オバマ大統領の就任式 2009年1月22日


121日、テレビはオバマ新大統領の就任式の模様を中継する番組一色だった。米国民のみならず世界中の人々の圧倒的支持を受けての大統領就任だ。一国のトップがこれほどまでに世界中から祝福・注目されて就任するということは前代未聞だろう。それほど現在の経済状況が深刻で皆が救いの神を求めているということだ。47歳の黒人という誰もが考えなかったバックグラウンドを背負っての大統領就任が歴史的事件であるのなら、何か歴史に残ることをやるのではないかという期待がもたれるのも無理の無いことだ。200万人という中都市全体に匹敵する人々が歴史的な事件に参加しようとしてワシントン広場を訪れたそうだ。

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 アメリカ国民、特に黒人にとっては、奇跡に近い出来事であることは大いにうなずけるところだ。長年虐げられて来た暗い時代に終止符を打つかのように黒人がアメリカを代表する地位についたのだ。

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  しかし、祝賀ムードに水を差すように、オバマ新大統領の言葉は、国民に自ら、国そして世界に責任と義務を負うことを求めるものだった。一国の首長が頑張ったところでこのアメリカそして世界の経済危機は救えるものではない。それを国民全体が一丸となって困難を乗り越えていくことを求めたのはまさに正解だ。どこかの国のように政敵を罵り合って政権交代に躍起となっている時ではないのだ。

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各国首脳の好意的な 反応は、世界的な祝賀ムードで就任したオバマ人気にあやかろうというのか、あるいはとりあえず同調しておこうということなのだろう。ちなみに、このような行動パターンをタガログ語でパキキサマという。

CIMG9192s-4 CIMG9193s-4 一方、フィリピンの人々の反応はどうだろう。テレビではBARAKO(逞しい)などとコメントし、オバマ新大統領の演説をほめていた。しかし自己責任の国といわれるフィリピンでは、自分の生活は自分で責任をとることは当たり前のことだ。どこかの先進国の様に、問題があれば、国や政府を責めれば何とかなるという発想は無い。派遣切りが問題になれば住処の提供や炊き出しをしてもらえるなどという、声を大にして訴えれば誰かが何とかしてくれるなどいうことは起こりえないのがフィリピンだ。役人はその地位を利用してせっせと私財を蓄えるのが当たり前、国家などは何の役にもたたないと、人口の1割が海外で稼いでせっせと仕送りをして家族を養っているという逞しい彼らは、オバマ大統領の主張する「新しい責任」をすでに実践しているといえるかもしれない。

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