旅行


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いよいよ帰国の時がやってきた。しわすの12月29日(土)と30日(日)とあって、どこもかしこも人でいっぱいだった。千歳のホテルから空港まではほんの一駅程度で空港の中までJRが乗り入れているので、朝はゆっくりでかけた。しかし、空港内の混在は半端ではなかった。 千歳空港付近はうっすらと雪に覆われていた。空から見る雪景色は初めてのような気がする。 着陸ちかくになって、一瞬何故、窓からスカイツリーが見えるのか不思議に思ったが、しばらく考えてわかったのは成田ではなくて羽田に下りようとしていたからなのだ。 モノレールから山手線に乗り換えて、上野で降りて京成上野駅前のホテルに向った。どうやって行ったらいいのかわからないでうろうろしていると西郷さんの銅像にぶつかった。まさに大河ドラマの主人公がそこにいたのだ。 ホテルで一息してお目当てのアメヤ横丁に向ったのだが、そこには予想外あるいは想定された光景が広がっていた。しばらく進むと、人ごみが激しくて前にも後ろにも進めなくなってしまったのだ。クッキーを連れたカーネルとジェーンを見失ってしまって、入り口まで戻ってようやく見つけた。アメヤ横丁と秋葉原は断念して、のぶ子さんとの会食に向かうことにした。 ホテルニューオータニの久兵衛といえば泣く子も黙る老舗寿司屋だ。のぶ子さんが、そこへ招待すると何年も前からの約束だった。しかし、黙っていないのがキアンだ。なんとキアンは日本食と聞いて、エビフライを注文したのだ。これには板前さんも面食らって、生きた海老を焼いて出してくれたのだが、キアンには物足りないようだった。 ホテルに戻ると、カーネル夫妻は、これからお土産を買いに行く、近くにドンキホーテを見つけたと張り切っている。足手まといの二人の子供は私に預けて、出かけて行ったのだ、翌朝聞いてみると帰宅は12時を回っていたそうだ。せっかく2個のトランクを札幌に置き去りにしてきたのに、新たにトランク2個分のお土産をゲットしてきたのだ。 翌朝、京成電鉄の始発にのって成田へ向い、9時過ぎのJALでマニラへ。師走とあってまさにラッシュアワーの最中の帰還だった。

カーネル一家念願の札幌旅行に同行(その8千歳ー東京ーマニラ)2019年2月25日


定山渓の帰り、千歳に向う前に藻岩山ロープウエイに向ったが、札幌観光の締めにふさわしい体験だった。藻岩山は札幌市のはずれに位置する山だが、ここから眺める札幌の夜景は函館の夜景にも引けを取らないものだそうだ。しかし、雪山ということで昼間でもすばらしかった そもそもロープウエイに乗ること自体がはじめての経験なのだが、遊園地でジェットコースターなどに乗りなれているキアンにはさほど特別のことではないようだ。 定山渓は雪景色を眺めるだけだったが、その雪山にたった気分はまた異なるものがあるだろう。 藻岩山の頂上には縁結びの鐘があってこの下で愛を誓って鐘を鳴らすと、その愛は永遠になるそうだ。 中腹の横はゆるやかな傾斜があって、雪すべりを楽しむキアンとFacebook用のポーズをとるママ・ジェーンの対比がおもしろい。 札幌の街を眼下に一望する景色は雄大の一言。 ここをクリックして拡大写真を見て欲しい。 ここをクリックして拡大写真を見て欲しい。

