PRA・退職ビザ


PRAが日本語で発行したSRRVのパンフレットと言えば、2011年の制度改訂(スマイルプログラムの新設ー35歳以上、一律2万ドルの預託金)直後に発行した下記のものだけだった。実を言うとこのパンフレットは、私が翻訳したものなのだが、お世辞にも上手とは言えない翻訳でちょっと恥ずかしい思いを持っていた。特に左ページの「SRRVを取得して退職者になりましょう」というくだりが、意味をなさないと退職者に指摘されたことがある。 そして、最近発行されたものはなかなかのできばえだ。英文のものをそのまま翻訳したもので、従来のものとは内容的にほとんど同じだが、大きな相違はSRRV  EXPANDED COURTESYの追加だ。従来のCOURTESY は1500ドルの預託金と年会費が10ドルという破格の条件で、元フィリピン国籍を有するもの、元大使あるいは外交官等に適用されるものだった。 それが、EXPANDEDでは軍隊で働いていたもの、ノーベル賞など国際的な賞の受賞者、高度な専門家、大学教授、高名なスポーツ選手や芸術家ないしビジネスマン、JETROなどの国際機関に従事していた者など、幅広い分野に適用され、条件は50歳以上で月1000ドル以上の年金の受給を受けている者となっている。 この制度のねらいは、単なる退職者と投資ばかりではなくて、フィリピンの文化、ビジネス、社会などに寄与できる人材を世界から招聘したいという思いがあるようだ。 この制度は2013年に発効されたものだが、欧米人の退職者から自分は対象になるかという問い合わせが数回寄せられてきた。パンフレットでは詳細はPRAのホームページを参照となっているが、詳細の記載は、見当たらず、その都度、PRAの担当に聞くしかなかった。今回、グーグルで必死に検索したら、PRA Circular No. 012という書類をやっと見つけて、その詳細を知ることができた。ちょっと難解だが興味のある方はチャレンジして読んで欲しい。 以下参考のためにパンフレットの原文を紹介する。英語の達者な方には、原文の方がより正確に内容が理解できるはずだ。  

PRAが新しいSRRVのパンフレットを発行しました 2017年12月2日


29日(水)の午後からPRA主催のイントラムロスの見物ツアーに参加した。PRAのデズリーさんが責任者で、PRAの事務所で、5人の参加者を割り当てられ、キアンも一緒に是非参加して欲しいとの要請だった。ブログで募集すると3組、6人の参加申し込みがあった。合計、8人となったが、幸い全員参加の予約がとれた。 そして当日、私自身は、キアンを3時に学校でピックアップして、現地で合流するつもりだったが、集合時間の午後1時前にデズリーさんから電話があって、まだ誰も来ないと催促された。集合は一時で、出発は2時だから、それまでには来るからと返事をした。その後、さらに1時半、1時50分に電話があって、あと4人現れないと連絡があり、一体どこにいるのかと聞かれるが、当方としては、答えようもない。結局、出発までに全員そろったようだが、時間など気にしないはずのフィリピーノがなんともせわしなかった。 フォートサンチャゴをバックにキアンの雄姿 平日にもかかわらずそこそこの観光客が訪問している、後方にはマニラ・カタデラルを臨む 3時にキアンをピックアップして、息子の運転する車で、向かったが、昼間から渋滞で、なんとか4時にフォート・サンチャゴに到着して無事に合流することができた。黒と赤のはでなシャツを支給されて、すぐに、それとわかるグループを見つけ、おなじみの退職者の面々に再会した。ちなみに息子は、この日の夜中に日本に帰る予定で参加することはできなかった。 先日行われてアジア・サミットの皆さんの歓迎の名残り フォートサンチャゴのランドマークのゲートをバックにポーズ 10人ほどのPRAスタッフが同行したが、4~5人のスタッフが、私が参加を申し込んだ高齢の退職者がウンチを漏らしているのではないか、パンツを買おうと思うが、と必死の形相で訴えてくる。確かにお尻の部分がぬれているが、面識が無いので、私としても聞きづらい。同行していた知り合いにそれとなく聞いてもらうように頼んだが、その後、反応が無いので杞憂だったらしい。 マニラ・カテデラル(大聖堂)はクリスチャンの総本山で、かのコーリー・アキノ元大統領の葬儀には数万人の人々がここで別れを告げた 大聖堂の中を黒と赤のシャツのPRA退職者一行はかなり目立つ それから、マニラ・カテデラル(カソリックの総本山)、ここは私自身初めて中に入った。次は、サン・アガスティン・チャーチ(世界遺産)とカーサマニラ(スペイン時代の富裕層の住宅)、ここはイントラムロスの目玉で、何度も来た事がある。以前、キアンを連れてきたことがあるのだが、キアンはしっかり憶えていた。すでに暗くなり始めていて、この後は、食事に向かうという。予定表には、このほかに2~3箇所訪問するはずだったのだが、どうも時間的都合で省略したらしい。 さすが、世界遺産のサン・アガスティン・チャーチの中は荘厳だ カーサ・マニラの中庭を臨む 外は、早くも夕暮れ時となっている 食事は、てっきりカーサ・マニラの中にあるBarbara’sレストランでとるものと思っていたのだが、どうも違うらしい。Barbara’sレストランのスペイン風の内装はすばらしくて、カルチュラル・ダンスを見ながらここで食事をとることを兼ねてからねらっていた。このツアーに参加した最大の理由でもあったのだが、しばらくバスに乗ってILUSTRADという観光レストランに入った。 […]

