農場訪問


7月1日からは封鎖がさらに緩和されるものと期待していたが、あえなく7月15日まで現状維持と発表され、その期限も近づいてきた。今度こそMGCQ(もっとも緩い隔離措置)と期待出来そうなので、在宅勤務であるならば、どこにいようと関係ないと、キアンを伴ってビコールの農場に疎開することにした。 仮に7月16日からMGCQになったとしても、毎日1000人を超える感染拡大が止った訳でもないので、当面、20歳未満と60歳以上は在宅自粛が求められ、外国人の入国も許されず、本業のビザ取得サポート業務も開店休業状態だろう。さらにPRAも半身不随でID更新のアポをとるだけでも容易なことではなく、当方としては最低限の業務をこなすことしかできない。この状態がいつまで続くかわからないので、当面、ビコールの農場で過ごすのが肉体と精神の健康を維持するために賢い選択というものだ。マニラへの帰還の目安としては、とりあえず外国人の入国が許されてPRAが本格稼動するまで、あるいはキアンの学校が再開されるまでということだとうが、数ヶ月に及ぶ可能性もある。 そもそも、この話は、今回の封鎖期間中、嫁の田舎に疎開していた息子が、それに懲りて、今度、地方への移動が許されたら、ビコールの農場に疎開したいと言い出しのがきっかけだ。3ヶ月間の田舎のスコーターでの暮らしは、なんだかんだ言っても辛かったようだ。それで、7月16日以降の封鎖緩和を見越して、息子一家、そしてキアンを伴って一年ぶりに農場に行こうということになった。それを聞いたキアンは飛び上がって喜んだのはいうまでもない。 問題は、ママ・ジェーンがキアンの一人旅を許すかどうかなのだが、キアンはどうせ許されないと、はなからあきれめ顔だった。しかし、意外にも、自分も、他の二人の子供を連れて2~3週間ジョインすると言い出したのだ。彼女としても週に一度の外出(食料の買い出しとPRAの用件など)だけで、毎日、料理と昼寝に明け暮れるのもいい加減に飽きが来ているに違いない。それに他の子供達も4ヶ月もの間、家に閉じこもりっぱなしというのも良いはずない。ママ・ジェーンも一緒という話を聞いたキアンの顔が一瞬、苦虫をつぶしたようになったのは、まさに(笑)だ。いずれにせよ、ママの承認が取れたとキアンは上機嫌だった。 そして、私は、数ヶ月の農場滞在、在宅勤務の準備構想に思いをめぐらせた。まず、業務に必須なのがパソコンとインターネット、パソコンは現在使っている環境をそのまま持って行くことにした。別途同じ環境を整えることはあまりに面倒な作業だ。もちろんスキャナー付のプリンター、さらに田舎では停電が頻繁に起るのでUPS(無停電装置)が必須だ。しかし、これらの装置全部持っていくと、マニラでママ・ジェーンが何も出来なくなるので、予備のプリンターのインクを買って動くようにしておくことも必要だ(古いプリンターはインクカートリッジ式なのでインク代が高いが、少量なので良しとした)。インターネットは家庭用のWifiを購入して持参するつもりだが、果たして十分機能するかやってみなければわからない世界だ。去年はだめだったが、この一年の間になんらかの進歩があるだろうとの期待だ。それがだめだと在宅勤務もままならないので、毎日街にでて、E-メールを使わなければならなくなる。 さらにキアンのカシオ電子ピアノの持参もオンラインレッスンに必須だ。