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   ママ・ジェーンがKIANを出産してから早くも2年、ヤンチャの度がますます激しい今日この頃だ。ママ・ジェーンは妊娠中、お腹がすいて仕方がないと、その食欲は目を見張るものがあった。食べ終わると、今度は赤ちゃんの分と軽く2人分を平らげていた。体重も70kgには達して、そんなに食べたらお腹の赤ちゃんが育ちすぎて大変なことになる、「小さく生んで大きく育てる」という日本の諺を話しても耳を貸さなかった。 出産の1週間前、ホテルのビュッフェの食べ放題で、うれしそうに大量の食事を摂るジェーン  そして分娩の段になると、自然分娩を試みたが、これ以上頑張ると母体が保障出来ないと医者に忠告され、帝王切開に踏み切った。そして、2010年3月31日、9ポンド、4kg強のKIANが出産したのだ。 この日は警察の車で出勤するパパ・カーネル。手入れに向かうときは決して自分の車は使わない。もちろん警察の車は私用には使わない、というけじめをつけている。 ジェーンも出産後2年経過して日ごろのジム通いの精進が効を奏して、ようやく真っ当な体型になってきた。以前着ていた服がようやく着れるようになったと喜んでいる。  フィリピンでは、ちょっと出産が難しいとなると、すぐに帝王切開をしてしまう。自然分娩はそもそも病気ではないから、病院側としても大きなお金を取るわけにはいかない。私の元部下は二人の子供を帝王切開で出産しそうだが、日本で一人がやっとと言われているはずだ。フィリピンの女性は生みの苦しみをお金で代替するようだ。しかし、そんなお金のない普通の妊婦は市営病院で、只で出産することができる。そして分娩の翌日には退院して母子ともに家で養生するが、子沢山で貧しい人の多いフィリピンではそうでもしないと処理しきれないのだ。 大人の真似をして私のサンダルに挑戦するKIANだが、親指と人差し指の間にひもを挟むのは大人の常識で、KIANは自由奔放にサンダルをはく。ママ・ジェーンの誕生日のケーキはKIANからとなっており、KIANも一人前の人格として認知されつつある。  ところで、フィリピン(英語)で帝王切開のことをシザリアン(CAESAREAN)と呼ぶ。何故そう呼ぶかは日英とも誰に聞いても知らない。このシザリアンとは、かの古代ローマ帝国の帝王シーザーに由来している。時の王は予言者から「あなたは女の股から生まれた子ではない人間に滅ぼされる」と告げられた。そこで王は「そんな人間がこの世にいるはずがない、だから自分は一生安泰だ」と考えた。しかし、その後、王は、シーザーによって滅ぼされることになる。まさにシーザーは帝王切開で生まれ、女の股から生まれた子ではなかったのだ。この秘話から後に、妊婦の腹を切開して出産することをシザリアンあるいは帝王切開と呼ぶようになったそうだ。 サウス・スーパー・ハイウエイに沿って走るPNR(フィリピン国鉄)のディーゼル機関車の通過を待っているとき、大きな口をあけて機関車を見守るKIAN。バックミラーに移ったKIANの顔に注目。彼はシーザーのような大物になれるのだろうか

