。何しろ子供の一挙一動に口を挟んで思い通りに動かそうとする。言うことを聞かないと罵声と張りピンタが飛ぶ。子供が話しかけても耳を貸そうとしない。子供を枠にはめて、しつけと称して伸びようとする枝を全て切り取ってしまう。その結果、フィリピンの子供達は自分で何も決めることができず、ただ周囲の流れに身を任すだけの自主性の無い大人に育ってしまう。これはパキキサマと呼ばれるフィリピン人独自の習性だ。ただ、工場等で使うにはすこぶる都合の良い性格だが、いったん歯車が狂うと過激な労働組合運動に集団で走る逆のマイナス面もある。 キアンは、このしつけに苦しんでいる。ママジェーンの気持ちもわからないではないが、キアンにはほとんど自由がない。やりたいことはすべて悪いことというレッテルをはられて、やらせてもらえない。親の判断基準からすればそうなのかも知れないが、そこには自主性、自信、判断力の醸成などいうお題目が入り込む余地はない。私が口を挟んでも「親のしつけに口をだすな、そんな考えはフィリピン人として通用しない、キアンの将来のためにならない」ときっぱりと釘を刺されてしまう。 だから、キアンは親の前ではとてもいい子で、親の命令や小言に決して反発せず、素直なのだが、私に対してはわがまま放題だ。こんな二面性も社会に出たら必要なのかとも思うが、キアンは「親と一緒にいると緊張して疲れるので、私と一緒にいたい。私と一緒なら安らげる」としみじみと語る。そんなキアンのコメントに、キアンもそろそろ子供時代を脱却して少年になったのだとつくづく思う。

グローバル時代の子育て(キアンのお稽古)2019年4月22日


キアンがいよいよ9回目の誕生日を迎えた。一歳の盛大な誕生日が昨日のことのように思えるが、10年近い歳月が流れたなんて信じ難い。新学期が始まると4年生だが、ティーンエイジャーも間近だ。私が齢を取るのも無理はない。 KIANの誕生会 パート2 2011年5月14日 今年は、キアンの通うドンボスコスクールの夏休みが毎年少しずつ後ろにずれて、いずれ欧米と同じ9月を新年度とすることを目指しているため、夏休みの開始は4月末になること、 ホリーウィークが4月15日からであることなどの兼ね合いで、誕生日はマニラですごすことになった。 数年前の教育制度の改定でハイスクールは2年間延長されて6年となり、義務教育が6+6=12年間、日本ないし世界標準になった。キアンが小学校を卒業するまで、後、3年間、このくらいは現状維持で行くだろうが、ハイスクールの6年間はキアンの成長と私の衰えでキアンと私の関係は一体どうなるのだろうか、と最近とみに気がかりになっている。 女の子は思春期を迎える頃、なぜか父親を遠ざける、お父さん不潔とか、生理的に父親を嫌うのは周知の事実で、父親にとっての悲しい現実だ。それでいて、他の男の子に興味を持ち初めて、中学校にあがったあたりでは男子への憧れは果てしないものがある。 これについて、ある方は、これは近親相姦を避けるための本能だと仰った方がいた。そんな話を11歳の女の子を連れてマニラにやってきたお母さんに話をしたら、それは母親も同じで、とあるママさんは思春期の自分の息子の放つにおいがいやで、息子が遠ざけるようになったという。 なるほど、女の子と父親の関係は男の子と母親の関係と同じなのだが、嫌がるのはいつも女で、決定権は女にあるようだ。ならば男の子と父親、女の子と母親はどうなるのだろうか。そういう目で周りを見てみると、特にそのような決定的な別離はなくて、生涯の友であるようだ。事実、私もいまだに息子と友達のように接している。 11歳の女子を持つ母親は、そんな結論に安心したようで、いつまでも娘がべったりしていてほしい、喜んでいた。そして、私とキアンの関係も生涯の友達ですよと、うれしいことを言ってくれた。 キアンが生まれたとき、男の子と聞いて、私には3人の息子がいるから、興味無しと言っていた。しかし、生まれて一年もすると、3度の食事を私のひざでさせるなど、今になってみれば、とんでもない勘違いをしていたようだ。 この日は、住宅の売却の話をするために仲介業者と面会する予定があったので、皆でタガイタイに出かけて行った。一方、パパ・カーネルは現地集合となった。誕生日のお祝いと言っても、全員でレストランで食事を摂るだけなのだが、将来、それがキアンの思い出、宝となるのだ。 クリスマスが終わると、キアンは、次は誕生日プレゼントとばかり、指折り数えて楽しみにしていた。このときも誕生日の1ヶ月以上前から、いつ買いに行くのか、どこで買うのか、プレゼントはポケモンカードがいいと、計画に余念がなかった。 誕生日の一週間前に、計画通りグリーンベルト5のトイザラスに行って吟味した。そこで、なんとあろうに6000ペソもするポケモンカードのセットに目をつけたのだ。前回クリスマスで買ったせいぜい2000ペソ程度と目論んでいたものの、その熱意に負けて、一桁の年齢最後の誕生日ということで踏み切った。誕生日まで開けないという条件をつけたものの、私に隠れて開け始め、誕生日を迎えた時にはすべて影も形もなかった。