水泳用具一式、私の精進料理用の食材(2か月分)、糖尿病の薬(2か月分)などと、まるで引越し騒ぎとなってきてしまったが、旅行と一緒でこんな準備が楽しいものなのだ。 ママ・ジェーンは、この機会を捉えて、早速キアンに、歯ブラシを言われなくてもしっかりやることと、私には玉石混交、風が吹けば桶やが儲かる式の条件をつけていた。そして翌日、キアンが早速、ビコールには行けなくなったと、悲しげな顔をして話しかけてきた。ママ・ジェーンに承認を取り消されたというのだ。理由は、歯ブラシが上手に出来なかったからだそうだ。 キアンに行くなということは、私に行くなということに等しい。キアンは私が留守にすると、2~3歳のころから、ベッドの下を探したり、部屋でボーッとして涙ぐんでいたり、よりどころを失ったようになってしまう。それを無視して、私が、2~3ヶ月も一人で家を留守にするというようなことはありえないのだ。ハイスクールに行くころになれば、彼女に夢中になったり、乳離れすると思うのだが、あと数年、私の去就はキアン次第なのだ。 それを歯磨きがどうのこうので、このコロナ禍を逃れて、私の健康と業務を両立するための疎開プランを否定するなど、一体何を考えているのかとあきれる。しかし、どう考えても本気とは思えず、単にキアンのしつけの材料に使っているにすぎないのだろう。それで、「ママはいつでも気が変るので、しっかり歯ブラシをしなさい」とキアンを諭す。案の定、翌日にはOKになったと思ったら、その翌日にはまただめになったとか、キアンの心は乱れるばかりだ。 仮にしつけであろうが、一旦、褒美を与えて、言いつけを守れないから、取り上げるというのは、しつけの原則の真逆だと思う。これをやり遂げたら褒美を与えるというのが原則であるはずだが、ママ・ジェーンの一旦褒美を上げてしまって、それをあとから取り上げるという方式は、子供のやる気を促すのではなくて、やる気を奪うだけだ。おまけにそれでもだめなら、はったおして恐怖心を与えて言うことをきかせるというのは、決して子供の成長を促すことはなく、ひねくれた好ましからぬ大人に育てるだけだろう。 一方、ビコール行きに盛り上がっている間に、15日に封鎖がさらに緩和される見通しが怪しくなってきた。新規感染者は相変わらず、毎日1000人を越え、逆にGCQからMECQに規制が厳しくなるという観測が流れはじめた。そうなるとビコール行きも怪しくなるので、キアンには、歯磨きがどうのこうのよりも、もっと大きなところで、ビコール行きはだめになるかもしれないとキアンと自分に言い聞かせている。さらに、そうなるとPRAも再度閉鎖されるかも知れず、お先真っ暗といったところだ。 状況は大分違うものの、日本も再度感染の拡大が進んでいるが、政府は非常事態宣言も出ししぶっている。フィリピンにおいても、ここで再度厳しい封鎖を実行したら、庶民の経済的打撃から、もはや人心をコントロールできなくなるだろう。したがって為政者は、経済とコロナ感染対策を両立する策を模索しなければならないという難しい状況にある。単に封鎖措置を厳しくして逆戻りというのでは、当方としても、さらに数ヶ月間、マニラで家に幽閉されるという状況に陥ってしまう。直りかけた病気が再発するとショックで闘病の気持ちがなえてしまうというが、全くその通りだと思う。なんと目からうろこの妙手を編み出して欲しいものだが、そうでないと、このまま老いさらばえてしまいそうな気さえし始めている。

