KIANの成長記録


いよいよ待ちに待ったクリスマスがやってきた。”Merry Christmas”はタガログ語で”Maligayang Pasko” というが、当社の社名のPASCOの由来でもある。例年はビコールの農場で姻戚一同+α、数十人で盛大に催すのだが、ようやく生後2ヶ月のクッキーのため、今年はマニラに留まって質素なクリスマス・イブとなった。ママ・ジェーンの長兄の息子、卒業間近のチャールズが友人と一緒にマニラでOJT(On the Job Training)をやっている関係で、友人二人と居候をしているので、総勢、たったの12人のパーティとなった。 食事の準備も終えて一休み いつもに比べて三分の一程度の量だ(右にコカ・コーラがおいてあるのがちょっと気に障った) 家族一同の写真撮影もあっという間に終わった(右の男3人が居候、生後2ヶ月のクッキーはそ知らぬ顔で居眠りをしている) 生替え中の前歯がちょっと気になるがKIANはいつも一家の中心だ  この日の、主役はもちろん、パーティ男のKIANだ。歌と踊りを披露して一同の喝采をあびた。いつの間にかおぼえたのか、見たこともないステップで即興の踊りを披露したが、流行のPPAPのステップも取り入れている。動画をためしにアップしたので、時間はかかるが、クリックしてためしてほしい。 cimg8102 踊りながら歌うKIAN 歌そのものはなっていないが、そんなことは誰も気にしない 踊りは、なかなかのものだ 踊りつかれて一休み […]

我が家のクリスマスイブ 2016年12月25日


ドテルテ大統領の麻薬撲滅作戦も一段落したのか、かつては連日一面を飾っていた麻薬関連の記事が最近はめっきり影を潜めている。一方、麻薬密売人や中毒患者を刑務所に閉じ込めておくだけでは、留置場は横になるスペースも無いという状況で、先の見通しが無い。そのため、ヌエバエシア州のマグサイサイ陸軍基地内、10ヘクタール(10万平米)の敷地にゆくゆく一万人を収容する更正施設の開所式がドテルテ大統領を迎えて行われた。すでに80万人の中毒患者が自首しているそうだが、ドテルテ大統領にとっては麻薬撲滅作戦の集大成だ。中国、ロシアに近づいて親交を深め、超法規殺人とドテルテ大統領を批判するアメリカ大統領もトランプ政権に移行するとあって、まさにドテルテ大統領に追い風が吹いている。どこかの財閥との癒着で政権の座を追われようとしている大統領とは大違いだ。 私のベッドの上で四六時中携帯にいそしむKIAN  一方、我が家でも中毒患者に手を焼いている。KIANがまさに携帯(スマートフォン)中毒(Celphon Addic)なのだ。学校と塾に行っている時と寝ている時以外は、片時も私の携帯を手放さず、夢中になって、U-チュウブやゲームに一喜一憂している。食事中や車に乗っているときはさすがに止めるが、おかげで私は、常にバッテリーをチャージして、学校や塾の出迎えに携帯がいつでも使えるようにしておくのが重要任務となってしまった。しかし、携帯を与えてさえおけば、ご機嫌なので、こんな手のかからないことは無い。 はつはな亭で食事の前後も携帯を離せない。この日は雨でKIANはレインコートを着ていた  空き時間のほとんどを携帯に費やしているために、とんだ波及効果が出始めた。その1.宿題をやらずに、後で後でを繰り返すばかり、 その2.学校に行っても授業が身に入らず、先生からも小言があった、その3.学校の宿題の紙を隠して、あたかも宿題が無いと両親をだます、その4.両親の風当たりが強いので夜は寝るまで私の部屋で携帯にいそしんでいる。そして私が教えた言葉「I can not survive without Celphon」を繰り返して、その正当性を主張している。 KIANは家ではいつも裸だ、携帯さえあればそれで良いのだ  そんな状況に、育休中で家にいるパパ・カーネルの堪忍袋の緒が切れ、宿題をいやがって親に抵抗するKIANの腕を縛り上げて、パパ・カーネルの机の横に立たせた。そのうえで、「デラ・ロサ国家警察長官に連絡を取ったから、逮捕にやってくる」とKIANを脅したが、長官はパパ・カーネルの同僚でもあるわけで、KIANにとっては想像を絶する恐怖であったに違いない。静かに立っているから、手だけは解いてくれと懇願して、泣きながら机の横に立ち続けた。「立たされる」とい言葉は、私の子供のころの懐かしい言葉で、先生に叱られて、廊下に立たされた悪がき達を思い出した。 パパ・カーネルに逮捕されたときは、こんな顔をして泣きじゃくりながら突っ立っていた  その時たまたま、私が立たされているKIANを目撃したのだが、パパ・カーネルのお仕置きと察して、救いの手を差し伸べることは控えた。しばらくして事務所に行ってみると、鼻水をすすりながら、アティ・キムの横で宿題をやっていたので、パパ・カーネルの許しを得たらしい。「二度と繰り返しません、携帯は宿題を終えてからやります」などと侘びを入れたそうだ。しかし、事件からしばらくして、KIANは、なんと私を悪者に仕立てて、私がそそのかして携帯をやらしていると両親に言い訳したのだ。そのため、ママ・ジェーンから、私に「是が非でも協力して欲しい、このままではKIANがだめ人間になってしまう」と訴えてきたのだ。 […]