キアン9歳の誕生日2019年4月5日



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DBP銀行で、SIRVビザ申請者がBOI(投資庁)に預託している約400万ペソのお金の小切手(MGR’s Check、銀行振出小切手)を作成してもらおうとしている矢先、電話がけたたましくなった。昨日SRRV を取得した退職者の方からだったが、電話に出てみると、日本大使館付近で道路を横断したら、警官に捕まって4000ペソの罰金を支払えといわれている。そんな法外なお金なんかとんでもないことなので、警官に交渉してくれて言うのだ。銀行内で話をしていると警備員に追い出されて銀行の外のロビーで電話を続けたが、ロードがなくなったらしく切れてしまった。そうしたら別の電話でこちらから電話をしてほしいとメッセージが入った。 注 DBP:Development Bank of the Philippine、SIRV:Special Investors Resident Visa、BOI:Board of Investment 警官と話をしてみるとギャーギャーと、いかに退職者が規則を犯したかまくし立てている。たしかに歩行者も取り締まるとはアナウンスされているが、歩行者の信号無視なんていまだに日常茶飯事で、取締りと言ってもせいぜい注意される程度で交通係官も相手にしていない。だから、これが外国人目当てに金をせびるけしからん悪徳警官の仕業であることには間違いない。 こちらも敵意むき出しに、そういうやつは、パサイ警察の署長カーネル・ヤン(キアンのパパ)にレポートしてやると脅した。ちなみに日本大使館はパサイ市でまさに彼のテリトリーなのだ。そこで件の警官も負けておらず、それならその退職者をドテルテ大統領に報告してやる息巻いていた。パサイ警察の腐敗を一掃するためにカーネルが乗り込んだのだが、まさに末端まで腐敗しきっているようだ。 […]

