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私は節煙のためにタバコは箱で買わずにサリサリや街のベンダー(売り子)から1本づつ買うことにしている。それが1月早々から、1本2.5ペソが3ペソと、20%もアップしたのだ。ちなみにサリサリでは1本2ペソが、2.5ペソに上がった。しかしサリサリによっては2.0ペソを未だに堅持している所もある。  ちなみにタバコの値段は買うところや買い方でまちまちだが、スーパーで買うのが一番安い。写真の10本入りのマーボロー・ライト・メンソールが20箱で 370ペソ、20本入りソフト・パック10箱で335ペソだ。この1月に約10%値上ったそうだが、市場は敏感に反応して20~25%の値上げに踏み切った。どこでも同じなので、きっと街のタバコ・ベンダー組合(こんなものがあるはずないが)で決定したのだろう。彼らはスーパーで1カートン200本を335ペソで仕入れる。それを一本3ペソで売ると600ペソとなり、265ペソの儲けになる。悪くない商売だ。でも炎天下で一日中タバコを売るのも辛いだろうが。 近所のサリサリは1本2ペソを維持しているが、そうなると1カートン200本売っても、たったの65ペソの利益だ。一方10本入り一箱は20ペソで、20箱売って利益はたったの30ペソ。20本入りは37ペソで、これも10箱売ってたったの35ペソのもうけ、まさに薄利で、庶民の味方だ。ちなみにコンビにでは10本入りが24ペソ、20本入りが40ペソでサリサリの倍以上の利益率だ。 ところで1カートン335ペソ、約650円という値段は先進国では一箱の値段だろう。フィリピンでは一箱たったの65円、日本の値段の15%程度で買えるのだ。味は日本で売っているのとそん色ない。ローカル・ブランドの安いのは、さらにこの半分くらいの値段だ。そうなると、日本の専売公社の利益と税金は売値の実に85%に上っていることになり、愛煙家は国家の財政に実に貢献していることになる。

フィリピンでもタバコの値段が大幅上昇 2011年2月17日


熱気気球見物にアンヘレスに入った際、常宿のアメリカホテルは満員で、いくつか当たった他のホテルも満員、仕方なくDAUバスターミナルのすぐ隣の SOGOに泊まった。しかし、ここも30分ほど待ってようやく泊まることが出来たが、12時間で819ペソと他のホテルに比べて格安だ。  この日はバレンタインデイの前々日の土曜と会って、昼間から満員の盛況だったそうだ。ガレージ付の部屋と一般の部屋があって、1階がガレージ付、4階建てで全部で125室もあるそうだ。入り口は駐車場に入るようで、一般のホテルに比べていかにもわびしいが、レセプションは普通の3流ホテルよりましだ。ただ、大きな待合室がいかにもモーテルらしい。バレンタインデイが近いとあってバラで作ったハートがいかにもと言った感じだ。 部屋は小ぶりだが、清潔でこじんまりしていて、寝るだけの目的には充分だ。ルームサービスも充実していて、格安のアメリカホテルが、1150ペソ、普通のホテルは1500ペソが相場だから、ここはその半額程度で一晩寝れるのだから超格安といえる。 料金表は金~日曜の価格だが、平日はもっと安いそうだ。予約は全く受け付けず、First Come First Serviceだが、少し待てば泊まれるので、問題ない。この日は旅行者風の韓国人も空きを待っていた。SOGOは首都圏を制圧し、パンパンガやセブに進出し、さらにバギオ、ダバオと全校制覇に野望を抱く、すでに23ヶ所のホテルを経営し、最も成功した日本人の一人と言えるだろう

