Monthly Archives: March 2012


  JALなどほとんどの外国航空会社が発着するターミナル1での出迎えの難しさについては何度か報告してきた、特に拙著「金無し、コネなし、フィリピン暮らし」の136~141で詳しく解説しているが、ターミナルビルを出てから、道路を横断し、左右の斜路を下ってやっと待合所に到着する。そしてさらに道路の反対側で待っている群集の中から出迎え人を探し出さなければならないという、世界最悪と揶揄されるほどのややこしさなのだ。 出迎えの人は到着客が待つ場所とは道路を挟んで向かい側で待たなければならない。かなり離れているので顔見知りでない限り見つけることは不可能だ。  私自身が出迎えるのならばまだしも(自家用車で行って、待合所で降りて到着客を待つこともできるが、タクシーできたり、運転手のみではそうはいかない)。フィリピン人に任せたとしたら、果たして出会うことができるのか、神頼みといえる。だから出迎えを頼まれたとしても、タクシーあるいはホテルリムジンで市街地へ向かうのが間違いないと、ほとんどの場合、断っている。私に断られたので、別途出迎えを手配したら、出会うまで3時間かかったという話もあった位だ。 到着客が待つ場所には出迎え人は入ることはできないが、運転手付の自家用車でやってきて、ここで降りて客を待ってもとがめられることはない。これは外国人だけに許される特権かもしれないが。  最近、女性の一人旅で、初めてのフィリピン訪問、さらに夜中に到着し、しかも当社のゲストハウスを利用するということで、出迎えを送らざるを得ないことがあった。あらかじめ詳細を連絡し、柱番号1で待つようお願いした。お互いの顔も知らずに、見つけることなど不可能に近いから、出迎えの運転手に写真を渡し、本人は指定された場所で待って見つけてもらうという段取りだ。もちろん運転手の写真も送ってはいるが、フィリピン人は皆、同じに顔に見えるし、道路越しでは発見は不可能だ。よく名前を書いて掲げているのを見かけるが、これもちょっと当てにならない(他の人が真似をして名前を掲げて、どっかへ連れて行かれてしまう、という話を聞いたこともあり、ちょっとはばかれる所だ)。 しばらく前にアルファベットだったものが、番号に変わっていて、大慌てしたことがあった。そうしたら、評判が悪かったのか、またアルファベットに戻ってしまった。  この日、当社のスタッフのボボイを出迎えにやったが、彼から柱番号1などという表示はない、その代わりにアルファベットの看板が下がっているという連絡が入った。だから本人のイニシャルの下で待っているよう伝えて欲しいという。しかし、もはや手遅れで連絡のしようがない。だからボボイには一箇所で待たず、待合所の端から端までの往復を繰り返して探すよう指示した。それから小一時間して無事に出会ったとの連絡を受け取り、ほっとして寝たが、すでに夜中の1時を回っていた。  他の方の話だが、私の勧めで、空港タクシーでマカティにやってきた。料金はいかがでしたかと聞くと、1000ぺそ支払ったという。本人も高いと思ったので、問いただしたが正規料金ということで支払ったとそうだ。これはタクシーではなくてレンタカーだったのだ。そのため、空港から市街地へ向かう方法について触れる。空港から乗れる公共交通手段は4種類あって、値段は2倍、4倍、8倍と異なるので要注意だ。しかし、一番高いものでマカティまで2000円程度なので大勢に影響はないが。  一番安いのが一般の乗り合いタクシー。ターミナル2なら階段を上にあがって出発客が降りたところをつかまえればよいが、ターミナル1では難しいが、ターミナル3は乗りあいタクシー用の乗り場があって、いつも長蛇の列だ。これなら100ペソちょっとでマカティまで行ける。  次はイエロータクシーで黄色い車が並んでいるところで待てばよい。値段は初乗りが70ペソ(一般のタクシーは40ペソ)でほぼ倍の料金、マカティまでは200ペソ代。しかし、一桁上の料金(2000ペソ)を請求されたり、ドル建て料金(200ドル)だと吹っかけるけしからんドライバーもいるので要注意。  次にちょっと高いが一番安心できるのがクーポンタクシー、バンタイプの車が多いので荷物が多くても大丈夫だ。料金は固定性でマカティまで440ペソ。もちろん運転手はチップを要求するが20~50ペソも渡せば十分だろう。クラークやスービックなどの遠距離サービスもある。 クーポンタクシーはこの看板のあるところで申し込む。行き先を告げると料金の書いてある紙(クーポン)を渡される。料金は下りるときに運転手に支払う。 最後に空港職員にタクシーはと聞くと、必ずといっていいほど、連れて行かれるのがレンタカーのブースだ。空港職員だから間違いないと思うのが大間違いで、規定料金なのではあろうが間違いなくコミッションが入るのだろう。しかも、事情を知らない外国人は、マカティまで1000ペソ(2000円)という料金は安いとさえ感じて、はいそうですか、と法外な料金を支払ってしまうのだ。仮に空港の誰かに聞くとしたら、単にタクシーではなくて、イエロータクシーあるいはクーポンタクシーはどこかとはっきり告げることだ。下右の写真にあるようなTransport Serviceなどとなんだかはっきりしないのはやめておいたほうが良い。 […]

