クッキーの成長記録


クッキーが一歳と2ヶ月を迎えて、外出はいつも一緒だ。この日、時間がとれたので冬休み中のキアンとクッキーをたまには外に連れ出してやろうと、26日(火、クリスマス特別休日で休み)朝からママジェーンの許可を待っていた。昨夜、クリスマスを散々楽しんだのか、11時過ぎにようやく睡眠からさめたジェーンから許可をもらって出かける用意が出来た時は、すでに昼に近かった。 幸い、道路はがらがらで、15分足らずにキッザニアに到着した。受付で係の人がヤヤにタガログ語でなにやら質問していたが、どうもクッキーの月齢を聞いていたらしい。ヤヤは正直に14ヶ月と答えたようで、料金は、クッキーも有料で600ペソ、大人が一人770ペソ、二人で1540ペソ、キアンが1100ペソと、休日でもあってかなり高い。合計、3240ペソと聞いてヤヤはびっくり。1歳未満は無料なんだと教えたら、何故それを先に言わないかとむくれていた。 キッザニアといえば、キアンの大好きな遊び場で、City of DreamのDream Playと双璧をなす。両方とも、かなり高いので、二人だけで行くのが通例だが、これからはクッキーもはずすわけには行かないので、ヤヤも含めて費用が倍増するので頭が痛い。久しぶりにキザニア訪問 2017年10月15日 12時を回っていたので、早速、Via Mareというフィリピン料理のレストランに入ったが、こんなところだから、高いだけでお粗末な料理しかない。キアンといえば、早速どこかへ飛んでいってしまったが、集合場所は空港のラウンジと言ってあるので、キアンを見つけるのに一苦労した。ラウンジに行って、係の人に名刺を渡して、子供が私を探していたら、Vila Mareにいると伝えて欲しいと頼んだら、しばらくしてキアンが心配そうな顔をして現れた。ドンボスコ・スクールでは子供に携帯を持たせることを禁止いているが、こんな時は携帯がないと手も足も出ない。ノキアの携帯が机にしまってあるので、早速シムを買って使えるようにして、こんな場合のみキアンに使わせることにした。 Via Mareレストランでご機嫌のクッキー ラウンジは、付き添いの大人が時間をつぶすところで、広々としており、比較的すいているので、赤ちゃん連れには持ってこいだ。食後、しばらくは、ここでクッキーを相手に時間をつぶした。キアンといえば、かって知ったる他人の家で、ここでフライドチキンを食べた後、また、どこかへ飛んでいってしまった。クッキーは広々としたラウンジの中で歩行訓練に余念がない。クッキーの歩行の様子の動画を見て欲しい。DSCN2329 休憩室には大型テレビで漫画映画を楽しむことができる クッキーは私が持参した新聞を興味深げに眺めている いよいよ歩行練習だ […]

