クッキーの成長記録


11月29日(水)退職者のビザ申請をしている際、私が敬愛するジェラルディンさんが、必死の形相で、私の前に座って、にわかに「I need you.」と訴えかけてきた。この、可愛くて、優しくて、しかも頭の良い、3拍子そろった美人の頼みなら「Yes. I can do anything whatever you want」と思わず答えてしまった。PRAの事務所で、しかも客の前で、少々不謹慎な会話だが、よく聞いてみると、PRAのマーケッター(代行業者)の感謝ディに参加してほしいという、とるに足らないものだった。しかし、開催日を聞いてみると12月1日(水)で、翌々日の話だ。しかも11月30日(木)はボニファッシオディで休みなので、要は明日の話なのだ。この催し物の責任者のジェラルディンさんが焦るのも無理はないが、いつもPRAのやることは性急だ。ビザの発行も性急にやって欲しいなどといやみを言っても始まらないので黙っていた。 ちょっと古い写真になるが、PRAのきれいどころの中でもぴか一のジェラルディンさんだ(右端) 招待状を渡されたのが、なんと休みを挟んでの前々日という泥縄だ 相棒のママ・ジェーンの他に、キアンも連れて行きたかったが、平日の午前11時開始となると学校を休ませなければならないし、パパ・カーネルも仕事だ。結局、クッキーの出番となったが、喜んだのはヤヤ・グロ(グロリア)だ。いつもベッドで赤ちゃんの相手で、たまにはそんな機会に出かけたいのは、理解できるところだ。 マカティの高層ビル街を臨む、クッキーにとってははじめての景色だ 11時に開始なのだが、ママ・ジェーンは平然と、11時に家を出ると言ってのける。結局、11時半に出かけたが、到着する頃は、プログラムによると、すでにあらかたの式典は終了してGM(ゼネラル・マネージャー)のスピーチが残っているだけなので、気が気ではなかった。場所は、最近開業したマカティアベニューのCity […]

PRA マーケッター感謝ディに参加 2017年12月5日


志賀様 今週金曜にフィリピンに帰ります。 こちらは寒くて…2ヶ月間アルバイトですが外に出て仕事をしておりましたので5年ぶりの日本の冬をしっかり再認識させられました。来年早々出産予定なので、入国したら早速、彼女のお腹の子の胎児認知に行くつもりです。 相棒のジェーンの娘クッキーと息子の子供リオ、フィリピンでは生命の息吹が感じられる さて、変な話ですいませんが…。 今日、ED(勃起不全)の薬を処方してもらいに近所のクリニックに行ってきました。皮膚科が兼用しているクリニックが多いようです。どこも自分が欲しいED薬を意外と簡単に処方してもらえるので驚きました。 ただし、バイアグラはジェネリックでも買えますが、価格はフィリピンのジェネリッ クの倍くらいです。フィリピンで販売されているジェネリックの会社は日本での許可は無いようですね。また、シアリス、レトビラは更に高いのですが、まだジェネリックの販売は無いそうです。 ちなみに欲しいだけ、お金さえ払えば何錠でも処方してくれます。診察もとてもお気軽な感じでした。取り敢えず販売されているED薬全種類セットになったお試しセットを買って来たので、フィリピンに戻ったらそれぞれ試してみて、効果の程をまたご報告しますね。 14ヶ月目に入って、何とかつかまり立ちをするものの歩くには程遠いクッキー、周囲は二人目の子供とあって、気にも留めない フィリピンでは、シアリス、レトビラについては販売していないのか、在庫が無いのかわかりませんが、相変わらず何処にも売ってませんよね?今度、彼女の定期健診の時にEDの診察ができないのか聞いてみようと思っています。 実は、現在は必要なことは無いので、どうしても…ということでは無いのですが、ED薬を持っている安心感は、先生曰く精神的にも良いようで、持っているだけで治っちゃった…なんて話もあるそうです。自分もそんな感じなのかもしれませんね。 でも私のEDは、志賀さんの考え方に触れて治していただいたようなものです。前の彼女とズルズル付き合っていたら本当にダメになったかもしれません。別れに踏み切れたのも志賀さんのアドバイスによって作成された彼女名義の不動産関係の書類のお陰ですからね。このご恩は一生忘れません。フィリピン生活の全てに於いて背中を押してもらえたと思ってます。ちょっと大袈裟ですが…本当にそう感じてます。 PRAのクリスマス・パーティの招待状を食い入るように見つめるクッキー、いよいよ外の世界に興味を持ち始めた ところで、日本に3ヶ月居ましたが、日本の物価が相変わらず安いのには驚きでした。日本でちょっと仕事をしたら収入はフィリピンの10倍、フィリピンの物価は日本の半分程度…。輸入品に至っては日本よりも粗悪品が日本よりも高いのです。このギャップにフィリピン人の貧しさを変な意味で痛感しました。 それに加えて、日本のデパートやスーパーに行って改めて思いましたが、フィリピンの中華系デパートチェーンはフィリピンで本当にあくどい商売をしていると感じます。デパートで扱っている商品は、ほぼ中国製。それもかなり品質の悪いものを平気で扱ってます。スーパーマーケットの生鮮食料品も地元のウェットマーケットよりも品質の悪いものを平気で扱い、腐る寸前や消費期限切れでも平気で陳列してます。その点、デパートによっては高いですが高級品を扱い、も良い品が多く見られます。 […]