カーネル一家念願の札幌旅行に同行(その7藻岩山ロープウエイ)2019年2月25日



札幌からバスで小一時間の定山渓温泉は、札幌郊外の温泉リゾートだ。専用のバスで向かうキアンは毎日の未体験ゾーンの探訪に疲れ気味だ。 山あいの定山渓は、札幌とは打って変わってまさに雪の世界だ。外に歩いている人はおらず、バスはここが「定山渓グランドホテル瑞苑」だと下ろしてもらったものの、ホテルの位置がわからない。ガソリンスタンドに人に聞いたら、目の前のだという。なにもかも白一色でまさにホワイトアウトだった。 チェックインを終えると、早速腹ごしらえ、朝夕はビュッフェスタイルの食べ放題なのでレストランはない。唯一営業しているのが「こばら亭」という小腹がすいたときにどうぞというもので、意外とラーメンがうまかった。 ひとしきりして、いよいよFace Book用の撮影開始だ。今回の旅行のまさにクライマックスだ。 定山渓を散歩しようと計画して地図まで用意していたのだが、この雪の中をあることは自殺行為なので、もっぱら屋内ですごし、6時ごろ、いよいよ目玉の夕食バイキングに臨んだ。昼間は客は、まばらだったが、夕方になってバイキングェ目当ての客が大量に到着したようで、広大な食堂は満員だった。 夕食の後は、いよいよ未体験ゾーンの温泉だ。特にプールのように大きい露天風呂は圧巻だった。降りしきる雪の中、熱めのお湯に使って顔は氷点下というにキアンは大はしゃぎだった。しかし浴場は撮影禁止なのが残念だった。 翌日は夜の間に降った雪のせいで外の景色はまさに水墨画の世界だ。したがって子供達は屋内の大きなロビーで戯れるしかない。 ロビーには赤いピアノが置いてあって、キアンが自慢のピアノ演奏をしていると姉妹が寄ってきた。週末を親子で過ごしに来たそうだが、札幌から小一時間でこんなところに来れるなんて、うらやましい限りだ。 団子3兄弟とはよく言ったのもので、7才、9才、11才の仲の良い兄弟でほのぼのとした仲の良い兄弟で、是非フィリピンで再会したいものだ。 子供達には言葉の壁は無い。時たま「これは英語でなんて言うの」聞いてくるがそれだけで十分会話になっているようだ。 そして夜になって待望の食事とお風呂、この二つの行動だけで十分夜がすごせる、テレビを見る暇などないが、もっともキアンの見れるテレビはない。 翌朝、定山渓を後にして札幌に帰還。団子3兄弟ともお別れだ。

カーネル一家念願の札幌旅行に同行(その6、定山渓で温泉三昧)2019年2月17日)


札幌二日目は苫小牧にアイスホッケーと介護施設の見学にでかけた。アイスホッケーは学生選手権が開催されるというので是非というお勧めだった。介護施設はオーナーがフィリピンから介護士を呼び寄せたいということで顔合わせといったところだ。苫小牧は千歳の少し先の港町だが、40年位前、苫東の石油備蓄基地の計画で、室蘭と並んで名前だけは馴染みのあるところだ。この辺は雪が少なくて工業地帯や空港も出来ているとのことだが、先日、千歳空港が大雪で閉鎖されたとのニュースが流れていた。そんなことになっていたら、年内にフィリピンにもどれないところだった。 アイスホッケーとはなにかも知らないキアンは、そのぶつかり合いで選手がフェンスに激突してくるのを喜んでいた。しかし、トーナメントの緒戦ということで、優勝候補の明治大学と九州の大学の試合で、30対0というような一方的な試合で、ちょっと興味を失しなってしまった。後で聞くとやはり明治大学が優勝したそうだ。 その後、いかにも港町の水産物の販売所とめし屋といったところで食事を取った。店の雰囲気は築地などの場外市場といった感じでムードがある。さらに野菜類もスーパーに比べて大雑把な感じがして好ましい。旅行をするとかならず、市場と称するところを覗いてみるのだが、そこにはまさに市場の雰囲気があった。 市場に混ざってレストラン、というよりも飯屋がある。いくら丼やうに丼、ホッき丼など、北海道らしい庶民の食事が取れる。問題は、キアンのお好みのエビフライが無かったことだ。しかし、店の人がとなりに聞いてくれて何とかしのぐことができたが、メニューの交換もするというのはいかにも庶民的だ。 次に向かったのが苫小牧郊外のウトナイ湖、白鳥の渡ってくるということで有名な湖だそうだ。しかしながら湖畔には一羽の鳥もいなくて、案内してくれた方も一体どうなっているのかと首をかしげたいた