クッキーのキッザニア初体験 2018年1月1日


ソール韓国レストランで腹ごしらえをしていよいよロックウェルに向かった。ロックウェルはマカティアベニューからブルゴス通りを経てその裏手に広がる高級コンドミニアム街だが、1990年代、発電所跡地の広大なエリアをマカティの飛び地として開発された。ボニファッシオ・グローバル・シティが開発の緒についたのは2000年代、まだ昨今のコンドミニアム・ブームも始まっていなかったので、高級コンドミニアムの名をほしいままに、当時、億ションとして話題を呼んだ。そのため、今回訪問したパワー・プラント・モールという名前は、まさにその名残で、ちなみにロックウェルは元発電所の名称だ。ロックウェルに近づくと、通りの中央分離帯の椰子の木は電飾で飾られ、いやがうえにもクリスマスの雰囲気を盛り上げている。クリスマスの飾り物にいたく興味を示しているクッキーの興奮のほどは想像に難くない。 通りの木々、全てを電飾でかざるという手間のかかることをやっている 電飾だけのクリスマスツリーは単純だが返ってユニークだ 見たこともない周囲の景観に驚きと喜びの歓声を上げるクッキー パワー・プラント・モールに入ってみると、モールのそこいら中が電飾で飾られ、所々に動く動物の模型があって、まさにクッキーには驚きと興奮の連続だ。クリスマスの気分に浸ろうと通路は人であふれ、レストランはどこも満員だ。一方、一般のお店となるとほとんど人は入っておらず、ここを訪れる人々の狙いは電飾と動物の模型で、買い物をする気はもうとうない。我々も一時間以上いて、使ったお金はキアンのアイスクリーム190ペソたけだ。 どこのレストランもクリスマス気分を味わおうとする人々で満員だ 圧巻の電飾クリスマスツリーの前で得意顔のキアン。大きなポシェットにはソニー・タブレットを肌身離さず持っている 廊下も、もみの木と電飾のトンネルになっている 圧巻は、まるで動物園のような動物模型、これらは首や尻尾が動くので、クッキーは生きた動物と勘違いしているに違いない シマウマの模型を前にご機嫌のキアン 自撮りをするヤヤ・グロ(グロリア)に抱かれたクッキーは興奮のためか顔がゆがんでしまっている 歩こうと必死に手を引くクッキーだが、手を離すと転んでしまうのでキアンも必死だ まるで生きているようなライオンに思わず手を触れて確かめるキアン どういうわけかベンツまでが展示されているが、昨年はジャガーだった クッキーは、トナカイの背中に乗った小猿をたたいている […]

ロックウェルの電飾見物2017年12月19日



いよいよクリスマスシーズンに突入して、街はせわしなくなってきた。キアンの聖体式のお祝いを兼ねて週末に天天火鍋で食事を取り、その向かいのアヤラ・トライアングルの電飾ショーを見物に行くという予定を楽しみにしていた。当日、ママ・ジェーンとパパ・カーネルは朝から出かけていて、夕方になってやっと連絡があって、6時に天天火鍋で待ち合わせる、渋滞で、迎えに戻ってくる時間がないと言うのだ。ちょっと、癪にさわったが、キアンとクッキー、それにヤヤ二人を連れて外へ出たはものの、コンドの入り口にはタクシー待ちの人が並び、グラブにアクセスしても周囲に全く空車が走っていない。 土足でレストランのテーブルにのせて歩行訓練とは行儀が悪いが、こうやって見るとクッキーもかなりの重量級だが、もっともキアンは、はるかに重量級だったが しばらくして、ジェーンからもグラブが全くつかまらないので、近所の新装の韓国料理店ソールに場所を変更すると連絡があった。そこなら、歩いて10分ほどだ。キアンの案内で到着してみるとまだ改装中で営業しておらず、歩いてその辺のレストランを探す羽目になった。幸い、5分ほどのところに大型の食べ放題の炭火焼レストラン(Charaptor、ジュピターのTong Yang/東陽のような店)があったので、そこでカーネルを待つことにした。しばらくして、レストランから呼び出され、これから車に乗って、天天火鍋に向かうという。ジェーンは、ソールがまだやっていないことについて、キアンを聞こえよがしに責めていたが、どうもソールが開店しているとう情報はキアンだけによるもので、確かめてもいなかったらしい。 メインはアラヤトライアングルの電飾ショーなので食事はバーベキューと味噌汁であっさり済ませた 最近は、舌なめずりをしながら何でも興味を示すクッキー この渋滞のさなか、再度マカティを横切って天天火鍋まで行ったのでは、いつ夕食にありつけるか見当がつかないので、結局、炭火焼で食事をとることにした。一人490ペソで食べ放題と言っても、皆、ダイエット中で大食いは敵だ。したがってアラカルトからバーベキューセットと味噌汁を選んだので大人5人+子供二人、ビール3本で1500ペソで済んだ。しかし、年末のせいかこんな中心街からのはずれのレストランでも、かなりの客でにぎわっていた。 CHARAptorという店の名前は恐竜の名前をもじったものらしいこの時間ほとんどの客は奥の部屋にいるが、もう少し立つと外の席も一杯になるのだろう そのまま帰るものと思っていたが、食後、予定通り、アヤラ・トライアングルに向かった。マカティの中心街を横断する3本の大通り(アヤラ・アベニュー、マカテイアベニュー、それとパセオデロハス)に囲まれた三角地帯の中は、証券取引所とアヤラの本社ビルがあるだけで、残りは広大な緑地なっている。いずれにせよ、年末の夜の楽しみは苦痛が伴うのは止むをえないこととあきらめて、向かうことにした。 途中、マカティ中央警察署や消防所の前を通ったが、ご他聞にもれず電飾が施されている。ちなみに、カーネルにここの署長になるという話があるらしい。そうなったら、マカティでは向かうところ敵無しだ アヤラ・アベニューの中央分離帯には隙間なく電飾が施されている クリスマスが近づくと、そこに電飾で飾って、音楽に合わせて点灯するという一大電飾ショーが繰り広げられるのだ。ここ、2~3年、ご無沙汰していたが、カーネルに車の番をしてもらって、いざ出陣となった。メインの目的はクッキーがクリスマスの飾り付けに殊の外興味を示すので是非見せてやりたいという親心だ。 電飾ショーが始まる頃には、トライ・アングルは人であふれかえっていた 30分毎にショーがあるようで、丁度8時前だったので、しばらくしてショーが始まった。キアンとクッキーが喜んだのは言うまでもないが、一方、ヤヤ二人が交代でクッキーを抱いていて、かなり疲れた模様だった。その後、さらにシャングリラ・ホテルに向かったのだが、これが、ビールを三杯飲んでちょっと酔っていた私には苦痛だった。 一体何事が起ころうとしているのか理解に苦しむクッキー […]