ある退職者からの便り 2017年12月1日



公文をやめて一ヶ月経過して、キアン(というか私)の算数との取り組みに難儀している。とにもかくにもキアンが勉強嫌いで、机に向かわないのだ。アイスクリームの褒美やらでなだめすかしたり、問題集の回答にどれだけ時間がかかったか測定して競わすなどの工夫をしたり、なんとか興味を持てるようにしている。まずは、教科書に添って足し算と引き算の一桁と二桁の計算の復習、一桁の掛け算(九九)と二桁の掛け算へと駒を進めるのだが、弱点は繰り下がりのある引き算と九九の暗記だ(例えば23-5は十の位から一を借りて(10-5)+3=5+3=8として、(20-10)+8=18となるが、この10を借りてくるというメカニズムがなかなか身についておらず、ちょっと油断すると、逆に5から3を引いて、答えが22になったしまう)。そして相変わらず、一桁の足し算と引き算では左手の指がもごもごと動く。それが癖なのかどうかわからないが、文句を言うと私に手を握って指を動かないようにしてくれと頼んでくる。 学校の教科書に取り組むキアンだが、その根気は5分と持たない 掛け算は指では計算できないので記憶していないとお手上げで、繰り返しでなんとか6の掛け算まで記憶した。そうなると、7、8、9だが、これは7x7以上だけをおぼえさせて7x6以下は覚えなくて良いと、かなり負担を減らしてやった。7x6以下は数字を反対にして6x7とすればよいのであって、私自身7x6=?聞かれてもとっさに答えられず、頭の中で6x7に返還して答えを探しているのだ。そうこうしているうちに今度はキアンは4の掛け算を忘れてしまっている。日本式の九九を歌うように繰り返しておぼえるのがよいと思うのだが、いまさら数字を日本語で教えるのはあまりにもめんどうだ。一方、学校ではすでに割り算の勉強を開始しているのに、公文に通って2年半、ほっておいても数字に強い子になるものと信じていたのが大失敗だった。このままでは、極普通の数字に弱いフィリピン人となってしまうと危機感がつのる。 パソコンが使えないとやることがないとぐずるので、マカティスクエアの中古本屋で本を買って与えたら、喜んで読んでいた ママ・ジェーンのペナルティとしてパソコンを終日禁止されて「子供向け何でも質問百科」を買ってやった。私にはちょっと読みこなせない内容だが、すらすらと読んでいる。テレビでアメリカ製の漫画を見ていても100%理解できるそうで、英語のヒアリングと読解力ではすでに私を凌駕している。英語にはこれほどの能力を示すのに、何故数字には弱いのか、謎は深まるばかりだ 教科書では、一桁の足し算や引き算(指を使わないでの暗算)、さらに九九もママならないうちに二桁、三桁の計算に進んで行っている。日本のように九九を生徒全員で合唱するような教育はしていないのだろうか。