KIAN 2歳と8ヶ月の英会話学習 2012年11月26日


   2才を過ぎて、KIANの会話能力は目覚しい成長を遂げているが、着目すべきことは、周囲は、彼に英語で会話をさせようとしていることだ。彼は、近所の子供や、大人の会話から、すぐにタガログ語を覚えて来て使う。

 たとえば、「後で」は、タガログ語で「ママヤ」と言うが、何か言われて、やりたくないとき、KIANは「ママヤ」と答える。そうすると、ママ・ジェーンは間髪を入れず、「LATER」と、切り返す。そうするとKIANは、とっさに「ママヤ、レイター」と言う。おまけに「ママヤ、レイター、アトデ」と、切り返すこともある。

CIMG5056s-4パソコンのゲームや映画が大好きのKIAN

 KIANは、あきらかに、それらの言葉が同義語であることを理解している。周囲は、彼に英語で話しかけることを心がけている。ヤヤ(子守)や姉のキム、従妹のアレア(7才)もしかりだ。ただし、私だけは、日本語と英語とタガログ語のちゃんぽんだ。KIANが2才で話し始めたころはタガログ語だけだったが、保育園に通うようになって、授業が英語であること、周囲の子供が英語を主体に話すことなどから、KIANの英語特訓も始まった。

 特訓といっても、日常の会話を努めて英語にしているだけで、特別の勉強をしているわけではない。紙に文字で書いても理解できないから、当然のことではある。しかし、最近は英語主体で「Yaya very bad,  hit Kian 」などと、英語でママジェーンに嘘をつく始末だ。

CIMG5072s-4最近は和食レストランの「サイカ」がお気に入りだ。

 
 ママジェーンの英語での問いかけも十分理解しているようだ。 「Did you eat  already」 「Do you love me」、「Kiss to Dady」、「Say Sorryなどと、問いかけると、ちゃんと態度や言葉で反応する。レストランで他人が問いかけてもちゃんと答えを返す。例えば「How old are you」、「What is your name」と聞かれたら、ちゃんと「Two」あるいは「Kian Yang」と答え、すでにバイリンガルの片鱗を示す。

  ところで、KIANのしゃべる英語が誰も教えないのに、アメリカ訛りなのだ。最近凝っている映画、「CARS」見たいとき、かなりはっきりRの発音をする。このアメリカ訛りの原因はいつも繰り返して見ているDVDの映画に起因することがわかった。彼は画面を見ているばかりではなくて、映画の中でしゃべっている英語をしっかり聞き取っているのだ。車が水中に落下した画面で他の車たちが追跡のために「Get Boat」と怒鳴ると、何十回も繰り返してこの映画を見ているKIANは一緒に「Get Boat」と叫んだのだ。DVDには字幕が英語で出ているが、文字の読めないKIANには関係ない。画面を眺めて楽しんでいるだけだったと思っていたが、KIANはしっかりと英会話学習に取り組んでいたのだ。

CIMG5064s-4パンシット(焼きそば)がお気に入りのKIANに、この日、サイカで冷やし中華を注文したが、お酢の味が気に入らず、ほとんど手をつけなかった


 こんな簡単な会話だとしても、すらすらと答えることが大切だ。彼は、英語で聞かれて、タガロク語に翻訳して、答えを用意して、それを英語に訳して答えるなどと、まどろっこしいことをしていないし、KIANにはそんな能力もない。ただひたすら、心に浮かぶことを口にしているだけだ。まさに理想的な英会話学習を一日中やっているのだ。こんなことを繰り返しているうちに、一年も過ぎて、3~4才になるころには、立派に英語とタガログ語を区別して、バイリンガルで話す国際人になっていることだろう。 CIMG5081s-4サイカでは子供の客にいつもおもちゃをくれる。この日はシャボン玉のおもちゃをもらって夢中になってシャボン玉を膨らませるKIAN。


 私は、ここに英会話学習の真髄があると思う。教科書や、文法など糞くらえだ。ただひたすら英語に浸って、心に浮かんだことを口に出して、相手の言うことを繰り返す。ただそれだけだ。その時、文法がどうだとか、発音がどうだとか、余計な事は考えていけない。はっきり言って、 KIANの話すことは半分以上聞き取れない。しかし、いつもKIANと一緒にいるヤヤは意味を把握している。それでいいのだ。発音は自然になおっていく。それよりも、心に浮かんだことを口に出すことが肝心なのだ。

CIMG5095s-4カメラを向けるとヤヤやキムがポーズをとる。フィリピン人は写真を取られるのが大好きだ。

 文法がどうのこうのだとか、スペルがどうのこうのということは学校に通ってから習えばそれでいい。会話をするということは文法やスペルがどうのこうのということとは無関係で、大脳が知識をつかさどるのに対して、会話は小脳がつかさどる運動能力のようなものだと思う。要はひたすら繰り返して体で覚えることが大切なのだ。

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