アヤラ・トライアングルの電飾ショー見物 2017年12月10日


11月29日(水)退職者のビザ申請をしている際、私が敬愛するジェラルディンさんが、必死の形相で、私の前に座って、にわかに「I need you.」と訴えかけてきた。この、可愛くて、優しくて、しかも頭の良い、3拍子そろった美人の頼みなら「Yes. I can do anything whatever you want」と思わず答えてしまった。PRAの事務所で、しかも客の前で、少々不謹慎な会話だが、よく聞いてみると、PRAのマーケッター(代行業者)の感謝ディに参加してほしいという、とるに足らないものだった。しかし、開催日を聞いてみると12月1日(水)で、翌々日の話だ。しかも11月30日(木)はボニファッシオディで休みなので、要は明日の話なのだ。この催し物の責任者のジェラルディンさんが焦るのも無理はないが、いつもPRAのやることは性急だ。ビザの発行も性急にやって欲しいなどといやみを言っても始まらないので黙っていた。 ちょっと古い写真になるが、PRAのきれいどころの中でもぴか一のジェラルディンさんだ(右端) 招待状を渡されたのが、なんと休みを挟んでの前々日という泥縄だ 相棒のママ・ジェーンの他に、キアンも連れて行きたかったが、平日の午前11時開始となると学校を休ませなければならないし、パパ・カーネルも仕事だ。結局、クッキーの出番となったが、喜んだのはヤヤ・グロ(グロリア)だ。いつもベッドで赤ちゃんの相手で、たまにはそんな機会に出かけたいのは、理解できるところだ。 マカティの高層ビル街を臨む、クッキーにとってははじめての景色だ 11時に開始なのだが、ママ・ジェーンは平然と、11時に家を出ると言ってのける。結局、11時半に出かけたが、到着する頃は、プログラムによると、すでにあらかたの式典は終了してGM(ゼネラル・マネージャー)のスピーチが残っているだけなので、気が気ではなかった。場所は、最近開業したマカティアベニューのCity […]