帝王切開(シザリアン)の話題 2012年3月18日


   3月末になるとフィリピンは夏休みに突入してオーシャン・パークはいつも満員の人出になってしまうので、3月はじめの水曜日にKIANを連れて行った。KIANにとっては昨年の1月以来、2度目の訪問だが、今は「フィッシュ」という言葉も覚え、知恵もついてきているので、さぞ感動するであろうと言う心積もりだ。  オーシャン・パークは日本ではありふれた水族館に過ぎないだろうが、大きな水槽の底のトンネルを歩くという仕掛けは、フィリピンでは子供達の憧れの夢の世界だ。マニラ湾に面したこの水族館は海上にできており、リザール公園やイントラムロス等、マニラ観光地帯の一角にある。土日は観光バスや学生の団体でごったがえすが、この日は狙い通り閑散としていた。 前回はボボイとタムタムらと来たので、今回はママ・ジェーンが同行した。彼女にとっても初体験で、KIANよりも彼女が夢中になって魚達との写真を撮ろうと必死になっていた。 水槽には1メートル以上のラプラプ(日本でも幻の高級魚のはたあるいはクエ)もいたが(写真右下)、これがマーケットで売っている高級魚のラプラプと判る人はあまりいないのではないか。マーケットに出ているのはほとんどがまだ幼魚で、あんな小さいうちに捕まえて食べてしまうのはいかのももったいない気がする。KIANといえば覚えたての「フィッシュ」という言葉を連発していた。 いよいよ目玉の海底トンネルだが、KIANのはしゃぎようはやはり尋常ではない。ほとんど人のいない海底を走り回っている。 水槽で魚に直接えさをやるパーフォーマンスを見せてくれている係りの人がいた。カメラを向けると寄って来て一緒に入ってくれるというサービスまでしてくれる。どうもそれが目的で中にいるようではあるが。 お腹が空くとKIANはミルク片手に歩き回っている。 ここの目玉はほとんどこの海底トンネルくらいだが、他にもくらげ館やオットセイのショーがある。今回は一人400ペソのチケットにそれらが含まれていなかったこと、外の日差しが苦手のママ・ジェーンの都合で、この水族館だけで帰ることにした。 丁度昼時になったので食事を取ることになり、大きなレストランもあったが、North Parkを見つけて迷わずそこに入った。注文はチキンと焼きそば、ともにKIANの大好物だ。この日も焼きそばの中のキノコをおいしそうに食べていた。 広い待合場に我々以外の姿はない。休日になると、この広場が人で埋め尽くされるとはちょっと想像し難い。

KIAN、2度目のオーシャンパーク訪問 2012年3月17日



 先日、フィリピンになじみの深いまだ30代の若い方から聞いた話だ。この方は既婚だが、フィリピンにガールフレンドがいた。しかし、相手が本気になって、日本にまで電話を掛けまくってくるので、手を焼いた。それで20万ペソの現金を手切れ金として渡して、別れ話をした。これだけあれば何かビジネスをはじめて自活していけるだろうとの思いやりだ。  これが大間違いだ。フィリピンでの別れ方は一切のコミュニケーションを絶つ、それだけだ。別れたい女に金をやる輩はおらず、泥棒に追い銭くらいに思っている。たとえ妊娠させてしまっても面倒を見たくないと、雲隠れする男はごまんといて、花街の身の上話のネタを提供しているくらいだ。別れようとしている女にこんな優しさを見せたら、それこそもっと惚れてくれというのと同じで、相手の心をわしずかみにするようなものだ。 某ホテルで見かけた花嫁。離婚という制度がないフィリピンでは正式な結婚にこぎつけるのは中々容易なことではない。  確かに、日本人がカラオケのGRO(ホステス)と仲良くなって彼女の身の上話を聞くと、同情して色々金銭的面倒を見てやりたくなる。さらにハイスクールも出たか出ないでは将来もないと、学校に行かせてやろうと、なんとも優しいのが日本のおじ様族だ。しかし、この若いみそらで、はげおやじの相手をしてくれるなんて、金が目当てとわかっていても、なんとかしてやりたくなるのが日本人だ。しかし、彼女達は生活の糧のために金が必要なのは当たり前としても、そんなはげおやじを本気になって愛してしまうところが恐ろしいともいえるのだが。 KIANのいとこのハイスクール4人組。彼女達の話題といえば恋愛、白馬に乗った騎士が現れるのを心待ちにしている。しかし、そのほとんどが覆面を被ったおおかみで、そんな輩から娘を守ろうとする父親との攻防が絶えない フィリピン流恋の手ほどきは、狙った獲物は逃さない、執拗に愛を告げて、熱くなったハートを花束で駄目押し。KIANはすでにその辺を心得ているようだ ところで、当事者が既婚者であろうが独身であろうが、フィリピンには恋の手管の定石がある。  ①相手をみそめたら、まずはメール攻勢。思いっきり甘い言葉を連発して口説かなければならない。I miss you 、Did you eat already?Good night、I […]