「CALL ME NOW」2019年3月29日


フィリピンでは高校生からアラフォー(40歳前後)の世代のほぼ100%がFace Bookの愛好者ではないかと思う。Face BookはビジネスPRにも使われているが、もっぱら、個人的な交流の手段として使われているようで、仕事を持たない主婦や学生は一日中、Face Bookを眺めて時間をすごしているようだ。人の生活ぶりを覗き見ては、ため息をつく一方、逆に自分の生活を紹介して、いかに人に羨んでもらえるかということに考えを巡らしている。要は巷の自慢話や噂話(井戸端会議)のSNS版だ。 誰かがどこかのレストランで食事をとったら、自分も行ってみようと思う。誰かが日本に行ったの知って自分も行きたいと思う。誰かが家を建てたら自分も家を建てたいと思う。車も宝石も、服に靴も、そして恋人も、なにもかも人まねだ。そして日夜、旦那や彼氏に訴えて思いを実現しようと試みる。スポーンサーがいなければ「いつかは」と夢見ることになるが、 どういうわけか、決して自らの努力で実現しようとはしないようだ。もっともFace Bookを眺めているだけでは何も実現できるわけがないではあろうが。要は行動の原点がFace Bookの情報なのだ が、全世界から寄せられる情報にもとづいて日夜、嫁から責められる亭主としてはたまったもんではない。 そして、人に誇れる体験をするチャンスが来るといかにそれがすばらしいものだったか、羨むべきものかしきりにアピールする。撮影ポイントに来ると、それが何であるかはそっちのけで、様々なポーズと背景で写真を取りまくる。人が見て「いいね」と思えばそれでいいのだ。京都でガイドさんをやっている人は、フィリピン人は自分の説明など誰も聞いておらず写真だけを取りまくっていると嘆いていた。 そこでは、自分がどう思うかではなくて他人がどう思うか、どれだけの「いいね」をもらえるかが判断基準となる。いわば、インスタ栄えすることが重要なのだ。したがって、写真を撮る時は自分が描いたシナリオに沿って演技することになるが、その演技に周囲の人まで参加させるのが実にうっとうしい。でもフィリピン人はそれに喜々として参加しているようだ。どうせ演技ならば、このブログの表紙写真(キアンのダイビングの瞬間)のようなのを載せてほしいと思う。 ただ一つ役に立っているのが、彼女の動向を知る鍵となっていることだ。何でも自慢したいから、どこへ行ったとか、彼氏がどうとか最大限もらさず載せており、一体何を考え、行動しているかが手に取るようにわかる。よくも、こんな状況でこんなものをアップするかと感心するくらいに、浮気の証拠写真まで載せてくれている。 要は自慢話の競いあいで、負けたと思うとさらに競い合う、全ての行動の動機がFace Bookであって、行動の満足度もFace Bookが判断基準なのだ。自我というものがそこには存在しないわけだが、Face […]