PRA主催、イントラムロス・ツアーに参加 2017年11月30日



来る11月29日(水)、PRAは、退職者のためのイントラムロス見学会を催すことになった。イントラムロスはご承知の方も多いと思うが、メトロマニラ唯一ともいえる歴史地区で、サンアガスティン教会など世界遺産として登録された建物などが連なる。今回は、これら歴史建造物をくまなく回る半日ツアーだ。特に、カーサマニラの古風豊かなレストランで民族ショーを見ながらの食事はなかなか経験しがたい一押しの企画だ。わたしもキアンを連れて参加する予定なので是非参加して欲しい。 イントラムロスの街並み 現役の馬車と世界遺産のサン・アガスティン・チャーチ カソリックの総本山、マニラカタデラル フォート・サンチャゴ 参加費は無料、29日午後一時、PRA事務所のあるシティバンク・タワーに集合して、ガイドつきの観光バスで、午後2時に出発する。終了後はバスでマカティまで送り返してもらえる。参加希望の方は、11月17日までに下記の案内に連絡先に申し込んでください。あるいは、志賀に連絡してもらえれば、私が、PRAに申し込んでおきます。バスの座席数とレストランの食事の予約の関係で、事前の予約は必須で、先着順なので、早めに申し込まないと定員に達する恐れがあります。 イントラムロス・ツアーの招待状 ツアー・スケジュール        

PRA主催イントラムロス見学ツアーのご案内2017年11月10日


街はもはやクリスマスの飾り付けに覆われ、いよいよクリスマス・シーズンがやってきた。早速、PRAから、12月15日(金)クリスマス・パーティを開催するので、多くの退職者を招待してほしいとの要請があった。 アヤラ・アベニュー沿いのビルの飾りは目一杯クリスマスを表現している アヤラ通りの中央分離帯は例年イルミネーションで覆われる マカティ・クエアの地下駐車場の料金上のお姉さんのいでたちもクリスマス気分を盛り上げている パーティ好きのGMのことなので、今年もたっぷりの食事でもてないしてくれるだろう。もちろん、GMのカラオケへの拍手のお返しは必須だ。場所は昨年と一緒、かのサミット会場でもあるPICC(Philippine International Convention Center)でマニラ湾の埋立地のスター・シティの隣。創立記念パーティも、ここで、いつもおなじみの場所なのでわかりやすい。昨年のパーティの様子は下記のブログ参照。 PRAクリスマスパーティ 2016年12月18日 クリスマスパーティの招待状 参加希望者は招待状の 連絡先に申し込んでください。仮に申し込みがなかったとしても当日会場へ行って申し込めば問題はない。 SMマカティの入り口の飾りつけ、写真好きのフィリピーノが列を作ってなかなか順番が回ってこない 会場はいつものPICCサミットホールだ  

