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年明け、感染状況が落ち着いてきて、外国人の入国が緩和され、2021年2月16日より基本的に有効なビザを保有している外国人の入国が可能となった。マニラ首都圏のコロナ隔離措置もGCQからMGCQへと緩和されるものと期待され、いよいよ庶民の生活が戻ってくるものと胸がふくらんだ。ちなみにフィリピンのコロナ隔離措置は4段階に分類され、一番厳しいのがECQ(Enhanced Community Quarantine)で、以下 MECQ(Modified CQ)、GCQ(General CQ)、 MGCQ(Modified CQ)でMGCQにいたって、かなり自由な行動が可能となる。ちなみに上から3番目のGCQあたりが、日本の緊急事態宣言に相当し、一番厳しいECQにいたると、いわゆる封鎖(ロックダウン)であり、ほとんどすべての経済、社会活動が停止され、庶民は自宅に軟禁、街はゴーストタウンと化す。 しかし、結局、いまだ時期尚早ということで、3月1日からのコロナ隔離措置はGCQが維持されることになったが、昨年の3月15日から始まったコロナ隔離措置(ECQ=封鎖、ロックダウン)以来、一周年を迎えることとなった。ところが3月後半になって、首都圏を中心に新規感染者が急増してフィリピン全体で毎日1万人を超える状況となり、3月22日、一部例外を除いてフィリピン人を含む外国からの入国を一ヶ月間禁止、さらに4月4日から11日までの一週間、首都圏はECQが発令された。まさに、一年前の封鎖(ロックダウン)に逆戻りしてしまったわけだが、欧米ではワクチンの接種され始めた状況で、規制緩和の期待が大きかっただけに、庶民の落胆は大きいものがあった。しかし、ドテルテ大統領の強力な指導力のたまものか、暴動のような社会不安には至らなかった。 このままでは経済、庶民生活がなりたたず、コロナ感染による死亡よりも餓死者のほうが多くなるという経済界の圧力のせいか、その後、4月12日からはMECQへと一段階、緩和され、5月1日からはフィリピン人はもとより外国人の入国も有効なビザを保有している限り可能となった(ただし、SRRVと9aビザおいては外務省からの入国許可書-EEDが必要)。感染者数も減少傾向を見せており、ワクチン接種も開始されたので、コロナ規制もMECQからGCQさらにはMGCQへ緩和され(その後、5月15日からGCQに緩和された)、外国人の入国も、従来のようにビザ無しで自由に行き来できるようになることが期待されるところだ。しかし、インド変異種の拡大も報じられているので、まだまだ予断は許されない。 封鎖一周年などと浮かれていた3月20日過ぎ、首都圏の感染が急拡大していたおり、同居人のママ・ジェーンから陽性だったと告げられた。我が家では唯一彼女が買い物などの外出可能で、他の者はこの一年、クリニック以外は外出できない、まさに自宅軟禁状態だった。ウイルスの感染源は彼女か、あるいは郵便物か食材等の配達人のいずれかだ。直後、私は具合が悪くなり、キアン(10才)は高熱、二人のメイドのうち一人は2週間ほど入院するはめになった。検査の結果は、国家警察幹部のご主人が陰性だった他は、全員陽性、ただしクッキー(4才)とココ(1才)の幼児二人と二十歳のメイドは無症状だった。キアンの高熱は一日で下がり、ジェーンもほとんど無症状だったが、市役所の指示にしたがって一週間ほど部屋にこもって自主隔離をした。ジェーンが隔離で、メイド一人が入院で家事戦線を離脱、残されたメイド一人が幼児二人と寝たきりの私の世話、そして家事全般をこなさなければならないという、まさに、ジェーンの戦線復帰までの一週間は家事崩壊の危機だった。 問題は、高齢者の私なのだが、熱はないが、トイレに行くだけで息が切れて、横になっていても呼吸が今一難しい、まさに肺炎の症状だ。嗅覚や味覚は正常だが、食欲がなく、上向きでベッドに横たわっているしか術がない。医者には往診してもらったのだが、取りあえず自宅で療養して重症化するようだったら入院するよう告げられた。しかし、マニラの主要病院のベッドは満杯で、数十人の順番待ちがあり、入院することさえままならない、まさに医療崩壊の状態のようだ。さらに、なんとか入院できたとしても保険制度がお粗末なフィリピンでは、症状により入院費は数十万ペソから数百万ペソの自己負担で、コロナよりも返って恐ろしい。 幸い3週間程度で症状も治まって、検査も陰性となった。しかし、家の階段の上り下りも息が切れ、ほとんど体力がなくなっている。いわゆるコロナ後遺症で、この状態が回復するには数ヶ月かかるそうだが、さらに2週間養生して、一日、1~2時間の在宅執務が可能となとなった。しかし、コロナ後遺症で血栓が出来やすくなっており、無理をすると脳梗塞や心筋梗塞などの致命傷になりかねないと、経験者の退職者からアドバイスを受けた。血栓の原因となるのは、長時間椅子に座っての執務なので、最長一時間程度に限定する必要があるそうだ。しかし、体力が回復するにつれ、つい執務をしたくなるのを、思いとどめて、休む/怠けるというのも辛いところではある。ちなみに、この一ヶ月あまりで10kgほど痩せてガリガリになってしまった。 5月に入って外国人への無料ワクチン接種も可能と報じられた直後に、市役所からワクチン接種の案内メッセージが携帯に届いた。場所と時間が指定されていて、その時刻に行って見ると、多くの高齢者が並んでいたが、一時間半程度で接種をすませた。日本のように予約もへったくれもない、事前の登録と身分証明書を提示するだけのファースト・カム・ファースト・サービスだ。日本もフィリピンのように、予約など、いっそ無くしてしまえば、予約殺到の混乱も起きないはずだ。また、心配していた外国人であることも関係なかったが、もっとも、外国人であろうがなかろうが、同じく感染源になるのだから除外するとしたら、まさに本末転倒というものだ。 接種会場にはマカティ市では「2万人が接種済み」という横断幕が掲げられていたが、接種を進めることが市の最重要課題となっているようで、職員は皆、熱心だった。ジェーンによると、私が受けたワクチンはロシア製のスプートニクで数日前に届いたばかりのものだそうだ。効果が50%程度といわれている中国製でなくてほっとしたが、因みに接種に当たって、当方がワクチンを選択する権利はない。 […]