FACE BOOKの功罪 2019年3月24日



私の息子、恵之に待望の子供(リオ、男の子)ができて一年ほどたった。日本から半年振りに返ってきた息子が、どうしてもリオがなついてくれない、と悩んでいた。その内なれるさと、気にも留めなかったが、私自身、実は抱っこさせてもらったことがなかったのだ。 そんなおり、リオの一歳の誕生日を兼ねたバプティスマルに、嫁の実家のヌエバエシアに招待された。そこで息子は、リオを抱っこすれば泣かれて、せっせとご機嫌取りをするものの、子供を持ったという気分がしないとぼやいていた。リオはいつも近くにいたおばさんやおじさんにべったりで、この人たちはリオをわが子と勘違いしているのではないかというくらい可愛がってくれていたが、息子としては返って納得がいかない。一体誰が親なんだと。 息子夫婦は私の住まいの近所に住んでいるのだが、毎朝、息子がリオを抱っこして家に連れてくる。そうこうする内に、リオは息子に散歩をねだるようになり、かつ息子が一人ででかけようとすると泣き出してどうしようもないと、息子が逆にぼやき始めたのだ。しかしながら、私が手を差し出してもそっぽを向いて絶対に寄ってはこない。 逆に一緒に住んでいるクッキーは分け隔てなく愛想を振りまいてくれるし、キアンにあっては、本人どころかママ・ジェーンまで私無しでは生きていけないとまで言い切る。友達や外で他人と話をする時はもはや少年の趣を見せるキアンだが、私の前ではいまだに赤ん坊のままだ。 血のつながりは親子の愛情とは何の関係もないのか、と疑問に思うが、私の持論は「わが子だから可愛いのではなくて、一緒に暮らしていると愛情ホルモン(オキシトシン)が出て愛情を抱くようになる」というものだ(脳内革命、第2弾 2014年5月10日)。だから離れて暮らしている父親が、いくらわが子だからと思っても、本能の赴くままに生きる赤ん坊にとっては血縁などはどうでもよいのだ。要はそばにいて面倒を見てくる人が大事なのだ。しかし、それだけでは判定できない挙動を幼児が示すことに気がついた。 マイカティ・スクエアの地下に「満腹」という焼肉レストランがある。まあ、こんな場所にと思っていたが、試しに覗いてみたら、意外といける。特に並み焼肉セット(1300ペソ)は大人4人が十分食べられる代物だ。ちょっと高いがステーキ(850ペソ)も量が多くて二人で食べて丁度よい。 ここに、キアン、クッキー、それにリオを連れて行った。ミルクが主食のリオはひとしきりすると寝てしまうが、2歳になったクッキーは遊びまわっている。そしてウエイトレスの面々に抱っこされて上機嫌だ。そこでご主人が優しく手を差し伸べると、クッキーは態度を豹変させてそっぽを向いてしまったのだ。 そして年明け、そんな命題も忘れかけていたころ、退職者の方を外の道路まで送るために歩いていたら、ヤヤに連れられたクッキーとすれ違った。そうすると、クッキーは退職者の笑顔に対して、恐怖に引きつったような顔をしてヤヤに抱きついたのだ。退職者の方も訳がわからないという顔をしていた。 息子夫婦は嫁とリオの日本入国ビザを無事にとって、かつ自分自身の13a(配偶者ビザ)もぎりぎりで取れて、先日、3月1日、晴れて日本に出かけて行った。目的は、お婆ちゃんや、おじさん・おばさん、それに従姉妹たち(要は私の家族)にリオをお披露目することだ。それからもちろん嫁の強い日本旅行への思いを果たすこと。 出発前からお婆ちゃん(私の妻)の熱い思いが伝わってきた。なぜか、孫に会えるということで感激しているというのだ。私にはちょっとわからない感情なのだが、まだ見ぬ肉親に恋焦がれていたのだ。 そして、面会を果たしたら、直ちに抱きしめて離さそうとしなかったそうだ。近所に住んでいる私の息子(三男)には二人の女の子、9才と6才がいるのだが、彼女たちの可愛がりようも尋常ではなかったらしい。 リオが女好きだというわけでもあるまいが、私にはいまだに抱っこさせないくせに、彼らには会う早々からべたべたなのだ。どうもこれは愛情ホルモンだけの問題ではなさそうだ。 ライオンは群れを乗っ取ると、まず子ライオンを食い殺して、メスを発情させ自分の子を宿すようにするそうだ。そしてライオンをはじめ多くの動物は雌が共同で子育てをする。オスはいつも自分の縄張りを守ることに必死で家族を守っている。すなわち動物の赤ちゃんにとって外部のオスは自分を食い殺す恐ろしい存在で、メスは自分の親でなくても面倒を見てくれる優しくて頼りになる存在なのだ。 幼児に男と女を見分けることができるのか、あるいはそんな智恵を持っているのかという気もするが、長い動物の歴史の中でDNAに刻み込まれた本能なのではないか。そもそも恐怖という感情は身を守るためのセンサーで逃げる/避けるという行動のスイッチなのだから、幼児は外部のオスにたいしてそのスイッチがはいるという本能を持っているに違いない。