2年ほど前、キアンが公文に通い始めた頃、公文の宿題を農場に持っていって従兄弟たちと競わせたら、いとこ達の指が一斉に動き始めたことにびくりしたことがある。彼らはすでに小学校の高学年だったのだが、かれらの四則演算の計算原理は未だに指折りなのだ。アフリカの原住民は、両手両足の指の数の合計の20までしか数えられないと、昔、聞いたことがあるが、まさにそれに近い世界だ。この指折りを克服しなければ、九九以降の算数は闇の世界に違いない。 10月末、街はハロウインでにぎわったが、どういうわけか、私が住んでいるコンドミニアムではパーティは見送られた ちなみにフィリピン人に九九をやらせても、間違いなくすらすらと言える人は少数派であろう。プラス・マイナスは指で出来ても掛け算となると指の数が足りない。九九で壁にぶつかったフィリピン人は一生、数字にはそっぽを向く人生とならざるをえないが、最近は計算機があるので、なんとか生き延びることができているのだろう。息子の話によると田舎のマーケットに買い物に行って、一キロ35ペソの米を10kg買ってそれがいくらになるか同行したフィリピーノが計算できなかったので愕然としたことがあるそうだ。なんと35x10=350の計算ができなかったのだが、これはフィリピンでは必ずしも特別なことではない。 アラバンのオハナ・コンドミニアムにキアンを同行させたが、ソレイア以来のプール遊びを満喫していた DMCIが開発するコンドミニアムは中央にゆったりしたプールを配置したリゾート風で人気が高い プールサイドの集会場ではハロウインパーティの真っ最中だった キアンの集中力は5分ともたず、1ページの計算をこなすと休憩と言ってテレビを5分見る。そんなことの繰り返しだが、30分もたつとブレーキがかかってしまう。勉強に飽きて全くやる気を失ってしまうのだ。そこで考え出したのが、パソコン・ゲーム券だ。一時間勉強するとパソコン・ゲーム券が与えられて、パソコンで2時間、遊ぶ権利が与えられる。これでママ・ジェーンのその時の気分でパソコンを禁止されるのではなく、自分自身の努力でパソコンで遊ぶ権利を獲得することができるという仕組みだ。 歯が少し生え始めたクッキーは食欲旺盛でバーベキューにもかじりつく このパソコンゲーム券に対する期待は大きくて、学校から帰るなりゲーム券は準備できているか、早く、算数の勉強をしようと催促してくるくらいだった。今までは、ママ・ジェーンの鶴の一声で決定していたものが、自分の力で獲得できるとなると、自主性の高揚に大いに役立ちそうだ。私としても、今までのやる気のない生徒を相手にするよりもはるかにやりがいがあるというものだ。ママ・ジェーンとしてもパソコンを許可する明確な判断基準ができて、しかも子供の学力が向上に寄与するとなると、まさに一石二鳥、三鳥の優れものだ。 クッキーはどういうわけか従姉妹のアティ・バネサが嫌いで、近づくと顔をたたいたり髪を引っ張っていじめる […]