KIANの携帯中毒 2016年12月8日



   トランス型脂肪酸とは、菜種油、大豆油、コーン油などの植物油に水素を添加し固化させてマーガリンなどを作る過程で発生する不飽和脂肪酸であり、天然にはほとんど存在しないものだ(トランス型とは炭素への水素結合が反対側についているのでトランスと呼んでいる)。トランス型脂肪酸は、細胞膜の形成を阻害することで、免疫異常をきたしやすく、また活性酸素が大量に発生することがわかっており、これが原因で、動脈硬化、心疾患、がん、アトピー、アレルギーなど、ありとあらゆる生活習慣病を引き起こす要因となる(自然界には存在しないので、トランス型脂肪酸を処理して無毒にする機能を人体は持っていない)。そのため、アメリカなどでは近い将来マーガリンなどの使用を禁止しようとしているが、日本では業界の抵抗で規制の動きさえない。一方、蟻やゴキブリ、そして微生物は、マーガリンを食物とは認識せず近寄らないから、逆に日持ちするそうだが、こんなものを我々はバターより健康と騙されて食べ続けてきたのだ。 街にでかでかと掲げられているフライド・チキンの看板。トランス型脂肪酸の宝庫だ 私は、もう何十年も前からマーガリンは口にしていないから、こんな話も他人事だと思っていた。しかし、最近知ったのが、マーガリンは、同方法で作られるファットスプレッドやショートニングとともに、パン、ケーキ、ドーナツなどの洋菓子、クッキーやスナック菓子の揚げ物、さらにフレンチフライやポテトチップなどの加工食品の食感(さくさく、ぱりぱり)と保存性を高める目的で広く使われているというのだ。さらにコンビニやファーストフード店で揚げものに使われている油もショートニングが多いそうだ。だから、マーガリンを直接食していなくても日常的にトランス型脂肪酸をとって、知らぬ間に生活習慣病の準備をしていたことになるそうだ。 チキン・ジョイ(チキンのから揚げ)で一世を風靡した、子供達の憧れのジョルビーは、実は庶民の健康の敵なのか マーガリンを作る原料の大半は菜種(キャノーラ)、大豆、コーンなどを原料とする植物油だが、この植物油がてんぷらやフライ、から揚げなどに使われ、長時間空気に触れたり高温にさらされると酸化される。酸化した油を摂ると、活性酸素を作り出し、健康に良くないと言う事はもはや常識だが、揚げたり、炒めたりしてから時間のたった料理も酸化が進んでいるので要注意だ。例えばファーストフードなどで作り置きされているフライドポテトやスナック菓子などもやばい。 トロトロの売りはバナナや春巻きの揚げ物。最近街にあふれるおでぶちゃん(失礼)も、このような揚げ物が原因ではなかろうか さらに、これらの植物油の主要な成分はリノール酸であり、リノール酸は体に必要な必須脂肪酸ではあるが、取りすぎるとトランス型脂肪酸と同様な生活習慣病を引き起こす要因になるそうだ。かつては植物油は健康に良いということで、食用油といえばサラダオイルやてんぷら油などの植物油だった。したがって、食生活はこれらの油で満ち溢れており、必要とする量をはるかに超える大量のリノール酸を取り続けている。したがって我々の体は植物油(リノール酸)そのもの、その酸化物、そして加工品のマーガリンのおかげで、心臓病や癌などの生活習慣病のリスクにさらされ続けているといえるのだ。さらにこれらの植物(大豆、菜種、コーン)はほとんどがアメリカで生産された遺伝子組み換え植物であり、人体への未知の悪影響が懸念されている。 農場にはココナッツとアボカドがたわわに実り、食べ放題だ 私のこのことを教えてくれている生理学の教授は、オリーブオイルとココナッツオイルそして肉・魚の油を摂ることを推奨している。特にココナッツオイルの主成分は、母乳に多く含まれているラウリン酸で飽和脂肪酸なので熱にも強いし、直接食しても免疫力を高め、まさに奇跡のオイルなのだそうだ。それに果物ではアボカドが一番とのこと。ちなみに、わが農場には放牧した鶏やあひる、それに牛と豚、それにココナッツやアボカドが実り、私の将来の食生活は万全とほくそ笑んでいる。参考ブログ「奇跡の食用油、ココナッツオイル2015年7月13日」 農場では自然放牧の牛や黒豚を飼育している   農場の鶏にえさやりをするKIANと農場から送られてきてアヒルの卵、見てくれは良くないが、どれも貴重な自然栽培の蛋白源だ 私自身の食生活は、朝は納豆に味噌汁にたくわんと梅干、自然栽培の生卵、それに少々のご飯、昼ははつはな亭の刺身定食、夜は家で出されたフィリピン料理だが油はオリーブオイルを使っている。スナック菓子は、KIANのおすそ分け程度、ときわめて健康的だ。しかし、KIANの食事を省みると、昼は、はつはな亭で鶏のから揚げかエビフライ定食、しかもその衣しか食べずに、大量のライスを味噌汁に浸して食べている。夜は昼のから揚げの残りとライスにしょうゆをかけて食べる。おやつには日本製のスナック菓子、たまに外ではジョルビーのフライドチキンとフレンチフライとKIANには、このさくさくとぱりぱりの食感が不可欠なのだ。まさに、このブログで槍玉にあげたトランス型脂肪酸と植物油(しかも酸化した)のオンパレードだ。KIANに喜んでもらおうとしていたものが、毎日毎日、毒を食べさせていたことになってしまっていたが、これではKIANの将来はない。 揚げ物だらけのKIANの食事、これでは早死にするしかない […]

