Daily Archives: July 2, 2016


7月1日(金)、第31回目の創立記念パーティがフィリピン・インターナショナル・コンベンション・センター(PICC)で執り行われた。午後4時スタートということで、3時半に家を出る予定だった。しかし、いつものことで、出がけにもたもたして、出発は4時を回ってしまった。ママ・ジェーンは、どうせ始まるのは5時だと、意に介さない。ちなみにPRAは朝の9時半にははやばやと事務所が閉まるとの話だった。 駐車場には大型の特製ジープニーが3台駐車していた。たまにはマカティ市内も走っているが、冷房つきの豪華ジープニーだ。きっと観光用に使われているのだろう 4時半近くになって、会場に到着したものの、周囲は人の気配がない。しかし、中に入ると、顔なじみのPRAスタッフが出迎えていたので一安心。先日、PRAの事務所でKIANに執拗に頬へのキスを迫った財務の女性スタッフが、KIANの手をつかんで離さない。KIANは迷惑そうに愛想笑いを浮かべていたが、どうも、KIANの好みのタイプではないようだ。問題は、ママ・ジェーンは一歩進むたびに「写真、写真」と叫んで、なかなか会場に近づくことができないことだ。妊娠、5ヶ月を迎えた彼女も安定期に入って、いよいよ本領発揮といったところだ。生まれてくる子は女の子だそうだがニックネームは「クッキー」と決まっていて、この10月末ごろにはKIANもお兄さんになることになる。そうなるとKIANは「クヤ・キアン」と呼ばれることになる。 この界隈は、マルコス時代にマニラ湾の埋立地に建設された大型の施設が並んでいる。後方にはソフィテル(フィリピンプラザ)ホテルが控えている 日本の京都でガイドをしている方が、「最近はフィリピンの観光客が多いが、ガイドの話を全く聞かないで、写真撮影に明け暮れているのであきれる」という話をしていた。さらにまた、このガイドさんが話していた観光客のフィリピン人とは、偶然にも私の知り合いのフィリピン人で、私が京都観光を薦め、さらにバスツアーが良いとアドバイスしたものだった。こんな話をとなりに座っていた退職者の奥さん(日本人)に話をしていたら、なんとそのガイドさんがこのパーティ会場に来ていて、私に挨拶に来たのだ。このガイドさんはフィリピンが好きで、定期的に尋ねて、私のところに立ち寄るのだが、そのガイドさんがらみの偶然の話をしていたら、そのガイドさん本人が偶然にも現れるという偶然のダブルとなった。 国の威信をかけて建設されたこれらの建造物はその広大な内部空間に圧倒される この写真撮影はパーティの開始から終了まで延々と続いて、一体、パーティに楽しみに来たのから写真を撮りにきたのか区別がつかないくらいだ。しかもフィリピン人は写真を取られることも大好きで、カメラを向けるとうれしそうにポーズをとる。さらに、写真をとるように催促してくることさえある。 パーティ会場の入り口にはたくさんのPRAスタッフが迎えてくれる。PRA看板娘の彼女はもはやKIANの友達だ GMのスピーチんいよると、1985年、マルコス政権の末期に設立されたPRA(Philippine Retirement Authority)も31年目を向かえ、会員も4000人を越え、世界100ヶ国をこえる国々から退職者も呼び込んでいる。その主たる国々は、中国、台湾、香港、韓国、日本、インド、アメリカ、イギリスなどだが、やはり中華系が圧倒している。これは、華僑という現象が退職ビザを使って脈々と続いているのだろう。ちなみにフィリピンには100万人の純粋な中国人が中国語を話し、中国文化を維持して暮らしており、さらに人口の10%、1000万人が中国の血を引いているというが、KIANもその一人だ。 観光大臣(DOT Secretary)をゲストに向かえ、得意げなポスター ママ・ジェーンの言うとおり、5時近くになってもパーティは始まる気配を見せなかった。それでも人々は、久しぶりに会った人と写真を撮ったりして退屈をすることはなかった。 PRAカバンサッグGMとしっかりカメラに収まったカーネル一家 […]

第31回PRA創立記念パーティ開催 2016年7月2日