ホテル・モーテルチェーンSOGOの大躍進(その2)2011年2月16日



じわじわと値を上げてきたガソリンがここに来て、ついに50ペソの大台に乗った。2008年の後半、投機マネーによる原油価格の高騰以来の高値だ。そのためか、最近タクシーに乗ると2回に一回くらいは割り増しを要求される。メーターどおりまともに料金を受け取っていたのでは、一銭の実入りにもならないといったところだろう。 そんな状況で、6年半ぶりにタクシー料金の値上げが発表された。1月末から順次メーターを調整して行って、全国3万5千台のタクシーのメーター調整は5月までかかるそうだ。メーターが調整されていないタクシーは旧料金を支払えばよいそうだが、そうもいかないだろう。 値上げ幅は、初乗り(500m)が30ペソから40ペソに、追加料金(250m毎)が2.5ペソから3.5ペソにだ。ちなみにジープニーの初乗り料金は7ペソから8ペソになる。その場合、タクシーの収支はどうなるのだろう。2008年11月のブログで行なった試算に基づいて再度計算してみた。なお、LPG車も大分走っているので、すべてのデータが共通として比較表に加えてみた。 仮定条件 ・一日の走行距離の平均:250km ・平均乗客数:35人 ・バウンダリー(車の使用料):1050ペソ(16時間) ・初乗り料金(500m):30ペソ、値上げ後40ペソ、500m以降 2.5ペソ、値上げ後3.5ペソ/250m ・燃費:7.5km/L ガソリン代が40ペソと50ペソ、それにLPG(30ペソ)の場合の収支比較だ。 ガソリン代         40ペソ     50ペソ   LPG30.5ペソ (1)経費 ガソリン代(33L)     1320ペソ      1650ペソ    1000ペソ […]

6年半ぶりにタクシー料金が値上げ 2011年1月30日


2014年2月1日追記 3年前、コンドミニアムの建設ラッシュについて報告した。これらは投資マネーの流入によるもので、実需を伴わないバブルの兆候ではないかと警鐘をならした。そして3年たった今、それらのプロジェクトが完成し、入居開始となっているが、賃貸用の空室が大半を占めているようだ。一方、コンドミニアム建設の槌音は相変わらず衰えないが、空き地のまま着工を見合わせているプロジェクトも目立ってきている。かつて隆盛をほこった販売エージェントも売れ行きが鈍化し苦戦しているようだ。 2014年1月11日のマニラ新聞の一面では、「不動産投資評価で躍進」と題し、アジア太平洋域内23都市の不動産投資・開発の見通しに関する報告で、マ ニラ首都圏は東京、上海、ジャカルタに続く4位となり、前年の12位から大きく順位を上げた、と報じていた。さらに、コンドミニアムや商業用施設では域内一 位、オフィス物件では2位にランクされたそうだ。一方では小見出しで「バブル予兆裏付け」とも位置づけていた。 今は、こんな風にはやし立てられているが、皆が皆、儲かるといい始めたらもはやピークで、あとは下るしかないのが、バブルというやつだ。販売エージェントは相変わらず、いいことだけを並べ立てているが、尻に火がつき始めていることは、百も承知の上だろう。フィリピンあるいはマニラに暮らしているものにとって、現在のコンドミニアムの相場がいかにきちがいじみているか、火も見るよりもあきらかなのだから。 完成間近のSMDC開発の巨大プロジェクトJAZZ、マカティ最大の商業、コンドの複合プロジェクトだ 以下、2011年1月28日記載 今マニラは、まさにコンドミニアムの建設ラッシュだ。マカティだけでも数えられるだけで20件、計画中のものまで入れれば30件はくだらないだろう。したがって、マニラ全体では100件を下らないだろうと予測される。作るからには売れる見込みがあるわけで、この旺盛な需要は一体どこから来るのだろうか。一昨年の9月のマニラの北、マリキナを中心とした洪水に懲りて、冠水の心配の無いコンドミニアムに需要が集中しているという理由だけでは説明がつかない。海外出稼ぎフィリピーノ(OFW)が買っているというが、それにしても限度があるだろう。 (高層化から取り残された感のあったパサイロード付近は今、高層コンドミニアムの建設ラッシュ。写真に写っている高層ビルのすべてが建設中のコンドミニアムだ) (スカイ・ウエイから眺めたマカティ市。ここ十数年の間に見違えるように高層化したが、右側にとりわけ目だっているのがアヤラが開発した最高級コンドミニアム、ザ・レジデンス・グリーンベルトだ) (マカティの北の新興都市、ボニファシオ・グローバルシティは、かつての国軍の基地が民間に払い下げられ、ここ10年で出来上がった近代都市だ。右の写真はボニファシオの中心街マーケットマーケットの前にアヤラが開発中のコンドミニアム群のセレンデラで、数十棟のコンドミニアムが建ち並ぶ) アヤラ、フィル・インベスト、メガ・ワールド、シティ・ランド、フェデラル・ランドなど老舗のデベロッパー以外に、デパート・チェーンのSMやロビンソン、建設会社最大手のDMCI、果ては食品業界の巨人サンミゲルなどもこのコンドミニアムの開発に乗り出している。まさに作れば売れる、売れるから作るの様相を呈しており、儲かりそうだというので、猫も杓子もコンドミニアムの開発に乗り出しているようだ。   (パソンタモとパサイロードの交差点近くに開発中のBEACONのユニットは25~50平米と小型で、価格は10万ペソ/m2程度。一棟目の骨組みが完成した時点で、すべて売れきれ、現在は2棟目を販売中だ) […]