トランス型脂肪酸の恐怖とKIANの食生活 2016年8月3日


1989年、初めてフィリピンを訪れたとき、フィリピンには喫茶店がなくて、街でちょっと人と会うときに往生したものだ。仕方がないので、ホテルのコーヒーショップやジョルビーなどでコーヒーを飲みながら話すしかなかった。すなわち、フィリピンには喫茶店という概念がなかったのだ。もっとも、フィリピン人は一日に5回食事を取るというから、人とちょっと会って話をするときもしっかり食事を取るので、それでよかったのだろう。しかし、1997年にスターバックスの一号店が開店してから、マカティのいたるところにスターバックスが開店してフィリピンにも喫茶店文化が根付いた。しかし、喫茶店といえる代物はスターバックスなどのチェーン店だけで、他には見たことはなかった。 ところが、最近、KIANの英語の家庭教師のレッスンに立ち会うようになったのだが、そこは紛れもない喫茶店なのだ。私の住んでいるコンドから歩いて数分のところにあり、住宅街の一角、St. Paul St.とEstrella St.の角を私のコンドと反対に向かった50mくらいの左側にある。その通りは100回以上通過したと思うがついぞ気がつかなかった。下記、HP参照。Coffee 8065, San Antonio, Makati City – Zomato Philippines つくりは普通の民家の一階といった雰囲気で、これといったしゃれっ気もなくて、名前もCOFFEE 8065と地味だ。店の内部は古びていて、スターバックスなどのこぎれいな内装とは異なり、いかにも庶民的で、フィリピンの喫茶店文化の原形を見る思いがする。 […]