コロナに感染してしまいました 2021年5月13日掲載、6月7日、13日追記


2月末、マニラ首都圏は現状の封鎖措置(GCQ)が3月末まで延長されることが発令された。誠に残念ではあるもののワクチン接種も開始されていない状況ではやむなしとの声が多数だ。これで、めでたく(?)封鎖措置も一周年となり、高齢者と子供達にとっての外出禁止措置による自宅軟禁状態が2年目を迎えることになった。 一方、2月4日に発令され政府通達(IATF No. 98)による「外国人の入国緩和措置」については、いつもながらとは言え不明瞭な記述で大いなる混乱を呼び起こし、その後、PRAは、その対応に追われることになる。以下、通達の原文そのままを掲載する。 B. 1. Beginning February 16, 2021, the following shall be included/added […]

PRAの正念場そして退職者の試練 2021年3月6日



3月のコロナ・ロックダウン開始以来8ヶ月目を経過し、日本やヨーロッパでは最悪のシナリオとも言えるコロナ感染第3波に突入した。そして、感染終息の見通しが見えないまま、早期のワクチン開発に望みを託すしかなくなっている。一方、ここしばらくはコロナよりもアメリカの大統領選挙が世界の耳目を集めていた。トランプかバイデンか、どちらが勝とうが目の前のコロナを追い払えるわけではないし、トランプの引き際の悪さが目だっただけの選挙戦だった。一方、当方ないしフィリピンにとっては、さらにそれよりも大きな事件がのしかかってきた。それは、3週連続の台風襲来だ。 わが農場のあるルソン島の最南端、ビコール地方はいわゆる台風銀座で、台風の襲来がない年はない。しかし、今年のように3週連続ということは私の知る限り過去になかった。台風18号(キンタ)、19号(ロリー)、そして、22号(ユリシーズ)が10月25日、11月1日、そして11日と立て続けにビコール地方に上陸したのだ。台風18号(キンタ)は名前からして小物で取るに足らなかったが、19号(ロリー)は今年度世界最強のスーパー台風と称され、2006年の台風レミンを髣髴させた「雑記帳 ビコール地方を襲った台風レミンの被害」。さらに、台風22号(ユリシーズ)は雨台風で、2009年首都圏全域を浸水させた台風オンドイに匹敵する洪水を首都圏そしてルソン島北部にもたらし、現在も浸水状況をテレビが報道している「集中豪雨でマニラは水浸し 2009年9月27日」。ドテルテ大統領が両台風の被害を視察して、緊急事態宣言を発令して国家的支援を決定したが、焼け石に水の感はぬぐえない。 台風18号(キンタ)が上陸したのが10月25日(日)、「ビコールにある我が農場の樹木は総崩れになってしまい、すぐさま復旧して次の台風に備えないといけない」との知らせが入った。そのためにまずは先立つものが必要と準備をしていた矢先、次の日曜、11月1日にはスーパー台風、19号(ロリー)が直撃するとの情報だ。農場を直撃した台風ロリーによる被害状況の詳細がわかったのは、一週間後の8日になってからだった。現地では電気、携帯の電波、水などすべてのインフラが機能を停止して、生き延びるのがやっとだったらしい。 農場被害の報告が来たころになると、今度は22号(ユリシーズ)が襲ってくるというので、泣きっ面に蜂、さらにヒアリが噛み付いてくるような状況に恐れをなした。しかし、ユリシーズは幸い北にそれて、農場直撃は免れた。しかし、その分、マニラ首都圏を直撃して、11日夜半、明け方近くまで、強い風と雨が吹き荒れた。その結果、翌日はマニラ北部のマリキナ市一帯の住宅地が2階まで浸水するという、台風オンドイの記憶を呼び起こす洪水被害を引き起こした。さらにルソン島北部のカガヤン山地でも広大な地域が水につかった。我が家はマカティでも少し高いエリアにあるので、全くの被害はなく、インターネットが繋がらない程度だったのは幸いだった。 一方、この時期は、一族の誕生日が目白押しだ。10月26日はクッキー4歳の誕生日、11月9日がココの一歳の誕生日(一歳の誕生日は、フィリピンの子供にとっては、もっとも重要なイベント)だ。さらに11月15日(本日)はパパカーネル51歳と続く。しかし、時節柄、お祝い事は最小限にして、ビコールの農場の支援と復興に資源を集中することとした。もっともコロナの制限で我が家に人を呼んでお祝いするなどというのはもっての他なのだが。 災害支援といえばママ・ジェーンの得意技で、台風レミンとまではいかないまでも、大量の食料と、大量のソーラーバッテリーをデビソリア(チャイナタウンにあるフィリピンの問屋街)で買い求めて支援物資の送付の準備中だ。因みに台風レミンの時は電柱が根こそぎ倒れ、その復旧に半年という期間を要したので、電源は必須アイテムなのだ。

