メタボ社会は国を滅ぼす(その4‐女性の社会進出が日本を救う)2012年10月18日


昨夜、NHKのクローズアップ現代で、IMFのトップが「日本を救う道は女性の社会進出だ」という提案を行っていた。日本の女性で働いているのは20%程度で、欧米の60~80%に比べて、はるかに少ない。オランダが女性の労働力の活用による税収の増加で、政府財政が黒字に転換し経済が活性化されたと紹介していた。

 確かに少子高齢化で、働く層が激減し、それがまた、次の世代を担う子育てを放棄させ、悪循環に陥って、いずれ日本が消滅しかねない危機的状況に直面してる。そこで、人口の半数を占める女性が労働力として活用されれば、一気に問題は解決されるのだろう。

 しかし、日本では60%の女性が結婚を契機に退職し、子育てが終わって職場に復帰しようとしても、その道が閉ざされているという。一方、男性の勤務は長時間残業が常態化し、とても育児に時間を割くことができず、妻にまかせっきり。これがまた、ますます女性の産後の職場復帰を難しくしている。

 解決策としては、産後の女性の職場復帰を可能にするために、保育所の充実、パートタイマーの待遇と地位向上、フレキシブルな勤務時間制度、など、学ぶべき福祉先進国の取り組みを紹介していたが、道のりは険しそうだ。

CIMG4644s-4PRAのスタッフは半数以上が女性、彼らは結婚しても出産しても決して職場を去らない。出産休暇や産後の職場復帰が制度的に保障されているだけでなく、家族という強力な子育てのバックアップがあるのだ。

 翻ってフィリピンを見てみると、PRAなどの役所や銀行を初め、女性スタッフが過半数を占める事務所が大多数のように見える。また一方、女性の管理職も普通で、男性も女性の管理職の下で働くことに何の違和感もない。大統領まで女性だった位で、去年の統計ではフィリピンは世界で8番目に女性の社会進出が盛んな国で、日本は先進国最下位の98位だった。

  これは、海外出稼ぎが最大の産業で、国民の1割が海外で働くとと言われるフィリピンでは、女性が国を守る必要があるからだろう。しかも、フィリピンでは、かかあ殿下が普通で一家の大黒柱を自負する妻達は、金銭的にも強い責任感があるので、子供が何人いようが働くことを厭わない。

 さらに、統計的には不確かだが、フィリピンには女性が男性の3倍いるという。これは多分、働き盛りの若者のことで、海外出稼ぎのゆえの現象であろう。フィリピンにいる男性は3人の彼女を持つ義務があると豪語する輩もいる位だ。こうなると女性の労働力抜きではフィリピンの企業は成り立っていかない。

フィリピンで働く女性は、ほとんど例外なくヤヤ(子守)を雇っている。彼らは1万円にも満たない月給で 住み込みで24時間子供の面倒を見てくれるので、働く女性の強い見方だ。また一方、ヤヤ自体も立派に働いて、社会貢献をしているのだ。

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フィリピンでは保育所などほとんど見かけない。家庭でおばあさんやおばさん、それにお姉さん達が子供の面倒を見てくれる。必要があればヤヤ(子守)を雇えばよい。子供の数だけヤヤを雇っても知れている。

 仮に日本で月々2~3万円で24時間勤務の住み込みの子守が雇えるとしたらどうなるだろう。子育てや介護の問題は一挙に解決するはずだ。香港やシンガポールでは数万人のフィリピン人メイドや子守がその国の女性の社会進出を援護している。そしてこれらフィリピン人女性も海外出稼ぎ労働者としてフィリピン国家の財政に貢献しているのだ。

 頭の固い日本のお役所がちょっと発想を変えれば、IMFのお偉方が提案する女性の社会進出が簡単に実現できるのだ。世界では月々1万円以下で働く人々が人口の大半を占めている。そして、この労働市場の開放は両国にとって計り知れないメリットを持っているはずだ。

CIMG2822s-4マム・ジェーンは自分の子供(KIAN 中央)を含めて、12名の甥姪を擁し、経済的に当てにならない親達(ジェーンの兄弟)に成り代わって、全員に高等教育を授けようと意気込んでいる。子育てはもちろん、親達に任せているが、金銭的なバックボーンとなっているのだ。

 日本では看護士や介護士を外国から受け入れるのでさえ、EPAなどという摩訶不思議な制度を設けて、実質的に受け入れを拒んでいる。ましてやメイドや子守などとなると、どんな議論が巻き起こるのやら見当がつかない。だから、かつて発展途上国と呼ばれた、シンガポール、香港、台湾、韓国などに抜かれ、そして差をつけられ始めているのに違いない。

  そこで、着目したいのが、2030年には人口の3分の一を超えるという65歳以上の高齢者だ。65歳になれば年金が100%もらえるから、それ以降は、言い方は悪いが、社会のお荷物となって悠々自適の生活をもくろんでいる方々だ。

 ここで思い出したいのは、そもそも人類の繁栄の原点となった家族はどこへ行ってしまったのだろう。子育てと家事に追われるお母さんを助けて、あるいはそれに成り代わって子供の面倒を見るのはおじいちゃんやおばあちゃんの重要な役割ではなかったのか。そうすれば、何も外国人に頼らなくとも、職場復帰が容易にできるはずだ。そして、これが国家財政そして経済の活性につながるとしたら、高齢者として立派に社会貢献をしていることになる。まさに高齢化社会の一石2鳥の解決策だ。

おばあちゃんが孫の面倒を見るのは人類100万年の歴史の中で、脈々と引き継がれてきたものだ。それがあたりまえでなくなってしまった日本のメタボ社会は、働き盛りの女性を職場から遠ざけるだけだ。さらに、そんな状況で子供をつくらない/作れないと言う女性の増加して、少子化に拍車をかける。おばあちゃんやおじいちゃんの職場(家族)復帰で虐待やいじめも姿を消すはずなのだが。

CIMG2626s-4孫の面倒を見るおばあちゃんは家庭では当たり前の光景のはずだ 

さらに、仕事がない、生活が苦しいと言って生活保護を受けている200万人をこえる人々がいる。この人たちも、子育てで社会復帰ができない女性達を支援するなどして、生活保護費の分だけの労働を提供できないのだろうか。もちろん、大事なわが子をわけの分からぬ他人に任せる母親はいないだろうが、保育所の運営、家事の手伝いなどなど、間接的な仕事でもいいから、何もしないで国からお金をもらうだけ、という状況を排除する仕組みを作レないだろうか。それが、お役人の仕事ではなかろうか。生活保護費に3兆7千億円もの巨費を突っ込む覚悟があるのなら、よほどのことができるはずだ。

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