PRAクリスマスパーティへのお誘い 2017年11月10日



第32回PRA創立記念パーティが盛大に挙行された。昨年の創立記念パーティ及びクリスマスパーティと同じ会場だが、テーブル数が10x5=50脚、各テーブルに12席で合計600人を収容する盛大なもの。パーティも中盤にはいると満席に近い状態で、食事も豊富で、並ぶこともなく皆、満喫していた。 普段、事務所でお相手してくれるPRAスタッフが着飾って受付をしていた 案内役のPRAスタッフと記念撮影 バンドが広大な会場に鳴り響く演奏を披露していた フィリピンではめずらしく、6時きっかりの開演で、プログラムの始まる一時間は大音響のバンド演奏が鳴り響いてとなりの席との会話もままならないほどだった。その間、ミリエンダやアイスティーを提供してもてなしてくれたが、ビールがなかったのがちょっとさびしかった。 会場は世界各国の退職者でにぎわったが、私のテーブルは子連れの若いお母さん方で占められた アグリパイGM以降、さびしいパーティが続いていたが、今年は多くの退職者をむかえ盛大なパーティが復活した キアンはアンリ(Unlimited制限なし)のアイスクリームにご機嫌で10杯ほどお代わりした 7時からはPRAのトップのChy GMの挨拶からお偉いさんの延々たるスピーチが続いて、それが終わるといよいよ食事とプロ歌手のエンターテイメントがはじまったる。 お偉いさんのテーブル、左の人は元入管のトップ、ロドリゲス下院議員。混迷を極める入管に復帰して退職ビザの発行をスムーズにしてほしいところだ 食事が終わってからは、カラオケ大好きのChy GMの独演が始まって、次はダンスタイムだ。ここ数年登場していた孤児院の子供達の踊りはなかったが、きっとGMのお気に召さなかったのだろう。 カラオケ大好きのGMの面目躍如といったところだが、PRAの機能向上にも力をいれて欲しいところだ ダンスフロアーには男女10人ほどのプロのダンサーが踊りのお相手してくれていたが、皆、お年を召していた、ちょっと今一の感があった。しかしキアンは乗り乗りで写真をとりながらもステップをとめることはなかった。キアンのダンスはCIMG0520  をGMのダンスは […]

第32回PRA創立記念パーティ挙行される 2017年7月9日


早いものでまたまたPRAの創立記念パーティの日がやってきた。13年前の2004年にはじめてこのパーティに出席して、当時のPRA No. 2(Deputy General Manager)のマルセルさんやトップ(GM)に強くPRAに勤務することを勧められたのが昨日のことのように思い出される。あのことが、今でも私がPRAに深く関わっている原点になったのだから、創立記念パーティは私にとって欠かせない行事だ。 場所は前回と同じなのでわかりやすいと思う。また、前回は期待通りのご馳走で、食事の争奪戦で必死に並ぶ必要もなく、ゆっくり楽しめた。さらにトップのGMのChy(チ)さんには前回のクリスマスパーティで初めておめにかかったが、歌が大好きで独演会の様相を呈していた。この人の主催するパーティであれば、前回同様に楽しいパーティになりそうだ。ただ、7月7日は金曜日なので帰りの足を確保していかないと場所が場所だけにやばいことになるかもしれない。 第31回PRA創立記念パ-ティのお知らせ 2016年6月22日 第31回PRA創立記念パーティ開催 2016年7月2日 PRAクリスマスパーティ 2016年12月18日  

