フィリピンの介護ビジネスの現状 2013年5月19日


先日、フィリピンの介護施設にお父さんを入居させるので、退職ビザの世話をして欲しいとの依頼があった。軽度の認知症だが、お母さんとの二人暮しで、子供達はそれぞれの生活があって、一緒に面倒を見ることはできない。高齢のお母さんは介護疲れでほとんどノイローゼで、もはや我慢の限界だという。もちろん訪問介護のサービスをも受けているが、体格の良い大柄の夫を高齢の身一つで24時間、休み無しで面倒を見るのは容易なことではない。

 公共の施設を当たってみたが、まだ入院させるほどの認知症とはいえないと門前払いをくらい、申し込みさえもできなかった。特養などは、どこも数百人~数千人の順番待ちで問題外(待機者は全国で42万人にのぼる)。私立の施設に入れようものなら、経済的に子供たちすべての家計が成り立たなくなってしまう。そこでたどり着いたのが、フィリピンでの介護だ。フィリピンでは唯一ともいえる外国人向けの介護施設を見つけ、そこに入れることとなった。1ヶ月だけと、騙し騙し連れてきたそうだが、認知症の親を日本で家族が自力で面倒を見ることは並大抵な事ではなく、家族崩壊の危機に直面せざるをえない。その解がフィリピンにあったのだ。

 先ごろ、大学の先生が、フィリピンの介護施設の現状についてヒアリングにやってきた。私の回答は以下の通りだ。

①フィリピンでは介護施設は成り立たない。現にいくつもの日本人向け介護施設が作られたものの、どれも介護施設としての運営が成り立っていない。あるいはアモーレの里のようにあれほどまでに立派な施設を作ったにも関わらず、運営をスタートさせることさえもできなかった。

②フィリピンには介護ビジネスの市場はなく、身寄りのない介護老人を収容する公的な施設があるものの、とても日本人を収容できるような代物ではない。そのようなところで、日本人向けの介護施設を作っても、ローカルの需要がないかぎり運営していくことができるだけの介護老人が集まらない。

介護老人を抱える日本の家庭がどんなに惨憺たる状況にあったとしても、自分の親をフィリピンに送り出すというような発想を持つことができる家庭はめったにない。自分自身がフィリピンで暮らそうと決意することさえもよほどの勇気と努力が必要なくらいなのにだ。

④今まで作られてきた日本人向けの介護施設は、大きな投資を伴うだけに、意外と高額で、特に部屋を買いとらならなければならないので、数百万円の初期費用が必要で、日本の公共施設並みというわけには行かなかった。特に、国の補助も介護保険も利かないから、大きなメリットを見出すことができなかった。

⑤現在、フィリピンで唯一の介護施設と、運営者が豪語するWellness Place (ケソン・シティ)は借家と住み込みの介護学生などを利用してグループホーム的に運営して、比較的安価な価格でサービスを提供している(介護の程度により、5~8万ペソ)。ここでは外国人の親、あるいは海外在住のフィリピン人の親などを収容している希少な施設だ。

 ここは一般の住宅を借り上げて介護施設としているために、高級住宅街に住んでいる気分で、違和感がない。それに、特に介護老人だけが収容されているという施設ではなく、一軒に3~4人お年よりが、介護士の世話で暮らしているという、いかにも普通の生活がここにはある。特に、そのビリッジ内には老人医療を専門とする医師であり運営者のDr. Delizoが居住しているので、医療的にも安心だ。

CIMG7299s-4 フィリピンで暮らし、骨を埋めようとしたら、フィリピンに家族と呼べるような人が必要だ。それには長い年月と彼らの本当の信頼と愛が必要だ

 それでは、何故、フィリピンでは介護ビジネスが成りたたないのか。

 ① フィリピン人は、年老いた親を家族の宝として大事に扱い、自分の親を介護施設に送りだすなどという発想はない。それに大家族なので人手はいくらでもあり、年老いた配偶者が一人で面倒を見なければならないというような状況はありえない。

 ②仕事や子育てなどで、家族が介護が必要な親の面倒を見ることができないとしても、宿と食事にちょっとした小遣いをやれば、人ではいくらでも集まる。メイドやヤヤ(子守)を雇うとしても月々数千円~1万円でことが済むから、人手不足の問題はない。ここでは人口が多くて貧しいということが逆にメリットになっている。

 ③認知症になったとしても、これは単にボケであって、年を取って赤子に帰る、ごく自然の現象ととらえ、家族に特別な現象とはうつらない。ボケ老人も長年親しんだ家族の愛と住み慣れた住居と環境にあって、凶暴化したり悪化したりしない。

④フィリピンには「神の意志に任せる」という都合の良い言葉があって、延命措置を行って老人をむやみに長生きさせるようなことはしない、あるいは経済的にできない。フィリピンにも健保はあるものの微々たるもので、無益な延命のための費用を国に担わして、社会資源を無駄使いするようなシステムはない。

 ⑤フィリピンに居住する日本人は、フィリピンの家族あるいは友人に囲まれて、自分が将来介護施設に入る、あるいは入らなければならないという発想がなくなる。その気になれば、介護士を雇って自前で介護施設並みの状況が作れるのだ。

