FACE BOOKの功罪 2019年3月24日


フィリピンでは高校生からアラフォー(40歳前後)の世代のほぼ100%がFace Bookの愛好者ではないかと思う。Face BookはビジネスPRにも使われているが、もっぱら、個人的な交流の手段として使われているようで、仕事を持たない主婦や学生は一日中、Face Bookを眺めて時間をすごしているようだ。人の生活ぶりを覗き見ては、ため息をつく一方、逆に自分の生活を紹介して、いかに人に羨んでもらえるかということに考えを巡らしている。要は巷の自慢話や噂話(井戸端会議)のSNS版だ。

Face Bookでは他人が見てそれがどこかわかるように地名を背景に入れることが重要だ。そしてママジェーンは撮影した写真をただちにFace Bookにアップロードするという、まさに実況中継。クッキーは相変わらず爆睡中だ。
いよいよ目的地の札幌に到着して喜ぶジェーンとキアンといったところだが、これが演技であることは一目瞭然だ。その証拠にクッキーは知らん顔をしている。
雪景色はフィリピン人にとってもわかりやすいテーマだ。キアンもママ・ジェーンの指示で目一杯のポーズをとっているが、クッキーはまだ何のために寒い雪の中に連れてこられたのかわからないでいる。

誰かがどこかのレストランで食事をとったら、自分も行ってみようと思う。誰かが日本に行ったの知って自分も行きたいと思う。誰かが家を建てたら自分も家を建てたいと思う。車も宝石も、服に靴も、そして恋人も、なにもかも人まねだ。そして日夜、旦那や彼氏に訴えて思いを実現しようと試みる。スポーンサーがいなければ「いつかは」と夢見ることになるが、 どういうわけか、決して自らの努力で実現しようとはしないようだ。もっともFace Bookを眺めているだけでは何も実現できるわけがないではあろうが。要は行動の原点がFace Bookの情報なのだ が、全世界から寄せられる情報にもとづいて日夜、嫁から責められる亭主としてはたまったもんではない。

カメラを向けると自動的、本能的にポーズを取るクッキー。私としては自然のままの可愛い写真を取りたいのだが、なかなかそうはいかない。
ポーズを取ることが必ずしも得意でないキアンは、学校の催し物の際、はにかんだ笑顔が、寅さん風の 味のある顔になってしまった。

そして、人に誇れる体験をするチャンスが来るといかにそれがすばらしいものだったか、羨むべきものかしきりにアピールする。撮影ポイントに来ると、それが何であるかはそっちのけで、様々なポーズと背景で写真を取りまくる。人が見て「いいね」と思えばそれでいいのだ。京都でガイドさんをやっている人は、フィリピン人は自分の説明など誰も聞いておらず写真だけを取りまくっていると嘆いていた。

本テーマとあまり関係はないが、最近、カーティマ・マーケットで見つけたアロワナとディスカス、いずれも熱帯魚の王様で、万単位のお値段だ。
赤みがかった金色のアロワナとキアンとのにらめっこ。このアロワナのお値段は100万円をこえるという超高級熱帯魚だ。ちなみにアロワナが空中にいるように見えるが、いかに水槽の水の管理が行き届いているかの証拠で、この日は農場のプールの浄化装置を探しに行ったのだ。

そこでは、自分がどう思うかではなくて他人がどう思うか、どれだけの「いいね」をもらえるかが判断基準となる。いわば、インスタ栄えすることが重要なのだ。したがって、写真を撮る時は自分が描いたシナリオに沿って演技することになるが、その演技に周囲の人まで参加させるのが実にうっとうしい。でもフィリピン人はそれに喜々として参加しているようだ。どうせ演技ならば、このブログの表紙写真(キアンのダイビングの瞬間)のようなのを載せてほしいと思う。

ただ一つ役に立っているのが、彼女の動向を知る鍵となっていることだ。何でも自慢したいから、どこへ行ったとか、彼氏がどうとか最大限もらさず載せており、一体何を考え、行動しているかが手に取るようにわかる。よくも、こんな状況でこんなものをアップするかと感心するくらいに、浮気の証拠写真まで載せてくれている。

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珍しくクッキーの自然の姿の撮影に成功した。機嫌が良いと腕を振り上げ踊りだすのがクッキーだ。
カジノ、シティ・オブ・ドリームの遊技場、ドリーム・プレイで思いっきり演技するキアン、この日は日本からやってきた隣の女の子を目一杯歓迎しようと終始はしゃいでいた。

要は自慢話の競いあいで、負けたと思うとさらに競い合う、全ての行動の動機がFace Bookであって、行動の満足度もFace Bookが判断基準なのだ。自我というものがそこには存在しないわけだが、Face Bookなどには目もくれず、わが道を行く私は、果たして時代遅れなのだろうか。

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