農場へのコロナ疎開は果たして実現できるのか 2020年7月11日


4月3日(月)から4月16日(日)の2週間、ホリーウイーク(4月10日~16日)を含んで農場ですごした。公には、台風被害を受けた農場の修復ということだったが、本音は、パパカーネルがKIANに少しでも長く農場生活を満喫させたいという意向によるものだった。私としては、2週間のブランクは仕事上きついものがあるが、幸い、来客の予定が入っていなかったので決行することにした。しかし、ポケットWifiを持参したものの農場では全く訳にたたず、インターネット無しでは顧客の問い合わせにタイミングよく対応することができず、ストレスがたまる一方だった。また、マニラ帰還後の17日(月)の週は朝から夜半まで多忙による地獄の一週間だった。一方、KIANは、農場のプール、ビーチ、プールリゾート、そして極めつけの誕生会(7歳)で、2週間の農場滞在を満喫してもらった。 4月3日(月)500km、12時間の旅にハイエースで出発、KIAN、従姉妹のアレア、それにヤヤとメイド、ボボイが運手する。持参した携帯のナビとポケットWifiが渋滞をさけるのにおおいに役立った。 中間点のグマカでは海沿いのレストラン・リタで食事をとるのが定番だ。なししろ安くてうまいのでいつでも満員だ ビコールに入ると道端で野菜やスイカを売っている。同行したヤヤにもと5個も買ったが、重いので誰も家に持って帰らなかった 4月5日(水)一日休んだ後、早速、近場のバカカイビーチへ繰り出した。  近場と言うことで、サントドミンゴとバカカイが候補に挙がったが、ジェーンとアランはかたくなにサントドミンゴが良いと主張する。私は、サントドミンゴには何度も行っているので、そこにはもはやビーチはないと言っても彼らは聴く耳を持たず、執拗にサントドミンゴを勧める。しかし行ってみれば一目瞭然だった。知りもしないことを強力にすすめる精神構造はなかなか理解できないが、親切心から言っているのであって、決して責めてはいけない。しかし、当方としては、それが本当なのか、こちからでまかせなのか、見極めるテクを身につける必要がある。とにかくフィリピーノは知らない道でも、聞けば教えてくれるというホスピタリティーに富んでいるのだ。 久しぶりのビーチにKIANは大満足。ただしこのビーチはマヨン火山の噴火の影響で砂が黒いのが難点だ いとこと遠浅のビーチで水遊びを満喫 4月6日(木) 従姉妹の小学校の卒業式で、農場で過ごす。KIANにとっては、従姉妹の卒業式などはどうでもいいことのようだ。 プライベートプールなので、水が汚れないように裸で泳がされている アレクサとヤナが借り物のガウンで卒業式に出席 4月7日(金) KIANのたっての願いで、再びバカカイ・ビーチへ いとこのアレクサはKIANの面倒を良く見てくれる 砂はきめが細かくて上質ではある、火山灰なので体にもいいそうだ 4月8日(土) カグラライ島訪問、偶然見つけたマタアス・ビーチは人手が入っていない秘境だ […]

KIAN、夏休みを農場で満喫 2017年4月30日



用事があって退職者のゲストを伴って農場のあるビコール、タバコ市へ出張することになった。その話を横で聞いていたKIANは即座に自分も同行すると宣言した。一年ぶりの農場行きとなって、夏休みに突入したKIANをマニラに残していくということはありえないので、2泊だけだよと言い聞かせて同行させることになった。 NAIAターミナル3の登場口で、笑顔を押さえきれないKIAN、一本歯がちょっと気になるが ひょんなことで日本旅行が実現したKIANにとっては、農場行きは当然のことと受け止めているようだ。幸い、早めにチケットを確保したこともあって、4人で1万ペソ強と、一人片道1000ペソちょっとという格安のチケットを確保することが出来た。 ボニファシオ・グローバル・シティとアメリカン・セメタリー、周りにいくらでも土地があるのにここだけに高層ビルがひしめいている しかしながら、KIANはそのまま2ヶ月の夏休み中、農場に滞在しようと企みがあった。家族の誰か一人でも一緒に農場に滞在してくれればいいからと、私に執拗に頼み込んできたが、いくらなんでも2ヶ月も仕事を休むわけにはいかない。その代わり、ホリーウイークを長めに休んで、4月1日からホリーウイークの終わるまでの2週間、農場に滞在するということで話がついた。昨年末の台風で農場がかなりの被害を受けたので、その修復のためにも一石3鳥の休暇となるわけだ。 マヨン火山は残念ながら雲の中、それでも両手をひろげて大喜びのKIAN 4月18日(土)、パパカーネルが運転するハイエースでNAIAターミナル3へ向かうKIANは終始ご機嫌で、久しぶりのレガスピのエアポートにおりたつと、その喜びを全身で表していた。農場に到着すると、早速、お気に入りのプールで水遊び、さらにトライシクルで遊び、さらに動物たちとのあいさつに忙しい。 たったの2泊だからプールに水を入れることを躊躇していたママ・ジェーンを説得して水を入れさせたが、そんないきさつはお構い無しにKIANははしゃぎまわっている。 ダシン叔父さんのトライシクルはKIANの格好の遊び場だが、マフラーに足をふれてやけどをしてしまった 豚が丁度お産をした後で、9匹の子豚が可愛い。しかし、農場の主のカラバオは死んでしまったそうだ 二匹のサルが飼われていた。前回の訪問中に死んだしまったのだが、再び手に入れたようだ。しかし、どういうわけか2匹とも雄だった 農場にはママ・ジェーンのお兄さんのアラン一家が移り住んでいた。一年ぶりだから、赤ちゃんが子供になって歩いているのが当然だが、もう一人、赤ちゃんがいたので、混乱した。どっちがどっちなのかわからなくなってしまった。聞いてみると、つい2ヶ月前に新しい子供が生まれたのだという。なんともはや電撃的なすばやさだ。これでアラン叔父さんは3人の妻にと6人の子供を作らせたことになる。しかし、面倒を見ているのはこの二人だけで、あとは、元妻の実家やおばあちゃんが面倒を見ている。もっとも4人目の子供ヤナ(10歳)は元々農場に居候しているので、現在は一緒に暮らしてはいるのだが。ちなみにヤナのお母さん(アランの二人目の妻)は癌で他界しており、それまではダバオで生活していた。 アリヤナという名前のこの子は姉さんのヤナとほとんど同じ名前だ。 一方、アランの元妻(正式な妻)もアランと別れた以降、複数の男性と5人の子供を作っているそうだ。アランの前に一人、アランと3人、そして5人、合計9人の子をなしたという子作りの達人だ。長女のアライサは、今年20になるのだが、現在、レガスピの名門私立大学に通っている。将来クルーザー(豪華客船)の乗組員になって世界を回り、8人の兄弟を学校にやるのだと頑張っているとのこと。そのためにHRM(Hotel and […]