喫茶店COFFEE 8065でKIANの英語レッスン 2016年7月31日



最近、公文の帰りに、雨宿りとKIANのアイスクリームを買うために立寄ったMini Stop(コンビニエント・ストア)で面白いハプニングがあった。たまたまそこにいたKIANと同世代の子供がKIANに話しかけてきたが、英語で答えるKIANに対して、お前はアメリカ人かと問いかえす。フィリピン人でありながら英語で話すということは、件の子供には理解ができない。だからフィリピン人と言っても納得がいかない。件の子供が入り口においた私の傘をいじろうとしたので、KIANがそのUmbrella(アンブレラ)に触ってはいけない、と注意したら、子供はパヨン(タガログ語で傘の意味)だと言い張る。店の人が傘を英語でアンブレラというのだと教えていたが、その子供はやはり合点がいかない。 級友とタブレットでゲームを楽しむKIAN その子供はどこにでもいる当たり前の子供なのだが、どう見てもKIANとは一線が画されているような気がした。KIANも英語を話さない子供に遭遇して面食らっていたようだ。ちなみにドンボスコのような私立校に通う子供は、ほとんどが英語を母国語(第一言語)として話す。そこにはなにか住む世界が違う階層の違いというものを感じる。フィリピンの母国語であるタガログ語を話す人間が下級の階層で、国際語の英語を話す子供が上級の階層なのだ。関係ないかも知れないが、おまけに、これら上層の子供は色白、下層の子供は浅黒い。 左はいとこのヤナ(10歳)、KIANとの会話はもちろん英語だが、彼女は母親を癌で亡くし、父親に見放され、今は私の農場でおばあちゃんに面倒を見てもらっている。生まれ育ちは下層階級の典型だが、頭がよくて美人なので上層階級への仲間入りのチャンスがあるかもしれない。彼女もKIANと同様、中国人の血が混ざっている。 KIANが2歳になったころ、タガログ語を話すことを禁止され、周囲もKIANと話すときは英語に徹底された。テレビも英語の番組しか見ることが許されなかった。幼稚園でも先生も園児も、すべて英語だ。KIANの周囲は英語に徹底され、6歳を迎えて小学校に入学したKIANは見事に英語を母国語とする子供に育った。もし、彼がタガログ語で育っていたら、幼稚園や小学校で周囲の子供とコミュニケーションをはかることができないという不思議な現象に、ミニストップの子供のような思いを持ったことだろう。 公文で生真面目に問題をこなすKIAN しかしながら、ここはフィリピンでKIANもフィリピン人だ。母国語のタガログ語を避けて通ることはできない。学校では当然のことながら国語の時間にタガログ語を教えている。もともと周囲の会話を聞いて、ある程度のタガログ語は理解できるが、口から出てくる言葉は英語だけだ。最近、家では、アティ・キムがタガログ語を教えているが、まるで赤ん坊か外国人のようにタガログ語を話すKIANがとても可愛らしいという。私にとってもKIANがタガログ語を話す様は1~2歳のようでとても新鮮で可愛いと感じる。 ピアノの発表会も無事にこなしたKIAN そこで考え込んでしまう私だが、小学校に通い始めた子供が学校で母国語を習うというのは一体何なんだろう。南アメリカのインディオやオーストラリアのアボリジニなどの原住民が、かつての自分たちの言語を取り戻そうと、学校教育にかつての母国語を取り入れるというのは理解できる。しかしながら、フィリピンで一般に話されている言葉、そしてテレビのニュースは皆タガログ語なのだ(もちろん地方ではビサヤなどの方言が話されるが、皆、標準語のタガログ語を理解して話すことができる)。ところが上層階級の子供達は、このタガログ語が話すことができなくて、学校で勉強しなければならないのだ。こんな状況は世界でもフィリピンくらいではないだろうか。ちなみにフィリピンは英語を話す人口が世界で3番目だといい、国民総バイリンガルで、確かにどんな田舎に言っても、ほとんどの人がそれなりに英語を話す。 MOAのタイムゾーンで姉のKIMとゲームを楽しむKIAN 私は、ここにフィリピンの複雑な文化の原点があるような気がする。ハイスクールまで算数、理科などの教科書は英語、大学にいたっては英語の力がさらに要求され、英語で書かれた資料、論文などを読みこなし、レポートも英語で作成しなければならない。社会に出ると公文書はすべて英語、大統領の演説も英語で行われるなど、まさに国際社会が国内で実践されており、人口の10%が海外で働く(OFW)というボーダーレスの社会だ。 この国際社会を担っているのは、子供のころ、英語が母国語でタガログ語が話せなかった上層の子供たちで、下層の子供達は、上層の子供達の下で運転手、セキュリティガード、建設労働者、メイド、ウエイトレスなどとして、親から受け継いだ貧困を継続し、分厚い貧困層を形成しているのだ。この二つの階層を区分する制度・法律あるいは慣習などはなく、誰でもこの境界線を自由に行き来できる。しかし、私立幼稚園そして私立学校の学費、年間5万~10万ペソをまかなうことは、高々5千~1万ペソ/月の収入しかない貧困層にとって、まさに不可能なことなのだ(おまけにKIANは公文、英語の家庭教師、ピアノ、そして近々テコンドーを習い、月々一万ペソ近い月謝がかかっている)。ここにフィリピン特有の階層社会を形成する原点があるのだろう。さらに、フィリピンには富裕層という特別な階層が雲の上にあるのだが、その辺は、私にとって身近に観察することはできない。上層、下層、そして富裕層と、単に貧富の差というよりも、フィリピンではお金が階層そのものを決めており、そこにキリスト教の説く、万人の平等は存在しないようだ。