カーネル一家念願の札幌旅行に同行(その5苫小牧観光)2019年2月10日



翌24日、ホテルはビュッフェ(バイキング)スタイルの朝食付きで、和食、洋食が食べ放題ということで、キアンの目が輝いた。最近のNHKの番組によると、バイキングにすると人件費が半分程度で済んで、しかも土日、休日のピーク時でも同じスタッフでこなせるため、返って原価が安上がりで済むという。その分、材料費にお金をかけるとアラカルト(メニュー)の倍くらいの料理が食べられて、大いに客が喜び、バイキング目当てに客がやってくるという好循環で、ほとんどのホテルはバイキングになっているという。ただ朝食なのであまり量は食べられないのが残念だったが、カーネル夫妻は至極ご満悦のようだった。キアンも食べ放題の味付け海苔が気に入って少々失敬して部屋に持って返っていたようだ。 外へ出てみると夕べの雪で、雪をかぶった車で出迎えてくれた。車に雪というのもキアンにとっては初体験の光景で、早速雪をかき集めて雪合戦を始めていた。 今日の予定は円山動物園、大倉山ジャンプ場、札幌ビール園など札幌市内の見所を回る予定だ。札幌市の繁華街は雪かきや融雪が行き届いていて路面に雪はないが、気温はマイナス2度といてつく寒さだ。もっとも最近のニュースでは前代未聞の寒波がやってきて、北海道中がマイナス20~30度、札幌も昼間でもマイナス10度と、とんでもない寒さとなっていて、この程度でラッキーだったのかもしれない。 円山動物園は丘の中腹ということで繁華街とはうって変わって一面の銀世界だった。動物たちはガラス張りの部屋の中で暖房を享受していて心地良さそうだったがカーネル一行は、その寒さと雪に返って興奮気味だった。 動物園から大倉山ジャンプ競技場に向う道は、雪が車で踏み固められたアイスバーンになっていた。へたにブレーキを踏むとすべってしまうので、雪国ならでの運転テクニックが必要とのことだ。いつも零度以下なので、雪や氷が融けることが無いので、全てが白くて大変美しい。住宅も心なしかしゃれていて北海道は豊かという印象をもった。もちろん昨年の地震の跡形などは全くない。 大倉山ジャンプ競技場はちょっと奥まったところにあるので外気温はマイナス4.2度、さすがキアンも震え上がっていた。 今日の目玉は北海道名物のジンギスカン料理、サッポロビール園は博物館というよりはジンギスカン料理目当ての客でにぎわっていた。しかもこの日はクリスマスイブとあっていやがうえにもムードは盛り上がった。 本日のとりは札幌テレビ塔。大通り公園のクリスマスのイルミネーションを期待したのだが、案外地味でマカティのアヤラトライアングルの方が印象が強い。もっとも先の地震のため、自粛したのかもしれないが。

カーネル一家念願の札幌旅行に同行(その4札幌市内観光)2019年2月10日


東京(駅)見物を終えていよいよ本命の札幌に向う。羽田空港から千歳空港への空の旅は私にとっても初めてのような気がする。学生時代の旅行あるいは出張で北海道や九州、あるいは四国にも足は延ばしたことはあるものの、当時は夜行列車が主体だったような気がする。なにしろ40~50年も前のことなのですっかり忘れてしまった。 瞬く間に千歳空港に到着して期待に胸を膨らませる彼らは、荷物を待っている間、まずは北海道到着の証拠をFace Bookに載せるため、写真撮影だ。 千歳から札幌まで電車で約40分、札幌到着でまずはFace Book用の写真撮影。ママ・ジェーンに仕込まれて久しいキアンは素直にポーズを取っているが、まだまだ赤ん坊気分のクッキーは知らん顔だ。一方、カーネルは荷物と格闘中で姿が見えない。 札幌在住の知り合いの方の出迎えでホットする一行。特に一人増えると運び手が荷物の数と一致するので大いに助かる。このときばかりはキアンも一丁前だ。 駅からさほど遠くないホテルモントレエーデルホフ札幌という長ったらしい名前のホテルに泊まった。普通に歩けば駅から10分もかからないはずなのだが、いてつく寒さの夜の札幌で一人あたり20kgの荷物での移動は苦行に近いものがあった。それでも無事にチェックインを終えて、いよいよ札幌の夜の探索だ。と言っても子連れで長旅で、すすき野というわけにもいかず、駅の近くのラーメン共和国に連れて行ってもらった。 どこも行列ができていたが、やっと待望のラーメンにありついてご満悦のキアンとクッキーだ。 ホテルに帰る道すがら降り出した雪を両手を広げて喜ぶキアン。雪降りに遭遇するなんてもちろん生涯初めての経験だ。