3週連続の台風襲来に悲鳴 2020年11月15日


フィリピンは、連日5000人前後の新規感染者が発生し、合計で20万人を越える感染者数は東南アジア最大という不名誉な記録を達成してしまった。アンケートによると、失業中という回答は45.5%と、なんと二人に一人は失業中で、しかも国家の支援も受けられない状況だ。これでは、悪事を働いてまでも生きる糧を手にしようとする輩が増えて、治安の悪化していくのは必須だ。その辺を考慮しためか、8月19日から、首都圏はMECQからGCQへと隔離規制が緩和されたものの、経済の復興には程遠い。そんな折、フィルヘルス(国民健康保)の大規模な汚職が発覚しフィルヘルスの総裁が辞職に追い込まれ、スルー州のホロ島では爆破テロで死傷者は90人を越え、さらにバタンガス港では海上武装強盗事件(海賊)が発生するなど、8月初めにの日本人老女強盗殺人事件とあいまって治安の悪化を印象づけるニュースが流れている。 さらに、学校の再開は8月24日の予定が、オンライン授業の準備不足という理由で10月5日に延期された。しかも、440校もの私立校が生徒の不足から休校に追い込まれた(全国で私立校は14,435校というから幼稚園などが大多数なのであろうが)。これは、保護者の収入がコロナ封鎖により減少して私立校から公立校へ転校したためだそうだが(因みに公立校の授業料は無料)、まさに経済の停滞は貧困層の食料だけではなくて幅広く国民経済を蝕んでおり、まさに国家存亡の危機ともいえそうだ。 現状のマニラ首都圏の隔離措置、GCQの期限は8月31日で来週の月曜までだが、果たしてその先はどうなるのか。ドテルテ大統領の決断次第だが、新規感染者の数は一向に収まりを見せず、一方、治安の悪化や国民の経済状況はますます蝕まれる状況で、まさにコロナをとるか、経済をとるかの瀬戸際に追い詰められている。しかし、一番望まれる外国人の渡航許可については世界的にますます感染が拡大する中で、絶望的とおもわれる。また、せめて高齢者(私を含む)の外出を許可して欲しいのだが、その場合、現状のGCQが地方並みのMGCQ緩和される必要があるが、それも絶望的であろうか。 こんな折、私の部屋のエアコンが故障してしまった。機械そのものは動くのだが、リモートで操作できない。手動のスイッチもないので、そのまま、つけっぱなしにするしかない。しかし、昼間は部屋にいないし、寝る時はあまり使わないので、電気代がもったいない。それでブレーカーのスイッチを切って消すことにした。つける時もブレーカー頼りだ。早速、業者に依頼して修理したが、数日後にまた故障してしまった。再度、修理したのだが、今度は「普段私が、27度に設定しているのが高すぎるので、22度以下にして使え」と言う。それでは寒すぎると言うと、オンオフを繰り返せというのだ。そうしないと、中のマザーボードが焼けてしまうと、訳のわからない理由で、私の使い方のせいにされてしまった。 仕方がないので、22度で使ってみたのだが、その日の内にまた故障してしまった。そうなると、業者はマザーボードを取り寄せて交換しなければならないのでエアコンは1ヶ月使えない、ブレーカーでのオンオフはコンプレッサーが壊れるので、不可と最後通牒を突きつけられた。ママ・ジェーンは空いている子供部屋で過ごせとか、いつになく気を使っていたが、「この時期(雨季)ならばエアコン無しでも大丈夫」とつい豪語してしまった。 エアコンがないとなると、保育所と化していた部屋には誰も寄り付かなくなった。雨模様の日はいいのだが、天気の良い日は、日当りのよい私の部屋はかなりの暑さになっていて、夜になっても30度以下になることはない。私の子供の頃は、もちろんエアコンなど無いわけで、耐えられないことはないのだが、南国育ちで暑さに慣れているはずのキアン達にはエアコン無しでは耐えられないようだ。 2日ほど、寝苦しい夜をすごしたのだが、3日目に件の業者が姿を現して、修理して行った。きっとマザーボードとやらの在庫があったのだろう。隔離措置で外出も出来ず、エアコンも無しとなると、二重苦で、この上さらにインターネットがなくなったら三重苦となって、私にとっての生きる術を失ってしまうことになるところだった。