PRA マーケッター感謝ディに参加 2017年12月5日



志賀様 今週金曜にフィリピンに帰ります。 こちらは寒くて…2ヶ月間アルバイトですが外に出て仕事をしておりましたので5年ぶりの日本の冬をしっかり再認識させられました。来年早々出産予定なので、入国したら早速、彼女のお腹の子の胎児認知に行くつもりです。 相棒のジェーンの娘クッキーと息子の子供リオ、フィリピンでは生命の息吹が感じられる さて、変な話ですいませんが…。 今日、ED(勃起不全)の薬を処方してもらいに近所のクリニックに行ってきました。皮膚科が兼用しているクリニックが多いようです。どこも自分が欲しいED薬を意外と簡単に処方してもらえるので驚きました。 ただし、バイアグラはジェネリックでも買えますが、価格はフィリピンのジェネリッ クの倍くらいです。フィリピンで販売されているジェネリックの会社は日本での許可は無いようですね。また、シアリス、レトビラは更に高いのですが、まだジェネリックの販売は無いそうです。 ちなみに欲しいだけ、お金さえ払えば何錠でも処方してくれます。診察もとてもお気軽な感じでした。取り敢えず販売されているED薬全種類セットになったお試しセットを買って来たので、フィリピンに戻ったらそれぞれ試してみて、効果の程をまたご報告しますね。 14ヶ月目に入って、何とかつかまり立ちをするものの歩くには程遠いクッキー、周囲は二人目の子供とあって、気にも留めない フィリピンでは、シアリス、レトビラについては販売していないのか、在庫が無いのかわかりませんが、相変わらず何処にも売ってませんよね?今度、彼女の定期健診の時にEDの診察ができないのか聞いてみようと思っています。 実は、現在は必要なことは無いので、どうしても…ということでは無いのですが、ED薬を持っている安心感は、先生曰く精神的にも良いようで、持っているだけで治っちゃった…なんて話もあるそうです。自分もそんな感じなのかもしれませんね。 でも私のEDは、志賀さんの考え方に触れて治していただいたようなものです。前の彼女とズルズル付き合っていたら本当にダメになったかもしれません。別れに踏み切れたのも志賀さんのアドバイスによって作成された彼女名義の不動産関係の書類のお陰ですからね。このご恩は一生忘れません。フィリピン生活の全てに於いて背中を押してもらえたと思ってます。ちょっと大袈裟ですが…本当にそう感じてます。 PRAのクリスマス・パーティの招待状を食い入るように見つめるクッキー、いよいよ外の世界に興味を持ち始めた ところで、日本に3ヶ月居ましたが、日本の物価が相変わらず安いのには驚きでした。日本でちょっと仕事をしたら収入はフィリピンの10倍、フィリピンの物価は日本の半分程度…。輸入品に至っては日本よりも粗悪品が日本よりも高いのです。このギャップにフィリピン人の貧しさを変な意味で痛感しました。 それに加えて、日本のデパートやスーパーに行って改めて思いましたが、フィリピンの中華系デパートチェーンはフィリピンで本当にあくどい商売をしていると感じます。デパートで扱っている商品は、ほぼ中国製。それもかなり品質の悪いものを平気で扱ってます。スーパーマーケットの生鮮食料品も地元のウェットマーケットよりも品質の悪いものを平気で扱い、腐る寸前や消費期限切れでも平気で陳列してます。その点、デパートによっては高いですが高級品を扱い、も良い品が多く見られます。 […]