カーネル一家念願の札幌旅行に同行(その3札幌到着)2019年2月10日



早朝、成田空港から成田エクスプレスで東京に到着して、まず探したのは大量の荷物を預けるところだ。ロッカーのありかを聞いて行ってみても、全て使用済みのランプがついている。さらに地下にいくとびっくりするほど量のロッカー地帯を発見した。奥のほうにはまだ空きが大分あったので、ややこしい操作で戸惑ったが、 係の人に教わりながら なんとか三つの大型ロッカーに荷物をおさめることができた。これで身軽になっていよいよ東京見物だ。 東京駅と皇居か、あるいは原宿と明治神宮かと決めていなかったのだが、この日は日曜なのに人が多い、さらに日の丸が掲揚されている。しばらく考えてみて気がついたのが、今日は天皇誕生日だったのだ。恥ずかしながらこのことを失念していた。 これは、皇居に入ることが出来る滅多に無いチャンスで、原宿/明治神宮の線は消えた。カーネル一家も天皇を拝めるということは大変な名誉だろう。私自身も始めての経験になる。 東京駅の写真撮影が一段落して皇居の方向に進むと、大勢の人が行列をなしていたが、どうやらが天皇の参詣のために皇居に向う人の列のようだ。沢山の警官も交通整理に余念がない。 しばらく進んで小雨が降り始めたが、列は一向に進まない。このままでは札幌行きの便に間に合わないと察して行列を離脱することにして、丸の内をぶらぶらして東京駅に戻った。 東京駅のロッカー地帯に行って、再び大量の荷物を引き取って、これから山手線で浜松町、そして東京モノレールで羽田に向った。ロッカーはすでに使用済みで多くの人が列をなしていた。昼から東京見物の予定だったとしたらどうしようもないところだった。 大量の荷物を格闘しながら電車の乗り換えは容易ではない。最近でこそエレベーターやエスカレーターのない駅はないが、それがなかったらとっくにギブアップだった。クッキーも疲れてしっかりとお荷物となっている。 カーネル念願の東京見物も東京駅と皇居前で終わってしまったが、帰りの上野、秋葉原、アメヤ横丁などの下町見物に期待して欲しいところだ。