エアコンが壊れてしまった 2020年8月27日



8月4日から始まった防疫隔離措置(MECQ)は19日から元のGCQに緩和された。8月1日からGCQの延期、4日からMECQへの再強化、そして19日からGCQへの再緩和へのめまぐるしい変化は、行政の迷いの表れだ。こちら立てればあちら立たずで、ドテルテ大統領も苦渋の選択の繰り返しだったのだろう。 GCQからMECQの規制強化は公共交通機関の運行停止、レストランの店内飲食の禁止、さらに諸官庁の業務停止と、6月1日のGCQへの規制緩和により、動きはじめていた経済活動を再度停止するものだった。これは、ジプニードライバー、トライシクルドライバー等の運転手、レストランのウエイトレスら、貧困層の職を奪い、諸官庁の業務停止は経済活動の首を絞めるものだった。コロナ感染の増大による医療崩壊の危惧が、8月4日の規制強化の原因だったそうだが、今度は経済、そして庶民の生活の糧を奪い、はるかに多くの被害者を発生させることになってしまった。 防疫隔離措置(封鎖)も5ヶ月も継続してしまうと、感染拡大防止という大義名分よりも、経済そして庶民の生きる糧を奪うという側面が大きくなって、もはや庶民、経済界の同意を得ることが出来なくなってしまっている。しかもそれを補填する金が国庫にないとすると、感染拡大か庶民の餓死/暴動のどちらを取るかの選択肢になってしまう。 そこでタイミングよく宣伝されているのがロシアをはじめとするワクチン開発で、すでに成功した、成功間近と騒がれている。これは医療関係者も庶民、経済界にとっても希望の光を与えている。これが効果のあるものだとすると、すべてが丸く収まり、外国人旅行者もワクチン接種により、自由に渡航できるとすれば、私のビジネスも復活する。そうとなれば、後、2~3ヶ月は我慢のしようもあるというものだ。 相変わらず在宅隔離を強いられている子供達に事件が起った。とるにとらない些細なことがきっかけなのだが、キアンにとって人生初の怒りの原因に発展してしまった。そのとき、キアンは怒りに30分以上、体の震えが止まらず、私も一体何がキアンに起きているのかわからず、聞いてみると「Angry 怒り」と震えながら答えた。怒りに震えるという言葉があるが、私にとっても初めて見る光景だった。キアンにとっても生まれてはじめての経験だったという。 事の起りは、キアンが部屋にいるクッキーにランチタイムを知らせたことだ。その声に寝ていたココが起きてしまった。そのことを子守役のマミー・ソンがキアンをたしなめた。キアンは、「ココが寝ていたことを知らなかった」と言い訳を言ったのだが、マミー・ソンはそれを「I don’t care、そんなこと知るか」と聞き損ったらしい。それでマミー・ソンに火がついてキアンに罵声を浴びせかけた。キアンがいくら言い訳してもその罵声は止まらず、キアンは見る見るうちに表情を変え震えだしたのだ。 その時は状況をよく把握できなかったのだが、後で聞いてみるとマミー・ソンの罵声は以下のようなもので、キアンには耐え難い屈辱だったようだ。「ダダ(私のこと)の前では、なんでお前は、生意気なことをいうんだ」「ママに言いつけてやる」「携帯の使用を禁止する」など、普段でも大声で子供達をつまらぬことで叱りつけているのだが、火がついているときのマミー・ソンの罵声は強烈なものがあった。キアンは、何の罪を犯したわけでもないのに、マミーソンはキアンの言い訳に耳を貸さず、キアンを怒鳴り続けたことに対して、キアンはプライドをいたく傷つけられ、それが怒りに繋がったようだ。人間、例え子供であろうとその日の糧を得るのに汲々としているもスコーターの人間だとしても、それなりのプライドがあって、それを傷つけられると怒りに繋がって暴力事件に発展する。決して公の場で人を侮辱してはいけない、というのはフィリピンばかりでなく人類共通の教訓だとおもう。 私は、怒りで震えるキアンを部屋に連れて行ってなだめることしか出来なかった。しかし、たかがキアンの呼び声でココがおきたとしても、マミー・ソンがなにもそこまで熱くなることはあるまいと思うのだが、ママ・ジェーンの叔母であるためか、ママ・ジェーンに輪をかけたような勢いだった。両親にに怒られるならばまだしも大叔母にどやされてキアンとしても我慢できないものがあったようだ。相手が同級生だったとしたら、きっと殴りかかっていただろう。 私は生涯、子供時代を含めて、暴力的喧嘩というものをしたことがない。したがって、怒りで体が震えるという経験もない。比較的穏やかな性格で、せいぜい妻と口げんかをするくらいだった。しかし、普段は優しさの権化みたいな10歳の子供ーキアンが体が震えるまで怒るということはちょっと信じ難い事件であった。因みにマミー・ソンはママ・ジェーンに言いつけるといっていたが、それはさすがになかったようだ。なんと言ってもキアンにとって一番恐ろしいのはママ・ジェーンなのだ。しかし、子供達は外出禁止で外へ出られず、ただでさえストレスが溜まっているときに、大の大人が赤ん坊が起きたくらいで大騒ぎをしなくてもいいと思うのだが。

キアンが怒りで震えが止らなくなった 2020年8月22日


いよいよ防疫隔離措置の規制(現状MECQ)の期限(18日)が近づいて、果たして緩和されるのか(GCQへ)、さらに強化されるのか(ECQへ)世間は興味しんしんだ。医療関係者は、新規感染者が6000人を超え、高止まりしている現状から規制強化を訴え、経済界は、このままではコロナに感染する心配よりも、5ヶ月に及ぶ隔離措置により、経済が破綻して職を失い生きる術を失う者が膨大となり、果ては国家経済の破綻を招くことになると、規制緩和を主張している。 確かに5ヶ月もの間、収入の道を絶たれ、これがいつまで続くのかと思うと、感染は自己責任として扱って、いい加減に行政は口を挟んで欲しくないという気持ちがわいてくる。国に支援する金が無いとなれば、貧しい人々が他人の富みを奪ってまでも生き延びようとするのは当然の成り行きで、それを防止するための警察そして軍隊の出動で内乱状態になったとしてもおかしくない。それならいっそ、隔離措置をやめてしまったほうが、はるかに得策だというわけだ。何しろ5ヶ月はあまりにも長すぎる。 一方、最近、フィリピン人の外国人配偶者の入国に当たって、事前に入国ビザが必要である旨の通知が発表された。従来は、フィリピン人の配偶者であればビザ無しで入国を許されたものが、事前にビザを取得せよ、ということだ。参照 入管Press Release(8.08)。しかし、そこには「Appropriate Visa-適切なビザ」となっていて、具体的な記述がない。今まで、Permanent Visa とかLong Term Visaとか表現が使われて、果たしてSRRVは含まれるのかといつも議論が沸騰したが、今回もSRRVが含まれるのか不明で、PRAに聞いて見ても返事をもらえない。 さらに入管の内部資料を入手してみると(外部秘となっているために添付できませんのでご了解願います)、SRRVは認められるものの、今度は「Foreign nationals exempted under FSC No.360‐2020 […]

