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先週の日曜日、タガイタイに住宅の販売の契約(退職者の代理として)に出向いて、マニラ帰還直後に噴火が発生し、帰宅難民になるのを免れた。そして、新聞には、大被害の様相が連日一面をにぎわせた。そこで気になったのが、件の住宅の被害状況、そしてタガイタイというリゾートが消滅してしまうのではないかという危惧、そうなるとこの住宅が無価値になってしまうのではないかということだ。 一週間後の今日、その住宅の様子とタガイタイそのものがはたして今後、リゾートとして機能していけるのかなどをこの目で確かめるために、息子のユーチューブの取材を兼ねて決死の覚悟で出かけて行った。新聞には再び、立ち入り禁止になったとも報道しており、行き着けるかどうかも確信はなかった。以下、百聞は一件にしかずのことわざにしたがって写真に語ってもらおう。 タガイタイ並びに住宅の復旧は急ピッチで進められており、2~3ヶ月もすれば、噴火の形跡はあとかたもなくなるだろう。しかし、ここには噴火というリスクをかかえた地域であることを忘れてはならないようだ。

タガイタイリゾートは不滅、そこには日常があった。2020年1月19日


明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。 ところで、新年早々の話題がタガイタイのタアル火山の噴火という物騒なものになってしまった。写真中央の小さな島がタアル火山で、過去記録に残るだけでも30回以上の噴火を繰り返し、1911年そして1965年に大爆発を起こしたが、ここしばらくはなりを潜めていて、今回は何の警報もなかった。 噴火は1月12日(日)の夕方に始まったのだが、この日、私は、息子一家を連れて、タガイタイの遊園地(スカイランチ、孫のリオの要望)訪問、先月ママ・ジェーンが購入契約をした住宅の引渡しの打合わせ、退職者から売却を依頼されている住居の契約の打ち合わせ、私の誕生2次会ランチ(誕生日は11日でジェーン夫妻が欠席しため別途に企画したものだが、急遽パパ・カーネルに呼び出しがあって、マホガニーマーケットでの安ランチに変更)と盛りだくさんの予定だった。そのため早朝7時に出発して、日曜の午後の渋滞を避けるために、昼食後早めに帰宅して、4時ごろマカティの自宅に到着した。 この日の行程は同行した息子のユーチューブを見て欲しい。 https://youtu.be/zeCGFHU2w8U そして、帰宅の途端にテレビではタアル火山の噴火を報じていたのだ。幸い早めに帰還したので難を逃れることができたが、もたもたしていたら、帰宅難民になるところだった。報道によると、噴煙は1千メートルにも到達して、タガイタイを中心に広範囲に灰が降りそそいだそうだ。しかし、これは噴火の前兆であり、本格的な噴火はこれからだというのだ。 噴火翌日の街の様子は息子のユーチューブを見て欲しい。 https://youtu.be/CyMA5mlmxb0 一番の心配は、ジェーンが購入した住宅と庭の樹木が灰で煤だらけになってしまったこと(オーナーからの連絡)、売却予定の退職者の住宅が、やはり台無しで売り物にならなくなってしまったのではないかということだが、当面、様子を見に行くこともできない。現地は水も電気もない状態で、家屋の倒壊はないもののまさに被災地の様相を呈しているそうだ。以下オーナーの方からいただいた写真を掲載する。