KIANがタガログ語に挑戦 2016年7月9日


最近、生理学博士のメールマガジンで興味のある言葉が紹介されていた。それは「健康長寿、アンチエイジングの秘訣は教育と教養」という言葉だ。一体、何のことか想像がつかないが、実は駄じゃれで、「今日行く」と「今日用」、すなわち今日、行くところがあって、今日、用事があるということだ。当たり前の話だが、年を取って仕事もしなくなったとしても、体が弱ってきたとしても、毎日、行くところがあってやることがある、家庭あるいは社会生活においてなんらかの役割を持っているということが、健康長寿を実現する上で重要ということだ。たとえ100歳まで生きたとしても10年も、20年も寝たきりというのでは何の意味もない。ちなみに日本では、100歳の長寿を全うしているお年寄りの80%が寝たきりというが、それでは家庭あるいは社会に負担をかけるだけだで、逆に西洋では寝たきりは20%だそうだ。 この話をとある若い退職者の方にしたら、その方は、毎日、料理をしているという。料理は、何を作るか計画し、買い物に行って材料をそろえ、そして料理、さらに、それを家族といえるような人たちと楽しんで食べる。一つのプロジェクトが完結して、実に充実するという。しかも特に外国に居住している場合、自分の口に合うものがいつでも食べられ、フィリピン人の家族にも料理を自慢できるだろうし、また、食べることは人間の最大の本能、喜びであり、生きている証でもある。まさに一石3鳥だ。 ドンボスコの帰りにサイカで食事をするのがKIANと私の楽しみだ いくら料理といっても、それなりのテクと知識がなければ、まずくて口に入れることはできない。私としては、おいしい料理は外で楽しむことにして、仕事をしてその原資を稼ぐことにしている。しかし、それだけでは、ちょっと時間をもてあまし気味なので、KIANがドンボスコ・スクールに通い始めたのを機会に、出迎え役を買って出た。朝、6時半の見送りは、ちょっときついのでアティ・キムにまかせ、11時半の出迎えをして、そのあとランチ、さらに火曜と木曜は公文、月曜、水曜、金曜は英語の家庭教師に連れて行く。私の主な仕事は朝一で済ませて、11時にはドンボスコに向かい、午後は、公文か家庭教師、それに客との面会やデスクワークをする毎日だ。 アティ・キムは警察学校の受験のために浪人していたが、今回も失敗したので、あきらめてマプア工科大学(私立工科系大学の名門)に復帰することになり、昼間は時間がとれない。ママ・ジェーンは第2子(クッキー)を懐妊中で、動きにくい。そんなわけで私としてもKIANの出迎えという家族の重要な役割を担ったわけだ。私としてもKIANと一緒にすごせる時間が長くなるし、刺身などの家では食べられない料理を毎日食べられるし、それに健康長寿の秘訣の教育と教養で、一石3鳥となっている。 KIANも私の出迎えを毎朝「Can you pick up today」と確認に来るほど楽しみにしている。公文や家庭教師もしかりで、私が一緒に行って待っているということで、喜々として出かけていく。その時、ついでにPRAや銀行に行くのが楽しみなのだ。フィリピン人は大の子供好きだから、やんちゃなKIANはどこでも人気で、PRAや銀行に行くと方々からKIAN、KIANと声がかかる。 PRAでは職員と談笑し人気者のKIAN 受付の女の子とツーショットのKIAN、ちなみに美形のこの子はPRAの看板娘だ    そして事件が起きた。 ① KIANが公文の宿題をさぼってしまった。KIANは私に言い訳を言ってほしいとせがんだが、私は、自分で説明しろと話して、彼を教室へ入れた。私がトイレから出てくるとKIANの様子が変だ。先生に宿題のことを聞かれ、パニクッて、私に応援を求めようとしたが、トイレにいた私を見つけることができない。早速、なんとか言い訳してやったが、KIANは怒りに震え、体を硬直させている。KIANが危機的状況に陥っているにもかかわらず、私が消えてしまったことに対して怒っていたのだ。いろいろなだめたが、なかなおさまらない。大好きなタブレットを渡してゲームを始め、ようやくなんとかなったが、その日は教室に戻ることはできなかった。それ以来、公文に行くときは私はガラスドアの外に待機して、トイレにも行ってはいけないときついお達しがKIANから出ている。 […]