トランプゲームは防疫隔離措置克服の切り札となるのか 2020年8月16日



8月3日(月)早朝、防疫隔離措置が4日よりMECQに再強化されるというショッキングなニュースが流れた。おりしも4日(火)にPRAとのアポが、2週かがかりでやっと取れて、ID更新など数件の案件を処理する予定だった。MECQになれば、PRAは閉鎖され、当面案件の処理はできなくなる。それらを3日(月)のうちに処理しようとPRA内部にコンタクトを取って、朝からてんやわんやでなんとか終わらせることができた。 翌日(4日)PRAと入管の通達を手に入れたが(PRA通達8.3、入管通達8.3参照)、案の定、最低限の業務以外については、早々と機能停止を決め込んでいる。一応、18日までとは期限を区切っているが、政府の通達に従ったものでしかなく、政府は、この先も延期、あるいはさらにECQに規制をより強化するかもしれない。とにかく、毎日、新規感染者が4000、5000、6000人とうなぎのぼりなのだ。この点は日本と状況が同じで、医療関係者も医療崩壊を引き起こすと声を大にして大統領を突き上げている。一方、大統領も国には食糧支援を実施する金もないと、宣言しており、MECQではレストランでの飲食の禁止、公共交通機関の停止など、それらに従事する大量の貧困層が再び職を失い、生き延びる術を無くしてしまうだろう。 貧困層でなくても、すでに5ヶ月間の操業を制限されてきたビジネス界も、もはや限界で、この先、どれだけ続くかわからない隔離措置に嫌気をさして、廃業という選択肢を選ぶ企業も出はじめている。例えば、子供達の天国キッザニアが廃業を決断したが、ここでも大量の失業者が発生して生きて行く術を失った。私のビジネスも同じで、永住ビザの代行業にとって外国人が入国できず、PRAや入管が閉鎖してしまったら、ビジネスのネタが消滅してしまう。2~3ヶ月で状況が改善するものと期待していたものが、すでに5ヶ月たってしまったが、この先、いつまで続くかわからない状況では、まさにこの世の末だ。 そんなフィリピンの状況を象徴するような事件が発生した。3日朝、MECQへの規制強化でバタバタしている折に、マニラ新聞で報道されたのが、ラグナ州、カブヤオで一人住まいの日本人老女(82歳)が強盗に殺された事件だ。手足を縛られ、猿轡をされて絞め殺されたという悲惨なものだが、日本のニュースでも流されてフィリピンの治安の悪化を印象付けた。遠因がコロナ隔離措置があるのか、いつでも起りうるもの盗りなのかは定かではないが、封鎖で食い詰めた貧困層が富裕層から収奪するという混沌の世界に突入してしまうのではないかと一抹の不安がよぎる。 さらに5日(昨日水曜)のテレビではレバノンのベイルートで、まるで核爆発のような大規模な爆発が発生したことが報道されていた。タガログ語のニュースなので、よく様子がわからず、核爆弾でも投下したかのような巨大なキノコ雲の映像が流され、すわ、第3次世界大戦かと勘違いしそうになった。肥料の原料になる硝酸アンモニウムが大量に貯蔵されていて、何らかの原因(過失あるいはテロ)で爆発したそうだ。核爆発でなかったものの、被害は惨憺たる有様で、当地の人にとっては、この世の終わりと思ったに違いない。 先月の熊本の水害もすさまじいものがあったが、コロナで動きがとれない状況の災害で、まさに、この世の末がやってくるのかと思わせる一週間だった。8月1日からは隔離措置の緩和で、農場に疎開してゆっくりと長丁場に備えようと思っていたのだが、とんでもない8月が始まってしまった。