第32回PRA創立記パーティのお知らせ 2017年6月25日



先日、PRAを訪問した際に、PRAの営業部長のバオティスタさんから、日本人の退職者をもっと呼んで欲しいと、声がかかった。即座に、SRRVの発行に4~6週間もかかっていては、とてもできない相談だと返答した。当方が扱った去年の申請者は一昨年の半分にまで減少したが、これは偏にビザの発行期間に要する期間が長すぎるせいだ。現役の人が4~6週間の休暇をとることは不可能で、せいぜい2週間が限度だと訴えた。バオティスタさんには、来週、マーケッター(PRA認定のビザ申請代行業者)の会議があるから、是非出席して、その辺のところをGM(PRAのトップ)に訴えてほしいと依頼された。 相棒のメリージェーンに相談すると、会議はタガログ語なので、私が出席したとしてもわけがわからないだろう、自分が出席して発言するから任せておけと心強いことを言ってくれた。ちなみに彼女は、現在のマーケッター組合長に次期組合長になって欲しいと打診されていたのだ。どうすべきかと相談された折、傍にいたKIANが、私が答える前に「YES」と結論を出してしまった。KIANはかなり権力志向が強いのだが、これは、将来、PNP(国家警察)のトップになれと、日ごろから周囲に言われていることに影響されているようだ。私としてもジェーンが組合長になれば、PRAのトップに影響力を発揮できるのでしめたものではあるのだが、この日司会役のエンマさんもその席をねらっているらしい。 マーケッター・コンファレンスの会場は熱気にあふれていた。中央の黒い服がジェーン 会議中にPRAの中堅職員と記念撮影(彼はドンボスコの同級生のパパだ)  KIANの公文の塾が終わったあと、PRAに赴いて会議の様子をのぞきに行った。別の用事を終えて、会議場外でを逡巡していると、KIANも一緒に中に入れと、サービス課の課長のピットさんに背を押された。まだ内装がほどこされていない空き部屋で会議は進行中だったが、こんな会議にKIANが闖入してもとがめる人もおらず、KIANも躊躇せずママ・ジェーンの隣に座って会議に臨んだ。 会議はまさにPRAのGM(General Manager)の吊るし上げで、「かつては5営業日(一週間)を標榜していたものが、2週間となり、さらに3週間、今では4週間、あるいはそれ以上かかっていることに対してPRAは入管、入管と言い訳をするが、本当に時間がかかっているのは、PRAなのではないか」とマーケッター組合のエンマさんはGMを攻め立てる。確かにPRAに督促すると、いつも書類はGMの承認待ちという答えが返ってくる。それに対してGMは「まだ私は赴任して2ヶ月、状況を把握するために、すべての事項にGMの承認をとるよう指示をしている」必死に言い訳をする。さらにエンマさんは「入管に問題があるのであれば、私に言え、私が入管にかけあってやる」と強気だ。 マーケッターとしてもSRRVを売り物にしているのだから、その売り物が引き渡せないとしたら、商売にならないので必死だ。ベテラン・マーケッターの女闘士、エンマさんは過去のPRAの約束や現状のていたらくを並び立ててGMを追求し、まさに、GMのつるし上げの様相を呈していた。なんだか、ドテルテ大統領を髣髴させる雰囲気だ。 マーケッター組合のエンマさんと前列に座って会議に加わるKIAN、中央の後姿がジェーン、左に顔半分が写っているのが組合長 GMも必死に言い訳をするが、ベテラン・マーケッター、閻魔様(左)の敵ではない  相棒のジェーンは当方が抱えている12月12日および、12月27日申請のビザ発行状況を問い合わせたが、PRAの担当者は入管のアクションが遅いとの一点張りだ。先日のクラークで起きた1000人を越える不法就労者の摘発で、入管のトップが数千万ペソの賄賂を受け取った疑いで更迭され、入管が機能していておらず、この2週間、一通もORDER(ビザ発行の承認書)がきていないというのだ。当方としても他に3名の退職者のビザを申請中で、3週間ちょっとの期限があるので気が気ではない。とにかくビザを発行するだけが役割のPRAがビザを発行できず、いくら言い訳を並べられたとしても、ビザ発行の代行を生業とするマーケッターにとってはまさに死活問題だ。   会議が終わってミリエンダ(間食)をとるPRAの職員と談笑するジェーンとKIAN  

大荒れのPRAマーケッター・コンファレンス 2017年1月29日


2016年12月29日追記  先週、クリスマスを前にDGM(PRA副長官)のBaac氏とのインタビューが会った。目的は、当方のマーケッター公認の更新で、GM(PRA長官)の交代にともない、マーケッターとの対話を持つ機会というの意味もあるらしい。その中で、より多くの外国人にSRRVを取得してもらうためにアドバイスはないかと尋ねられた。そこで、ここぞとばかりに日ごろ胸に秘めている2点を提案した。 1.SRRV発行期間の短縮:公には3~4週間と公言しているが実際はそれを大きく超え、4~6週間かかるという悲劇的状況にある。現役世代が取れる休みは2週間が限度なので、数年前のように2週間で発行するようになれば、SRRV申請者は倍増するであろう。 2.DBPに預けられた預託金の相続:、退職者が亡くなった場合、従来、相続人は相続税を支払うことなく、PRAに所定の書類を提出するだけで、2~3ヶ月後、預託金を満額受け取ることができた。しかし、現在、BIR(税務署)からCAR(相続税等の支払い証明書)を取得してこいとの指示があり、各種相続手続きの実行を求められ、預託金の20~40%の費用と6ヶ月程度の手続き時間を余儀なくされている。このことによる相続人の落胆は計り知れないものがあり、SRRVの価値を大いに損なう結果となっている。  これにたいし副長官は、1.発行期間の短縮については、入管とも連携して大幅に短縮する手立てを打っている。2.預託金の相続については、善処したいが詳細を記載したレターを提出して欲しいとの要請があった。当初はPRAを非難するようなレターの発行は躊躇されたが、SRRVの魅力を回復しより多くの退職者をフィリピンに招待するするためには避けることが出来ないと考え、下記のレターを提出した。これによって、近い将来、相続手続きが元に戻ることを期待したい。また、PRAの存在を規定する法律Executive Order 1037のSection9ではSRRV取得のために海外から送金したお金は本国送還を保証するとなっているが、相続人が受け取る場合はどうなのか明確にはきていされていない。 PRA宛のレター:pra-letter(1) 20161229 pra-letter(2)20161229 預託金の本国送還を保証する法律:executive-order-1037-section-9-20170102   昨年、AさんがSRRVの取得が完了した直後、フィリピン人妻の家で急死した。原因は心臓麻痺、その日の朝、Aさんと懇意にしていた、妻のお姉さんから、電話がかかってきた。「夕べ元気にお祝いをしていたのに、今朝起きてみたら死んでいた、どうしたらよいのか」とパニックに陥っていた。私は「まずは、 医者を呼んでください。そうして、何をなすべきか指導してもらってください。そして、葬式と死亡証明を入手したら、私に連絡をしてください。そうしたら、 PRAからの預託金の引出しのお手伝いします。」と返答した。しばらくして、医師から電話があり、検死など、やるべきことは承知しているの連絡があった。 それからしばらくしてフィリピン人妻から連絡があり、葬式などつつがなく終わり、そして、日本大使館への死亡届出も終わったとの事だった。そうなると、いよ […]