フィリピン流恋の手ほどき(その2)2012年3月17日


  PRAの集いがあり、マッサージなどが只でやってもらえるというので、暇をもてあましていたので、出かけて行った。確かにPRAの職員が10人ほど来ていたが、どう見ても単なるコンドミニアムの商談会だ。しかし、せっかく来てしまったのだから、それもよろしかろうと、しっかり只のランチとマッサージを楽しんで帰った。 受付で笑っているのは、PRAの退職者サービス・グループのマネージャーのピットさん。 KIANに顔を寄せているのはPRAの営業部長のノエルさんだ。ジェーンと友人のマルーはまじめな顔をして販売担当の話に耳を傾けている。 プロジェクトの名前は、Arya Residence、ボニファシオ・グローバル・シティのマッキンリー・パーク・ウエイに建設中の高級コンドミニアムだ。モデル・ルームは1LDK- 66m2、2LDK-92m2、2LDKExec-127m2などSMDCのプロジェクトなどに比べて、広めのコンドミニアムだ。しかし、値段を聞いてびっくり、それぞれのユニットが、約10M、14M、19Mペソと平米単価はなんと15万ペソ(30万円)もする。円換算でも2000万、2800万、 3800万円で、もはや日本と大差のない価格帯だ(広さや場所の違いはあるが)。 内装は確かに立派でため息がつくほどの高級感だ。先のワン・サルセドのコンドミニアムの一枚上を行く。これだけ立派な内装と家具、調度品を含んだ値段とすれば、こんな値段もありうるのかと思い、担当者にフル・ファーニッシュ(家具付)かと聞いた。ところが答えはフル・フィニッシュ、要は壁や床天井の仕上げを含んでいるだけで、家具調度など一切含まれていないというのだ。ここからこの贅沢な調度品を除いたら単なる狭苦しい空間が残るだけで、そんな空間に誰が数千万円の金を出すのだろうか。 ちなみに、マカティの我が家は築20年近い中古とはいえ、4LDK-200m2の物件を400万ペソで買って、改装や家具に100万ペソかけ、全部で 500万ペソ、平米単価は2万5千ペソ足らずだ(相場的には平米5万ペソ)。この物件はその6倍の値段でしかもベア(空)だ。フル・ファーニッシュなら7~8倍はするだろう。一体どこまで相場は上がるのか、そんな高値のコンドミニアムがいつまで売れるのか、そして空前のブームとなっているコンドミニアム建設ラッシュはいつまで続くのだろうか。  