アンチエイジングの秘訣、教育と教養 2016年7月9日



6月19日(日)の朝、ランチあるいはディナーのどっちがいいかとママ・ジェーンに聞かれた。怪訝な顔をすると、今日は父の日、だから皆で外で食事をするという。要は、父の日にちなんでご馳走しろということだ。ここのところ、KIAN以外とは、外で食事をする機会が無かったので、二つ返事でOKと返事をした。行き先は決まっていて、モール・オブ・エイシア(MOA)、そこでシャブシャブを食べることに決まっていたようだ。前日、パパ・カーネル、アティ・キム、それにKIANと4人でMOAにでかけて、目星を付けておいたらしい。 MOAの内部は、スケートリンクが移設され大改造中だが内部は人であふれていた。 行ってみるとシャブシャブと言っても、おなじみの天天火鍋と同じ台湾風のシャブシャブだ。マニラ湾面した2階にある店でいわば高級レストラン街の一角にある。早めに行ったので、店内はまばらだったが、出るころには席待ちの客がいるほどの盛況だった。店の名前はHealthy Shabu-Shabu、養生しゃぶしゃぶ鍋、明らかに中国系でシャブシャブの部分におかしな漢字をつかっている。 養生シャブシャブ鍋と銘をうった高級レストランでロックウエルにも支店があるそうだ メニューは肉の種類を牛肉、豚肉、鶏肉、マトン、和牛などから選んで、それにシーフードと野菜の盛り合わせを選ぶ。単品で注文も出来るが、8人あるいは4人セットを選ぶと、肉とシーフィードと野菜のセットが出てくる。もちろん和牛を選ぶと目が飛び出るような値段なので、一番安いローカルビーフを選んだ。 メニューは慣れないと何が出てくるのかわからないのでセットメニューを頼めば無難だ   4人前の牛肉セットを頼んで、3000ペソ弱。アイスティーがついてくるが、かなりの分量で、6人でも食べきれないほどだ。おじやも作ったが、手付かずのまま、かなりの分量をテイクアウトすることになった。特にシーフードと野菜が豊富で、満足度は100%。しかも、6人で3000ペソ弱であれば天天火鍋と大差ない値段だが、お店は高級感があふれ、大人数で食事をするにはもってこいだ。シャブシャブ鍋は小さめのものが一人一人についていて食べやすい。 特にシーフードと野菜がてんこ盛りだ KIANは、ことのほかご機嫌でママ・ジェーンや私にべたべただだった。KIANはシャブシャブといえば、イカボールとヌードルさえあれば十分。他のものには一切手を出さない。しかし、彼の狙いは他にもあった。食事も終盤になるとKIANはしきりに外に出たがる。要は遊びに行きたいのだ。パパ・カーネルとママ・ジェーンを店に残して、アティ・キムと外に出た。もちろん会計係の私は欠かせない。向かったのがタイムゾーン、毎週土曜日、ピアノのレッスンの前に楽しんでいるゲーセン・チェーンだが、さすがにMOAのタイムゾーンは人であふれ、機械の数も多い。        人であふれるタイムゾーンの内部 中は人であふれ、空いている機械を探すのは至難の技と躊躇されたが、KIANそしてアテ・キムまでもが興奮気味で留めることはもはや不可能だった。500ペソを使い切って小一時間ほどでたところで店を出たが、KIANは超ご機嫌。しかもKIANにはもう一つの狙いがあった。  KIANよりもアテ・キムのほうが興奮気味だ 前日、MOA内の自転車屋さんに立ち寄ったKIANは小さい時に遊んだスクーターを発見した。ただしこれは大人でも使える大型のものだ。KIANは、お店の人に値段を聞いて、また戻ってくるからと、ませたことを言って店を後にした。彼には私と一緒に来ればきっと買ってもらえると確信があったのだ。両親には決してダダをこねることはなく、私なら二つ返事であることを知っているのだ。値段(2250ペソ)を聞いて一安心、この程度であれば、一回の食事代にすぎない。 […]

父の日とシャブシャブ、そしてスクーター 2016年6月26日


2
6月6日、いよいよ、KIANが小学校に入学するときがやってきた。ちょっと前まで赤ちゃんだったのに、それが小学校に入学するというのだから、時の立つのは早いもので、私が歳を取るのも無理ないことだ。 ドンボスコ、正式にはDON BOSCO TECHNICAL INSTITUTE(DON BOSCO Makati)と称し、Saint John Boscoが1954年に開設した、ラサール、サンアガスティンなどと並んでフィリピン有数のカソリック系の名門校だ。ちなみに、日本のラサール、ドンボスコなどと根っこはいっしょだ。幼稚園、小学校、ハイスクール、さらに電気、機械の専門学校も併設し、5000人の生徒を有し、教職員は400人に上るマンモス校でもある。ちなみにドンボスコは男子校で女子はいない、ただしオカマは10~20%程度いるので、注意が必要だそうだ。ちなみに学費は年間89000ペソと20万円強だ。パソンタモ通りに面した入り口を飾る表札 通学初日、早朝6:45、KIANの雄姿 まさにぴかぴかの一年生だ 当然のことながらママ・ジェーンとアテ・キムが同行する。パパ・カーネルは次期大統領、ドテルテ・ダバオ市長の表敬訪問でダバオに出張して留守。彼は、かつてダバオ警察署長を務めていたのでドテルテ市長とは面識があるそうだ。 一クラス約40人は理想的な人数だ。KIANは手前から2番目の列の最後尾 ルンルンわくわくで先生の話に聞き入るKIAN 外観からは想像できない広大なサッカー場 これまた広大な体育館はバスケットコートが4面もある […]