幼児は何故大人の男を避けるのか 2019年3月19日


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最近巷を歩いているとやたら中国人の姿が目立つ。マカティのはずれ、わが家の近傍のマルーガイ通りの新築高層コンドミニアム街を車で通ると若い中国人でごった返している。一説には数百万人の中国人が流入しているといわれているが、たしかに退職ビザ(SRRV)を発行しているフィリピン退職庁(PRA)には相変わらず中国人の申請者でごった返している。しかし、その数百倍もの中国人が9a(ツーリストビザ)で入国して、その多くが違法に就労しているというのだ。 先日、同じくマルーガイ通りにある事務所ビルで276人の中国人が9g(ワークビザ)やAEP(就労許可)をとらずにオンライカジノのコールセンターで働いているのが発覚して、摘発・収監された。現在、不法就労者の摘発が活発で、9gやAEPの発行も厳格に行なうという措置が取られている。それであおりを食っているのがSRRV保持者で、就労のためAEPを取ることが難しくなっているのだ(それに対してPRAはSRRV 保持者はAEPが免除されるという施策をとろうとはしているが)。 これに対して、中国から多額の融資を引き出してインフラ整備を推進するドテルテ大統領は、「中国人にも働かせてやれ、中国人を本国送還すると中国もお返しにOFWを本国送還される」と中国人に対して寛容な姿勢でいる。そのため相変わらずの就職難にあえぐフィリピン人はドテルテ大統領に対して、「中国人がフィリピン人の仕事を奪っている」と批判する。しかし、コールセンターは中国人向けのサービスで中国語が流暢でなければならず、その批判は必ずしも当たっているとは思えないが。 そんな折にこの「LRTタホ事件」が起きた。ちなみにLRTはMRTと同じく高架鉄道のことでメトロマニラを一周する路線(山手線、一部つながっていないが)と東西を横断する路線(中央線)があって庶民の重要な足となっている。これらの路線の南北、東への延長と地下鉄が建設ないし計画されており地獄の渋滞の解決の切り札と期待されている。 一方タホとは豆腐のことで絹ごし豆腐に糖蜜と粒上のゼリー(サゴ)を混ぜて10~20ペソ、街中いたるところで売っていて、庶民の重要な通勤途上の腹ごしらえになっている。 LRTでは、テロ対策として液体の車両への持込を禁止している。駅に入場する前に廃棄ないし飲み終わらなければならない。そんな警官の指示に対して激高した中国人女性(23才、デザイン学校在学中)が、その警官にタホを投げつけたのだ。 女性はその場で逮捕され、侮辱罪として起訴、国外追放の処置が取られることになったが、この中国人女性の態度に批判が巻き起こった。そもそもフィリピン人は外ではたいへんやさしくて礼儀正しいのだが、日ごろ、中国人の態度が燗に障っていたフィリピン人が、中国人の排斥運動にもつながりかねないほど炎上してしまったのだ。私自身はじめは、LRTの措置に炎上したのか、中国人の勇気ある行動に拍手喝采したのかと思ったが、フィリピン人の反応は逆だった。 PRAの担当にこの話をしたら、件の中国人女性は同伴者として退職ビザを取得しているというのだ。早速、退職ビザは没収されるのかと聞いたら、ノーコメントだった。さらにカーネルにも報告が入っていて、重要事件としてアルバヤルデ国家警察長官にレポートを上げているという。彼女は多分国外追放になるだろうとのこと、フィリピンでは人前での侮辱は国外追放にもなりかねない重罪なのだ。 件のタホを投げつけられた警察官は、その場で激高することもなく冷静に対処したということで、アルバヤルデ長官から栄誉賞を与えられた。たかがこんなことでと思うかも知れないが、こんな状況で冷静でいることができたということはフィリピン人としては栄誉賞にも匹敵する名誉なのだ。 この事件以来、中国人の公共の場での不謹慎な態度が気になり始めた。マカティの入管事務所で順番を待っていたら、5~6人の中国人が大声で語り合っている。さすがにセキュリティガードが注意して収まったが、我々が注意したら返ってどやされるかもしれない。PRAでも、5~6人の中国人が、待合室の真ん中で大声で話し合っていて、その脇をすり抜けるフィリピン人同士が目と目で合図をしていた。とにかく中国人の声はでかいのだ。 PRAのあるバレロ通りはマカティのオフィス・コンドミニアム街の中心だが、そこを歩いていたら、中国人のカップルが赤信号で道を渡った。フィリピン人の歩行者は、信号などお構い無しで自己責任でなんでもありだ。この中国人もフィリピンの習慣に従ったつもりだったのだろうが、その反対側で男が大声で注意した。思わず振り返って顔を見たが、中国人の不謹慎な態度に業を煮やしたフィリピン人と思いきや、ひょっとすると中国人ではないかという気がした。とにかく、外でフィリピン人が他人に怒鳴るようなことはありえないのだ。 退職ビザの申請者に中国系のマレーシア人がいた。まだ40歳程度の若い人だが、海外での中国人(中国本土)の態度は目に余るものがある。だから、彼は自分は中国人とは言わず、マレーシア人と言っているそうだ。 さらに何を隠そう、ママ・ジェーンとパパ・カーネル(ヤンさん)はその名のごとく中国人のハーフだ。したがってキアンもハーフなのだが、彼らも中国人は礼儀知らずだからきらいだと明言する。ちなみに中国系のフィリピン人は周囲にごまんといるが、彼らはあくまでもフィリピン人なのだ。 話は変るが、カーネルが空港やモール・オブ・エイシア、さらにカジノがあるパサイ市警察署長となった。ランク上は横滑りなのだが、パサイ警察署が汚職や麻薬にまみれた最悪な状況にあるということで、パサイ警察署のNo.1とNo.2が更迭されて、上部組織にあたる首都圏警察のNO3.のカーネル・ヤンがアルバヤルデ長官の肝いりで送り込まれたのだ。ここで手柄を上げればドテルテ大統領の目にもとまってゼネラルへの出世は固いと思うが、その反対もありうる正念場だ。因みの彼の顔を見れるのは週に一回程度と、一日24時間、週7日の過酷な勤務が続いている。