ボニファシオ・グローバル・シティのコンドミニアム・プロジェクト 2012年3月17日



  2012年4月12日追記。 一昨日若い訪問者を案内して、マカティスクエアで両替をしたら、その両替屋でトラベラーズチェックも扱うという看板を見つけた。本当のそうかと店番のモスリムの女性に聞いたら、確かに扱うという。ただし、通常のドル現金比べて、1ドルにつき 1.15ペソ交換比率が悪くなるとのこと。先日、ある退職者の方が退職ビザの申請料、1400ドルと年会費の360ドルをトラベラーズ・チェック(TC)で用意してきた。そこでびっくりしたのが私だ。TCは、フィリピンではほとんど役に立たないのは常識で、ここ20年以上、目にしたこともなかった。この方は、海外旅行歴の長い方で、まさかフィリピンでTCが使えないなんで考えだにしなかったそうだ。  「地球の歩き方」などでも、よく探すと「使用は困難、銀行での現地通貨への交換手数料が高い」などとは書いてあるものの、実際問題、全く使いもにならないといえる。フィリピンでは一番は円の現金で、旅行はこれで十分。ただし、家を買うとか、大きな買い物をする場合は、当地に口座を開いて、円やドルを銀行送金するほうが無難だ。ちなみに1万ドル以上の現金の持ち込みは申告する必要があり、それに違反した場合は没収されることさえありうる。 まず、TCをお馴染みのバンク・オブ・コマースに持ち込んだが、退職者の口座に振り込むことは可能だが、さらに引出して現金化するには21日間の確認期間がいるという。それでは退職ビザの申請もできないし、旅行中の経費にも使えない。次に、両替所で替えてくれるかもしれないというので、マカティ・アベニューの有名な両替店サンリーズに持ち込んだが、あっさりNO。次に、ブエンディアのAXAビルの前にトマス・クックの事務所があり、そこで替えてくれるというので行ってみたが、すでに事務所はない。同じビルの多少付き合いのあるPSバンクによってみたが、やはりNO。  そこで照会されたのが、BPI本店(Bank of Philippine Island)だ。そこなら替えてくれるという。BPI本店にあった両替所では扱っておらず、なんとか対応してもらえそうな窓口を見つけて話をした。なんとかなりそうだったが、最後にBPIに口座を持っている人だけを対象とします、というつれない返事。一般の旅行者が銀行口座を持っているはずがないではないか。また、その際、TCの一方にサインがしてあることが必要で、両方のサイン欄が空白のものは銀行としては受け付けられないというので、これまた注意が必要だ。  最後に旅行会社に相談したら、誰か個人的に割り引いてやるしかないという。すなわち、手形のように手数料を取って現金を受け取り、TCをその割り引いた人の口座に振り込んで、21日間の時間を稼ぐということだ。ちなみに手数料は5~10%になるそうで、TCの購入代も含めて大変な目減りとなる。だから、フィリピンにTCは絶対にもって来てはいけないのだ。 上の写真はTCの交換のためにマカティを歩き回っているときに目にした風景。パソンタモ通り沿いのキングス・コートとマービン・プラザ(ともにかつて私が事務所を構えていたビル)の間、20年以上空き地となっていた所にいよいよコンドミニアム・ラッシュの波が押し寄せてきたのだ。土地のオーナーは長い間土地の値上がりを待っていたのだろうが、この建設ラッシュで相当な高値で売却したのだろう。この部分はパソンタモ通りのごみためみたいになっていて景観を著しく損なう元凶となっていたのだが、このプロジェクトでかなりパソンタモのイメージがアップするだろう。遠方に見えるのはすべてマカティの中心街に建設中のコンドミニアムだ。  

トラベラーズチェックはフィリピンではご法度 2012年3月16日


   最近、グリーンベルトに和食レストランが数軒、開店している。グリーンベルトとなるとマカティスクエア界隈に比べて5割ほど高いので、中々日本食を食べるためだけには足が向かない。この日は例のTCの交換で銀行めぐりをしているうちに昼飯時となり、グリーンベルトで昼食をとることにした。そこで目に止まったのが、グリーンべルト2、イタリヤネスの近くのマ・メゾン(洋食屋)だ。たまたま名古屋からおいでになっていたゲストは、名古屋で有名なトンカツとハンバーグの店だというので、覗いてみた。ランチ定食が450ペソとマカティスクエアの和食レストランSAIKAとくらべて5割ほど高いが、かなりお腹がすいていたので、選択の余地がなかった。 内装は洋風レトロ調でフィリピン人の客が数組食べている。グリーンベルトの店としては決して高額ではない。トンカツやハンバーグ、スパゲッティなどの洋食だからフィリピン人にとっても口にあうメニューで、もちろん刺身などの純和風のメニューはない。  グリーンベルト特有の室外の席も中々しゃれていて、グリーンベルトにマッチしている。 魚料理はなくて、糖尿の気のある私にはかなり躊躇されたが、結局定番のトンカツ定食とハンバーグ定食を注文した。料理が出るまでちょっと時間がかかったが、私が注文したトンカツはボリュームがあり、SAIKAのトンカツ定食とはちょっと格が違い、値段だけのことはあると納得した。味噌味のたれが特色だそうだが、この日は普通のソースで、十分美味しかった。味噌ダレはフィリピン人には受けないのかもしれない。 日英併記のメニューも写真つきでフィリピン人でも内容が分かりやすい。オーナーはイタリヤネスと同じで、なかなかきれいなメニューだ。

