実質婚と実質家族 2013年5月18日


最近NHKで、実質婚(あるいは事実婚)というテーマの番組をやっていた。法的な婚姻関係にはないが、実質的に婚姻関係にある場合の損得についてだ。かつては内縁の妻、あるいは夫と称していたものだが、最近は内縁という響きがよくないためか実質婚(事実婚)と称しているようだ。

 熟年になって、離婚あるいは死別によって配偶者を失った親が、子育ても終わり、その後の長い老後の人生のパートナーを求めて、お見合いなどで婚活、そして結婚するということが多いそうだ。しかし、結婚となると相続の問題やら、相互の子供達の関係で、色々ややこしいことが多い。そのため、法的には婚姻関係にはないが、実質的な結婚生活を行うという選択をするようだ。

 仮に法的に結婚して、どちらかが亡くなった場合、なくなった配偶者の子供に義理の親の扶養義務が生じるため、子供達は結婚に反対することが多い。また、親の遺産が見知らぬ人間に持っていかれてしまうのも子供としても納得できない。しかし、実質婚ならその面倒もないので、子供の理解が容易に得られるというわけだ。

 核家族ないし家族崩壊の進む日本で、いかにもありうる問題だが、親の面倒でさえ嫌う子供達が余計なお荷物を背負いたくないという、いかにも考えそうな、なんだか寂しくなる現実だ。一方、子供たちに迷惑はかけたくないという親達が、残りの人生を一人で生きるのは、あまりに寂しいから、熟年でパートナーが必要とするのも理解できる。

 かつては日本も、配偶者を失った親たちは、子供そして孫と生活して、何の寂しさを味わうこともなかった。しかし、子供や孫との同居することが普通でなくなってきた日本の家族では、親としても新たな核家族のメンバーが必要となっているのだ。

 日本の熟年独身男性が老後のパートナーを求めて、若いフィリピーナと結婚をするケースが多い。自分より、二回りや三回りも年下なら、自分より先に死ぬことはない、しっかり介護もしてもらえるという、なんとも身勝手な理屈だ。一方のフィリピーナは日本人と結婚すれば、日本に行けて、フィリピンに残された家族の生活も面倒見ることができるという、かたぎな覚悟=打算で結婚に踏み切る。さらに、どうせたいして長生きもしないだろうから、いずれ、晴れて自由な身になり、新しい夫を見つけて、ばら色の人生を歩めるであろうという淡い夢を見ていることだろう。まさに実質婚に対して形式婚というわけだ。

 お互いの目論見=打算が一致して、結婚にいたるだが、果たして、そんな結婚生活がうまく行くのか、多いに疑わしい。しかし、まさに、この形式婚を二人の努力でいかに実質婚に熟成させられるかが鍵だ。 

CIMG6312s-4フィリピン人にとって、家族とは両親、兄弟、自分と兄弟の配偶者、自分と兄弟の子供達等々と範囲が広く、軽く2-30人に達する。ファミリーメンバーの関係も、実質、形式、血のつながり、その他成り行きなど種々雑多だ。それらが運命共同体として助け合って生きていく

 フィリピンでは離婚という制度がない。アナルメントという「裁判官がその結婚が不当で初めから存在していないと判定した場合、婚姻を解消できる」という制度がある。しかし、数百万ペソの費用と数年の歳月を要するために、よほどのお金持ちでないと離婚はできない。だから、結婚をしていても、もはや実質的に婚姻関係にない夫婦が、それぞれ別の家族を持ち、生活しているという、ややこしい夫婦がたくさんいる。

 一方、離婚はできないとか、夫婦の資産は共有とか、面倒な規制がある法的な結婚(形式婚)を嫌って、はなから実質婚を行う傾向もある。実質婚でも実質的に家族を形成し、なんら普通の結婚と変わらない結婚生活を送り、子供も作る。お互いの家族との交流もなんら変わるところがない。これは、両者がある程度の社会的ステータスがある場合などに見られるようだ。

 そもそも法的な結婚とは何なのか。結婚生活が破綻して離婚という羽目になったときの離婚調停やら愛し合っていたはずの夫婦の憎悪と確執は一体何なのだろう。元々実質婚だけであれば、恋人同士が別れるときのように、しばしの涙ですんでしまうだろう。