マニラではコンドミニアム・プロジェクトが目白押し 2011年1月28日(2014年2月1日改定)



 マニラは乾季の真っ只中で、過しやすい気候が続いている。日本は寒くてどうしようもないという情報が伝わってくるが、マニラは暑くなく、寒くなく、エアコンを忘れる丁度良い気温だ。    先日、いつもの食後の散歩に出ていたら、強い雨が2時間ほど降り続いて雨宿りをする羽目になった。小降りになったので外に出てみると、近所の道路は冠水して車が水しぶきをあげて走っていた。    道路が冠水すると、車はまだしも、バイクやスナックを売り歩いている手押し車はかわいそうだ。びしょびしょにぬれながら通り過ぎていく。   雨季であれば、こんな光景は日常茶飯事だが、ひさし振りの強雨にマニラの弱点が思い起こされた。  

季節はずれの雨で道路が冠水 2011年1月27日


10月14日に解禁されたバランガイの選挙運動から10日後の今日、25日は全国で投票が行なわれている。そのため、フィリピンでは今日は臨時休日となった。   バランガイとはフィリピンの最小行政単位で、東京なら区の中の町、あるいは市の中の町ないし村に相当する。バランガイ議長(キャップテン)一人と議員(カ ウンセラー)7人、さらに15~17歳の未成年者で構成される青年評議会(SK)議長と議員7人が選ばれる。任期は3年、4選は禁止。 バランガイはスペイン統治以前から存在する行政組織で、全国に4万3千のバランガイがあり、区域のインフラ整備、社会福祉、環境・衛生活動、フィエスタ (お祭り)などの娯楽、住民同士のトラブルの仲裁などの役割を持つ、いわば村長さんだ。政府から給与と予算を与えられ、その支出が一存で決めることが出来 て、何かと実入りも良いそうだ。  近所の知り合いや友達、親戚あるいは親兄弟が立候補する選挙とあって、家族ぐるみあるいは友人同士の選挙運動が繰り広げられる。応援する友人のために道端 でダンスの練習に余念の無いハイスクールの生徒や、トライシクルに乗っておそろいのT-シャツを着て行進したり、身近な選挙戦だ。  たまたま選挙直前に訪れたアンヘレスのフィールド・アベニューでは道路を遮断して応援演説会ないしショーが開かれていた。はでな衣装に身を包んだ応援者も控えていたが、あいにくの雨で観客は少なめ、当方も長居はせずに、立ち去った。  ちなみに私の相棒のジェーンのお兄さんが、ビコール地方タバコ市、バランガイ・クボのカウンセラーに立候補した。ジェーンは大分前からポスターなどを用意していたが、選挙直前の21日(木)に息子のキアンを連れて応援に出かけて行った。地元ではかなり知名度の高いジェーンは連日、自宅でパーティを開き、多くの人に食事を振舞って清き一票を依頼した。キアンも笑顔を振りまいて多いに選挙戦に寄与したそうだ。そのため農場の子豚2頭が犠牲となり、レチョンとして振舞われた。スコーターに住んでいる人々は滅多なことではレチョンなどにありつけないので、満面に笑みを浮かべて味わっていたそうだ。ジェーンの応援が あればきっと当選するに違いないと、弟のボボイが話していたが、翌日に知った開票結果によると次点の8位で当選はならなかったとのこと。  首都圏マニラではさほどの盛り上がりは見れないが、地方ではかなりはでな選挙戦が繰り広げられていたようで、私はマニラに残っていたので、その様子を写真で伝えられないのが残念だ。  ところで選挙会場は、5月の全国統一選ほどではないにしても、なかなかの賑わいだった。選挙会場のバランガイの体育館ではまるで繁華街のように人が集まっ ていた。選挙も一種のお祭りにしてしまうフィリピン人のことだから、選挙を楽しんでいるようだ。ちなみに夕べはレストランやサリサリでは酒の販売が禁止されている。酔っ払って興奮して暴力事件が起こるのを未然に防ぐためだそうだ