NAIA ターミナル1の出迎え 2012年3月31日


 フィリピンではシニア・シチズンシップという制度があって、60歳以上になると買い物やレストランなどで10~20%の割引が受けられ、大変ありがたい。しかし、これは原則フィリピン人あるいはフィリピン人配偶者を持つ外国人に限って適用され、退職ビザを持っていてもその対象とならない(現在、法改正により、退職ビザ保有の外国人にも適用しようという動きがある)。それで小耳に挟んだのが、シニア・シチズンシップとまで行かないもののブルー・カードというものがあって、これを貰うと、例の悪法のカラー・コーディングの適用にならないとのこと。ちなみにカラー・コーディングとは車の末尾番号により、月曜から金曜のうちの1日、車を走らせることができないという、苦肉の渋滞緩和策だ。このマニラで週に一回車に乗れないなんてどんなに不便か想像がつくだろう。ブルーカードはPRAに申請すれば1ヵ月後位に発行される。 やっと手に入れたブルーカード、ただしマカティ市限定だ。  そこで早速私もこのブルー・カードを申し込んだ。当方の車は末尾番号が1と2で、両方とも月曜は乗れないので、お客さんの集中する月曜は四苦八苦している。申請から1ヵ月待ってようやくブルー・カードを手にすることができた。しかし、私の相棒は、これはマカティ市発行だから、マカティ市内だけに通用するもので、パサイ市、マニラ市では通用しないから、役立たずだと切り捨てられた。しかし、私の行動はほとんどマカティ市内だから、そう役立たずでもなかろうが。 以下、最近街で見かけた光景だ。 モール・オブ・エイシアのまん前のロータリーにある巨大な地球儀、夜は広告塔になっていて、中々見ごたえがある。 演説中のリム・マニラ市長。何を演説しているのか知らないが、上院議員から出戻りして最初にやらかしたのが名物のベイウオークの出店の撤去、古くは1990ごろにはデルピラ通りのゴーゴークラブを一掃したり、ろくでもない市長として庶民に恨まれている。ただし、女性の支持者は多いらしい。 最近見つけたマウスケアのダブルミント、飴は甘すぎるし、うがい薬は使いにくい。これは粉を固めた錠剤で口の中で溶かすので長持ちする。シュガー・フリーとなっているが、心なしか甘味があるのが今一。 ショップ・ワイズで見つけた、キリン一番絞り、フィリピンの普通のスーパーで、キリンビールが、現地のサンミゲルビールと大差のない値段で売っていた。明治チョコレートも現地価格で頑張っているが、果たして味の素、リポビタン、ヤクルトなどのように現地に浸透できるのだろうか。  