果たして、この世の末(End of the World)がやってくるのか 2020年8月6日


7月16日政府通達で「長期ビザ保有者のフィリピン入国を許可する」というニュースが流れ、多くのメディア、ユーチューブ等がこぞってとりあげた。私もローカル新聞の報道を目にして「遂にやった」と思ったが、正式な通達を目にするまで、ニュースを広げることを控えていた。そして通達を手して良く見ると「長期ビザとは移民ビザの13ビザ」と記載されていた。13ビザとはクオータビザや13a婚姻ビザをさすもので、9gワーキングビザ、SRRVなどの一般的な長期ビザを含まず、ごく限定されたビザをさす。そもそもこれらを長期ビザといっぱひとからげに呼ぶことは間違いであり、通達を読んだ人々が全ての長期ビザと解釈することは容易に想像できる。メディアやユーチューブの発行者もそう思ったに違いない。 その後、大使館からも報道されたが通達を翻訳しただけで、具体的にどのビザが含まれているのか、解説がない。その他の雑誌の記事を見ても大使館の情報の再掲載に留まる。要は一般の人がわかるように解説してあるのは、私のホームページ以外にみあたらないのだ。さらに入国に当たっては隔離施設とPCR検査の予約を独力で行なうこととあり、一体どうしたらいいのやら一般人には皆目見当がつかない。そのため、通達の真意を確かめるために多くの人から質問が私にもあったが、旅行社やフィリピン大使館はこの通達の要求にどうしたら良いのか説明するためにてんやわんやで、混乱のまま8月1日を迎えるのではないだろうか。 先日、歯医者に行くために久しぶりに外出したが、それから数日して、倦怠感に襲われ、半日も机に向うとげんなりしてしまった。しかし、熱は36度台の微熱程度で咳も全くない。ひょっとしてコロナとも思ったが、その後も熱も咳もなくてコロナと迷っているうちに、一週間程度で倦怠感がなくなった。ひょっとすると、これは無症状のコロナで、あっという間に直ってしまったのかという気もしている。そうであるとするとこれで抗体を獲得してもはやコロナに罹患しない天然のワクチン接種ということになったのかもしれない。こんな形で、抗体獲得者が増えて、コロナが自然消滅するのが理想的と淡い期待をいだきたくもなる。 キアンの大好きなキッザニアが閉鎖されるというニュースが流れたが、果たしてドリームプレイはどうなるのだろう。このままコロナ封鎖がさまざまなレベルで継続すると、経済・社会活動が停止して、世の中真っ暗になって、まさに「End of the World」がやってきて、コロナ怖さに為政者が国を滅ぼしてしまうという結果になるかもしれない。ブラジルの大統領がコロナなんぞはインフルエンザのようなものだと言ったそうだが、もしかしてそれが正解かもしれない。日本の為政者も緊急事態宣言の発令を躊躇しているがそんなジレンマがあるのだろう。 ところで、キアンのオンライン授業がやっとはじまった。ドテルテ大統領の話によると、ワクチンが出来るまで、対面授業は来年あたりになるだろうということなので、あと半年も自宅待機では学業への影響は計り知れない。学校としても授業料を取ることが出来ず、私立校は倒産の憂き目にあってしまうから、先生方もいつまでものんびりしているわけにはいかない。そのためキアンは朝の7時から11時半までラップトップにかじりついており、やっとニューノーマルの体制になったわけだ。 一方、クッキーも3歳と9ヶ月、本来ならば幼稚園に通っているところだ。そのため、ここ2ヶ月間、私にお鉢が回ってきて、ABCマウスというオンライン教材で、毎日レッスンをしている。しかし、お絵合わせ(ジグソーパズル)やお絵書きに歌など、遊び相手で退屈で仕方がない。しかもクッキーは強情で自分の思い通りに行かないと私からマウスをとりあげて勝手にクリックして、気に入ったところでブレーキしていつまでも遊んでいるので、私の手におえない。しかも私のパソコンを占領しているので、机の前でぼんやりしているしかない。 そこでママ・ジェーンが白羽の矢を立てたのがメイ先生だ。キアンの通っていた幼稚園の先生でキアンの家庭教師でもあり、キアンの英語の恩師といえる存在だ。しかし、メイ先生は現在スペイン在住で、本来ならばありえない話だが、クッキーのレッスンをオンラインで引き受けることになった。まさにニューノーマルで地球の裏側のスペインからレッスンを受けるということが現実になっていているのだ。 コロナ封鎖前、キアンの家庭教師をしていたドンボスコの先生ラニョラ女史にクッキーも一緒に面倒を見てもらうべくレッスンを開始したのだが、数回にしてクッキーのヤンチャぶりにギブアップした経緯がある。メイ先生は幼児教育のベテランなのでやり遂げるに違いないと期待しているのだが、ちなみにママ・ジェーンは、はなからギブアップしている。