カーネル一家念願の札幌旅行に同行(その2東京見物)2019年1月20日


昨年7月(2018年)、札幌から来客を迎え、皆でドーシットホテルで食事を取った際、客から札幌の話を聞いて、にわかに札幌旅行の話が持ち上がった。フィリピン航空の札幌直行便の運航開始、さらには北海道地震がらみの復興割りなどのニュースもはっぱをかけた。せっかく行くのだから一週間くらいは滞在したい、北海道といえば雪、大通り公園の雪祭りも欠かせない、などと話は盛り上がった。カーネルもまだ見ぬ雪景色に思いを馳せた。 まずは、いつ行くのかが問題だが、カーネルはクリスマスあたりしか休暇を取ることができない。キアンの学校もクリスマス前から休みになる。そうなると12月23日の週しかないことになるが、 年末年始は航空券が高いので悩ましいところだ。 札幌直行便はまだないので、韓国あるいは東京経由とするかだが、結論としてはカーネルは日本に行ったことがないというので、東京経由、しかも行きと帰りに一泊して半日程度の東京観光を含めることにした。どこかの国の空港で数時間の乗り換え時間を過ごすよりもその方が私にとっても楽だろうという目論見だった。したがって、往復に4日かけて、札幌滞在はネット5日、合計9日、22日(土)出発、30日(日)帰還の日程を組んだ。 早速航空券を当たってみると、EXPEDIAのサイトで、マニラー成田/羽田ー札幌の往復で一番安いのが一人6万円足らず、5人で28万円程度と、年末にしては意外にもまともな値段だった。しかもLCCではなくてJALという豪華版だ。 東京見物は、成田と羽田を移動する際の空き時間を利用するので、行きは山手線一周と東京駅/皇居、あるいは原宿/明治神宮、帰りは秋葉原/アメヤ横丁を候補とした。行きも帰りも日曜でしかもアメ横見物はみそかとあって、大混雑が予想され、2歳のクッキー連れでいかがなものかと危惧された。一方、最終日の夜には、ジェーンの念願の”のぶ子さんとの会食”が実現できることになりそうだ。翌朝はスカイライナーの一番列車で成田に向かうので上野駅前のホテルに泊まることにしたが、年末のせいか安ホテルが一泊一室28000円もした。予算は10,000円なので大幅な超過だ。 札幌見物は件の客のアドバイスで、札幌に3泊(円山動物園、大倉山ジャンプ競技場、サッポロビール園、もいわ山ロープウエイ、小樽または苫小牧日帰り)、そして定山渓温泉に2泊して、最終日は翌朝、朝の便なので千歳に泊まることにした。宿の予算は朝食付きであらかた一泊一万円の予算に収まった。 東京は自分の生まれ故郷なのであらかた見当はつくものの、札幌は出張で2~3度行っただけで、観光地など、どこに行ったらいいのか、見当もつかない。私の役割は案内役だから、知らないでは済まされないので、インターネットを駆使して観光案内や地図を集め、一冊のファイルにまでなってしまった。 しかし、いざ旅行が始まると、飛行機の予約表と東京ー成田間の時刻表(行きは成田エクスプレス、帰りは京成スカイライナー)それにホテルの予約票以外は一切見ることは無かった。それでも旅行というものは事前の準備が楽しいもので、始まったら、必死でスケジュールをこなし、あっという間に終わってしまうものだ。しかし、旅行というものはチケットと宿さえ用意しておけば、後は、ぶっつけ本番で何とかなるものだとこの年になって悟った。 大量の荷物とクッキーというお荷物を抱えての日本旅行はさぞかし辛いだろう、とクッキーのヤヤ(子守)の同行を提案したのが10月だった。それから1ヶ月ほどして、にわかに現実味を帯びて、まずはヤヤのパスポートを手配することになった。しかし、身分証明書等の書類入手に手間取って、12月に入ってもパスポート発行の目処がたたず、ヤヤの同行の中止宣言をした。 しかし、12月の半ば、出発まで一週間を残すという段階で、パスポートが発行されてしまったのだ。ヤヤにとっては一生にあるかないかのチャンスで、彼女の期待が半端でないことはひしひしと感じる。そこでママ・ジェーンから、日本行きのビザは2~3日でなんとかするから緊急にチケットを手配せよとの号令がかかった。 早速、EXPEDIAのサイトにアクセスしてチケットを探してみたが、同じ日にJALでマニラー札幌を往復する便はあるものの、便が違う。クッキーのお守りをするのに同じ日といえども便が違うのでは意味がない。そこで行き帰りの便を個別に当たってみたが、ジェーン一家が予約した便はすべて満席で、ギブアップ。ママ・ジェーンもヤヤに対して、いい訳ができたので一件落着だ。 12月に入って荷物の準備にいそしんでいるジェーンに忠告をした。荷物は最小限にして、大型トランク一個、その他一人につき一つの手荷物とすること。成田ー羽田ー札幌ー羽田ー成田の移動にあたってクッキーを荷物とみなすと、大型の荷物は一個が限界で、指の痛みの持病をもつ私を期待してはならないと。 ジェーンはその指示に大いに反発して大型とランク3個が限界と耳を貸さない。ベッドの上に山のように積まれた衣類を全部持っていく気だ。どっかの有名女優でもあるまいに、毎日服を替えるつもりでいるらしい。それには防寒具まで含まれるからたまったものではない。 前日荷物の重さを調べてみると、それぞれ、20、25、30kgで、調べてみると国際線が25kg、国内線が20kgが限度だ。それぞれを20kgに押さえるように指示したら、量は減らさず、はみ出た分を別のカバンにいれて持っていくことにしたので、総数で10個を越える荷物になってしまった。 […]