ブルーカードを取得 2012年3月31日



  マカティのパソンタモ通りを北に向かってブエンディア通りを横切って2本目のヤカール通りを左に入って100m位のところにヨーロッパ食材を売るサンティス・デリカテッセンというお店がある。ここはヨーロッパ食材を売る店で、ハムやチーズ、牛肉やワインなどが豊富においてある。値段も高級で145ペソなどと書いてあるが、普通Kg単位の値段がここでは100g単位と日本と一緒だ。チーズやハムなど、その種類の豊富さに驚かされるが、どれもこれもとてもおいしそうで、食通の方にはたまらないだろう。 今回は、もとスイスに本社のある外資系の会社に勤めていた方が、この店のすぐそばのスイス・レストラン、チェサ・ビアンカで食事がしたいというので同行した。この方は、本社のあるスイスに行くたびに生ハムを食べるのが楽しみで、無料雑誌Primerでこの店を見つけて、久しぶりに、生ハムを食べたいということだった。  店の雰囲気は白木作りのいかにもスイス風で雰囲気がある。メニューを見ても良くわからないが、値段は一品あたり300~500ペソ、メインディッシュは 600~1000ペソで一流ホテル並みだ。もうそんなに食欲もない我々は生ハムのアペタイザーとスパゲッティを一皿ずつ、ほとんど前菜とボトル一本のワインだけで腹が一杯になってしまった。   生ハムを楽しんでいるころ、店に入ってきた人が、元フィリピン観光省に勤めていた顔なじみの日本人で、さすが元観光省、通の食事どころを知っていると関心した。

サンティス・デリカテッセンとチェサ・ビアンカ 2012年3月31日


  サウス・スーパー・ハイウエイとブエンディア通りの角、マニラ寄りにCash and Carryというスーパー・マーケットがある。Hyper Market(SM系)、Hyper Mart, Pure Gold、Shop Wise、Robinson、Walter Martなど大型のスーパーマーケット・チェーンが幅を利かせているが、ここは1980年代からの老舗でお金持ち用のスーパーとして名が通っている。ちなみにCashは現金、Carryは運ぶという意味だから、現金取引問屋といった意味合いだ。 現在の広大な駐車場には、かつて輸入雑貨を扱う店がたくさんあって香水、タバコ、薬、くつなどを売っていた。それらが名前の由来にもなっている。それらは火事で消失して、改装された建物の2階に移って営業しているが、現在もNikeやAddidasのFactory Defect(傷物)が格安で手に入るそうだ。  久しぶりに行って見ると、とてもきれいになっていて、2、3階はモールで、映画館も併設され一大ショッピングセンターと化していた。入り口付近にはJolibee、太った少年(テリヤキボーイ)、Pancake Houseなどなど一通りのファスト・フード店も出店していてゆったりと買い物と食事を楽しむことができる。 広々としたスーパーはKIANもお気に入りで、カートに飽きると店内を走り回っている。あまりに広いので迷子にならないかとちょっと心配だが。 […]