バランガイ選挙(10月25日)2010年10月25日



友人から、国鉄の駅に人が溢れているとの情報をもらって、取材に出かけてきた。ここ1~2年で線路周辺のスコーターが撤去され、確かに整備事業は進んでいるものの、何せ車両は1世紀は立っていようかというぼろ車で、沿線のスコーーターの住民の出すごみ収集車の役割しか果たせなかった代物だ。  ところが、韓国の援助で国鉄が近代化されたというニュースが昨年7月15日に報道された。しかし、たったの3両編成の列車2基でデビソリアのトトバン駅とビクータン駅と間、18kmをと1日、たったの2往復するだけで、何の役に立つのかと、このブログでこき下ろした。  ところがその国鉄が確かに全うな鉄道の体をなしているのだ。ブエンディア駅に行って見ると、駅もきれいに改修され、通勤通学の人々がたくさん列車を待っている。そこに颯爽と入ってきたのは件の韓国製の列車だ。 駅で待っている人に話を聞いてみると、朝夕のピーク時には30分間隔で運転され、車内は冷房が効いて快適だそうだ。運転区間はトトバン駅からメトロマニラのはずれのアラバンまで延長され、マニラ通勤圏を網羅ているとのこと。列車は3両編成だが数は大分増えたようだ。 ちなみ、この国鉄はビコール地方、レガスピまで、約500km通じていたのだが、4年前の台風レミンによりほとんどの鉄道橋が破壊され、ラグナ以降は普通となっている。当時、アロヨ大統領は2009年内にレガスピまで開通すると豪語していたが、そんなニュースはいまだ聞いていない。レガスピ付近の線路も見ても草や土砂で埋もれたままだ。例え開通しても昔のように24時間もかかっていたのでは誰も利用しないだろう(ちなみにバスなら10時間で行けるところだ)。韓国からのODA資金5千万ドル(40億円)を投じて整備しているそうだが、メトロマニラ圏内の通勤列車として機能させるのがやっとでは、ODA投資金の返済など覚束ないのではなかろうか。  左下の写真がエドサを走る環状線のMRT、右がマニラを横断するLRT2だが、乗車賃が15ペソ程度と低めに設定され、朝夕のラッシュ時にはあれほど混んでいるのに万年赤字だそうだ。メトロマニラの地獄の渋滞を解消する唯一の切り札なのだから、運転列車数を増やすなり、早急な整備を期待したい。    

国鉄(PNR)の復活 2010年10月25日


世界で一番長いクリスマスを楽しむといわれているフィリピンでは、10月に入るとすでにクリスマスの準備が始まる。毎年地味になるクリスマスだが、クリスチャンのフィリピン人にとってはクリスマスなくして年をこすわけにはいかない。下の写真は、マカティのアヤラアベニューで11月7日に撮ったもの。マカティの中心、アヤラ・アベニュー、マカティ・アベニュー、パセオ・デ・ロハスがかざられている。 10月に入ると、サウス・スーパー・ハイウエイ(オスメニア通り)とブエンディア通りの交差点近くにはパロル(クリスマス・ランタン)を売る多くの店が開かれる。しかし、今年はほとんど店が見当たらず、1本南側の通り、デラ・コスタの通りに10軒ほど店が開いているだけだ。今年から出店にはメイヤーズ・パーミット(営業許可)が必要となり、税金が高く、店を開いても稼ぎにならないから、店が少ないとのこと。ここでも新行政の庶民いじめがあるようだ。    パロルは決して安いものではない。30cmの小さいもので2000ペソ、70cmで3000ペソ近くする。だから庶民はシーズンがおわると大事にとっておいて、来年もまた使う。また、毎年同じ大型のパロルを飾っているビルもある。  クリスマスに欠かせないもう一つの飾りがクリスマスツリーだ。デパートやナショナルブックストアでは所狭しと飾り付けの材料を並べ、クリスマス気分をあおっている。

