11月29日(水)退職者のビザ申請をしている際、私が敬愛するジェラルディンさんが、必死の形相で、私の前に座って、にわかに「I need you.」と訴えかけてきた。この、可愛くて、優しくて、しかも頭の良い、3拍子そろった美人の頼みなら「Yes. I can do anything whatever you want」と思わず答えてしまった。PRAの事務所で、しかも客の前で、少々不謹慎な会話だが、よく聞いてみると、PRAのマーケッター(代行業者)の感謝ディに参加してほしいという、とるに足らないものだった。しかし、開催日を聞いてみると12月1日(水)で、翌々日の話だ。しかも11月30日(木)はボニファッシオディで休みなので、要は明日の話なのだ。この催し物の責任者のジェラルディンさんが焦るのも無理はないが、いつもPRAのやることは性急だ。ビザの発行も性急にやって欲しいなどといやみを言っても始まらないので黙っていた。
ちょっと古い写真になるが、PRAのきれいどころの中でもぴか一のジェラルディンさんだ(右端)
招待状を渡されたのが、なんと休みを挟んでの前々日という泥縄だ
相棒のママ・ジェーンの他に、キアンも連れて行きたかったが、平日の午前11時開始となると学校を休ませなければならないし、パパ・カーネルも仕事だ。結局、クッキーの出番となったが、喜んだのはヤヤ・グロ(グロリア)だ。いつもベッドで赤ちゃんの相手で、たまにはそんな機会に出かけたいのは、理解できるところだ。
マカティの高層ビル街を臨む、クッキーにとってははじめての景色だ
11時に開始なのだが、ママ・ジェーンは平然と、11時に家を出ると言ってのける。結局、11時半に出かけたが、到着する頃は、プログラムによると、すでにあらかたの式典は終了してGM(ゼネラル・マネージャー)のスピーチが残っているだけなので、気が気ではなかった。場所は、最近開業したマカティアベニューのCity Garden Grand Hotelの32階。この高層ホテルで、小さなエレベーターが3基しかないので、待つこと十数分、12時過ぎにやっと会場にたどりついたら、会場は、まだからっぽだった。ジェーンは「ほれ見たことか(サビ・コ・サビ・エ)」と得意げだった。
まずは記念の写真撮影だ
席数を数えてみると10人がけのテーブルが17脚、全部で170人収容できる。式典は12時半に開始されたが、席はせいぜい三分の一程度しか埋まっていない。それでもGMのスピーチが終わって食事が始まる頃には半分以上の席が埋まっていた。ジェラルディンさんを初めとするPRAの主だった職員が20名ほど参加していたので、きっとPRAは空っぽだったろう。29日(水)はイントラムロスの見物に10名ほど参加して、30日(木)は祝日、そして、この日12月1日(金)は感謝ディと、PRAの事務所は3連休のようなものだ。ビザ発行が遅れるのも無理はない(現状、6~8週間)、などと、思わずつぶやいてしまう。
開始時間を一時間過ぎても会場はがらがらだ
女の子らしくおめかしして、クッキーの社交界のデビューだ。ちなみにキアンといえば、この年頃からパーティには欠かさず出席しているので、大のパーティ好きだ
昨年、新しいGMが赴任して以来、この手のパーティの食事は、質・量、ともになかなかのものだ。それまでは、出席者の割りに食事の量が少なくて、長い行列を作って、食べ物の奪い合いの感があったが、これだけは評価できる。
170人分の食事が用意されているので、争ってとりに行く必要もいない
PRAの職員が式典の合間合間に歌を披露してくれた。マーケッター組合のナンバーツーのエンマさんは、GMに対して、「プロのシンガーの代わりをやっているのだから、この職員に出演料を払ってやれ、PRAに金がないなら私が代わりに払ってやる、私の方がPRAより金はある」と相変わらず、言いたい放題だったそうだ。ちなみにエンマさんは、ジェーンの結婚式のニナン(仲人役の一人)でかなり親しい仲だが、確かに中国系の金持ちだそうだ。大荒れのPRAマーケッター・コンファレンス 2017年1月29日
マーケッターの幹部の席は女性陣で占められ、右の後ろ向きがジェーン、その左隣の横向きがエンマさん、テーブルの向こう、メガネをかけているのが組合長。後ろでGMが挨拶をしているが、誰も聞いていないようだ
食事の後は、マーケッターの表彰式だが、パスコは残念ながらトップテンの座を逃した。2009~2013はトップ・テンを維持して2011にはトップ2まで行ったのだが、最近は円安とビザ発行の遅れで、毎年、半減を繰り返しているので、来年の取り扱いは一桁にまで落ちそうな形勢だ。そうなったら、廃業も視野に入れなければならないという状況においこまれている。そんな状況にもかかわらず、GMのスピーチを後で聞いてみると、相変わらず勢いだけはよくて、もっと沢山の退職者を呼び込んで欲しいとマーケッターにはっぱをかけていたそうだ。提供する商品(SRRV)の質が悪くては(発行に時間がかかる)、いくら営業員(マーケッター)がしゃかりきになっても売れる(申請者を増やせる)はずもあるまいと、またまたつぶやいてしまった。
こんな機会となるとはしゃぎまわるママ・ジェーンだが、クッキーもあとを継ぐのだろうか
特別賞としてママ・ジェーンの名前が呼ばれたら、なんとベスト・ドレッサー賞というではないか。なんとも会の趣旨にそぐわない、とってつけたような、あげるものがないからでっち上げたのか、などとつぶやいていると、周囲がにわかに騒がしくなり、今度は私が呼ばれてしまった。なんとまた、I Love PRA賞というものなのだが、これは、なんとなく納得にいくものだった。そういえば、日本人の私が、SRRVメンバーかつマーケッターで、さらにPRAのOBで、二日と空けずにPRA事務所に通って、退職者のために手続きを続けているなんてほかに例が無い。そういえばPRA事務所では、長いこと日本人のマーケッターの姿を見ていない。皆、廃業してしまったのか、ローカルスタッフに任せてしまっているのか定かではないが、PRA日本人倶楽部の家田会長も引退して、姿を見せなかった。
ベスト・ドレッサー賞に輝いて得意満面のジェーン
商品は32ギガのUSB、スマホにもつなげる超小型の優れもので、早速、私がいただくことにした
2時半にはすべて行事を終えて、この後は、Photo Opportunity(写真撮影)とOpen Mic(からおけ)の時間となっていたが、GMを初め、皆いそいそと家路をいそいだ。我々もクッキーの昼寝の時間が来たので引き上げることにしたが、ママ・ジェーンはマーケッターのミーティングがあるからと残った。きっと、マーケッターのボス連中の Talking (おしゃべり)の時間だったのだろう。ホテルの入り口でグラブタクシーを待っている間、見送りに出ていたジェーンとGMがばったり顔をあわせた。彼らは親しげに抱擁していたが、ジェーンは、GMはきっと私のことを嫌っているに違いない、なぜなら自分は、GMの天敵であるエンマさんと親しいからと、つぶやいていた。
すでにお休みモードのクッキー