Daily Archives: November 4, 2017


1
昨年10月、クッキーが誕生するころ、肩にできたこぶの切除の手術を行った。ちょっと膨らんでいるだけで、痛くも痒くもないのでほっとおいたのだが、ママ・ジェーンのたっての勧めで、しかも知り合いの整形外科の大家が只でやってくれると言うので、手術に踏み切った。手術そのものはどうってことはなかったのだが、その後の傷跡の治癒に大変な思いをした。 糖尿病を抱えていると、手術が大変難しいそうで、事前に血糖値の検査を行い、OKが出た。傷口も数週間もすればふさがるはずだった。しかし、膿んでいるわけではないのだが、皮ができず、傷口が開いたままの状態が、半年位続いた。件の医師もさじを投げて、サード・オピニオンということで日本人クリニックに行った。傷口を洗って、消毒薬で消毒して、軟膏を塗って大型のバンドエイドでふさぎ、2日に一回交換し、さらに一週間ほど抗生物質をとる。やることは一緒だが、医者が首を傾げるほど傷口が回復しない。傷口からはかなりの体液が浸み出てくるが、膿んでいるわけでも傷口が深くなるわけでもない、小康状態が延々と続いた。 傷口がふさがって、ついに回復の兆しが見えた。ここまで来ればしめたものだ 正月、そしてホリーウイークに農場で滞在した際は、マロンガイの葉の汁を塗りつけ、かさぶたを作ったりする民間療法も試みたが、結果は思わしくなかった。件の手術をした医師は心配してジェーンに様子を聞いてくるが、へたをすると手術跡をえぐり取る再手術が必要になると脅かす。年のせいで免疫力、回復力が落ちているのかと思ったが、日本人クリニックの医者は、そんなことはないと言う。そうなったら年寄りは一切手術ができないことになってしまうことになってしまうと言っていた。 こんな大型バンドエイドを一年近くも貼っていたのだが、これが取れる日は永久に来ないものだとあきらめ始めていた そこで一大決心をしたのが、断酒だ。酒を飲むと抗生物質も効かず、傷の回復も遅れるという。糖尿病も免疫力が落ちて傷がなおらないそうだ。生活習慣を正して、ひたすら根気良く回復を待つ、これしかない。しばらくしたら傷口が皮で覆われ始めて、みるみる小さくなっていったのだ。そして苦節、11ヶ月、一周年目前でバンドエイドを取ることができた。一方、2月の名古屋出張以来悩まされていた便秘も8月あたりからいつの間にか消えて、快食快便が続いている。 傷口もまったくふさがって完治の日が近い しかし、一難去ってまた一難、7月ごろ、今度は突如として指が痛くなった。初めは就寝中に手がしびれて、目が覚めるほどになった。しばらくしたら、痺れは治まってきたものの、右手の中指、左手の小指と薬指、それに親指が痛い。そのためこぶしが握れず、そらすこともできないくて、物を持つのが難儀になってしまった。強くこぶしを握ると自力で指を伸ばすことができず、無理に伸ばすとパキンと跳ね上がる。古希の祝いということで日本に帰った時、女房がこれは「はね指」だと教えてくれた。年をとるのはめでたくても、今まで経験したことがないような体の不具合が出てくるのは、身体の耐用年数を迎えつつある年寄りの宿命ともいえるのだろうか。 折り曲げた薬指を自力で伸ばすことができず、別の手で跳ね上げてやらねばならない 指が痛いということで、手を使わないでいると、関節が固まってしまうのではないかと心配して、指を動かすように心がけた。それを聞いていた孫娘が、あとから卵のような形をした水風船を送ってきてくれた。これを握る運動をするという良いというわけだ。ちなみに伸ばせなくなった指を跳ね上げるのがキアンはなぜか大好きだ。しかし、後から女房が調べて、はね指は動かしてはいけないそうだと言ってきた。 握り卵とでも言うのだろうか、ふにゃふにゃの手触りの変わったおもちゃだ フィリピンで整体師などはいないので、一体誰に相談したらよいのかわからない。あてずっぽうでマカティ・メディカルの受付で聞いてみたら、Hand Specialist の Tacata先生を紹介してくれた。飛び込みなので、待つこと2時間、先生はちょっと手に触れてみて、直ちに「トリガー・フィンガー(引き金指)」と診断した。朝から、5人ほどの患者の治療を行ったそうで、ひざの関節と一緒で、痛みは、加齢で軟骨が磨り減ったためたと説明してくれた。まずは、試しに右手の中指に注射をして、結果がよかったら2週間後に左手を治療することになった。注射一本の治療代は3800ペソ、これは無保険の値段だ。ちなみに何を注射したかは、説明を聞いてもよくわからなかったが、痛み止めではなくて、関節の軟骨の修復をするらしい。 […]

肩の傷とはね指 2017年11月4日