フィリピンはクリスマス・シーズンに突入 2010年10月25日



2年ほど前にマカティのコマーシャルエリア、グロリエッタで爆発事件が発生し、無差別殺人のテロかと大騒ぎされたが、結局地下室に充満したガスが爆発したという結論になった。同じグロリエッタでもこの付近は古く建設され、近代的なモールに比べて見劣りのする地区だった。その後、この一体は閉鎖されたまま月日が過ぎ、一体何をしているのかと気になっていた。 最近、ドーシットホテル前の駐車場ビルに上がってみて、初めてその全容がわかった。この付近の建築物はすべて取り壊して、全く新規に作り直しているのだ。もともとジープニー・ステーションだったランドマーク・デパートの西側一帯とアンソン・デパートがあった地区とあわせて広大なエリアが再開発中だったのだ。 まさかマカティ・コマーシャル・エリアの半分近くもあろうかと思われる区域が一気に再開発されるとは思っても見なかった。さすがアラヤのやることは桁が違う。一方グロリエッタの内部は壁で二つに仕切られ、壁には、「The new Glorietta will be worth the wait」と壁にかかれ、近未来に最も近代的なモールが出現することを予告している。 開発区域の西のはずれに建設中の建物はホテルとコンドミニアムの複合ビルで、この一等地に建設される超高級住居といえる。まさに建設ラッシュの天王山だ。        マカティそしてメトロマニラはまさに建設ラッシュににぎわっているが、マカティの中心までこれほどの大規模な建設が行なわれているとは思わなかった。しかしながら、フィリピンのこれほどまでの活力はどこから生まれてくるのだろうか。果たして今の日本にこれほどまでエネルギーは存在するのだろうか。  

マカティ、グロリエッタの再開発 2010年10月18日


フィリピン名物がことごとく新政権の影響で廃止、そして復活する中、アンヘレスもその例外ではなかった。遅ればせながら、最近のマニラ新聞に「女性ら 200人を人身売買容疑で拘束」というニュースが載った。今更、売春容疑(新聞には人身売買とあるが)もなかろう、と興味津々だった。たまたまその日アンヘレスに行ったので、その辺の事情を地元に人に聞くと、昨夜、「Forbidden City(紫禁城)」など、4つの店に手入れが入ったというのだ。何故、その店が狙われたのか、100軒以上のクラブがひしめくこのフィールド通りで、見せしめなのか、警察へのつけ届けが滞ったのか、議論は絶えない。  昼食後、早速、フィールド通りを歩いてみると、まず、フィエスタと称しておかしな格好として歩いている団体に遭遇。しかし、フィエスタにしては人数があまり に少ない。タバコ市のフィエスタだって数十~数百人の学生や児童が可愛らしいダンス行進を見せてくれる。観光客のチップ目当てのグループか、などと勘ぐっ てしまう。  そして、確かにあの「Forbidden City」が「CLOSED」と、なにか誇らしげに閉鎖されている。他の店はどう かというと、相変わらずの盛況だ。まだ昼間なので開いている店は限られていたが、私のなじみの「VOODOO」などは座る席が無いくらいの盛況だった。同 行した退職者も「VOODOO」のいかにもフィリピンのゴーゴークラブといった雰囲気にいかにもご満悦だった。右の写真は最近人気のAgasyaの外観。韓国人経営で、日本人好みの女の子が多い。 この日は初めてフィールドの中ほどにあるカレーやさんに入ってみた。「Rikako Curry House」と称したこの店はいつも目にはとまっていたのだが、あまりにもローカルっぽいカレーやさんなので入るのが躊躇された。入り口には女性のヌード の絵など似つかわしくないものが並べられている。 メニューはもちろんカレー中心だが他にも若干ある。カレーの値段は忘れたが気にならないほどだから、200ペソ以下だったと思う。食べてみておやっと思った。当たり前の話しだが、カレーが辛いのだ。日本の辛口程度で、甘党のフィリピン人にはちょっと手が出ない。私には丁度良いが、果たしてこれで一般の 客は喜んでもらえるんか心配だ。フィリピン人用に甘口なんてのもメニューに加えたらはやるのではないかと思った。   […]

アンヘレス最近の話題 2010年9月20日