タガイタイのタアル火山が噴火 2020年1月14日



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12月20日追記 師走も押し迫る20日、件の大規模売春店の前を通ると、入り口の張り紙に変化があった。曰く「UNDER NEW MANAGEMENT」となっている。すなわち、「新しいオーナーの元」とあるのだが、当局との話がめでたくついて、「新装開店」の運びとなったということだ。まさに予測どおりだった。 10月3日、マニラ新聞に興味深いニュースが掲載された。「中国人大規模売春店を摘発、14人逮捕、女性95人保護」そして記事は「国家捜査局(NBI)は9月30日夜、首都圏マカティ市サンアントニオで中国人売春店として営業していた「スカイ・トップ・インターナショナル・クラブ」を摘発、人身売買とオンライン売春斡旋の疑いで店を運営していた中国人ら14人を逮捕、中国人女性91人とフィリピン女性4人の計95人を保護した。」と続く。 これが何故興味深いかというと、この店は、私のPRAへの通勤路の途中にあり、ここ一年ほど前から、通り過ぎるたびに、一体なんだろうと、いたく興味を引かれていたのだ。見るからに高級ナイトクラブ風なのだが、なんとも堂々たる売春宿だったのだ。フィリピンでは上は、ナイトクラブからはじまって、スパ、置屋、そして下はビアハウスまで、売春を行なうところには事欠かない。何故、よりによってわざわざこんなものを作って中国人女性を大量に送り込む必要があるのか、首を傾げたくなる。まさにフィリピン人の職を奪うと非難されても仕方がない。ちなみにお値段は15,000~29,000ペソだそうでフィリピン価格の3倍だ。 さらに、10月10日のマニラ新聞には「マカティのホテルで売春摘発、中国人女性35人を保護、首都圏マカティ市ポブラシオンのホテル「マックスホテル」7日深夜、中国人女性に売春させていた中国人の男二人が違法な就労斡旋などの容疑で逮捕され、客の中国人男性20人も買春容疑で逮捕された。中国人女性35人は被害者として保護された。」ここで注目されるのは中国人女性については保護で客の中国人男性は逮捕というくだりだ。フィリピン人はなんとも女性には優しいのだ。 実をいうとこんな話は、フィリピンでは、日常茶飯事、いたちごっこのように行なわれており、こんな話をマニラ新聞が取り上げることは一切ない。当局のお達しで摘発、閉鎖、再開、そしてまた摘発、閉鎖、そして再開を繰り返しているのだ。これはきっと当局への上納金が滞って見せしめに摘発されたに違いない。大分前に、とあるナイトクラブで、馴染みの子が「あの人はNBI(国家捜査局)のトップよ」とささやいてくれたことがあるが、普段は仲良くやっているのだ。今回も当局と話がついてめでたく再開ということになるに違いない。参考ブログ「また一つマニラ名物の灯が消えた(その5)2011年6月23日」 「また一つマニラ名物の灯が消えた(その6) 2013年8月5日」 因みに件の売春宿は中国人専用で、我々には足を踏み入れることさえできない別世界で、中国マネーを目の当たりに見る思いだ。 噂では、当局の幹部が件の売春宿を訪ねたら、入り口でとがめられて中に入れてもらえなかったので、腹いせに摘発したという噂もある。さらに、このニュースがあった夜、コンドミニアムの中を血糖値調整のために歩いていたら、おっと振り返りたくなるような妙齢の中国人美女が厚化粧で出勤していくのを見かけた。きっと、どこぞの中国人用ナイトクラブで働いているに違いない。 10月8日の記事は「POGO最大手が事業再開、国税庁に13億ペソ支払合意」そして記事は「税金の未納を理由に国税庁により閉鎖されたオンライ賭博運営のオフショアゲーム会社(POGO)グレート・エンパイア・ゲーミング・アンド・アミューズメントが国税庁に約13億ペソを支払うことで6日までに合意し、事業の再開が決まった。同社は従業員8000人以上を抱える国内POGO最大手。因みにPOGOに従事する中国人は10万人おり、月々20億ペソの税収が見込まれるが、徴税漏れの会社はPOGO全体の約50%、約100社にあると見ている。」 近所でも、朝夕の退出勤時には中国人の行列をよく見かけるが、先日ひさしぶりに訪問したマニラ郊外のラスピナスにある大型コンドミニアム「オハナ」でもこの行列に出くわした。ここには1700人の中国人が滞在しているという。 この大量の中国人の出稼ぎの中心業務はオンライカジノと建設工事だが、それを指揮する幹部社員も大勢いるはずだ。されに中国料理店も大量に出店していて、この一大プロジェクトをビジネスチャンスとして捉える中国人も多い。その一つが、少女像で話題の従軍慰安婦ならず、従軍中国人売春婦というわけだ。この手の現象は今も昔も変らないようだ。 一時、下火になっていたコンドミニアムブームが、再び火がついたような気がする。一時なりを潜めていた、新築コンドミニアムの工事も着々と進んでいる。場合によっては物件不足が生じているくらいだ。10年ほど前におこったブームは日本人やOFW(海外出稼ぎフィリピン人)の投資だった。それらの物件が完成し始めた数年前は、転売するに転売できず、そのまま抱え込んで賃貸に回すことになり、大量の物件が賃貸市場に流れ込んで、賃貸料相場が下落した。それでも借り手を探すのは大変だった。 このブームの火付け役は中国人の旺盛な投資意欲と近い将来40万人にも増加するという見込まれる出稼ぎ中国人の住まいの需要だ。物件を抱え込んで頭を痛めていた日本人には朗報で、中国人が中古物件も買いあさっているようだ。しかし、中国人の素行にはフィリピン人もマユを潜めるほどで、決して評判は良くないが、現金をぽんとテーブルに置かれて交渉されると首を縦に振るしかないようだ。 […]