スーパーマーケットの老舗、Cash and Carry 2012年3月18日



 私の事務所のあるサンアントニオ・ビレッジを横切るチノロセス(通称パソンタモ)通りのブエンディ通りからカマゴン通りまで、4つの交差点がある(Malugay、Yakal、Bagtikan、Estrella)。しかし、そこには信号機がついておらず、ラッシュ時には交通警官が交通整理を行うのが習慣だった。そして先日、ついに信号機が設置されたのだ。通りの名前も明記されてとてもわかりやすい。これで事務所への道もわかりやすくなるだろう。  マカティ市の中心はさておいてマニラには信号が実に少ないと、はじめてフィリピンを訪れた方が感想を漏らす。フィリピンでは、人が通りを渡ろうとしても車は停まらないから、混んだ道ではいつまでたっても通りを渡れないとこぼす。特に車の多いパソンタモ通りのマカティスクエア(リトル東京界隈)では、通りを渡ることができず、向かいのスーパーで買い物をすることをギブアップされた方もいた。  私の農場のあるタバコ市には信号機が一個もない。レガスピ市にあっても2個だけだ。まあ、田舎は車も少ないのでどうってことはないが、車の多いマニラでは死活問題だ。  時々、ラッシュでもないのに、やけに道が混んでいるときがある。交差点まで来ると、信号機を止めて交通警官が交通整理をしている。それで納得、交通警官が交通整理をしているから混んでいたのだ、余計な事をするものだと。彼らに言わせれば混んでいるから交通整理をマニュアルでやっていたのだと主張するだろうが、私にはそうは見えない。  パスコの事務所に来るときは上の写真の信号機があるパソンタモ(チノロセス)とバグチカンの交差点を目指すと判りやすい。徒歩の場合は、ここで車を降りて左に曲がるとパームタワーのコンドミニアムに面したセントポール通りに出る、そこを右に曲がるとすぐにパームタワー・コンドの前に出る。車だと一本先のエステレリアを左に曲がって、さらに一本目の角を左に折れて回り込む必要がある。  信号機がついたとなると、もはや交通警官は不要になる。彼らはTraffic Enforcerと呼ばれ、国家警察の組織とは関係なく、市役所に雇われているが(だから市ごとに制服の色が違う)、交通違反を取り締まる権限も持っている。この交通違反の取締りが、実際は彼らの小遣い稼ぎの場となっているのだ。  なんだかわけのわからない理由で彼らは車を停めてイチャモンをつける。特に外国人が運転しているとターゲットになる。例えば、左折をしようとして対向車がなくなるのを待ち、信号が変わる瞬間に道を横切る。そうすると件の交通警官がタイミングよく現れて、信号違反だから免許証を見せろとなる。日本ではこれは交通ルールの常識で、問題ない、と主張しても、ここはフィリピンだなどと意味のない議論がはじまる。結局500ペソほど渡して無罪放免となるのだが、なんとも癪に障る(フィリピン人ドライバーなら100ペソ程度が相場)。もちろん、彼らはそういう微妙な場所に張ってかもを待っているのだ。 信号機がついて、彼らが職を失う羽目になったら、それは大いに結構なことだ。もっと生産的な職業について欲しい。しかし、信号機がついて交通整理をやらなくも良くなって、彼らに交通取り締まりに専念されたとしたら、これはやばい。街の角々に張ってかもを待ち、しょっちゅう車を停めていたら、それこそ渋滞の元凶となってしまうだろう。