キアンのパソコン・ゲーム券の効用 2017年11月7日


10月25日、ついにクッキーも一歳の誕生日を迎えた。6年前のキアンの誕生会とは雲泥の差はあるものの(ブログ参照)、何もないのでは可哀想と、息子夫婦を招いて内輪だけのささやかな誕生パーティを開催した。「KIANの誕生会 2011年4月2日 KIANの誕生会 パート2 2011年5月14日」 第一子、しかも男の子(キアン)と比べて、第二子の女の子なるとやはり両親の扱いも大分違うようだ。 カーネル一家(右)と息子夫婦(左、2ヶ月の赤ちゃんは不参加) 料理はパパ・カーネル特製のパンシットにチキンのから揚げと質素なものだが、ケーキは特製だそうだ こんな時に愚痴をこぼしても仕方が無いが、昨今の退職ビザ発行の極端な遅れから申請者数が激減した上、主要な収入源であるPRAのマーケッター・フィーの支払いに4ヶ月以上かかるというていたらくに、我々マーケッターは瀕死の状況にある。そんなわけで、情けないことにクッキーの誕生会にかける原資が捻出できないのだ。  ちなみにクッキーの体重は丁度10kg、キアンは13.5kgだったが、写真を見返してみると大分重量感に違いがある 左の子はママ・ジェーンの長兄の長女、要は最年長の姪っ子で、現在マニラで働いている当家の居候だ それでも、ママ・ジェーンの予定あるいは希望、強いては願いはやまず、近いうちにパパ・カーネルの昇進祝いとクッキーの一歳の誕生パーティ、さらに洗礼式(Baptismal)を兼ねて、盛大なパーティを催すそうだ。予算はとたずねると30万ペソだという。これは中堅サラリーマンの年収にあたるが、一体原資はどうするのかという問いに、バハラナ(なるようになる)という答えが返ってくる。全く収入の当てがなくても、使う計画だけは先行するのが、フィリピーナだ。金が入ったら即、計画を実行し、金がなければ、やらないだけで、ノー・プロブレムなのだが、そこに預金をするという発想のつけいる隙はない。 キアンの赤ちゃんのころと瓜二つのクッキー、キアンも比べてみるとたくましいボーイになっている さらに、来年、パパ・カーネルが研修で一ヶ月間、日本への出張話が持ち上がった。そこで、一家で一週間ほど日本旅行に行こう/行きたいという話まで持ち上がってきた。ガイドとして私も同行するようにとのリクエストまである。そうなると、大人二人、子供二人で、航空券、宿泊、食事、観光、交通費など、安く見積もっても30万円ほどの費用はかたいだろう。この原資をどうしたらいいのか、当てもないままに話だけが一人歩きし始めている。このための準備かどうか知らないが、前回名古屋に行ったおり、ママ・ジェーンは自分とキアンの日本行きビザをマルチで取っておいたというから、驚きだ。 細長い一本のロウソクの火を灯しても何をしていいのかまだわからないクッキー、それでもなんとなくはしゃいでいた

クッキーの一歳の誕生日2017年10月28日



2017年10月25日は、いよいよクッキーの一回目の誕生日だ。キアンは一歳になるまでに11回も登場したのに比べて、今年に入ってからは先日のソレイアだけでは、いかにもさびしいので、今回、一歳までの写真をまとめ掲載することにした。また、近々、一歳の誕生日を挙行することになると思うのだが、ママ・ジェーンはワラン・ペラと連れない返事をしている。キアンの誕生日会はあまりにも大げさで、1万や2万ペソもあれば、内輪の質素な誕生日は可能であろうし、万聖節で田舎に帰った折に、農場の子豚をレチョンにでもして振舞えば、立派な誕生会を開けると思うのだが、見栄っ張りのジェーンには質素という言葉が我慢できないらしい。なにしろ、一歳の誕生日はバプティスマル(洗礼式)とともに人間社会に出る一歩で、18歳のデブー(デビュー、成人式)、そして結婚式と、人生の3大イベントであるのだ。 KIANの誕生会 2011年4月2日 KIANの誕生会 パート2 2011年5月14日 生まれたばかりの赤ん坊は食って寝て糞小便をたれるだけでどうしようもない存在だが、その世話をすることが両親の喜びだ。それでも半年くらい経つと人間らしい仕草をはじめ、さらにヤヤとママ以外の人間も認識するようになり、かわいらしさが出てくる。最近では私が部屋をのぞくとうれしそうににこっとして、出て行く時は手を振ってくれるようになり、時にはダダを叫ぶときもあるようだ。 まだお座りも出来ないが、可愛らしさの出てきたクッキー、月齢4ヶ月  ホリーウイークの農場ではまだまだ赤ちゃんだった、月齢5.5ヶ月ママに抱かれて、おもちゃをかじる様子は、これまた赤ちゃんの域を出ない、月齢7.5ヶ月 お座りも出来るようになってクヤ・キアンと戯れることが多くなったが、キアンをたたくことがあって、キアンは Very Bad Girlと称する、月齢9ヶ月 口をとんがらせる仕草など、色々な表情を見せはじめたクッキー 女の子らしい衣装を着せてもらってポーズをとるクッキー クッキーがお化粧にチャレンジ、ただし、カメラの画像編集機能を使った加工だ ちょっと鼻水が出ているが子供っぽくなっている ほとんど泣くことはないクッキーだが、なにが気に食わないのかのどちんこまで見せて大声でないている、月齢10ヶ月 […]