KIANが名門ドンボスコ・スクールに入学 2016年6月10日



KIANがピアノのレッスンを開始したのが、2015年1月、したがって、はや1.5年が経過した。週一回のレッスンはほとんど欠かさなかったものの、家で練習することなどほとんどないので、その上達は、ほとんどなしといっても過言ではなかった。そのKIANが発表会に参加するというのだ。そこで早速、弾いてみなと促すと、そらで2~3曲弾いて見せてくれた。もちろん、ABCDEFGなどの定番ものだが指使いも様になっている。苦節一年半、ここまで来れば演奏が楽しくなって急速に上達するだろう。まさに根気以外の何ものでもないということだ(ただし私の根気)。毎週土曜日、サイカで食事をとり、タイムゾーンで遊ばせて、おまけにレゴのおもちゃを買ってやるというニンジンにりんご、それにトマトまでぶら下げて興味を持たせるという気遣いは不要になったようだ。これで、大枚をはたいたキーボードの投資もいよいよ役に立つときがやってきた。 ピアノ教室(EUPHONY MUSIC CENTER)の入り口。マカティスクエアの中2階の右奥にある 発表会の開始前に記念撮影   この日は60人ほどの生徒が演奏を行うことになっていた。午後一時開始なので、夕方までかかりそうだ。KIANは5番目だったので、早めに終わりそうで、KIANの出演が終わったらさっさと帰るつもりだった。はじまってからわかったのだが、要は、KIANは60人中下から5番目という技量だっただけなのだ。発表会まで約一時間待たされたがKIANはNO.5の札の指定席に座っておとなしく開演を待った。心細いだろうとアティ・キムが傍に行くと、”Stay away”と追い返されてしまったそうで、KIANはやんちゃではちゃめちゃだが、決められたルールは守るという意識が強いようだ。昨日もドンボスコの入学説明会にママ・ジェーンと出席した折、一時間以上の説明会もしっかりと集中して聞いており、説明の内容もしっかり把握していたそうだ。幼稚園のKid Schoolに2年間通っている間にしつけられたらしい。 これから始まる発表会に期待に胸を弾ませていたに違いない いよいよ本番。2曲演奏して、途中間違えたりもしたが、終わったら大拍手、本人も得意げに”Am I good”と繰り返し聞いていた。もちろん答えは”Very good”だ。ここで否定的なことを言ったら、KIANは二度と鍵盤の前には座らないだろうが、一方のKIANはあがることもなく、終始ご機嫌だった。こんなことを言ってはKIANに失礼だが、「豚もおだてりゃ木に登る」という格言を忘れてはいけない。 いよいよ本番、KIANは堂々とピアノを演奏した […]