 ⑥近い将来介護が必要になるであろうという前提で70ないし80代のお年寄りの日本人がフィリピンにやってくる場合ある。それはほとんどが、子供の配偶者がフィリピン人で、若い嫁に孫の面倒と自分達の介護を同時にフィリピンでやってもらおうという心積もりだ。子供は生活の糧を稼ぐために日本に残るか、あるいは退職してフィリピンで一緒に暮らすかだが、生活費も数分の一で済むので、妻の実家の人々との幸せな日々を過ごすことができる。そこに介護施設が入り込む余地はない。

 

CIMG7769s-4彼らの信頼と愛を獲得するためには、もちろん経済的な支援は必要だが、それ以上にフィリピン流の接し方をマスターすることが重要だ。「日本ならばこうなのに、何故彼らは」というような愚痴は禁物だ。ここはフィリピンなのだ。フィリピンを丸ごと受け入れるかとが肝心だ

 それでは、日本人にとってフィリピンで介護という構図は成り立たないのだろうか。私は逆にフィリピンは介護天国だと思う。なぜなら、介護施設がないということが、それを物語っているのだ。介護施設がいらないということは、家庭内で、子育て、教育、仕事、そして老後の生活がうまく循環しているのだ。その循環を我々外国人がエンジョイするためにはどうしたらよいのか。

①定年を迎え、日本で老後を一緒に過ごす家族がいない、経済的にも不安がある、そんな方は元気なうちにフィリピンに暮らしてみよう。その場合、この国の言語、英語は必須なので、まずは英会話学校などに通って一踏ん張りしよう。

②積極的にフィリピン人と交わり、フィリピンの家族というものをつくろう。友人、メイド、介護士あるいは彼女(彼氏)や妻(夫)など、いずれこの人たちが面倒を見てくれるだろうが、家族というからには、自分の財産のすべてをつぎ込むくらいの覚悟が必要だ。それと、日本の文化慣習にこだわらず、フィリピン流のものの考えかたを身につけることが必須だ。

③孤独に暮らしてフィリピン人との交わりを絶つような生活を続けていたのでは、自立できなくなったら、日本に帰って介護施設で面倒を見てもらうしかない。なにしろフィリピンには介護施設という文化はないのだから。でもそのとき、日本が外国帰りの厄介者を受け入れてくれるか、あるいは受け入れの余地があるかどうかは保証の限りではないが。

④一方、家族と呼べるものを構築できなかったとしたら、メイドや介護士を雇い自前の介護施設を作ればよい。お金の管理が難しいが、誰か信頼できる後見人を指定することだ。介護施設そのものよりもそんなサービスが退職ビジネスとして期待されるところだ。

CIMG7848s-4子沢山の国フィリピンは、未来がある。いつかこの子達が自分の面倒を見てくれる日が来る。だからせっせとこの子達に愛と財を貢ぐのだ。この国では子供は老後の保険であり、保障なのだ
  
 介護ビジネスは成り立たないとしても、何か、日本人の安心した暮らしをサポートするビジネスが必要だと思う。単にビザの世話や不動産の世話をするだけはなく、上記の後見人のような役割も担えるような組織あるいは団体だ。特に、今後、爆発的に増加が予測される放射能母子疎開、年金生活者の経済疎開、そして日本の公的施設を利用できない介護難民などのサポートだ。一口で言えば、月々10万円程度(昨今の円安で金額は流動的ではあるが)で基本的な生活がしていけるような仕組みを提供し、サポートするビジネスだ。それには下記のようなサービスが必要だろう。

月々2~3万円程度で住める賃貸住宅の提供あるいはアレンジ。自前で建設するのはリスクが大きいから、マニラ郊外あるいは地方都市等で既存の賃貸物件を押さえておいて、必要なときに契約から入居まで、面倒をみる。日本人だけをまとまったところに入居させる必要はない。安全さえ確認できれば、フィリピン人の中に混ざったほうがフィリピン暮らしをエンジョイできるので好ましい。

買い物場所の案内、メイドや介護士の紹介、医療、子供の学校、英会話学校、ボランティ、仕事、インターネット接続、ケーブルTV などなどのアレンジ、その他もろもろのニーズに対応できるような各種アレンジを行う。幸い、人件費が安いので、個別のニーズにフィリピン人を雇用して対応させたとしても大きな負担にならないだろう。これらは、あくまでも不慣れな日本人が自活するために必要なサポートだ。

すでに介護が必要だとしたら、住まいと介護士あるいはヘルパーをアレンジするだけでは少々心もとない。そのために、里子のような、フィリピン人家庭に介護老人を預けるシステムを構築したらどうか。その場合、お金の管理などの後見人としての役割を果たす必要がある。上述した、Wellness Placeも選択肢の一つだろう。

人はいずれは死ぬのだから、そのための準備も周到に行っておかなければならない。ビザのキャンセルと預託金の回収、入院費や埋葬費の確保(退職ビザのスマイルプログラムはこの辺の対処がしてある)、死後の財産の処置、相続、埋葬の方式、などなど、事前の契約が必要だ。

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