パソンタモ通りに待望の信号機がついた 2012年3月18日


   ママ・ジェーンがKIANを出産してから早くも2年、ヤンチャの度がますます激しい今日この頃だ。ママ・ジェーンは妊娠中、お腹がすいて仕方がないと、その食欲は目を見張るものがあった。食べ終わると、今度は赤ちゃんの分と軽く2人分を平らげていた。体重も70kgには達して、そんなに食べたらお腹の赤ちゃんが育ちすぎて大変なことになる、「小さく生んで大きく育てる」という日本の諺を話しても耳を貸さなかった。 出産の1週間前、ホテルのビュッフェの食べ放題で、うれしそうに大量の食事を摂るジェーン  そして分娩の段になると、自然分娩を試みたが、これ以上頑張ると母体が保障出来ないと医者に忠告され、帝王切開に踏み切った。そして、2010年3月31日、9ポンド、4kg強のKIANが出産したのだ。 この日は警察の車で出勤するパパ・カーネル。手入れに向かうときは決して自分の車は使わない。もちろん警察の車は私用には使わない、というけじめをつけている。 ジェーンも出産後2年経過して日ごろのジム通いの精進が効を奏して、ようやく真っ当な体型になってきた。以前着ていた服がようやく着れるようになったと喜んでいる。  フィリピンでは、ちょっと出産が難しいとなると、すぐに帝王切開をしてしまう。自然分娩はそもそも病気ではないから、病院側としても大きなお金を取るわけにはいかない。私の元部下は二人の子供を帝王切開で出産しそうだが、日本で一人がやっとと言われているはずだ。フィリピンの女性は生みの苦しみをお金で代替するようだ。しかし、そんなお金のない普通の妊婦は市営病院で、只で出産することができる。そして分娩の翌日には退院して母子ともに家で養生するが、子沢山で貧しい人の多いフィリピンではそうでもしないと処理しきれないのだ。 大人の真似をして私のサンダルに挑戦するKIANだが、親指と人差し指の間にひもを挟むのは大人の常識で、KIANは自由奔放にサンダルをはく。ママ・ジェーンの誕生日のケーキはKIANからとなっており、KIANも一人前の人格として認知されつつある。  ところで、フィリピン(英語)で帝王切開のことをシザリアン(CAESAREAN)と呼ぶ。何故そう呼ぶかは日英とも誰に聞いても知らない。このシザリアンとは、かの古代ローマ帝国の帝王シーザーに由来している。時の王は予言者から「あなたは女の股から生まれた子ではない人間に滅ぼされる」と告げられた。そこで王は「そんな人間がこの世にいるはずがない、だから自分は一生安泰だ」と考えた。しかし、その後、王は、シーザーによって滅ぼされることになる。まさにシーザーは帝王切開で生まれ、女の股から生まれた子ではなかったのだ。この秘話から後に、妊婦の腹を切開して出産することをシザリアンあるいは帝王切開と呼ぶようになったそうだ。 サウス・スーパー・ハイウエイに沿って走るPNR(フィリピン国鉄)のディーゼル機関車の通過を待っているとき、大きな口をあけて機関車を見守るKIAN。バックミラーに移ったKIANの顔に注目。彼はシーザーのような大物になれるのだろうか

帝王切開(シザリアン)の話題 2012年3月18日



   3月末になるとフィリピンは夏休みに突入してオーシャン・パークはいつも満員の人出になってしまうので、3月はじめの水曜日にKIANを連れて行った。KIANにとっては昨年の1月以来、2度目の訪問だが、今は「フィッシュ」という言葉も覚え、知恵もついてきているので、さぞ感動するであろうと言う心積もりだ。  オーシャン・パークは日本ではありふれた水族館に過ぎないだろうが、大きな水槽の底のトンネルを歩くという仕掛けは、フィリピンでは子供達の憧れの夢の世界だ。マニラ湾に面したこの水族館は海上にできており、リザール公園やイントラムロス等、マニラ観光地帯の一角にある。土日は観光バスや学生の団体でごったがえすが、この日は狙い通り閑散としていた。 前回はボボイとタムタムらと来たので、今回はママ・ジェーンが同行した。彼女にとっても初体験で、KIANよりも彼女が夢中になって魚達との写真を撮ろうと必死になっていた。 水槽には1メートル以上のラプラプ(日本でも幻の高級魚のはたあるいはクエ)もいたが(写真右下)、これがマーケットで売っている高級魚のラプラプと判る人はあまりいないのではないか。マーケットに出ているのはほとんどがまだ幼魚で、あんな小さいうちに捕まえて食べてしまうのはいかのももったいない気がする。KIANといえば覚えたての「フィッシュ」という言葉を連発していた。 いよいよ目玉の海底トンネルだが、KIANのはしゃぎようはやはり尋常ではない。ほとんど人のいない海底を走り回っている。 水槽で魚に直接えさをやるパーフォーマンスを見せてくれている係りの人がいた。カメラを向けると寄って来て一緒に入ってくれるというサービスまでしてくれる。どうもそれが目的で中にいるようではあるが。 お腹が空くとKIANはミルク片手に歩き回っている。 ここの目玉はほとんどこの海底トンネルくらいだが、他にもくらげ館やオットセイのショーがある。今回は一人400ペソのチケットにそれらが含まれていなかったこと、外の日差しが苦手のママ・ジェーンの都合で、この水族館だけで帰ることにした。 丁度昼時になったので食事を取ることになり、大きなレストランもあったが、North Parkを見つけて迷わずそこに入った。注文はチキンと焼きそば、ともにKIANの大好物だ。この日も焼きそばの中のキノコをおいしそうに食べていた。 広い待合場に我々以外の姿はない。休日になると、この広場が人で埋め尽くされるとはちょっと想像し難い。