KIANのピアノ発表会 2016年6月5日


長い夏休みが終わり、いよいよKIANが小学校へ通うときがやってきた(フィリピンは3月から夏休みに入り、6月から新学期がはじまる)。毎日、朝の9時過ぎまで寝ていたKIANにとっては、朝の7時に始まるという授業に慣れるのは容易ではないだろう。昼から始まる午後の部を選択することもできたが、それでは時間にだらしない子供に育ってしまうと考えて、あえて午前の部を選択した。フィリピンでは子供の数は無限ともいえる状況なので、KIANが通う名門ドンボスコ・スクールでさえも二部制なのだ。 アティ・キム(中央)の20歳の誕生日はパパ・カーネルがパンシット・ビーフン(写真の右手前隅)を料理した KIANをめぐって最近、一つ問題がある。それは、KIANは毎晩私の部屋で過ごして、寝る時間(10時ごろ)、両親に呼ばれると、いやいやながらという雰囲気で降りていくのだ。これにたいしてママ・ジェーンはなぜ、ママに傍で過ごさないのかと苦言を呈す。KIANはダダ(私)の傍にいるとリラックスできるのだと反論し、口論が始まる。また、私が夜出かけたときなど心配していつまでも寝ないので、ママ・ジェーンがヒステリックな声で寝るように命令する。そんな状態だから、KIANはママ・ジェーンと過ごすのがいやで、私の部屋で過ごしたがる。まさに悪循環だが、こんなに愛しているのになぜKIANは私から遠ざかりたがるかと、彼女には理解できないし納得もできない。彼女に反発するのはKIANだけで、他の子供達(KIANのいとこ達)にとってママ・ジェーンの指示は絶対で、反発などありえないので、ジェーンは戸惑う。KIANが強気なのは、私の後ろ盾があるからであることは論を待たない。 私のベッドの上にジャンプするKIAN、手にしているのは英語読本 KIANは私の部屋でタブレットでユーチューブやゲームで遊ぶか、テレビを見ているかで、私は、逆に日本のテレビを見るか、タブレットでヤフー・ニュースなどを見て、KIANの過ごしたいように過ごさせている。たまに日本食材店で買ってきた「柿の種」を食べさせているが、KIANはことのほか日本のせんべえ菓子が大好きだ。そんな時間が双方にとって、とてもリラックスできるのだが、わがままなKIANは私にアイス・ウオーターをもってこい、時には日本のラーメンを作れと命令する。そんな時、私はせっせとKIANの言うことを聞いていやるのだが、この家で私にこんなけしからんことをリクエストできるのはKIANしかいない。  なにやらスマートフォンを一所懸命写し取るKIAN ママ・ジェーンはKIANを叱るのは、しつけと思っているが、私にとってはいじめに映る。たとえば、スリッパをはかないで家の中を歩くと、時にはピンタが飛ぶ。そうするとKIANはママにたたかれたと泣きながら私にしがみついてくる。私は、よしよしと抱きしめてやるだけだ。そうなるとママ・ジェーンはそれ以上、手を出せず、私は常にKIANの味方で避難港(HAVEN)なのだ。だから、KIANは私の傍にいると100%の安心感を抱いているに違いない。一方、ママ・ジェーンの傍にいると、罵声とピンタがいつ飛んでくるかわからず、心の休まる時は、寝ているとき以外にはないと感じているようだ。 ピアノを弾くことがなんとなく様になってきたKIAN KIANが、まだ2歳にもならないころ、近所のスーパーマーケットで私はKIANを見失ってしまった。いつも活発なKIANは吊るされた売り物の服の間をかくれんぼのように走り回っているうちに、どこにいるのかわからなくなってしまった。しばらくして大声で泣きじゃくるKIANを抱いて店員が店の中を歩き回っていた。たった数分のことだが、私とKIANはパニックとなってお互いを捜していたのだ。子供が泣いて大声を出すのは危険信号であり、周囲の人が状況を理解して救助する。親もその泣き声を頼りに子供を捜す、子供の本能ともいえるものだ。それをくだらぬことで張ったおして、泣きじゃくるとさらに罵声をあびせるなんてもってのほかだ。子供が危機に瀕したときに、追い討ちをかけるように罵声を浴びせる大人を誰が信頼できるだろうか。息子の誕生日は手作りケーキを楽しむ 親・家族は子供に対して、雨風、日差し、外界の危険を防ぐ24時間営業のシェルターなのだと、ちかごろ私は思う(固定された建築物に限らず家族と一緒にいること自体がシェルターの中にいるということ)。シェルターの中で子供は安全と安心に守られて成長していく。シェルターの中では、人同士の交流や社会生活を送っていく上でのルールを学んでいくが、それをしつけと呼ぶ。しかし、どうも世の親はしつけを勘違いしているような気がする。自分の思い通りにならないと、しつけと称してわが子をいじめる姿は、それは苛立ちを子供にぶつけているようにしか見えない。 良いこと悪いことなどは大人がかってに決めたことだから、それを子供が区別できないのは当たり前で、時間をかけて学ばせていくことが肝心だ。それを罵声とピンタで強制するのは親の身勝手であり、手抜きでしかない。それに、子供はいつも親を見ているので手本さえ示せば、自然に学んでくれるものなのだ。 画面の文字を読みながらカラオケを楽しむKIAN 親・家族のシェルターは子供のとって唯一のよりどころであって、生きていくための必須条件だ。このシェルターから子供追放することは、子供に対する死刑宣告とも言える。そんな事件が最近、北海道で起こった。ほんのしばらくといえども、子供を山中に置き去りにするなどいうことは、親の意図を押し計ることができない子供にとっては、まさに死刑宣告だ。この6日間、子供は地獄をさまよう囚人のような思いがしただろう。シェルターの中で親の加護の中で叱られるのは我慢できてもシェルターから追放されるという行為は、子供にとって生涯拭い去ることができない重い傷を心に残すだろう。この事件こそ、世の親への教訓あるいはしつけとなったに違いない。 私のタブレットを独り占めにしてユーチューブを楽しむKIAN 明日からドンボスコへ通うKIANにとっては初めてシェルターの外の体験となる。当面、送り迎えは欠かせないが、ドア・ツー・ドアの幼稚園のそれとはちょっと様相が異なる。そこで私はKIANが学校へ行っている間、携帯を持たせて、親と連絡がとれるようにと、たまたま予備としてもっていたガラパゴス携帯をあたえた。ガラパゴス携帯なら学校でゲームに夢中になることもあるまいと考えたのだが、学校では生徒に携帯の所持を禁止しており、目論見は外れた。学校は携帯の生徒に与える悪い面を危惧しているのだろうが、身の安全に関する配慮は忘れているようだ。ちなみにドンボスコはサイカとピアノ教室のあるマカティスクエアの近くにあり、KIANにとっては通いなれた場所なので、一年もすれば自力でもどってくることは出来るであろうが。 […]

家族の役割=シェルターがなかったら? 2016年6月5日