グリーンベルトMA MAISON(洋食屋)で食事 2012年3月16日



  乾季のはずなのにやたらと雨や曇り空が多かった1月と2月だったが、ここのところ、ちょっと今までとは違う強烈な日差しで、日中外に出るのをためらうほどだ。気象庁は連日34度を越える暑さに、3月1日からドライシーズンあるいは夏に突入したと発表した。日本ではまだまだ寒さが厳しいと、日本から訪れたゲストが口々にフィリピンの日差しを喜ばれている。  ご承知の通り、フィリピンは乾季と雨季の2シーズンで、11月ごろから5月まで乾季、6月から10月が雨季とされる。しかし、10月から12月は台風が多く、今年は1月と2月も雨が多かったので、この 3月から5月が本当のドライシーズンと言うことになる。もうすぐ学校は夏休みに入るが、6月はじめの新学期を迎えるまで観光地、特にビーチリゾートは人であふれる。 このため、KIANはほとんど裸で一日を過ごす。2月24日はママの誕生日だが、まるで自分の誕生日と勘違いしており、手で音頭をとり「Happy Birthday to You」を皆で合唱することを要求する。そして、私の誕生日と同様ケーキに刺されたろうそくの火を一所懸命吹き消している。 水遊びが大好きなKIANは、プール遊びが解禁されて、午前中、プールに水をためて遊ぶのが日課になった。元々フィリピンは一年中夏のようなもので、何も3 月まで待つ必要はないし、普段から水でシャワーを浴びているのに、やはり水遊びは夏のシーズンに限ってやるものらしい。

フィリピンは夏本番 2012年3月4日


 パソンタモ通り、マカティスクエア、和食レストランの激戦区に新たに和食レストランが開店した。この日は電力関係の仕事で出向されている現役の駐在員の方の招待で食事を取る機会があったので報告する。マカティ・スクエアの裏側、駐車場のあるところ、原宿カラオケやイエローキャブがある並びで、もとピザハットが営業していたところだ。 しゃれた名前のレストランだが、内装も落ち着いている。開店から間もないせいか、客足も少なく、静かで落ち着いている。メニューは極めて豊富で、セイロ蒸や合鴨料理が特徴的なメニューで、本格的な和食料理だ。味は上品で、日本食を食べなれないフィリピン人には物足りないかもしれない。 8皿ほど注文して、飲み物を合わせて3人で4500ペソ。安いとはいえないが、アラカルトを頼んで飲んだら、こんなものかな、というところだ。退職者にはちょっときつい値段かも知れない。                                