中国人大規模売春店を摘発 2019年10月13日、12月20日、2020年1月6日末尾に恵之のユーチューブとリンク


フィリピンでは大晦日は毎年死者が出るほど花火が盛んで街は煙に包まれるのが恒例だが、大統領の要請もあって、今年は自粛気味。しかし、それ以上に、ちゃんとした設備を準備して花火の打ち上げが目だった。それと地方では花火の代わりにオートバイで爆音を鳴り響かせて爆走するのが習慣のようだ。その様子を恵之がユーチューブに掲載してくれたので見て欲しい。また、同時にチャンネル登録も是非お願いしたい。 日本でも汚職がどうのと話題になっているIR(統合型リゾート)の雄、SOLAIREに縁があって大晦日の夜と元旦をキアンらとすごすことなった。大晦日であろうが時間が来ると寝てしまう私だが、夜中に花火の音に起こされた。カウントダウンの花火ショーが部屋のまん前でやっていたのだ。

大晦日は花火と暴走族の天下(ユーチューブ)2020年1月6日



「アキラ先輩」のユーチューブ取材に刺激を受けて、息子がユーチューブを始めた。もっぱら一粒種の息子リオ(2歳)の子育て記録だが、フィリピンの生活の紹介でもあり、なかなか面白い。チャンネル登録を是非と息子が希望しているのでよろしくお願いします。。 https://www.youtube.com/channel/UCtvvNrstBH4xnRn0PhA4TYA

「マニラ親バカ日記 Rhio Channel」


韓国料理のソール・ガルビといえば、もはや我が家では定番中の定番、我が家から歩いてもいける距離なので、外食といえばここと決まっている。最近では週に2回から3回は通っているが、とにかく、うまくて、安くて、量が多くて、しかも早い。焼肉料理が基本なので、肉とライスしか食べないキアンにはもってこいだ。一方、糖質制限ダイエット中の中年には只の野菜が一杯で皆満足だ。特に我が家のフィリピン人はビコール出身なので辛党であることも幸いしている。 韓国レストラン・ソールで食事 2017年12月18日 したがって、日本からのゲストを招待するときもここが一番、ほとんど感激される。日本の熟年紳士はどういうわけか韓国料理が大好きだ。バンク・オブ・コマ-スの支店長、ケイトさんの子供でキアンのクラスメートのカレル君を連れて行った時も大感激。後で家族を引き連れて再挑戦したそうだ。 韓国料理 SEOULが我が家の定番に復活 2015年12月6日 最近、良く招待するのが息子の一家とその居候だ。息子は、OFW(Oversea Fipino Workerの略)として日本に出稼ぎに行っているので、 息子から 嫁たちが退屈しているから連れ出してやってくれとの依頼があって、早速連れていったのここだ。普段は外食といえば、もっぱらイナサールかジョルビーだろうから、はじめはちょっとためらってライスばかり食べていたが、おいおい慣れて気に入ったのかバクバク食い始めた。 さて我々が注文する料理はほとんど同じで、豚のばら肉、豆腐のスープ、それに今回は新規にお好み焼きを追加した。それにイメージ的に同等の量の漬物や野菜、さらに卵料理がついてくる。 メニューの一番に載っているのがSAMGYEPSAL、サンギョップサールと呼ばれる豚のばら肉(Fresh Pork Bellyないし五花肉とメニューには書いてある)。肉料理といえば、我が家ではこれしか注文しない。キアンの一番の好物でこれ以外は口にしないので仕方が無いのだ。2015年のブログを見ると値段は290ペソで現在と変っていないことにキアンは商売上手だとなぜか感心していた。 最近気がついたのは、この肉は韓国焼肉の代名詞のようで、この肉の名前の韓国焼肉料理店があるくらいだ。ちなみにマカティ・スクエアの韓国焼肉料理店の名前は SAMGYEPSALamatでタガログ語のありがとう、Salamatとつなげている。 […]

我が家の食卓、SEOUL GALBI 2019年8月27日 2019年12月25日恵之のユーチューブとリンク(末尾)