KIANの農場訪問、2泊3日の旅 2017年3月26日


ホリーウイークの休みを利用して、レガスピの高台にあるジェーンの土地を訪問した。現在フェンスを建設中で、引き続きレストハウス(5部屋ほどの小ぶりのもの)を建設予定とのこと。近い将来完成するので、退職者の方も是非宿泊してほしい。 左手にはマヨンを望む(農場とはマヨンを挟んで丁度反対側になる) 道路沿いに所有権を主張するフェンスが張られている。              土地は、案外なだらかで資材の運搬もさほどの問題ではなさそうだ。当面はヤギや牛を放牧するということだが、まったく問題なさそうだ。 マヨンの風景は下からも十分満喫できる。 道路から一番離れた敷地の奥に小さな小屋が作られ、そこで作業員が寝泊りして建設工事に従事している。 自給自足をしようとしているのか、畑を作って作物を栽培している。またさらに敷地全体に果物の苗が植樹がされている。 この斜面でも作物を作ることができるという証明でもある。 レガスピ市を眼下に見渡す石の上で一休み。KIANは眠っていたので、私に抱っこをせがんで土地を視察した。KIANにこの土地は誰のものかと聞いたら、誇らしげに「ミー」と答えた。もっともKIANにとってみれば、農場も自分のものと思っているから、しかたのないことだ。しかし、遠い将来を見ると、この土地は確かに遺産として彼の手に入ることになるのだ。幼少にして資産を持つということはうらやましい限りだ。子供に資産を残してやりたい、これは親としての夢なのだろう。 […]