KIAN、2度目のオーシャンパーク訪問 2012年3月17日


 先日、フィリピンになじみの深いまだ30代の若い方から聞いた話だ。この方は既婚だが、フィリピンにガールフレンドがいた。しかし、相手が本気になって、日本にまで電話を掛けまくってくるので、手を焼いた。それで20万ペソの現金を手切れ金として渡して、別れ話をした。これだけあれば何かビジネスをはじめて自活していけるだろうとの思いやりだ。  これが大間違いだ。フィリピンでの別れ方は一切のコミュニケーションを絶つ、それだけだ。別れたい女に金をやる輩はおらず、泥棒に追い銭くらいに思っている。たとえ妊娠させてしまっても面倒を見たくないと、雲隠れする男はごまんといて、花街の身の上話のネタを提供しているくらいだ。別れようとしている女にこんな優しさを見せたら、それこそもっと惚れてくれというのと同じで、相手の心をわしずかみにするようなものだ。 某ホテルで見かけた花嫁。離婚という制度がないフィリピンでは正式な結婚にこぎつけるのは中々容易なことではない。  確かに、日本人がカラオケのGRO(ホステス)と仲良くなって彼女の身の上話を聞くと、同情して色々金銭的面倒を見てやりたくなる。さらにハイスクールも出たか出ないでは将来もないと、学校に行かせてやろうと、なんとも優しいのが日本のおじ様族だ。しかし、この若いみそらで、はげおやじの相手をしてくれるなんて、金が目当てとわかっていても、なんとかしてやりたくなるのが日本人だ。しかし、彼女達は生活の糧のために金が必要なのは当たり前としても、そんなはげおやじを本気になって愛してしまうところが恐ろしいともいえるのだが。 KIANのいとこのハイスクール4人組。彼女達の話題といえば恋愛、白馬に乗った騎士が現れるのを心待ちにしている。しかし、そのほとんどが覆面を被ったおおかみで、そんな輩から娘を守ろうとする父親との攻防が絶えない フィリピン流恋の手ほどきは、狙った獲物は逃さない、執拗に愛を告げて、熱くなったハートを花束で駄目押し。KIANはすでにその辺を心得ているようだ ところで、当事者が既婚者であろうが独身であろうが、フィリピンには恋の手管の定石がある。  ①相手をみそめたら、まずはメール攻勢。思いっきり甘い言葉を連発して口説かなければならない。I miss you 、Did you eat already?Good night、I […]