ある退職者からの便り 2017年12月1日


公文をやめて一ヶ月経過して、キアン(というか私)の算数との取り組みに難儀している。とにもかくにもキアンが勉強嫌いで、机に向かわないのだ。アイスクリームの褒美やらでなだめすかしたり、問題集の回答にどれだけ時間がかかったか測定して競わすなどの工夫をしたり、なんとか興味を持てるようにしている。まずは、教科書に添って足し算と引き算の一桁と二桁の計算の復習、一桁の掛け算(九九)と二桁の掛け算へと駒を進めるのだが、弱点は繰り下がりのある引き算と九九の暗記だ(例えば23-5は十の位から一を借りて(10-5)+3=5+3=8として、(20-10)+8=18となるが、この10を借りてくるというメカニズムがなかなか身についておらず、ちょっと油断すると、逆に5から3を引いて、答えが22になったしまう)。そして相変わらず、一桁の足し算と引き算では左手の指がもごもごと動く。それが癖なのかどうかわからないが、文句を言うと私に手を握って指を動かないようにしてくれと頼んでくる。 学校の教科書に取り組むキアンだが、その根気は5分と持たない 掛け算は指では計算できないので記憶していないとお手上げで、繰り返しでなんとか6の掛け算まで記憶した。そうなると、7、8、9だが、これは7x7以上だけをおぼえさせて7x6以下は覚えなくて良いと、かなり負担を減らしてやった。7x6以下は数字を反対にして6x7とすればよいのであって、私自身7x6=?聞かれてもとっさに答えられず、頭の中で6x7に返還して答えを探しているのだ。そうこうしているうちに今度はキアンは4の掛け算を忘れてしまっている。日本式の九九を歌うように繰り返しておぼえるのがよいと思うのだが、いまさら数字を日本語で教えるのはあまりにもめんどうだ。一方、学校ではすでに割り算の勉強を開始しているのに、公文に通って2年半、ほっておいても数字に強い子になるものと信じていたのが大失敗だった。このままでは、極普通の数字に弱いフィリピン人となってしまうと危機感がつのる。 パソコンが使えないとやることがないとぐずるので、マカティスクエアの中古本屋で本を買って与えたら、喜んで読んでいた ママ・ジェーンのペナルティとしてパソコンを終日禁止されて「子供向け何でも質問百科」を買ってやった。私にはちょっと読みこなせない内容だが、すらすらと読んでいる。テレビでアメリカ製の漫画を見ていても100%理解できるそうで、英語のヒアリングと読解力ではすでに私を凌駕している。英語にはこれほどの能力を示すのに、何故数字には弱いのか、謎は深まるばかりだ 教科書では、一桁の足し算や引き算(指を使わないでの暗算)、さらに九九もママならないうちに二桁、三桁の計算に進んで行っている。日本のように九九を生徒全員で合唱するような教育はしていないのだろうか。2年ほど前、キアンが公文に通い始めた頃、公文の宿題を農場に持っていって従兄弟たちと競わせたら、いとこ達の指が一斉に動き始めたことにびくりしたことがある。彼らはすでに小学校の高学年だったのだが、かれらの四則演算の計算原理は未だに指折りなのだ。アフリカの原住民は、両手両足の指の数の合計の20までしか数えられないと、昔、聞いたことがあるが、まさにそれに近い世界だ。この指折りを克服しなければ、九九以降の算数は闇の世界に違いない。 10月末、街はハロウインでにぎわったが、どういうわけか、私が住んでいるコンドミニアムではパーティは見送られた ちなみにフィリピン人に九九をやらせても、間違いなくすらすらと言える人は少数派であろう。プラス・マイナスは指で出来ても掛け算となると指の数が足りない。九九で壁にぶつかったフィリピン人は一生、数字にはそっぽを向く人生とならざるをえないが、最近は計算機があるので、なんとか生き延びることができているのだろう。息子の話によると田舎のマーケットに買い物に行って、一キロ35ペソの米を10kg買ってそれがいくらになるか同行したフィリピーノが計算できなかったので愕然としたことがあるそうだ。なんと35x10=350の計算ができなかったのだが、これはフィリピンでは必ずしも特別なことではない。 アラバンのオハナ・コンドミニアムにキアンを同行させたが、ソレイア以来のプール遊びを満喫していた DMCIが開発するコンドミニアムは中央にゆったりしたプールを配置したリゾート風で人気が高い プールサイドの集会場ではハロウインパーティの真っ最中だった キアンの集中力は5分ともたず、1ページの計算をこなすと休憩と言ってテレビを5分見る。そんなことの繰り返しだが、30分もたつとブレーキがかかってしまう。勉強に飽きて全くやる気を失ってしまうのだ。そこで考え出したのが、パソコン・ゲーム券だ。一時間勉強するとパソコン・ゲーム券が与えられて、パソコンで2時間、遊ぶ権利が与えられる。これでママ・ジェーンのその時の気分でパソコンを禁止されるのではなく、自分自身の努力でパソコンで遊ぶ権利を獲得することができるという仕組みだ。 歯が少し生え始めたクッキーは食欲旺盛でバーベキューにもかじりつく このパソコンゲーム券に対する期待は大きくて、学校から帰るなりゲーム券は準備できているか、早く、算数の勉強をしようと催促してくるくらいだった。今までは、ママ・ジェーンの鶴の一声で決定していたものが、自分の力で獲得できるとなると、自主性の高揚に大いに役立ちそうだ。私としても、今までのやる気のない生徒を相手にするよりもはるかにやりがいがあるというものだ。ママ・ジェーンとしてもパソコンを許可する明確な判断基準ができて、しかも子供の学力が向上に寄与するとなると、まさに一石二鳥、三鳥の優れものだ。 クッキーはどういうわけか従姉妹のアティ・バネサが嫌いで、近づくと顔をたたいたり髪を引っ張っていじめる […]