レガスピの土地(MJYハイランド)視察2016年3月27日



今年は、3月24日(木)と25日(金)がホリーウイークの祝日となり、この週、田舎は帰郷した人々で沸きかえった。我々も22日(火)から26日(土)まで農場ですごしたが、雨はまったく降らず、マヨン火山はその雄姿を満喫させてくれた。23日(水)はカーネルらが車で農場に向かったが、連休の前日とあって、ビコールへ通じつ国道は大渋滞で、朝の5時に出発し、到着は夜9時を回った。24日(木)はレいよいよ工事に取り掛かったガスピの土地を見学(別途報告)、25日(金)は、ホリーウイークの最大イベントのパレード、この日は最終日と会ってゴメスファミリーが全員集合。26日(土)早朝、車は朝5時にマニラに向けて出発、我々(KIANとその両親、それに私の息子)は飛行機でマニラに向かった。今回は4泊5日の短期間なのでで瞬く間にすぎてしまった。 私のかばんを引いて旅行客気分を出すのがKIANの最近のスタイルだ。 レガスピ空港から農場のあるタバコ市に通じる国道は4車線に拡幅工事が進められている。せっかく拡幅したが、そこは格好の籾の干し場となってしまっている。一方、拡幅のおかげで道路の中になってしまった木は相変わらず伐採されずに残っている。 たまたま、タイから戻っていた、ビッグマミーのお姉さんのソーニャが作ってくれたカニ(渡りガニ)のカレー、カニ味噌をカレーで味付けをしたタイ料理だそうだ。タイ料理店並のなかなかの美味だった。 みなで食べる食事は、とてもおいしいとみえ、KIANも、みなに混じって台所の食卓を囲んでいる。一方、私は息子と二人だけでダイニングで食事をとるはめになった。 このころ、丁度収穫の時期で、農場の水田も米がたわわに実っていた。新米にありつけるのも、もう少しだ。 闘鶏の雛がたくさん生まれていた。しかし、まだまだ、オスもメスも区別がつかない。全部で30羽ほどの雛がいたが、さらに抱卵中のメスもいたので、50羽程度になるだろう。しかし、育った闘鶏がどこへ行くのか私は知らない。これらの闘鶏はジェーンの兄弟のダシンらが面倒を見ており、当方は場所を無償で貸しているだけなのだ。もしかしたらえさ代も出させられているかもしれないが。 母豚が大きなおなかをしていて、出産もまぢかだ。KIANは、やはりまだまだ、その巨体にビビリ気味だ。  棒を拾って忍者気取りのKIAN、マヨン火山を背景に「マヨンの虎」を気取っている(ちなみにKIANは寅年生まれ、ママ・ジェーンは辰年なので、まさに竜虎となる) 巨大な芋の葉にびっくり、ちなみにこの芋は毒があって食べられないらしい。   カバヨ(馬)のジンポはマヨンを背景に草刈に余念がない。息子は、馬、牛、ヤギなどが苗木を食ってしまうので、かなり広い土地が牧草地となっていて、果物の苗を植えられないとぼやいている。しかし、これらの家畜は農場のシンボルであり、草刈に寄与しているということで処分を免れている。いずれはレガスピのジェーンの土地に移そうという話が持ち上がっているが。 オスざるが2匹いたが、オス同士、なかなか中が良い。今度のサルは、女・子供に優しいので、KIANもビビらないで、手を差し伸べたり、頭を差し出して、「しらみ」をとれとふざけていた。ちなみに、KIANにはもちろんしらみはいないが、ビッグマミーが子供達の頭の毛をかきわけてしらみを取っているのは、よく目にする光景だ。 黒豚については、正月の息子の豚ショックで、その繁殖をあきらめ、その後の処置を考慮中だ。当の黒豚たちは近づくと駆け寄ってきて、可愛らしい。 前回の訪問では見かけることができなかった「カラチュチ」が咲きはじめていた。家の周りに並んでいるので、満開になるとまるで、お花見のようになる。 […]