キアンのオンライン授業とクッキーのオンライン家庭教師が始まった2020年7月26日



7月1日からは封鎖がさらに緩和されるものと期待していたが、あえなく7月15日まで現状維持と発表され、その期限も近づいてきた。今度こそMGCQ(もっとも緩い隔離措置)と期待出来そうなので、在宅勤務であるならば、どこにいようと関係ないと、キアンを伴ってビコールの農場に疎開することにした。 仮に7月16日からMGCQになったとしても、毎日1000人を超える感染拡大が止った訳でもないので、当面、20歳未満と60歳以上は在宅自粛が求められ、外国人の入国も許されず、本業のビザ取得サポート業務も開店休業状態だろう。さらにPRAも半身不随でID更新のアポをとるだけでも容易なことではなく、当方としては最低限の業務をこなすことしかできない。この状態がいつまで続くかわからないので、当面、ビコールの農場で過ごすのが肉体と精神の健康を維持するために賢い選択というものだ。マニラへの帰還の目安としては、とりあえず外国人の入国が許されてPRAが本格稼動するまで、あるいはキアンの学校が再開されるまでということだとうが、数ヶ月に及ぶ可能性もある。 そもそも、この話は、今回の封鎖期間中、嫁の田舎に疎開していた息子が、それに懲りて、今度、地方への移動が許されたら、ビコールの農場に疎開したいと言い出しのがきっかけだ。3ヶ月間の田舎のスコーターでの暮らしは、なんだかんだ言っても辛かったようだ。それで、7月16日以降の封鎖緩和を見越して、息子一家、そしてキアンを伴って一年ぶりに農場に行こうということになった。それを聞いたキアンは飛び上がって喜んだのはいうまでもない。 問題は、ママ・ジェーンがキアンの一人旅を許すかどうかなのだが、キアンはどうせ許されないと、はなからあきれめ顔だった。しかし、意外にも、自分も、他の二人の子供を連れて2~3週間ジョインすると言い出したのだ。彼女としても週に一度の外出(食料の買い出しとPRAの用件など)だけで、毎日、料理と昼寝に明け暮れるのもいい加減に飽きが来ているに違いない。それに他の子供達も4ヶ月もの間、家に閉じこもりっぱなしというのも良いはずない。ママ・ジェーンも一緒という話を聞いたキアンの顔が一瞬、苦虫をつぶしたようになったのは、まさに(笑)だ。いずれにせよ、ママの承認が取れたとキアンは上機嫌だった。 そして、私は、数ヶ月の農場滞在、在宅勤務の準備構想に思いをめぐらせた。まず、業務に必須なのがパソコンとインターネット、パソコンは現在使っている環境をそのまま持って行くことにした。別途同じ環境を整えることはあまりに面倒な作業だ。もちろんスキャナー付のプリンター、さらに田舎では停電が頻繁に起るのでUPS(無停電装置)が必須だ。しかし、これらの装置全部持っていくと、マニラでママ・ジェーンが何も出来なくなるので、予備のプリンターのインクを買って動くようにしておくことも必要だ(古いプリンターはインクカートリッジ式なのでインク代が高いが、少量なので良しとした)。インターネットは家庭用のWifiを購入して持参するつもりだが、果たして十分機能するかやってみなければわからない世界だ。去年はだめだったが、この一年の間になんらかの進歩があるだろうとの期待だ。それがだめだと在宅勤務もままならないので、毎日街にでて、E-メールを使わなければならなくなる。 さらにキアンのカシオ電子ピアノの持参もオンラインレッスンに必須だ。水泳用具一式、私の精進料理用の食材(2か月分)、糖尿病の薬(2か月分)などと、まるで引越し騒ぎとなってきてしまったが、旅行と一緒でこんな準備が楽しいものなのだ。 ママ・ジェーンは、この機会を捉えて、早速キアンに、歯ブラシを言われなくてもしっかりやることと、私には玉石混交、風が吹けば桶やが儲かる式の条件をつけていた。そして翌日、キアンが早速、ビコールには行けなくなったと、悲しげな顔をして話しかけてきた。ママ・ジェーンに承認を取り消されたというのだ。理由は、歯ブラシが上手に出来なかったからだそうだ。 キアンに行くなということは、私に行くなということに等しい。キアンは私が留守にすると、2~3歳のころから、ベッドの下を探したり、部屋でボーッとして涙ぐんでいたり、よりどころを失ったようになってしまう。それを無視して、私が、2~3ヶ月も一人で家を留守にするというようなことはありえないのだ。ハイスクールに行くころになれば、彼女に夢中になったり、乳離れすると思うのだが、あと数年、私の去就はキアン次第なのだ。 それを歯磨きがどうのこうので、このコロナ禍を逃れて、私の健康と業務を両立するための疎開プランを否定するなど、一体何を考えているのかとあきれる。しかし、どう考えても本気とは思えず、単にキアンのしつけの材料に使っているにすぎないのだろう。それで、「ママはいつでも気が変るので、しっかり歯ブラシをしなさい」とキアンを諭す。案の定、翌日にはOKになったと思ったら、その翌日にはまただめになったとか、キアンの心は乱れるばかりだ。 仮にしつけであろうが、一旦、褒美を与えて、言いつけを守れないから、取り上げるというのは、しつけの原則の真逆だと思う。これをやり遂げたら褒美を与えるというのが原則であるはずだが、ママ・ジェーンの一旦褒美を上げてしまって、それをあとから取り上げるという方式は、子供のやる気を促すのではなくて、やる気を奪うだけだ。おまけにそれでもだめなら、はったおして恐怖心を与えて言うことをきかせるというのは、決して子供の成長を促すことはなく、ひねくれた好ましからぬ大人に育てるだけだろう。 一方、ビコール行きに盛り上がっている間に、15日に封鎖がさらに緩和される見通しが怪しくなってきた。新規感染者は相変わらず、毎日1000人を越え、逆にGCQからMECQに規制が厳しくなるという観測が流れはじめた。そうなるとビコール行きも怪しくなるので、キアンには、歯磨きがどうのこうのよりも、もっと大きなところで、ビコール行きはだめになるかもしれないとキアンと自分に言い聞かせている。さらに、そうなるとPRAも再度閉鎖されるかも知れず、お先真っ暗といったところだ。 状況は大分違うものの、日本も再度感染の拡大が進んでいるが、政府は非常事態宣言も出ししぶっている。フィリピンにおいても、ここで再度厳しい封鎖を実行したら、庶民の経済的打撃から、もはや人心をコントロールできなくなるだろう。したがって為政者は、経済とコロナ感染対策を両立する策を模索しなければならないという難しい状況にある。単に封鎖措置を厳しくして逆戻りというのでは、当方としても、さらに数ヶ月間、マニラで家に幽閉されるという状況に陥ってしまう。直りかけた病気が再発するとショックで闘病の気持ちがなえてしまうというが、全くその通りだと思う。なんと目からうろこの妙手を編み出して欲しいものだが、そうでないと、このまま老いさらばえてしまいそうな気さえし始めている。