キアンのパソコン・ゲーム券の効用 2017年11月7日



10月25日、ついにクッキーも一歳の誕生日を迎えた。6年前のキアンの誕生会とは雲泥の差はあるものの(ブログ参照)、何もないのでは可哀想と、息子夫婦を招いて内輪だけのささやかな誕生パーティを開催した。「KIANの誕生会 2011年4月2日 KIANの誕生会 パート2 2011年5月14日」 第一子、しかも男の子(キアン)と比べて、第二子の女の子なるとやはり両親の扱いも大分違うようだ。 カーネル一家(右)と息子夫婦(左、2ヶ月の赤ちゃんは不参加) 料理はパパ・カーネル特製のパンシットにチキンのから揚げと質素なものだが、ケーキは特製だそうだ こんな時に愚痴をこぼしても仕方が無いが、昨今の退職ビザ発行の極端な遅れから申請者数が激減した上、主要な収入源であるPRAのマーケッター・フィーの支払いに4ヶ月以上かかるというていたらくに、我々マーケッターは瀕死の状況にある。そんなわけで、情けないことにクッキーの誕生会にかける原資が捻出できないのだ。  ちなみにクッキーの体重は丁度10kg、キアンは13.5kgだったが、写真を見返してみると大分重量感に違いがある 左の子はママ・ジェーンの長兄の長女、要は最年長の姪っ子で、現在マニラで働いている当家の居候だ それでも、ママ・ジェーンの予定あるいは希望、強いては願いはやまず、近いうちにパパ・カーネルの昇進祝いとクッキーの一歳の誕生パーティ、さらに洗礼式(Baptismal)を兼ねて、盛大なパーティを催すそうだ。予算はとたずねると30万ペソだという。これは中堅サラリーマンの年収にあたるが、一体原資はどうするのかという問いに、バハラナ(なるようになる)という答えが返ってくる。全く収入の当てがなくても、使う計画だけは先行するのが、フィリピーナだ。金が入ったら即、計画を実行し、金がなければ、やらないだけで、ノー・プロブレムなのだが、そこに預金をするという発想のつけいる隙はない。 キアンの赤ちゃんのころと瓜二つのクッキー、キアンも比べてみるとたくましいボーイになっている さらに、来年、パパ・カーネルが研修で一ヶ月間、日本への出張話が持ち上がった。そこで、一家で一週間ほど日本旅行に行こう/行きたいという話まで持ち上がってきた。ガイドとして私も同行するようにとのリクエストまである。そうなると、大人二人、子供二人で、航空券、宿泊、食事、観光、交通費など、安く見積もっても30万円ほどの費用はかたいだろう。この原資をどうしたらいいのか、当てもないままに話だけが一人歩きし始めている。このための準備かどうか知らないが、前回名古屋に行ったおり、ママ・ジェーンは自分とキアンの日本行きビザをマルチで取っておいたというから、驚きだ。 細長い一本のロウソクの火を灯しても何をしていいのかまだわからないクッキー、それでもなんとなくはしゃいでいた