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師走も押し迫って、なにかとばたばたしている。特にフィリピンではクリスマス休みと年末年始の休みが連続するので、この2週間の10平日のうちなんと半分の5日(24、25、30、31、1日)が飛び石で休みとなる。したがってパスコも12月21日の土曜から翌年の1月5日の日曜までの16日間を休業としている。 こんな折に、某ユーチューバーの方から取材の申し込みがあった。「アキラ先輩」というユーチューブを運営しているが、「フィリピン移住サポートのプロとして、フィリピン移住について、話を聞きたい」というのだ。話そのものはいつもやっていることで何の問題もないのだが、私にとって具体的なユーチューブの作成に関わるなんてことは一度もないので、対応可能なのか一抹の不安がよぎった。 近所に住んでいる息子に聞いてみると、ユーチューブ「アキラ先輩」のファンであり、よく視聴しているとの反応だった。パスコの宣伝になると思い、二つ返事で了解した。条件としては、私がべらべらとカメラの前でしゃべるのではなくて、対談形式にしてほしいとお願いした。そうであれば、いつもの退職者との面談と何も変わらず、構えることなく、地で話せばいいだけのことだ。 タイトルはインタビューの後に決まったのだが「フィリピン実は...女性にとって天国だった件」というもので、この視点はアキラさんにとっては目から鱗の新鮮なものだったようだ。 さらに第二部は、介護や子育てで苦労している日本の現状に対してフィリピン流の家族主義で対処すれば何の問題もない、日本でだめならいっそフィリピンに移住してはという趣旨の話だ。

ユーチューブ(アキラ先輩)に出演2019年12月15日




2019年9月20日追記:                          とある退職者でAEP(外国人就労許可証)取得希望の方からメールが届いた。PRAの見解によると「コンサルタントとして個人的に活動してかつフィリピンに雇用者がいない場合、AEPは不要」だというのだ。そしてその根拠の書類(DOLEー労働雇用局発行 Frequently Asked Questions(FAQ) on the Revised Rules for the Issuance of Alien Employment Permits(DO 146-15)を送ってきてくれた。 […]