DBPに預けたSRRV預託金相続の顛末 2016年12月19日(12月29日追記)



前回の創立記念日と同じ、PICC(Philippine International Convention Center)で行われた恒例のクリスマスパーティは、大きな会場と豊富な料理で、PRAとしては、それなりのものだったが、退職者のテーブルは空きが目立った。いつまでたってもお知らせが無いのでやきもきしていたが、ほんの10日前に招待状を入手し、マニラ首都圏在住の退職者に声をかけたのだが、多くの人が予定が詰まっていて不参加の連絡があった。しかし、参加の連絡あった3家族はいずれもお子さん連れで、当方のテーブルだけは華やいだ雰囲気だったが、PRAの案内係には、子連れの日本人は、私のテーブルに案内してほしいという、わかりやすい指示を発することが出来た。我が家としては、ママ・ジェーンが子育ての疲れか、欠席、パパ・カーネルも忙しくて、アティ・キムとKIANを同行することにした。数時間前からそわそわしていたKIANは決して彼を置いていくことがないようにと、私に何度も念を押していた。KIANはパーティが大好きなのだ。 PRAの受付嬢は、皆KIANの友達で、笑顔で彼を迎えている ゲストの参加表に名前をすらすらと書いたが、サインについては、まだ持っていないとしっかりと応えていた プロの歌手が客がそろうまでの一時間ほどプロ歌手のステージが続いた。後ろの看板のYuletideとはクリスマスシーズンという意味だ 食事は、到着から2時間も待たされしまったが、それまでアイスクリームが食べ放題とあってKIANはごきげんだった 自撮りでアティ・キムとKIANのツーショット PRAの看板娘のジュラルディンさんとのショット。KIANはアイスクリームを手放さない 予定より一時間遅れで、いよいよ式が始まったが、まずは国家斉唱だ 私にとってこの日は特別な意味があった。それはまだ面会していないPRAのトップであるGMに自己紹介をすることだった。名前は、Atty. Bienvenido Ko Chy という入管出身の弁護士だが、その名前が読めなかった。チと読むらしいが、あきらかに中国系のフィリピン人だ。なんとなく、からおけが大好きな日本の田舎のおっちゃん風で、近寄りやすいという印象を持ったが、KIAN曰く、ドテルテみたいだ。ちなみに彼はドテルテ大統領のロースクール(法科)の同級生で、私にとってPRAのGMとつながりを持つことは退職者のサービスを行う上で大変重要なことなので、意味のあるパーティとなった。 […]

PRAクリスマスパーティ 2016年12月18日


12月になっても何のアナウンスが無いので気になっていたのだが、今日、ようやく招待状を入手した。担当のローミッシェル(R. Michelle)に直接リクエストしてブログに載せるからともらってきたものだ。ローミッシェルは時間が無いので、準備にてんてこ舞いだと言っていたが、12月16日(金)の開催だから、あと一週間とちょっと、相変わらず付け焼刃のようだ。 場所は、前回の創立記念パーティと同じ、ベイエリアのコンベンションセンター(ソフィテルホテルのとなり)なのでわかりやすい(下記のブログ参照)。また前回、かなり豊富な食事だったので、大勢で出かけていってもたらふく食べられそうだ。ローミッシェルもたくさん呼んで欲しいと言っていたのでふるって参加していただきたい。KIANに話をしたら、もちろJOINと声を高らかに宣言していたが、まだ新生児のクッキーは無理だろう。 第31回PRA創立記念パ-ティのお知らせ 2016年6月22日 プログラムは取り立てのものはなさそうだが、新しいGMのAtty. Bienvenido Ko Chyには会ったことが無いので、この際、挨拶しておきたいところだ。 前回の創立記念での旧GMとショット 会場は熱気にあふれ、PRAのパーティとしては一番の食事だった

PRAクリスマスパーティのお知らせ 2016年12月6日