もうすぐ一歳の誕生日を迎えるクッキー 2017年10月15日


9月末の日曜日、突如としてソレイアで宿泊の話が持ち上がった。カーネルに招待があったそうで、家族で一泊することになったのだが、一部屋だけなので、私とヤヤは夜は自宅に戻って寝て、翌朝、再びホテルを訪問することになった。ソレイアと言えば、マニラ湾沿いのエンターテイメント・シティ(モール・オブ・エイシアの南)に4年ほど前に最初に開業したカジノで、現在は、シティ・オブ・ドリームとOKADAマニラと並んでエンターティメント・シティの3大カジノ・リゾートの一角をなしている。開業当初、PRAの招待があったのだが、私には話しがなくて今まで訪問の機会がなかったものだ。 シティ・オブ・ドリームやOKADAマニラのような人目を引く派手さはないが庭園やプールなどカジノ以外でも十分楽しめるリゾート・ホテルだ シティ・オブ・ドリームやOKADAマニラと比べて度肝を抜くような装飾はないが、落ち着いた感じで、目玉のプールが格別で、KIANの楽しみだった。一方、生後、11ヶ月目のクッキーにとってははじめての外泊で、心中はいかに? 入り口も十分高級感を感じさせる 広大なカジノエリアも開放的だ 親子連れへの配慮も欠かさない 中庭に面した部屋はさすが五つ星ホテルの面目躍如で、開放感がすばらしかった。また、ゆったりしたCRにびっくり。 直接庭には出れないが大きなガラス窓で仕切られ、開放感がある KIANは早速、2週間ほどここですごしたいとダダをこねる クッキーも普段と違うことは感じているようでご機嫌だ 一般のホテルの客室ほどもあるCRにびっくり バスタブ初体験のクッキー 5階の部屋からそのまま中庭に抜けてプールに出られる。そこからはマニラ湾の眺望と、隣接する工事中のOKADAマニラも見える。 中庭がなかなかのものだ 遠方にそびえるOKADAマニラ、敷地的には隣接しているようだ […]

カジノリゾート・ソレイア(Solaire)訪問 2017年10月8日



クリスマスともなると、人々は故郷に帰り、街にはいつもの渋滞はない。お出かけには絶好というわけで、マニラの夜を見物にでかけた。お目当てはロックウエルのパワープラント・モールとシャングリラ・ホテルだ。 しかし、出かける前に、この日、2ヶ月目の誕生日を迎えたクッキーの記念撮影がはじまった。そろそろ首もすわってきて、何かを見つめたり、声をかけてきたり、赤ちゃんらしい仕草をするようになってきている。あと2~3ヶ月もすれば、KIANのように周囲に愛嬌を振りまいて、近所の人気者になることだろう。 ヤヤに抱かれておめかしするクッキー ママとのツーショットはそっぽを向いてしまった 一家5人で記念撮影、クッキーは相変わらずそっぽを向いている  クッキーの記念撮影で手間取っている間に、ロックウエルに到着したころは、すでに閉店の9時に近かった。私だけ走って内部に入って写真撮影をしたが、内部は大変な人出で、レストランはどこも満員だった。それでも9時になると、通路の電飾の明かりが消えて人々の退出を促していた。ロックウエルという地名だけに規則には厳しいようだが、クリスマスの掻きいれ時くらいは多めに見てもよさそうなものだ。 もともとロックウエルとは、マカティのはずれにあった発電所跡地を1990年代に再開発したもので、当時、マカティの最高級・高層コンドミニアム街としてはなばなしくデビューした。そして、現在も高層コンドミニアムが幾棟も建設中で、マカティの市街地の近接した高級コンドミニアム街として発展を続けている。 電飾だけのユニークなクリスマスツリー 椰子の木の幹だけでなくて葉の部分にも電飾をほどこすというユニークなデザインだ モールの内部は人でごった返し、すべての柱には電飾が施されている モールの中央の吹き抜けは大きな輪っか状のクリスマスツリーが吊り下げられている ロックウエル伝統の動くトナカイ、今年は白が基調だ  ロックウエルで時間をすごすことはあきらめて、次にむかったのがマカティあるいはメトロマニラの最高級ホテル、シャングリラホテルだ。入り口にはおとぎの世界をほうふつさせる家がしつらえてあった。順番待ちで写真撮影をする家族でにぎわっていた。このとき、お腹がすいたからレストランに行きたいとKIANがしきりに主張するので、ロビーで軽食をとることにした。しかし、ここの料理は一皿600ペソ以下の料理はない。そこでパンシットカントン一皿と、お茶(カモミールのハーブティー)、ビールでお茶を濁すことにした。お腹がすいているのはKIANだけだし、無料のパンが出るはずだから、それで十分のはずだ。 おとぎの家の前で、このとき白人の若い女性から「可愛いい~」歓声が沸き、KIANはうれしそうだった 今年のクリスマスは赤で統一しているカーネル一家 […]

