雑記帳 フィリピン人は、本当に悪い人?


フィリピンで日本人が遭遇するトラブルや役人が賄賂を請求する姿を見ていると、フィリピーノは悪人だらけと言う気がしてくる。あんなに仲の良かった相手が手のひらを返したように情け容赦のない敵になったり、フィリピン人は、もう決して信用すまいと決意してしまったりする。しかし、本当に悪い人ばっかりなのだろうか。

フィリピン人が悪いというとき、必ずお金が絡んでいる。彼らが見た事もないようなお金をちらつかせる日本人に対して、どうしてもそのお金を当てにしてしまうのだ。それがあれば、家族が幸せになれる、弟も学校にいれてやれる、などと夢を見てしまう。しかし、そんな関係は長続きしない。いつか、お金が元で人間関係が壊れてしまう。そうなると、金を返せといっても返せるはずもないから、相手は開き直ってしまう。周りの人も、金のことしか考えないあんな冷たい日本人は、とれるだけとってほっぽり出せばいいと、余計なアドバイスをする。向こうの理屈で言えば、悪いのは金に汚い日本人という事になる。

金で人間関係は築く事はできない。日本人は金さえあればなんとでもなると考えがちだ。特に金に引かれて多くのフィリピン人が近づいてくる。そこでうまく人間関係を築く事ができないと、惨めな結末になるのだ。フィリピーノとうまく人間関係を築く事ができると、こんなにやさしくて、頼りになる人達は、日本ではなかなかお目にかかれないとさえ思ってしまう。フィリピン人のやさしさに心が癒される思いがする。

それは、彼らがいかに家族を大事にするか、友達を大事にするかということを見れば、あきらかだ。家族から頼まれるといやとは言えない彼らなのだ。だから、家族をサポートする事が結婚の条件になったりする。でも、いったん面倒をみると、面倒見るのが当然の義務のようにとことん甘えてくるのが、理解に苦しむところだ。

例えば、誰かが打合せに遅れて来ると、我々はイライラして、それが日本人であれば“あいつもフィリピーノタイムに染まったか”などとバカにしたり、場合によっては、怒鳴りつけてやろうか、などと思ってしまう。そしてやっとこさ到着すると、待たされていたフィリピーノは何事もなかったようににこにこして、ありきたりのいい訳に理解を示している。その時、彼らはなんとやさしいんだろうと感心するのだ。

年をとってくると、ど忘れしたり、ミスやそそうが目立ってくる。その時、家族や他人にいちいち文句を言われたのではたまらない。しかし、フィリピーノはニコニコと理解を示して、決して責めたりしない。だから、老人にとってはとても居心地がいいのだ。ただし、この理解を子供達にも示すのは、しつけという点でどうかなと思いもする。結論として、フィリピン人は人がよすぎる、とさえ私は感じてしまうこともある。

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