ある退職者の死の教訓(2)その2 2010年3月13日


退職者のYさんはフィリピンに移り住んで15年、そして7年前、脳梗塞を患って倒れた。幸い、回復して退院したものの、口も聞けず、感情を表すのがやっとだった。Yさんにとって幸いだったのは、倒れる前に介護婦のMさんと知り合い、色々面倒を見てもらっていたことだ。「Yさんはとてもやさしい、いい人で、近所にもたくさんの友達がいた」と、7年間介護を続けたMさんは思い出を語る。

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 124時間、週7日、休みなしに一人のメードと交代で介護を続けたMさんは、月々の収支報告を日本の弁護士に送り、家計から家事、そして介護とまさに献身的な働きをした。そのため、結婚話にも耳を傾けず、Yさんの回復を祈っていたという、まさに美談だ。一度、日本の記者を連れて行ったことがあったが、女性記者と話をしていて、二人が号泣していたのを憶えている。彼女はYさんの遺体を故郷のネグロスの実家に葬り、一生、一緒に過ごすと語っている。

 Yさんは元気なうちにMさんという人と知り合えて、とてもラッキーだった。それもYさんの人柄がよくて、皆に愛されていたからだろう。家族の方の出席は無かったものの、フィリピンの家族に囲まれてYさんは天国へ旅立った。葬儀には大勢の方々が参列してくれたそうだ。通夜の間中、Mさんの家族は24時間、交代で寝ずにYさんのなきがらを見守った。Yさんが寂しくないように誰かが24時間つきそうのがフィリピンの習慣だそうだ。

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Mさんはネグロスになきがらを運ぶのは大変なので、火葬にすると言っていた(弁護士からはなきがらはMさんに預けると言う了解をもらっていた)。しかし、その前日、Yさんが熱い熱いと叫んでいる夢を見て彼女は気が変わった。そもそもフィリピンでは土葬にするのが普通で、なきがらがあれば毎年ホリーウイークには現世に帰ってきて再会できると信じている。だから、なきがらはフィリピン人にとってとても大事なのだ。

 Yさんは夕方、近所の教会に行くのが日課だった。だから教会の牧師やシスターも知りあいだ。葬儀には教会から牧師が来てミサを行い、多くの方が別れを惜しんでくれたそうだ。フィリピン人の別れ行く人への思いいれは格別なものがあるのだ。

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