OPC(One Person Corporation)は不法就労の救いの神になるか(AEP取得)2019年7月21日、2019年9月20日追記


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2019年10月4日 追記(3) 今日、PRAでPRA職員がアポスティーユについて日本人に説明しているのを横で聞いていて、PRAの説明がおかしい、と口を挟んだ。PRAは「日本大使館で受け取った警察証明を日本の外務省に持って行ってアポスティーユを取得して来い」というものだが、私の主張は「警察証明は現在、当面の間日本大使館の印章証明で受理されるはずだ」、というものだ。念のため、先日(9月17日)インド人申請者の警察証明(アポスティーユ無し)を受け取ってくれたPRA担当者に確認してみると、「あの「当面の間」の当面はもう終わった」のだという。あれから3週間もたっていないのだが、あまりにも短い「当面」だった。 SRRVの申請に関しては最新情報を常に把握していると豪語していた私だが、これほどまでに朝令暮改ではついてゆけない。しかもPRAはこのような重要な改訂をアナウンスしないことだ。どっかに張り紙でもしてもらえればよいと思うのだが、聞かれれば答えるという姿勢にはなんとも言い難いところだ。フィリピン人は報連相が苦手というのが、私の言だが、まさに日々そのことを実感させられる。 2019年9月30日 追記(2) 先日とある退職者が、どうしても年金証書の翻訳者が日本で見つからないと訴えてきた。翻訳会社に頼んでもみても中途半端な仕事だということで、断られてしまったというのだ。そうなると公証もアポスティーユも糞もない。私にとっては翻訳自体は簡単なことなのだが、プロの翻訳家に頼む必要があるとPRAから聞いていたので、困ったことになった。こうなったら、私がいつものように翻訳して退職者に送って、日本の公証役場で、通用するかどうか試してみるしかない。当方としては、在比日本大使館、それにPRAに対しては戸籍謄本も含めて100通以上の翻訳を通しているので、実務的には問題ないはずだ。しかし、翻訳会社としては看板を出していないので、果たして日本で通用するかどうかだ。一方、退職者の方はご自身で翻訳しても大丈夫みたいだというので、とにかく試してみることにした。 そして待つこと約一週間、件の退職者の方から、東京の公証役場で、退職者の署名で問題なく公証が済んでアポスティーユも、10分たらずで取得できたとの連絡があった(ちなみに東京、神奈川、大阪の公証役場ではアポステーユまでワンストップでやってもらえる)。私の翻訳は全く問題はなかったとのこと。退職者は、これで一歩前進と仰っていたが、このことは初めて試みなので、SRRVを希望する全ての退職者にとっての大きな一歩前進だといえる。さらにこれは退職者のSRRV申請に限ったことではないので、日本とフィリピンとの間の諸手続きにおける大きな一歩といえるはずだ。ちなみに費用は12500円、リーゾナブルな費用であろう。 在比日本大使館で発行される婚姻証明書や出生証明書や年金証書の翻訳証明がいずれ認められなくなるという状況で、日本で比較的簡単に翻訳つきの戸籍謄本や年金証書のアポスティーユが取れるということは、ここ数ヶ月、私の頭から離れなかった最重要問題が解決したとさえいえる。当方が年金証書や戸籍謄本のコピーを退職者からいただいて、その翻訳を代行するということで、公証役場で10分でアポスティーユが取れるということであれば、退職者の方がSRRV申請をギブアップしてしまうということもないだろう。わざわざ東京/神奈川ないし大阪の公証役場に行くという手間はあるが、10分ですむなら我慢してもらえそうだ。さらに少々お高いが、行政書士に依頼して遠隔でやる方法もある。 2019年9月19日 追記 9月1日からアポスティーユのみ受け付けるというPRAの決定は、この時期のほとんどの申請者に多大なる影響を与え、右往左往させられた。従来、本国での準備が不十分でも、多少の時間をかけさえすれば当地の大使館で大概のことはできた。しかしながら在比大使館の証明書はPRAとしては一切認めないというのだから、一体、退職者を受け入れたいのどうなのかと疑りたくなる。 9月1日の期限に間に合わせるべくすったもんだの末、ようやくビザ申請そして発行にこぎつけたインド人カップルの準備した無犯罪証明書(9月4日付大使館証明)を、9月18日に後付で受け取った際、あれだけ念を押したのにアポスティーユをもらっていない。9月1日以前ならOKだったものだが、念のため、PRAの申請受付に聞いてみたら、「9月1日のタイムリミットは保留とし、在比大使館の証明を当面の間、受け付ける」というのだ。これはラッキーとインド人カップルは大喜びだった。何しろアポスティーユは一旦本国へ帰らないともらえないのだから。 そこで頭をよぎったのが、3日前に日本大使館から無犯罪証明書を受け取って、アポスティーユを受け取るためにわざわざ日本へ帰国した方だ。PRAの翻意がわかっていれば、その場で大使館の印章証明をもらってPRAに提出することができたのだ。かと言って今から連絡してアポスティーユを無用としたら、戻ってきたころには、PRAが再び受け付けないなどと翻意していたら元も子もない。 他にも日本で年金証書の翻訳先が見つからず、私の翻訳をつけてアポスティーユを公証役場で取得するべく東京まで出向いてネゴ中の方がいる(東京、神奈川、大阪では公証からアポステーユの発行まで一括して公証役場でやってもらえる)この方にも、PRAの言う「当面」が、いつまでなのかわからないから、 もう不要ですと連絡するわけにはいかない。PRAの措置は、ルールの変更にともなって書類の準備に混乱をきたした、すでにフィリピンを訪問している人やフィリピン在住の方に対しての救済措置なのだ。 実を言うと先週、GM(PRAトップ)宛にアポステーユ取得にまつわる退職者の困難、混乱を文書で直訴したばかりなのだ。私が直訴したから直ちに翻意したとは思わないが、多方面から不満が殺到していたのだろう。PRAの判断で大使館の発行する書類や証明を受け付けることができるのであれば、是非ともこの「当面」を恒久的なルールとしてほしいものだ。 一方、「 戸籍謄本をそのまま日本の外務省でアポスティーユを取得して、その翻訳はフィリピンでやって日本大使館で認証してもらう」という案は日本大使館に軽く一蹴されてしまった。今度は私の翻訳文で日本の公証役場でアポスティーユを発行してもらえるかどうかだ。それだけでも退職者の大いなる助けになると思う。 2019年7月14日記載  日本で作成された無犯罪証明書などの公文書は、外務省の公印確認を経てフィリピン大使館で領事認証を受ける必要があった。いわゆるレッドリボンというやつだが、それが5月14日から不要になった。これは、ビザの申請、婚姻など、外国人がフィリピンで行なう諸手続きにおいて、いわば画期的なできごとなのだが。 […]

レッドリボンが不要になった2019年7月14日 追記2019年9月19日 追記(2)2019年9月30日 追記(3)2019年10月4日