LRTタホ事件が炎上、比中国際問題に発展か? 2019年3月17日



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いよいよ帰国の時がやってきた。しわすの12月29日(土)と30日(日)とあって、どこもかしこも人でいっぱいだった。千歳のホテルから空港まではほんの一駅程度で空港の中までJRが乗り入れているので、朝はゆっくりでかけた。しかし、空港内の混在は半端ではなかった。 千歳空港付近はうっすらと雪に覆われていた。空から見る雪景色は初めてのような気がする。 着陸ちかくになって、一瞬何故、窓からスカイツリーが見えるのか不思議に思ったが、しばらく考えてわかったのは成田ではなくて羽田に下りようとしていたからなのだ。 モノレールから山手線に乗り換えて、上野で降りて京成上野駅前のホテルに向った。どうやって行ったらいいのかわからないでうろうろしていると西郷さんの銅像にぶつかった。まさに大河ドラマの主人公がそこにいたのだ。 ホテルで一息してお目当てのアメヤ横丁に向ったのだが、そこには予想外あるいは想定された光景が広がっていた。しばらく進むと、人ごみが激しくて前にも後ろにも進めなくなってしまったのだ。クッキーを連れたカーネルとジェーンを見失ってしまって、入り口まで戻ってようやく見つけた。アメヤ横丁と秋葉原は断念して、のぶ子さんとの会食に向かうことにした。 ホテルニューオータニの久兵衛といえば泣く子も黙る老舗寿司屋だ。のぶ子さんが、そこへ招待すると何年も前からの約束だった。しかし、黙っていないのがキアンだ。なんとキアンは日本食と聞いて、エビフライを注文したのだ。これには板前さんも面食らって、生きた海老を焼いて出してくれたのだが、キアンには物足りないようだった。 ホテルに戻ると、カーネル夫妻は、これからお土産を買いに行く、近くにドンキホーテを見つけたと張り切っている。足手まといの二人の子供は私に預けて、出かけて行ったのだ、翌朝聞いてみると帰宅は12時を回っていたそうだ。せっかく2個のトランクを札幌に置き去りにしてきたのに、新たにトランク2個分のお土産をゲットしてきたのだ。 翌朝、京成電鉄の始発にのって成田へ向い、9時過ぎのJALでマニラへ。師走とあってまさにラッシュアワーの最中の帰還だった。

カーネル一家念願の札幌旅行に同行(その8千歳ー東京ーマニラ)2019年2月25日


定山渓の帰り、千歳に向う前に藻岩山ロープウエイに向ったが、札幌観光の締めにふさわしい体験だった。藻岩山は札幌市のはずれに位置する山だが、ここから眺める札幌の夜景は函館の夜景にも引けを取らないものだそうだ。しかし、雪山ということで昼間でもすばらしかった そもそもロープウエイに乗ること自体がはじめての経験なのだが、遊園地でジェットコースターなどに乗りなれているキアンにはさほど特別のことではないようだ。 定山渓は雪景色を眺めるだけだったが、その雪山にたった気分はまた異なるものがあるだろう。 藻岩山の頂上には縁結びの鐘があってこの下で愛を誓って鐘を鳴らすと、その愛は永遠になるそうだ。 中腹の横はゆるやかな傾斜があって、雪すべりを楽しむキアンとFacebook用のポーズをとるママ・ジェーンの対比がおもしろい。 札幌の街を眼下に一望する景色は雄大の一言。 ここをクリックして拡大写真を見て欲しい。 ここをクリックして拡大写真を見て欲しい。