カーネル一家念願の札幌旅行に同行(その1出発)2019年1月20日



最近、羽田発のマニラ直行便がフィリピン航空が2便、全日空が一便、飛んでいるのでかねてから試してみたいと思っていた。全日空はターミナル3を使うので、マカティからは10分そこそこでいける。それに羽田空港には自宅から京浜急行一本でいけるのですこぶるアクセスが良い。全日空なら往復の時間帯もすこぶる良い。ちなみに行きの便は、マニラ発1440、羽田着が2000、帰りの便は、羽田発0945、マニラ着が1330で文句なしだ。 羽田に到着して、早速京浜急行の乗り場に行くと、なんと羽田空港発新逗子行き急行が乗り換え無しで金沢文庫の手前、能見台まで乗り換え無しでいけるではないか。しかも一時間もかからず、日曜のせいかがらがらで座っていける。こうなったら、今後帰国する時は羽田しかないと心に誓った。能見台について帰りの時刻表を見ると、始発の直行が6時26分で9時45分発にはゆうゆう、しかもそれ以降10分おきに出ている。ターミナル3はマカティから15分程度だし、にわかに、日本が近くなった気がしてきた。 京急、能見台駅の時刻表、羽田へのアクセスは抜群だ  兄弟会は千葉の我孫子(常磐線)の長兄の家に行かなければならない。これがまたいくつも電車を乗り換えなければならないので、一苦労する。息子の嫁さんの情報では横浜で京急から東海道に乗り換えれば上野まで直行でいけるというが、東海道線は東京どまりで上野までは行かないはずだ。そこで、電車に乗ってから路線図をよく見てみると、なんと、湘南新宿ラインのように上野東京ラインというものができていて、品川から我孫子まで乗り換え無しでいけるのだ(まるで異業種の連係プレーのような雰囲気だ)。そうなると、帰りは我孫子で上野東京ラインに乗って品川まで行って、そこで京急に乗り換えれば、あとは一本だ(上大岡で普通に乗り換える必要があるが)。これまた、長兄の家が近くなったものだと関心しきりだ。 マニラ首都圏にはLRT、MRT、LRT2、それにPNRの4本しか走っていないが、東京には上記のほかに地下鉄が網の目のように走っている。同じ1000万人の大都会といえど数十年の時の差を感じる いよいよマニラへの帰還の日を迎えた。始発の6時26分にのれば、一直線で羽田にいけるのでなんとも気楽だ。帰りは待ち時間があるのでつぶさに40年ぶりの羽田空港を観察するつもりだ。  京急羽田駅からの上りのエスカレーターに感心 まるで膜を張ったような天井は一体どうやって支えているのだろうか 出発ロビーから上に行ってみると日本橋や江戸の街並みを再現して観光日本をアピールしている 朝が早いので人通りは少ないが、外国人観光客は興味深々だろう 本屋さんでは我が「金無し、コネなし、フィリピン暮らし」発見 映画を見ている間にマニラに到着。最新鋭のターミナル3がなぜかみすぼらしく感じる。空港スカイウエイが完成したせいか、定額制のクーポンタクシー、空港専用のイエロータクシーのほか、格安のバス(20ペソ)や普通のメータータクシーなど、街に向かう交通手段にはかなりの選択肢がある。その成果、ターミナル1やターミナル3で活躍する空港職員によりタクシーの呼び込みは姿を消していた。親切そうな彼らの後をついていくとマカティまで2000ペソなどというとんでもない価格を吹っかけてくるの、決して相手にしないことだ。 退職ビザを持っていると右端のDiplomatのブースが使えて並ばずに入国審査ができる 多くのイエロータクシーも客待ちしている 一般のタクシーも客待ちを許されているが、マカティまで150ペソ程度で行ける […]