ホリーウイークの農場訪問 2016年3月26日


3年ほど前から、息子が黒豚の放牧養豚に挑戦して、フェンスなどを作ってきた。そして、4頭の子豚で始めたものが、15頭ほどに増えて、そろそろ収穫の時期を迎えた。 一般的な食用の豚は、放牧すると死んでしまうそうだ。要は食用に改良された豚は自然の環境では生き延びることが出来ず、豚小屋と人工的に作られた飼料を与え続けなければならない。しかし、その飼料には抗生物質などが入っていて人の体にどんな影響を与えるか計り知れない。 猪に近い黒豚(Native Pig)ならば、草や残飯、あるいは糠で成長し、手間と時間はかかるが自然農法に通じるものがある。そこに目をつけて4頭の子豚を購入して飼育を開始したのだが、意外と手間取った。ちなみに普通の白豚は半年くらいで食用に供されるが黒豚は2年ほどかかるようだ。 正月も開けて、いよいよ去勢しておいた雄豚一頭を試しに食べてみようということになった。ちなみに去勢しないと肉が臭くて食べられないそうなのだ。そして1月2日、いよいよその時がやってきた。 頭数も増えて、いつもいずれかのメス豚が妊娠している。お産の時が近づくと妊娠しているメス豚は草を噛み切ってせっせと木陰に運んでいる。誰が教えたでもないだろうに生まれてくる子豚のための巣を作っているのだ。なんともはや、心が打たれる自然の営みだ。人に食べられるために生まれてきたとは言え、メス豚は本能に指示に従って、けなげに子育ての準備をしているのだ。 この日が豚生の最後となる雄豚は、それを察しているかのように抵抗する。ファームハウスの裏手につれていくのも3人がかりだ。   いたいけのない雄豚、その目も悲しみをたたえているように見える。 鼻をなたで一撃され、どっと倒れ、即座に頚動脈を一突きされ血を抜かれる。この血も大切な食用となるから大切に回収される。 そして、お湯をかけながら毛をそる。肌は意外にも真っ白だった。息子は、これから頻繁に処分することになるので、自ら手がけることにしたが、これが後から思いがけない結果を生むことになった。 豚の頭はレチョンにしたら最高だ。しかし、静かに眠る黒豚には哀れを感じさるをえない。    黒豚の肉は硬いので数時間かけてアドボにして一部を翌日マニラに持っていった。歯ごたえがあり、脂肪までもおいしくて、みなハッピーの様子だった。 しかし、翌日、息子から連絡が入って、どうしても黒豚を食べられないという。手塩に育てきた黒豚の顔を思い起こすと、吐き気がして、とても食べることなど出来ないというのだ。黒豚を殺すときの顔が夢にまで浮かんでトラウマになってしまったのだ。ビッグマミーも感情的にとても口をつけることはできないとのことだ。そのため、数日後、冷凍された肉はすべてマニラに送られてきた。 […]

黒豚の悲哀 2016年2月11日



いよいよ大晦日、今年も盛大にクリスマス兼年越しパーティが行われた。しかしながら、はしゃぎすぎたのかKIANは熱を出して体調不良だ。 しばらく休んで体調を回復したKIANはパーティの余興に参加。それまでの不調が嘘のようにパフォーマンスを披露する。パーティ・ボーイの面目躍如だ。   CIMG4570 写真番号をクリックして、KIANの踊りの動画をみてください しかし、パーティが始まるころには再びダウン。 肝心の家族一同の記念撮影に参加できなかった。 それでも気力だ回復して復帰。クリスマスプレゼントの配布に参加。 12時の鐘がなると、悪魔祓いの儀式が開始される。   そして、深夜の食事会、これで今夜2回目の食事だ。。        外では、この日、犠牲になった豚の料理が早朝まで続けられた。これは翌日のアランの5人目の子供の洗礼式(バプティスマル)のものだと後から知った。