カーネル一家念願の札幌旅行に同行(その7藻岩山ロープウエイ)2019年2月25日



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3月3日追記:件の退職者がお礼に尋ねてきたが、その時カーネルは3人組のスリが逮捕されたと話をしてくれた。彼らは南墓地(SM Jazzの裏手)をねぐらにして活動を続けているらしいが、お金は戻ってこなかったらしい。犯人の家族は18万円という思いがけないお金を手にして、さっさと田舎に戻って、そのお金を元手に新生活を始めたそうだ。同席したジェーンはすられた18万円が貧困にあえぐ一家族を救ったのだから、よい行いをしたと喜んでも良いのではないかと、感想を漏らしていた。 先日SRRVをお世話した方から、下記のメールが舞い込んできた。最近別のかたからもサルセドビレッジを歩いていて財布を抜き取られて現金、ATMカードをなくして往生したとの話があったばかりだ。どうもマカティにも詐欺集団が暗躍しているらく、くれぐれも注意するようにしてほしい。フィリピンでは幸か不幸か日本人はお金持ちということになっているので、ターゲットになっているようだ。 SRRV申請の件ではお世話になりました。本日、別件でご相談があり、メールさせて頂きました。 恥ずかしい話ですが、タイトルの通り、スリ被害に合いました。 今日の夕方くらいです。マカティ・アベニュー(センチュリーシティーの近く)を、マンダルヨンの自宅に向かって歩いていました。物乞いっぽい少年が近づいてきて、Tシャツを捲り上げて、自分の腕を隠しながら接近してきました。それで、気付かないうちにウエストポシェットから財布を抜き取られました。何かおかしなやつだなと思って、数秒後に、財布を抜かれたことには気付いたのですが、犯人は逃走してました。 財布から札束だけ抜き取って、財布はすぐに放り投げたようで、通行人のおじさんが、財布は拾ってくれていました。なので、不幸中の幸いで、クレジットカードや身分証は戻ってきました。被害は現金のみです。(ただ、金額は結構大きく、18万円持って行かれました)すぐに警察に行きました。どうやら常習犯らしく、警察も犯人の写真を持っていて、一応、犯人の特定はできています。しかし本日、身柄の確保には至りませんでした。後日、逮捕されて罰せられることを淡く期待してはいますが、警察が親身になって動いてくれるのかという点には疑問を感じます。お金が戻ってくることは諦めていますが、犯人に一泡吹かせたい気持ちはあります。警察にしっかり動いてもらいたいのですが、何か働きかけをすることはできないでしょうか?例えば、弁護士さんに口利きをしてもらうとか。日本人の友達に相談していますが、逆恨みも怖いので、あまり深追いしない方がいいのでは、という意見も頂いています。これについても一定の理解です。志賀さんからも何かアドバイスをいただけないでしょうか。お忙しいところ、申し訳ありません。フィリピンも昔より治安が良くなってきていると油断していましたが、気を引き締めて生活しなければなりませんね。色々と甘い部分がありました。勉強になりました。 「退職者のための何でも相談所」を標榜している私としては、一肌脱ぐしかない。そして下記の回答を送った。 それは災難でしたね。腕を隠すのはピストルを持っているフリをしているらしいのですが、日本人には通用しないですよね。そんな大金を持って歩くのはちょっと不用意でしたね。誰かに通報されたのかもしれませんが心当たりはありませんんか、両替所や銀行など。警察には私から話をしておきます。私と同居している人が国家警察の幹部なんです。警察はどこですか。マカティ警察ですか。担当の名前はわかりますか。 他にもごく最近、スリにあった人がいて、マカティにスリ集団が暗躍しているようですね。注意喚起の観点で、このメールをブログに載せてもいいですか。勿論名前は伏せておきます。 早速カーネルに話をすると、あっという間にアクションを取ってくれて、「マカティ警察署長に善処するよう話をしおいた。コマンダーが動くように手配済みだ」なんとも頼もしい限りだが、因みにカーネルの現在の地位は、まにら首都圏警察のNo.3で、首都圏の警察署長の直接の上司に当たる役割も持っていて多忙の限りだ。近いうちにジェネラル昇進が期待されている。 何年か前に私もグリーンヒルでスリにあって、ポシェットから財布を抜かれてしまったことがある。私が前のおばさんと押しくら饅頭をしている間に、グルの別のおばさんに横からポシェットのファスナーを開けられて、現金と銀行カードなどを財布ごとすられてしまったのだ。 この反省から、スービックのデューティーフリーショップで買ったのが、Pacsafeというブランドのポシェットだ。これが優れもので、ファスナーはフックで止めることができて、スリにファスナーを開けられる心配は皆無だ。さらにベルトにはワイヤーが入っていて、フックでつながっているため、ベルトを切ってポシェットごと持って行かれてしまうこともあり得ない。 NAIAターミナル3の3階 にあるデューティーフリーショップ […]