40年ぶりの羽田空港とターミナル3 2017年7月31日


還暦(60歳)をとうに越して、いよいよ古希(70歳)を迎えてしまった。古希の祝いに帰ってこないかとの誘いに、老骨に鞭を打って一週間の旅を決行した。正直な話、貧乏暇なしというのが本音で、客商売をほとんど一人で切り回している関係上、なかなか時間と金の都合が付かないのだ。 初日の曜日は家で、うだうだしていたが、二日目、火曜日は、三男の嫁と孫二人を連れて、あこがれのスカイ・ツリーに行ってみた。いまさらどこに行きたいということはないのだが、タワーとしては世界一高いスカイ・ツリーだけは興味があった。帰国するたびに成田からの道のりで電車から建設の進捗を毎回眺めていたこともある。 スカイツリーは後回しにして、まずは併設されている「すみだ水族館」に立ち寄った。最近、テレビでも紹介されたので、是非にということだった。この水族館はあたらしいだけあって、魚と水槽がモダンに配置されていて、生き物というよりもコンピューター・グラフィックを見ているような気がした。若いときに金魚に凝った時期があったので、さすがプロは違うと感慨にふけった。しかし2050円の入場料はきついものがある。 見事なあずま錦が泳ぐ様はまさに人間がつくった造形だ 丹頂もこれだけ集まると絵になる  次にスカイツリーに行ってみると、平日のせいか、ほとんど人はいないのだが、列を作るための広大なスペースが広がっている。きっとエレベーターのチケットを買うのに休日なら数時間、並ばなければならないのだろう。その中で、シニアが座って待てる場所があって、好感を覚えた。 フィリピンでは、シニアは、どこでも並ばず、割引ありの恩恵にあずかることができるが、日本でようやくシニアという文字にめぐり合うことができた  一人2060円も払ったエレベーターだが、ほんの数分で何の違和感もなく展望デッキに到着した。窓から見る地上はまさに地上を這いつくばる生物を天国からながめるといった感じの平面の世界だった。息子の嫁さんの話によると、先日訪れたとき、息子は、エレベーターのある塔の中心から一歩も離れることができず、ガラス窓から地上を見ることはできなかったそうだ。 正に箱庭というべき平面が続き、ここに大津波が襲ってきたら、という妄想が頭からはなれなかった 子供達は、一体何を思いながらこの非現実的景色を眺めているのだろう  展望デッキの下の階に下りると、床がガラス張りの部分がある。子供達はその上で跳ねて遊んでいたが、私は、どうしてもガラスの上に立つことは出来なかった。実は、私も高所恐怖症なのだ。 孫娘の妹はほとんど私の記憶はないと思うのだが、なぜか私を見つめることが多かった  翌日、水曜日は、孫娘の姉の誕生会で、息子の家を訪問した。4LDKの立派な家だが、30台半ばで低利で購入したものの、娘二人の子育てとローン返済のために馬車馬のように働き、休息することを許されない状況にあるそうだ。 なかなかの飾り付けだ。ちなみに姉が持っている人形は女房の手作りだ  しかし、誕生会が佳境に入りかけたとたん、女房が具合が悪くなり、タクシーで帰宅させざるを得ず、誕生会をあとにせざるを得なかった。しかし、その後、嫁さんのご両親が、私と話をしたいということで、近所の居酒屋、串倶楽部で飲みなおした。 […]

古希の祝いで日本に行ってきました 2017年7月30日