マカティスクエアに和食レストラン「琴乃」開店 2012年2月29日



モール・オブ・エイシアの近く、マカパガル通りにあるシーサイド・マーケット・レストランは以前にも紹介したが、マーケットで食材を買って周辺のレストランで料理をしてもらうという、ユニークな食事どころだ。マーケットにはエビやカニ、ラプラプなどの高級食材が豊富に並び、一方、レストランの数も40~50軒はあろう。コスト的にはあまり安いとはいえないが、この日、10人で飲み物や料理代を入れて、しめて3800 ペソ、一人当たり約350ペソだから、まあまあだ。ここの良いところは量が多く、家へのテイクアウトまでできるところで、大人数の食事にはもってこいだ。支払いはカーネルと私で割り勘、持てるものが払うのがフィリピン流だ。     この日はマム・ジェーンのお兄さんのダシンが奥さんと末の娘を連れてマニラに出てきたので、彼らが憧れるシーサイド・マーケット・レストランに招待した。さらに、ダシンの奥さんの姉夫婦(亭主はトンボイ)も参加して、総勢10人と半分(KIAN)で、三菱モンテーロに乗って出かけていった。10.5人も乗るとさすがにモンテーロも窮屈で、途中運転手役のボボイが交通警官に停められ、車線変更違反をとがめれた際、さらに乗りすぎを指摘された。しかし、この日は、カーネルが一緒だから、こんな交通警官のいやがらせなど、屁でもない。カーネルの名前を告げて「パセンシャカナ-ごめんなさいね」で無罪放免だ。 シーサイド・マーケット・レストランは初体験のKIANは、その大量の食材に目を見張る。特に生きたエビやカニには恐る恐ると手を出して、歓声を上げていた。マーケットのはずれには貝を売る店が固まっているが、この日は正真正銘のアサリと赤貝を発見した。海草は海ぶどうがあるだけだが、これが案外美味だ。 数あるレストランでマム・ジェーンのお好みはフィリピン料理のALING TINYA’Sだ。室内のダイニングを抜けると屋外は木製の工芸家具のテーブルが並んで、生バンドの出演もある。周辺に比べていつもここだけ混んでいるが、果たして他と比べて何が違うのだろう、美味しいのだろうか?フィリピン料理なので私に評価するだけの舌は持ち合わせていないのが残念だ。  10人掛けのテーブルの端にベビー・チェアーをおいてKIANを座らせて、大量の料理に挑戦だ。この時ばかりは皆、正式な食べ方、すなわちカマヤン・スタイル(手で食べる)だ。ホークやスプーンではエビやカニはかったるくてやっていられないようだ。 KIANはめったに味わえないソフトドリンク(スプライト)を飲ましてもらってご機嫌で、イカのリング揚げに舌鼓を打っていた。シーフードなのでフライドチキンは我慢してもらったが、イカの感触が似ているので、ほとんど区別ができていないのかもしれない。 料理は、上から順番にクホール・サ・ガタ(タニシのココナツ・ミルク煮)、活きた小エビのスチーム、車エビのガーリック炒め、マヤマヤのシネガン・スープ、殻入りカキのスチーム、カニのオイスターソース煮、それにイカのリング揚げの7種類、それぞれ二皿ずつ、合計14皿だ。これらをあらかた平らげてしまった彼らの食欲には脱帽だ。 食事の来るのを待っている間に、退屈しのぎにパパ・カーネルとその辺をうろちょろしていたKIANの目に止まったのが光のおもちゃだ。電池でチューブを回転して、変わった光の模様と曲を流す。好奇心の強いKIANは欲しくてたまらない。150ペソとかなり高価で、デビソリアなら50ペソで買えるとママ・ジェーンはそう簡単にはうんと言わない。しかし、物欲しげなつぶらな瞳に、結局勝敗はKIANにあがった。ここでKIANが泣きわめいたら負けだったが、 KIANはひたすらおもちゃを見つめて、勝ち取ったのだ。転んでもただでは起きないママ・ジェーンは売り子に100ペソにまけさせて、パパ・カーネルに払わせていた。

シーサイドマーケットで食事 2012年2月27日


マカティの東に位置するボニファシオ・グローバルシティの一番奥(東より)にあるのがマーケット・マーケットというショッピングモールだ。ここは、ビサヤ地方で大型ショッピングモールを展開するガイサノ系のモールで、SMやロビンソンが圧倒するマニラ首都圏にあって特異な存在だ。大きな屋根に覆われた広い空間は各地の名産品が売られる屋台など、ウエット・マーケット風の雰囲気をかもし出している。  中央の吹き抜けのホールではカルチャー・ダンスで人を集めている。KIANは初めて見るショーを夢中に眺めていたが、開業以来5年を経過し、この日モールは人であふれかえっていた。   この日、ママたちは、兄夫婦が尋ねてきて、デビソリアに買い物に出かけてので、残された9歳のバレリー(KIANのいとこ)をつれ、ヤヤと4人で、初体験のマーケット・マーケットにやってきた。マーケット・マーケットの裏手(北側)には幼児の遊び場があり、一応3歳以上とされていはいるが、1歳と11ヶ月目のKIANが目の色を変えて遊びまわる遊具が並んでいた。夕食前の腹ごなしには丁度良い。   マーケットマーケットの西側の道路沿いにはレストランが並んでいる。その一つのNORTH PARKで食事を取った。NORTH PARKはマカティアベニューの店には良く入ったことがあるが、中華料理の人気チェーン店だ。ヌードルやおかゆが主体で安くてうまいので評判だが、一人分の料理が100ペソ強、200ペソ代の料理なら2~3人前ある。 KIANのためにドライ・ヌードルとチキンを頼んだが、しっかりと中華料理の味を出していた。3人分で飲み物もいれ〆て850ペソほど。一人200~300ペソも払えば、たっぷり楽しめる。  もともとヌードルが大好きなKIANだが、例のビューティフル・アイズを連発して満足を表現していた。また、ヌードルに入っているきのこを盛んにほおばっていたが、野菜嫌いのKIANがきのこを食べるのはきっと初めての経験だろう。

マーケット・マーケットとノース・パーク 2012年2月26日