スリにご用心 2019年2月25日


札幌からバスで小一時間の定山渓温泉は、札幌郊外の温泉リゾートだ。専用のバスで向かうキアンは毎日の未体験ゾーンの探訪に疲れ気味だ。 山あいの定山渓は、札幌とは打って変わってまさに雪の世界だ。外に歩いている人はおらず、バスはここが「定山渓グランドホテル瑞苑」だと下ろしてもらったものの、ホテルの位置がわからない。ガソリンスタンドに人に聞いたら、目の前のだという。なにもかも白一色でまさにホワイトアウトだった。 チェックインを終えると、早速腹ごしらえ、朝夕はビュッフェスタイルの食べ放題なのでレストランはない。唯一営業しているのが「こばら亭」という小腹がすいたときにどうぞというもので、意外とラーメンがうまかった。 ひとしきりして、いよいよFace Book用の撮影開始だ。今回の旅行のまさにクライマックスだ。 定山渓を散歩しようと計画して地図まで用意していたのだが、この雪の中をあることは自殺行為なので、もっぱら屋内ですごし、6時ごろ、いよいよ目玉の夕食バイキングに臨んだ。昼間は客は、まばらだったが、夕方になってバイキングェ目当ての客が大量に到着したようで、広大な食堂は満員だった。 夕食の後は、いよいよ未体験ゾーンの温泉だ。特にプールのように大きい露天風呂は圧巻だった。降りしきる雪の中、熱めのお湯に使って顔は氷点下というにキアンは大はしゃぎだった。しかし浴場は撮影禁止なのが残念だった。 翌日は夜の間に降った雪のせいで外の景色はまさに水墨画の世界だ。したがって子供達は屋内の大きなロビーで戯れるしかない。 ロビーには赤いピアノが置いてあって、キアンが自慢のピアノ演奏をしていると姉妹が寄ってきた。週末を親子で過ごしに来たそうだが、札幌から小一時間でこんなところに来れるなんて、うらやましい限りだ。 団子3兄弟とはよく言ったのもので、7才、9才、11才の仲の良い兄弟でほのぼのとした仲の良い兄弟で、是非フィリピンで再会したいものだ。 子供達には言葉の壁は無い。時たま「これは英語でなんて言うの」聞いてくるがそれだけで十分会話になっているようだ。 そして夜になって待望の食事とお風呂、この二つの行動だけで十分夜がすごせる、テレビを見る暇などないが、もっともキアンの見れるテレビはない。 翌朝、定山渓を後にして札幌に帰還。団子3兄弟ともお別れだ。

カーネル一家念願の札幌旅行に同行(その6、定山渓で温泉三昧)2019年2月17日)