農場へのコロナ疎開は果たして実現できるのか 2020年7月11日


6月16日からの封鎖緩和(GCQからMGCQ)が見送られた。MGCQになれば、日本の自粛要請程度のゆるい規制になって、60歳以上、21歳未満の外出も許可され、レストランや遊技場も部分的に開いて、自由度が大幅に向上する。結局、6月30日まで、現在の外出制限と役所、事務所、銀行等の50%稼動が継続することになってしまったのだが、6月30日というのは暫定的なものであり、その後、緩和されるという保証はなく、感染が一向におさまらない状況では逆にセブのように強化されるかもしれない(GCQからECQに逆戻り)。 PRAは8日の再開から、2週間を経て、その運営体制があきらかになった。要は、当初、業務の要と見られていたオンライン申請は全面的に取りやめ、事前予約による面前での申請のみとされている。 再開前の7日にID更新について質問状を発行したが 、その返事が未だに無いという徹底振りだ。さらに、この事前予約もごく少数の来訪者に限定され、2~3週間先でないとアポが取れないという状況だ。しかも一回の面会で原則一件の申請のみ扱うということで、当方のように常に複数の申請を扱っている代行業者にとっては死刑宣告に等しい。こんな状況も未だおさまらない感染拡大に職員を守るための方策であり、いつかは過去のものになるということを信じて、当面、顧客には我慢してもらうしかなさそうだ。 さて、学校も休みが継続しておりも、3月7日以来、4ヶ月目に突入している。したがってキアンのお稽古事もストップしたままだ。ピアノなど自習するよう促してはいるものの、せいぜい現状を維持する程度でしかない。先生も収入の道を絶たれて苦しい状況にあるに違いない。そんな折、ピアノ、テコンドーなどからオンライン・レッスンの声がかかった。ピアノの授業料は8500ペソ/月と70%アップだが、背に腹は代えられない(これは年間で10万ペソに達してドンボスコ・スクールの授業料と変らない)。ドンボスコ・スクールからもダンスや空手のオンライレッスンの声がかかったが、こちらは無料なのでありがたい。 テコンドーや空手はオンラインといわれてもピンとこないが、ピアノとダンスは待っていましたと乗ることにした。ピアノは5年目に入って、やっと人に聞かせる程度まで上達したのでなんとか伸ばしてやりたい。一方、ダンスは知らぬ間にプロはだしのステップを踏めるようになっており、要は天賦の才があるようなのだ。それにずっと家に閉じこもっているための運動不足を補うことも出来るし、ストレス解消もしかりだ。 さて、レッスンの前日、ママ・ジェーンからキアンにラップトップにズームのアプリをインストールするよう命令が下って、キアンが私に助けを求めてきた。すでに準備済みときいていたのだが、前日の夜になって、何も準備をしていないことがわかった。私は、自慢ではないが、アプリのインストールは滅多に成功したことがない。後から良くきくとママ・ジェーンがパスワードを忘れてズームにアクセスできなくなってしまったということらしい。キアンと私が四苦八苦して新たにズーム・アプリをインストール、あるいはインストール済みのアプリのパスワードを回復しようと試みたが、どうにもうまくいかない。ラップトップのOSもウインドーズ8で使ったことがないのでキアンを頼りにせざるをえず、結局ギブアップする以外に手はなかった。 コロナ封鎖が一段落して(GCQに緩和)妻の田舎から戻っている息子に応援してもらおうとしたが、まだGCQだから、他所から人を入れてはいけないとママ・ジェーンは認めようとしない。そこで封鎖中の3ヶ月間、警察で寝泊りしているパパ・カーネルに応援してもらってようやく事なきをえた。彼は、PCR検査で陰性であることが確認されているので入室を許されたのだ。 翌日、オンライン・ピアノレッスンが開始される10時半になってもキアンは準備を始めるわけでもない。催促すると、やっとラップ・トップやイヤ・フォンなどの準備を始めて、先生とうまくビデオ通話が出来るころには11時をこえていた。それでも、何とかレッスンが開始できたのでホットした。 キアンには、エリーゼのためになどポピュラーで人に聞かせられる曲を10曲小学校卒業までにマスターするようにいいつけた。私専用のピアニストとして演奏会を毎日開かせようという魂胆で、ハイスクール卒業までに100曲マスターのターゲットも与えた。 さて、翌日はダンス・レッスンだ。これまた、はじまる時間までに何もしようとしない。時間になって、Meetingとかいうアプリを開けるのでママ・ジェーンのYahooメールのパスワードを教えて欲しいとキアンがいう。「そんなもの知るか、マミーにきけ」とつい声が荒がる。とにかく事前に準備するということができないというフィリピン人の特性を10歳のキアンも十分受け継いでいるようだ。 ダンスのレッスンはXボックスでおなじみの対面でステップをまねするもので、キアンにとってはおなじみの手法だ。キアンに何故、あんなにダンスがうまいのかときくと、Xボックスで練習したのだというので、オンライン・レッスンも効果的であろうと期待できる。はじめはクッキーも参加していたが、すぐにあきて床を転げまわる始末だ。 ひさしぶりに先生と話したり、ピアノやダンスのレッスンをして、ここ3ヶ月間籠りっきりだったキアンはストレス(特に私の算数レッスン)から十分解放された様子で、机に足を投げ出してくつろいでいた。そこで、私が品が無いと注意したところ、脇でクッキーが私に声をかけてきた。見ると、クッキーが机の上に足を乗せて笑っている。 このことをママ・ジェーンに話したら、大笑いをして自分の子供の頃にそっくりだという。英語で天邪鬼(アマノジャク)をなんて言ったらいいのかわからなかったが、 事前準備の悪いことと同様 […]

キアンのオンライン・レッスンが 開始された 2020年6月20日