 そもそも結婚とは、愛し合う男女が共同生活をして子供を作り、家族が形成される、さらに子供が配偶者を向かえ、孫を作り、皆で育てる。そのような共同生活を送り、日々の糧を共同あるいは分業して得るという人類の最小限の共同体だ。それは自然発生的なもので、別に法律であれやこれやと規定しなくても自然のルールというものがあるはずだ。紙に書いたルール=法律が、時代が変わって現状にマッチしなくなったとしても別に不思議なことではない。

CIMG7850s-4ゴメス一家の大黒柱のジェーンは一家を見事に統率しているが、ジェーンの一粒種のKIANは将来の大黒柱の期待を一身に背負い、プリンスとして君臨する。三才の誕生日には一族がかけつけて未来のKINGを祝う

 ジェーンの長兄のダシンは形式婚と実質婚が見事に合致した理想の家族だ。二人は幼馴染が結婚し、3人の子供をもうけ、お互いに他の異性を知らないという絵に描いたような夫婦だ。子供達も、とても優しい聡明な子供に育っている。ところが最近、長女のバネサ(17才、大学1年生)が同級生と恋に落ちて、ジェーンが徹底的に妨害し、母親は理解を示すものの、父親はジェーンの命を受けて反対し、バネサは見る影もないほどにやせこけてしまう、という問題に直面している。恋の相手は中々聡明な男子だそうだが、スコーターの極貧の子で、そんな恋はバネサの将来にとって百害あって一利無しと、ジェーンが認めないのだ。

 次兄のアランは、たまたま遊びの相手にした女を妊娠させて、ジェーンが強制的に結婚させた。3人の子供までもうけたものの、実質婚といえるにはほど遠く、やがてアランは別の女と一緒になり、中むつまじい実質婚生活を送っていた。可愛い女の子までもうけたが、実質妻はガンで他界し、子供達を形式妻の実家やマミーに預けたまま、アランはあらたな相手を見つけて実質婚をはじめている。件の形式妻は、やはり別の男と実質婚生活をしている。

 末っ子のボボイは、これまた、遊び相手の高校生をはらませて、双子を設けたが、18歳未満ということで、相手の家族の要求を退け、正式な結婚はしていなかった。最初はいやがっていたものの、4人の子供までもうけ、順調な実質婚生活に見えた。しかし、最近、実質妻が子供をほったらかせて泊りがけで友達と遊びに出かけたことに(ジェーンは女友達だと言っているが多分男友達とだと思う)、ボボイが腹を立てて、家族が崩壊してしまった。もともと正式に結婚していなかったから、別れはいとも簡単だった。しかし、彼らの子供達にとってはいささか迷惑なことだ。ジェーンはこんなこともあろうと籍を入れさせなかったとうそぶくが、当のボボイは次の相手を見つけてLove Lifeに余念がない毎日だ。

CIMG8186s-4不肖息子もゴメスファミリーの一員であるビアンカ(17才、左端)との婚活に余念がないが、ゴメスファミリーと志賀ファミリーの合体を目指して、私も応援に余念がない
 
 私生児だとか母子家庭などと響きの悪い言葉は過去にあったが、最近はシングルマザーなどと格好の良い言葉が使われ、イメージが大分向上した。親が法的に結婚しているかどうかで子供の扱いを差別することなくなってきている。確かに法的に結婚していなくても、家族と周囲が認めれば実質結婚生活に何の支障もないし、夫婦にとっても法的に結婚しているかどうかなどは二人の愛情に何の関係もない。ただ、配偶者がもう一方の配偶者の財産の相続や遺族年金の受領に支障があるなど、法的な違いがあるが、もし、妻に生活の糧が在るとしたら、一方の配偶者からの法的な保護も必要ない。男女平等の世の中にあって、結婚という法制度はいずれ無用の長物になるだろう。

 しかし、これは法的な制度(形式婚あるいは形式家族)の話であって、実質婚、そして実質家族は人類が存続する限りあり続けるだろう。人は決して一人では生きられない動物で、家族の仕組みこそが人類700万年の歴史のなかではぐくまれ、人類をここまで繁栄させた最強の仕組みなのだから。

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