原子力はパンドラの箱なのか(その2)2011年9月3日


  今、日本では、3.11の大震災の教訓から、1000年に一度の地震あるいは津波を想定して、いかに災害から都市やインフラそして人命を守るかという議論が盛んに行われている。

 人類が誕生して数百万年を経ているが、文明と呼ばれるものが存在した歴史時代はせいぜい5千年だ。それも中国やメソポタミア、エジプトやローマ・ギリシャなどの限られた地域だけで、世界のほとんどの地域は、大航海時代といわれる500年前ないし1000年前位までは原始社会の時代が続いていた。そして、現代文明といわれるものが世界的に広がったのは、ここせいぜい50年~100年にすぎない。

CIMG4268s-12000年代に建設が開始されたマカティ市の東にあるボニファシオ・グローバル・シティは近代都市の典型だ。マカティ市との間にはウルダネッタ、ダスマリニャスやフォルベスパークの超高級住宅街とマニラ・ゴルフのコースがが広がり、フィリピンでは不動産価値がもっとも高い地域になっている。

かつて巨大な建造物といえば、時の権力者が、その権力を誇示するために建設した、城郭、寺院、そして墳墓などで、庶民は掘っ立て小屋のようなところで暮らしていた。しかし、現代文明の時代になって、高層ビルが林立する巨大都市、高速道路や鉄道、港湾やダムなどのインフラ、そして石油精製や石油化学、発電所などの産業インフラ施設など、巨大な構造物がが世界中に建設され、人類のより快適な暮らしと人口の増加に貢献してきた。現代文明社会ではこれらの巨大建造物無しでは人類は生きてゆくことができない。

CIMG5842s-1最近完成したスカイウエイ高速道路からのマカティ市の中心街のながめ、1990年代に始まった高層建築ラッシュで街の風景は一変した。現在は第2次建築ラッシュで、写真中央のザ・レジデンス・グリーンベルトのような高層コンドミニアムの建設がマカティ市内だけでも20プロジェクトをこえる。

1000年に一度の災害というものは現代文明社会には未経験の大災害だ。だから、こんな大災害がやってきたら、もっともきびしい設計基準を適用して建設されたはずの原子力発電所でさえもひとたまりもなかった。だから、どんなに議論を重ねたとしても、現代文明の落とし子である都市やインフラなどの巨大建造物はひとたまりもなく、壊滅的な被害を受けるのは目に見えている。しかも、これらの巨大建造物の再生には長い年月と膨大な資金を必要とし、原子力発電所のように再生不可能な場合もあるだろう。

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マカティのビル群とスカイウエイの構造物。これら巨大建造物は自然の力に対して剛で対応しているので、設計基準を上回る想定外の地震などがきたら、自滅して崩れ落ちるしかない。そしてそこに残されるのは人の手ではどうしようもない瓦礫の山だ。

しかし、人類はこんな災害を100万年の間に1000回以上経験して来ているはずで、さらに1万年あるいは10万年に一回という、はるかに大きな災害もあったはずだ。ノアの箱舟も話もそんな大災害の実話だあろう。一方、さらに遠くさかのぼれば、氷河期や地殻変動で海水面が100メートル以上変動したり、大陸そのものが移動したり、自然の活動というものは計り知れないものがある。数億年前にはたった一発の隕石で恐竜が絶滅した。そんな時、これらの巨大建造物は機能を失い、映画「サルの惑星」に出てきたような廃墟が残るだけだろう。人類の5千年の歴史時代においてさえも、古代の都市は跡形もなく地中に埋もれている。例え、現代文明社会といえども未来永劫ではなく、これからも人類は破壊と再生を繰り返して生き延びていく運命にあるのだ。

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タガイタイのタアアル湖の中央の島は火山であり、海が噴火でせき止められて、火口湖となり街が水没した。そして近代文明の波は、ここにも押し寄せ、SMはこの絶景の地に高層コンドミニアム群を建設中だ。

 かつて原始の時代の海岸線といえば、小さな船と漁民が生活する小屋があるだけだった。だから、巨大津波が来ようとも、山に逃げて、津波が去ったら小屋を作り直すだけで、翌日からは普通の生活ができた。古代の都市といえども地震で破壊される巨大建造物は城や寺院だから庶民の生活に関係ない。庶民は家の瓦礫を取り除いて、住まいを再建するのに数日もあれば十分だったろう。命さえ助かれば、庶民の生活の再生は容易だった。また、その土地そのものが水没してなくなるような地殻変動に対しても、部族あるいは種族単位で新天地に移動して生き延びてきた。

 CIMG2302s-1 自然の象徴のマヨン火山は現在も活発に活動を続け、その美しい姿を保っている。周囲の人々は、その営みに翻弄されながらも共存して生きてきた。火山の中腹にたまっていた火砕流が2006年の超大型台風・レミンの大雨で一気に流れ出し、川沿いのスコーターのほとんどが土石流に埋もれ、多くの人命が失われるとともに道路も寸断された。幸い、わが牧場はレガスピ市をむいている火口と反対側にあるので、このような被害は皆無だった。

  しかし、巨大化した都市やインフラの再生は容易ではない。また。特に数百万~一千万人という膨大な人口を抱える大都市を襲う災害は、逃げ場のない未曾有の人々の命を奪うだろう。さらに生き延びた人々は生きる術を失い、個人的には再生することもできない。頼みの国家も手をこまねいているだけだろう。巨大都市そして巨大インフラを再生するにはあまりにも大きなエネルギーを必要とし、一方、現代文明の恩恵になれた人々はそれら無しでは生き抜いていくことができない。

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マニラの東にあるラグナ湖はマニラを水害から守る調整池としての役割を果たしているが、大雨が降ると水面は周辺の住宅地よりも高くなり、水門を閉めて街を水害から守る。微妙なバランスで成り立っている洪水コントロールシステムも、2009年9月、台風・オンドイの想定外の大雨には全く無力で、マニラ全域が浸水した 

 自然の力に剛で対応しようとしても不可能で、自然に逆らわらず、柔(ジュウ)すなわち知恵と忍耐そして勇気で対応するしかない。しかも現代文明社会が未来永劫ではない、ということを肝に銘じておくべきだ。東日本大震災といい、最近の大雨といい、地球環境が変化し始めていることは間違いない。それにより発生する大災害に対してなす術を持たない人類にとって、原子力発電のみならず巨大都市そして巨大インフラ、そしてそれを作り出してきた現代文明そのものがパンドラの箱なのかもしれない。

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