比日経済連携協定(EPA)に基づき5月10日、273人のフィリピン人看護士/介護士が日本へ向った。このことが大きな話題になったのが2004年で、それから5年を経てようやく実現したことになる。500人の枠に対して、かなり下回る人数しか送り出すことが出来なかったのは、募集や受け入れのアレンジが国の機関が直接行なっていることによるものと考えられる。 一方、半年の語学研修を経て、働きながら勉強し日本語で看護士/介護福祉士の資格を3/4年以内に取らなければならず、チャンスは一回限りで、受験に失敗すると帰国しなければならない。3~4年の勉強で日本語の国家試験に受かるはずもないから、結局この制度も研修と称する人材派遣に過ぎないといえる。それにしては給与が手取りで1000ドル程度というのは低すぎる。彼らは 2000~4000ドル程度の収入を他の先進国では手にすることができるという。しかも、受け入れ事業所にとって、日本人を雇うよりはるかな大きな負担がかかるというが、このお金は一体どこへ行ってしまうのだろうか。 それでも、フィリピン人看護士、介護士が日本へ行くことになったのは夢の実現への第一歩だ。ジャパユキさんにとって代わって、花街でない介護という人間性が問われる現場でフィリピン人が日本のお年寄りを面倒見る。そこで真のフィリピン人の姿を見ることができるだろう。そうしたら、現状の制度がいかに無意味で現実離れしているかが議論され、フィリピン人看護士/介護士の受け入れに大きな進展が見られるのではないかと期待される。 さらにまた、今まで「危険、汚い、金なし」の3 Kの代表と思われていたフィリピンだが、日本にいる日本人がフィリピン人の温かい心に触れることにより、それがまったくの偏見によるものだということが認識され、退職者がなだれをうってフィリピンにやってくるのではないかと夢は広がる。