ある退職者の死の教訓(2)その1 2010年3月7日


先日、バタンガスのアニラオのビーチに退職者を案内していたおり、Yさんという退職者の危篤の一報が入った。翌朝早速、Yさんを面倒見ている介護婦と面会し、ことの次第と今後の策について話し合った。

Yさんは、5年前、私がPRAに入ったころ、脳溢血のためほとんど意思が表示できない状況にあった。そのため日本から来た代理人の弁護士らと話し合い、今後の生活や生活資金などについて、ルールを決めたいきさつがある。それから5年経過し、体調が悪化して入院し、医師から長くはないと告げられ、介護婦がどうしたらよいものかと相談してきたのだ。日本の弁護士とも連絡を取っているが、言葉の問題でうまく意思が伝わらないと言う。ちなみに、Yさんには家族はあるが、訳があって縁が切れており、代理人の弁護士がYさんのすべての財産を管理している。

問題は、年金生活をしているYさんには入院費を支払う預金がないことだ。もしこのまま亡くなってしまったら、入院費が払えず、病院は遺体を引渡さないばかりか死亡証明も発行してくれない。いわば人質として取られてしまうのだ。そうなると問題を解決する方法がない。入院費は最終的に100万ペソ程度になると予測され、葬儀などの経費も合わせると百数十万ペソの資金が必要になる。退職ビザを保有するYさんは幸い5万ドルの定期預金が手付かずで残っていた。これを速やかに引出し、入院費等に当てるしかない。Yさんが亡くなってからではその引き出しには相続手続きという気の遠くなるような手間暇が必要で、その間、遺体は病院においておかねばならないという、とんでもない事態になってしまう。

そのため、PRAとも話し合い、代理人の弁護士の了解のもとに下記の方針で進めることとした。

1. 5万ドルの内、現行の必要定期預金2万ドルとの差額、3万ドルをすみやかに引き出す

PRA並びに銀行職員と一緒に病院に赴き、申込書や定期預金証書にYさんの拇印をもらい、手続きを進めこととした。さらに、私宛の委任状に拇印をもらい、私がPRAから引き出し許可証を受け取り、銀行に提出するなどの手続きをできるようにもした。翌日、PRAからの引き出し許可証の受取、翌々日、銀行で引出し手続きを行なったが、所詮お堅い役所と銀行のやることで、何やかやと丸々二日間事務所で待ち続けるはめになってしまった。ほとんどが上位者や本部の承認待ちだが、特に銀行は本人が署名できる状況にないことから、ことのほか慎重で、ずるずると時間だけが経過していった。

引き出した3万ドルはYさんと介護婦の共同名義の口座に振り込むこととしたが、もしYさんが死亡したばあい、共同名義とあれども口座は凍結され、一方の名義人はおろすことができなくなる恐れがある。したがって、介護婦には別の口座を作成して、速やかに資金を移動するよう指導した。ところがこの銀行はどういうわけか介護婦が別のドル口座を開設することを許さなかった。そのため、ドルを現金で下ろして別の銀行にドル口座を開設して移動した。現金にした理由はデマンド・ドラフト(外貨の銀行振り出し小切手)ではクリアランスに2週間程度かかり、その間現金に手をつけられないからだ。なんともはや、お堅い銀行で、やることなすこと、この調子で、呆れて腹が立ち、ついに銀行員を怒鳴りつけてしまったことには多いに反省している。

2. ビザを速やかにキャンセルして、残りの2万ドルを引き出す

問題はパスポートが昨年の11月で切れており、Yさんは現在有効なパスポートを保有していないことだ。失効したパスポートの更新には日本から戸籍謄本を取り寄せなければならない。戸籍謄本の入手を待って、パスポートを更新して、それからキャンセルと銀行手続きでは、Yさんにそれまで、とても待っていてもらえないだろう。そのため、PRAと入管に、有効なパスポート無しに失効したパスポートだけでビザをキャンセルして2万ドルの引き出し許可証を発行したもらうよう交渉した。しかし、PRAと入管はお互いけん制しあって、どうしても有効なパスポートがなければビザのキャンセル手続きはできないと言い張る。いずれにせよビザのキャンセルには多少の時間がかかるので、とりあえず申請して手続きを進めてもらう一方、並行してパスポートの更新をおこない、新しいパスポートの発行と同時にビザのキャンセル手続きと引き出し許可証の発行が完了するよう段取りした。

3. パスポートの更新

大使館によると、パスポートの申請代行は出来ても、署名と受領は本人がしなければならないという。しかし、医師の診断書の提出と日本の弁護士の了解のもとに、申請と署名は私が代行して、受取は領事が病院に出向いて行うということで見通しがたった。

申請から4日で発行される新規のパスポートを受取り、それをPRAに持ち込んで、直ちにキャンセル手続きを行ない(入管からはキャンセルのオーダーがすでに届いている)、引き出し許可証を発行してもらうことが出来る。そして、銀行手続きも一両日の内に完了する、というところまでこぎつけた。これでまずは一安心、あと1週間で私の大事な役目は終了するはずだった。

ところが、翌朝未明Yさんが亡くなったと言う報が入ったのだ。早速、大使館に赴きパスポートの申請を取り下げようとしたら、死亡証明を持ってこなければ、提出した書類は返せないと言う。それもそうだろうと、早速病院に赴いて死亡証明をもらって、なんとかパスポートを大使館から取り返した(ここでも、大使館には、市役所に登録した正式な死亡証明をもってこいなどと言われ、少々切れてしまった。それでもなんとか説得してOKとなり、逆に「頑張ってください」と励ましの言葉をいただいてしまった)。

その後、PRAに失効したパスポートを提出し、キャンセル手続きを進め、すみやかに引出し許可証を発行するよう依頼した。しかし、PRAの担当者は即決できず、上司が出張から戻ったら相談すると言う。退職者本人が死亡している状況では、引出し許可証は相続人が受け取り、さらに煩雑な相続手続きを経て現金の引き出しが可能になるのが通例だ。それを私が退職者の生前の委任状を楯にすべての手続きを代行してしまおうとしているのだ。

手続き中の退職者の死という、私が恐れていたことが現実となってしまったが、今後どうなるか予断を許さない。 続く

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