KIANは現在レゴに夢中(その3) 2015年12月6日


しばらく前になるが、KIANが両親に伴って、ランドマークのおもちゃ売り場を訪問した際、Jurassic Worldのレゴの前で動かなくなってしまった。両親は、こんな高いおもちゃを買う金はないとKIANの願いを一蹴した。それからKIANは寝てもさめてもそのレゴを買ってくれと両親にせがんだ。寝言にまで出てくる始末だったそうだ。

そこまで来ると両親の根負けで、私に買ってやってくれと頼み込んできた。普段は、おもちゃを買いすぎると小言を言われるている私だから、ここぞ出番と張り切ってランドマークにKIANを連れて行った。ようやく目当てのレゴを探し当てて、値段を見たら、目が飛び出るような値段だ。たかがレゴに8000ペソの大枚をはたくのは、私でさえ大いにためらう。しかし、ここで拒否したら、私への信頼は失墜するし、またまたKIANは夢でうなされると思い腹をくくった。今年のクリスマスのプレゼントの先渡しという理由をつけて買ってやることにした。

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組み立てはクヤ・ケイシ(息子)の役目だ。出来上がりが待ちきれないKIANはクヤ・ケイシのそばを離れない。そして、その後も、買うおもちゃはレゴと決まっている。もちろんそんなに高いものは買ってやれないが、数百ペソも出せば、KIANに丁度よいレベルの中国製のレゴが買える。

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しかし、レゴのよいところは、古いものでもそれを部品として何か新しいものを自由に組み立てることができることだ。幼少時代をレゴとプラモデルですごしたという自称するクヤ・ケイシは、その後も古い部品を使ってKIANが喜びそうな車や飛行機を組み立ててくれた。KIANも負けずに何か作って自画自賛している。作品を食事時や寝るときもはなさない。最近のレゴは、クヤ・ケイシがレゴで遊んでいたことに比べると様々なキャラや部品があって、かなり現実味を帯びたものが作れておもしろそうだ。

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つい最近までは、キャラ一個を組み立てるのがやっとだったKIANだが、このJurassic Worldモデルをきっかけにレゴの組み立てにはまったようだ。まさに5歳という年齢はレゴの適齢期なのだ。KIANはレゴの組み立てに数時間、夢中になっておりテレビ漫画や携帯ゲームを上回る集中振りだ。レゴは、子供の空間の想像力と創造力を培う優れもののおもちゃとされている。単純な足し算を繰り返す公文の宿題は大きらいなKIANだが、レゴに集中している間は、空間という課題に挑戦して、おおいに力(リョク)を養っているに違いない。

毎日、公文の宿題に音を上げているKIANだが、私が見ても、5+3、6+3などを延々と繰り返すだけで、面白みも何もない。先日、公文の帰りにコインを出して、5ペソコイン、2枚で幾らになるかKIANに聞いてみた。KIANは困惑した顔で、55ペソなどとあてずっぽうに答えていた。5+5=の計算は紙の上ではできても、5ペソ+5ペソは10ペソになることがわからない。どうも数字というものの概念はまだあやふやらしい。

KIANに勉強はきらいかと聞いたら、面白くないからきらいと答え、また、遊びは好きかと聞いたら、面白いから好きと答えた。何故と聞いたら、もちろん答えはない。勉強が好きだという子供はいないし、遊びがきらいな子供はいない。いたとしたら、何か異常な状況があるからだ。だから、勉強=遊び、にしたら、誰しも喜んで勉強するに違いない。空間の勉強を授業形式でやったら面白くもなんともないだろうが、レゴなら、勉強嫌いのKIANでも何時間も夢中になれるのだ。

公文の算数にしてもそれを遊びにしたら、KIANも夢中になるだろう。算数をしながら遊ぶ、それがすなわちゲームだ。トランプや囲碁将棋で、子供は遊んでいるうちに足し算や引き算、さらには図形というものを勉強することができるのだ。以前チャレンジしたもののKIANが小さすぎてギブアップしてしまったが、まさにゲームで遊ぶときがやってきたのだ。

動物の子供が子供同士で遊んでいるのは大人になったときの狩りや戦いのトレーニングだそうだが、子供の遊びも将来の実生活のトレーニングなのだ。アイスクリームなどもKIANにお金を持たせて買いに行かせるのがいいだろう。お金を勘定する、それがまさに算数なのだ。ある物知りのお母さんが、子供がどうしても数字の概念を把握できなかったら、数字のあとに円をつけるとイメージがつかめると言っていた。5ペソコインが2個で10ペソになるという体験をKIANに積ませることが大事な時がきたようだ。

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