クッキーの一歳の誕生日2017年10月28日


2017年10月25日は、いよいよクッキーの一回目の誕生日だ。キアンは一歳になるまでに11回も登場したのに比べて、今年に入ってからは先日のソレイアだけでは、いかにもさびしいので、今回、一歳までの写真をまとめ掲載することにした。また、近々、一歳の誕生日を挙行することになると思うのだが、ママ・ジェーンはワラン・ペラと連れない返事をしている。キアンの誕生日会はあまりにも大げさで、1万や2万ペソもあれば、内輪の質素な誕生日は可能であろうし、万聖節で田舎に帰った折に、農場の子豚をレチョンにでもして振舞えば、立派な誕生会を開けると思うのだが、見栄っ張りのジェーンには質素という言葉が我慢できないらしい。なにしろ、一歳の誕生日はバプティスマル(洗礼式)とともに人間社会に出る一歩で、18歳のデブー(デビュー、成人式)、そして結婚式と、人生の3大イベントであるのだ。 KIANの誕生会 2011年4月2日 KIANの誕生会 パート2 2011年5月14日 生まれたばかりの赤ん坊は食って寝て糞小便をたれるだけでどうしようもない存在だが、その世話をすることが両親の喜びだ。それでも半年くらい経つと人間らしい仕草をはじめ、さらにヤヤとママ以外の人間も認識するようになり、かわいらしさが出てくる。最近では私が部屋をのぞくとうれしそうににこっとして、出て行く時は手を振ってくれるようになり、時にはダダを叫ぶときもあるようだ。 まだお座りも出来ないが、可愛らしさの出てきたクッキー、月齢4ヶ月  ホリーウイークの農場ではまだまだ赤ちゃんだった、月齢5.5ヶ月ママに抱かれて、おもちゃをかじる様子は、これまた赤ちゃんの域を出ない、月齢7.5ヶ月 お座りも出来るようになってクヤ・キアンと戯れることが多くなったが、キアンをたたくことがあって、キアンは Very Bad Girlと称する、月齢9ヶ月 口をとんがらせる仕草など、色々な表情を見せはじめたクッキー 女の子らしい衣装を着せてもらってポーズをとるクッキー クッキーがお化粧にチャレンジ、ただし、カメラの画像編集機能を使った加工だ ちょっと鼻水が出ているが子供っぽくなっている ほとんど泣くことはないクッキーだが、なにが気に食わないのかのどちんこまで見せて大声でないている、月齢10ヶ月 […]