クリスマス・イン・マニラ 2016年12月26日


今週末と聞いていたが、少し早まって25日の夜半、ジェーン待望の第2子、クッキーが誕生した。赤ちゃんは自分だけで十分と主張していたキアンも、6歳になって妹の誕生を心待ちにしていた。ここのところ、毎日にように病院に診察に行っていたジェーンが、明日の朝、26日、帝王切開の手術をすることになったと、夜になって弟のボボイにつき添われて病院に向かった。そうしたら、即刻手術となり、無事に出産した。すでに、生まれる準備が始まっていたようだが、陣痛の話はなかった。 . 26日、早朝、10時間、バスに乗ってイザベラからカーネルが駆けつけ、病院に向かい、そのまま、29日の退院まで病院に寝泊りした。イザベル州の警察のトップとして赴任していながら、一週間も重責を放り投げるという本人の覚悟と周囲の理解にフィリピン人亭主の家族への忠誠心を見る思いがした。 . 28日になって、やっと面会を許されて行ってみると、ジェーン本人は元気だが、赤ちゃんは一室に収容されていて、雑菌の侵入を警戒してか、面会を許されず、なんのために出かけていったのか、少々、首をかしげた。お見舞いというよりも、キアンの歯の治療のアポがあったので、その付き添いに駆り出された公算が大きい。 . 病院はVRPメディカルセンターという中規模の私立病院だが、清潔で個室部屋も広くて居心地がよさそうだ。料金もなかなかのもので、普通分娩でも10万ペソ、帝王切開の場合は、20万ペソ程度、とられるらしい。ジェーンはキャンプ・クラミの国家警察の病院なら只だから、そこでお産すると言っていたが、帝王切開の手術が予定されているため、カーネルが不潔だと言って許さなかったらしい。普通庶民は市民病院でお産するが、その場合無料だが、翌日には退院しなければいけない。今回のお産でもジェーンは4日目に退院したが、多分、入院費が嵩むのを危惧したのだろう。カーネルが退院前日ぎりぎりになって、入院費をなんとか用立てることができたらしい。ちなみに、フィリピンの病院では入院治療費を払ってからでないと退院させてもらえないから、入院が長引くたびに入院費がかさんで、利子がつくようなものなので金策に必死とならざるをえないのだ。 小ぎれいな入り口の病院 無事に出産を終え、安堵の笑顔が見える 2本の虫歯を治療するキアン。あのキーンと言う歯をけずる音にも平気で耐えていた  新しい命に会うというのはなんとなくそわそわするが、29日、昼過ぎ、いよいよ対面のときが来た。このときの驚きは、キアンの赤ちゃんに対する対応で、優しく頬をなでていたわり、母親に手を貸して気遣ったり、もはや赤ちゃんを卒業したクヤ(お兄さん)であることを見せ付けていた、ことだ。 妹のクッキーを優しくなでるキアンは、間違いなくクヤ(お兄さん)の面目だ 家族5人になってカーネルの責任もますます重い 帝王切開4日目にしてジェーンはすでに歩いていた クヤ・キアンも妹との面会を喜んでいる […]

クッキー誕生 2016年10月30日