恒例のクリスマス兼年越しパーティ 2016年2月11日


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農場の農産物と言えば、まともなものは米だけだが、最近、息子が滞在して、色々な農産物に挑戦している。ゆくゆくは自給自足を目指しているが、目標としては有機無農薬の一歩先を行く、無肥料無農薬(自然農法)だ。虫も食べないような野菜は人間に良いわけがない。また、自然の植物の堆肥以外の鶏糞や牛糞などもなにが混ざっているかわからないし、有機というだけで安全というわけにも行かない。だから、自然の草木以外の肥料さえもやらないというのがポリシーだ。 ちなみに、農場で出来るバナナやパパイヤなどの果物は、幸か不幸か、植えただけでほったらかしだから、期せずして自然農法となっている。 安価で栄養価の高いパパイヤ。いつでもどこでも幾らでもなる。しかも青い実は野菜、熟したものはみずみずしい、マンゴ、バナナ、パイナップルと並んで熱帯果物の王様だ。 糖尿病などにも効くというグアバ、甘みもなくて、果物と呼ぶのがふさわしいかどうか疑問がある。 チョコレートは大好きでも、その原料を知る人は少ないだろう。木の幹から直接なっているカカオがそれだ。 白い果実に包まれた茶色の実、これがカカオだが苦くて口にする気にはなれない。 白い部分を食べて、残った種を乾かして発酵させ、すりつぶしたものがチョコレートの原料となる。さらに砂糖と油こねて食べるのだが、市販のチョコレートのまろやかさには遠く及ばない。 いよいよバナナだ。一生に一回しか実をつけないが、その量には圧倒される。自然農法のバナナはほの甘くておいしい。 このえたいのしれないバナナも立派なバナナで、案外おいしい。まさにバナナの原種を思わせる。 一見、ただの草のようだが、レモングラスという立派なハーブだ。ハーブティーやチキンのおなかに入れて香りを出すのに使われる。農場の道沿いには大量に生えている。 日本から持ってきた種でつくった貝割れ大根。息子の味噌汁の具として重宝している。   地上最大の果物として有名なランカ(ジャックフルーツ)。果物の王様あるいは悪魔といわれるドリアンに似ているが、はるかに食べやすい。これも若いうちは野菜として、熟すと甘い果物として重宝されている。 今回、初めて見かけたが、なにやらおいしそうだ。塀を覆っているポインズンアイビーが育ちすぎて実をつけたものだが、その名の通り毒がある。 農場の主な産物は米だが、これは、農夫に任せっきりで、無肥料、無農薬にはまだ程遠い。いずれ、私が引退して農場に常駐するようになったら挑戦するつもりだ。

農場の産物 2016年2月11日



今年の年末年始はマヨン火山の当たり年で、その風情を十分味わうことが出来た。 まずはじめは夕方、マヨン火山をバックにポーズをとる我が家のカメラマンのアテ・キム マヨン火山を覆うような雲。ちょっと風情がある 今、農場で暮らしている息子のバイク姿。バイクでタバコ市に買い物に行った帰りだ やしの木とマヨン火山の組み合わせはよく似合う   ビアンカと、ハイスクール時代の親友とのツーショット   トヨタFJクルーザーとマヨン火山の相性は今一かも   筆で書いたようなくも、かなりレアものだ   KIANとマヨン火山とのツーショットはたくさんあるが、KIANももはや少年だ 玄関からのマヨン火山、カラチュチの花がないのがさびしい    […]

マヨン火山百景 2016年2月11日


農場にやってくると、KIANは、必ず、もうマニラには帰りたくないとダダをこねる。同年齢のいとこもたくさんいて遊び相手には事欠かないし、農場の中を自由に走り回って、動物たちに餌をやったり、まさに農場はKIANにとって天国なのだ。 まずはKIANとその家族のショット。 カラオケは、いつも子供達の一番人気だ。KIANも知らぬ間に画面を見ながら流行の歌を歌っている。英語の家庭教師のおかげか、KIAN読み書きも大分上達したようだ。これなら遊びながら読み書きを覚えるので、KIANにはカラオケが一番と奨励することにした。 KIANが退屈しないようにとレゴを持参したが、子供達は夢中になって遊んでいた。ビアンカはちょっと違った形でレゴに参加している。 子供達のスナップ写真。みな写真を撮られるのが大好きだ。   プールの近くに作られたベンチ、これはコンクリート製だが、なかなか風情がある。夜、照明をつけたらなかなかのムードだ。 公文の宿題を使って小学生でコンテストを行った。9+7=?や11+8=?などの単純なものだが、小学生のいとこ達は、指を使って、まるで指の体操のようだったが、KIANは指を使わないで、すらすらと解いていく。まさに公文の学習の成果だ。スピードはかなわなかったものの、指を使うことを禁止してみたら、KIANが勝っていた。KIANが小学校に入るころは5歳上の子を凌駕するのは間違いない。 KIANは動物のえさやりが大好きだ。二つ目の写真ではKIANの手のひらにトンボを受け取ろうとしている。 最後はKIANのソロ写真。一枚目はマジック、二枚目は庭の花をプレゼント。最近は、このなんともいえない表情をする。     

農場は子供達の天国 2016年2月11日