もうすぐ一歳の誕生日を迎えるクッキー 2017年10月15日



9月末の日曜日、突如としてソレイアで宿泊の話が持ち上がった。カーネルに招待があったそうで、家族で一泊することになったのだが、一部屋だけなので、私とヤヤは夜は自宅に戻って寝て、翌朝、再びホテルを訪問することになった。ソレイアと言えば、マニラ湾沿いのエンターテイメント・シティ(モール・オブ・エイシアの南)に4年ほど前に最初に開業したカジノで、現在は、シティ・オブ・ドリームとOKADAマニラと並んでエンターティメント・シティの3大カジノ・リゾートの一角をなしている。開業当初、PRAの招待があったのだが、私には話しがなくて今まで訪問の機会がなかったものだ。 シティ・オブ・ドリームやOKADAマニラのような人目を引く派手さはないが庭園やプールなどカジノ以外でも十分楽しめるリゾート・ホテルだ シティ・オブ・ドリームやOKADAマニラと比べて度肝を抜くような装飾はないが、落ち着いた感じで、目玉のプールが格別で、KIANの楽しみだった。一方、生後、11ヶ月目のクッキーにとってははじめての外泊で、心中はいかに? 入り口も十分高級感を感じさせる 広大なカジノエリアも開放的だ 親子連れへの配慮も欠かさない 中庭に面した部屋はさすが五つ星ホテルの面目躍如で、開放感がすばらしかった。また、ゆったりしたCRにびっくり。 直接庭には出れないが大きなガラス窓で仕切られ、開放感がある KIANは早速、2週間ほどここですごしたいとダダをこねる クッキーも普段と違うことは感じているようでご機嫌だ 一般のホテルの客室ほどもあるCRにびっくり バスタブ初体験のクッキー 5階の部屋からそのまま中庭に抜けてプールに出られる。そこからはマニラ湾の眺望と、隣接する工事中のOKADAマニラも見える。 中庭がなかなかのものだ 遠方にそびえるOKADAマニラ、敷地的には隣接しているようだ […]

カジノリゾート・ソレイア(Solaire)訪問 2017年10月8日


クリスマスともなると、人々は故郷に帰り、街にはいつもの渋滞はない。お出かけには絶好というわけで、マニラの夜を見物にでかけた。お目当てはロックウエルのパワープラント・モールとシャングリラ・ホテルだ。 しかし、出かける前に、この日、2ヶ月目の誕生日を迎えたクッキーの記念撮影がはじまった。そろそろ首もすわってきて、何かを見つめたり、声をかけてきたり、赤ちゃんらしい仕草をするようになってきている。あと2~3ヶ月もすれば、KIANのように周囲に愛嬌を振りまいて、近所の人気者になることだろう。 ヤヤに抱かれておめかしするクッキー ママとのツーショットはそっぽを向いてしまった 一家5人で記念撮影、クッキーは相変わらずそっぽを向いている  クッキーの記念撮影で手間取っている間に、ロックウエルに到着したころは、すでに閉店の9時に近かった。私だけ走って内部に入って写真撮影をしたが、内部は大変な人出で、レストランはどこも満員だった。それでも9時になると、通路の電飾の明かりが消えて人々の退出を促していた。ロックウエルという地名だけに規則には厳しいようだが、クリスマスの掻きいれ時くらいは多めに見てもよさそうなものだ。 もともとロックウエルとは、マカティのはずれにあった発電所跡地を1990年代に再開発したもので、当時、マカティの最高級・高層コンドミニアム街としてはなばなしくデビューした。そして、現在も高層コンドミニアムが幾棟も建設中で、マカティの市街地の近接した高級コンドミニアム街として発展を続けている。 電飾だけのユニークなクリスマスツリー 椰子の木の幹だけでなくて葉の部分にも電飾をほどこすというユニークなデザインだ モールの内部は人でごった返し、すべての柱には電飾が施されている モールの中央の吹き抜けは大きな輪っか状のクリスマスツリーが吊り下げられている ロックウエル伝統の動くトナカイ、今年は白が基調だ  ロックウエルで時間をすごすことはあきらめて、次にむかったのがマカティあるいはメトロマニラの最高級ホテル、シャングリラホテルだ。入り口にはおとぎの世界をほうふつさせる家がしつらえてあった。順番待ちで写真撮影をする家族でにぎわっていた。このとき、お腹がすいたからレストランに行きたいとKIANがしきりに主張するので、ロビーで軽食をとることにした。しかし、ここの料理は一皿600ペソ以下の料理はない。そこでパンシットカントン一皿と、お茶(カモミールのハーブティー)、ビールでお茶を濁すことにした。お腹がすいているのはKIANだけだし、無料のパンが出るはずだから、それで十分のはずだ。 おとぎの家の前で、このとき白人の若い女性から「可愛いい~」歓声が沸き、KIANはうれしそうだった 今年のクリスマスは赤で統一しているカーネル一家 […]

クリスマス・イン・マニラ 2016年12月26日