フィリピン流恋の手ほどき(その2)2012年3月17日



  PRAの集いがあり、マッサージなどが只でやってもらえるというので、暇をもてあましていたので、出かけて行った。確かにPRAの職員が10人ほど来ていたが、どう見ても単なるコンドミニアムの商談会だ。しかし、せっかく来てしまったのだから、それもよろしかろうと、しっかり只のランチとマッサージを楽しんで帰った。 受付で笑っているのは、PRAの退職者サービス・グループのマネージャーのピットさん。 KIANに顔を寄せているのはPRAの営業部長のノエルさんだ。ジェーンと友人のマルーはまじめな顔をして販売担当の話に耳を傾けている。 プロジェクトの名前は、Arya Residence、ボニファシオ・グローバル・シティのマッキンリー・パーク・ウエイに建設中の高級コンドミニアムだ。モデル・ルームは1LDK- 66m2、2LDK-92m2、2LDKExec-127m2などSMDCのプロジェクトなどに比べて、広めのコンドミニアムだ。しかし、値段を聞いてびっくり、それぞれのユニットが、約10M、14M、19Mペソと平米単価はなんと15万ペソ(30万円)もする。円換算でも2000万、2800万、 3800万円で、もはや日本と大差のない価格帯だ(広さや場所の違いはあるが)。 内装は確かに立派でため息がつくほどの高級感だ。先のワン・サルセドのコンドミニアムの一枚上を行く。これだけ立派な内装と家具、調度品を含んだ値段とすれば、こんな値段もありうるのかと思い、担当者にフル・ファーニッシュ(家具付)かと聞いた。ところが答えはフル・フィニッシュ、要は壁や床天井の仕上げを含んでいるだけで、家具調度など一切含まれていないというのだ。ここからこの贅沢な調度品を除いたら単なる狭苦しい空間が残るだけで、そんな空間に誰が数千万円の金を出すのだろうか。 ちなみに、マカティの我が家は築20年近い中古とはいえ、4LDK-200m2の物件を400万ペソで買って、改装や家具に100万ペソかけ、全部で 500万ペソ、平米単価は2万5千ペソ足らずだ(相場的には平米5万ペソ)。この物件はその6倍の値段でしかもベア(空)だ。フル・ファーニッシュなら7~8倍はするだろう。一体どこまで相場は上がるのか、そんな高値のコンドミニアムがいつまで売れるのか、そして空前のブームとなっているコンドミニアム建設ラッシュはいつまで続くのだろうか。  

ボニファシオ・グローバル・シティのコンドミニアム・プロジェクト 2012年3月17日


  2012年4月12日追記。 一昨日若い訪問者を案内して、マカティスクエアで両替をしたら、その両替屋でトラベラーズチェックも扱うという看板を見つけた。本当のそうかと店番のモスリムの女性に聞いたら、確かに扱うという。ただし、通常のドル現金比べて、1ドルにつき 1.15ペソ交換比率が悪くなるとのこと。先日、ある退職者の方が退職ビザの申請料、1400ドルと年会費の360ドルをトラベラーズ・チェック(TC)で用意してきた。そこでびっくりしたのが私だ。TCは、フィリピンではほとんど役に立たないのは常識で、ここ20年以上、目にしたこともなかった。この方は、海外旅行歴の長い方で、まさかフィリピンでTCが使えないなんで考えだにしなかったそうだ。  「地球の歩き方」などでも、よく探すと「使用は困難、銀行での現地通貨への交換手数料が高い」などとは書いてあるものの、実際問題、全く使いもにならないといえる。フィリピンでは一番は円の現金で、旅行はこれで十分。ただし、家を買うとか、大きな買い物をする場合は、当地に口座を開いて、円やドルを銀行送金するほうが無難だ。ちなみに1万ドル以上の現金の持ち込みは申告する必要があり、それに違反した場合は没収されることさえありうる。 まず、TCをお馴染みのバンク・オブ・コマースに持ち込んだが、退職者の口座に振り込むことは可能だが、さらに引出して現金化するには21日間の確認期間がいるという。それでは退職ビザの申請もできないし、旅行中の経費にも使えない。次に、両替所で替えてくれるかもしれないというので、マカティ・アベニューの有名な両替店サンリーズに持ち込んだが、あっさりNO。次に、ブエンディアのAXAビルの前にトマス・クックの事務所があり、そこで替えてくれるというので行ってみたが、すでに事務所はない。同じビルの多少付き合いのあるPSバンクによってみたが、やはりNO。  そこで照会されたのが、BPI本店(Bank of Philippine Island)だ。そこなら替えてくれるという。BPI本店にあった両替所では扱っておらず、なんとか対応してもらえそうな窓口を見つけて話をした。なんとかなりそうだったが、最後にBPIに口座を持っている人だけを対象とします、というつれない返事。一般の旅行者が銀行口座を持っているはずがないではないか。また、その際、TCの一方にサインがしてあることが必要で、両方のサイン欄が空白のものは銀行としては受け付けられないというので、これまた注意が必要だ。  最後に旅行会社に相談したら、誰か個人的に割り引いてやるしかないという。すなわち、手形のように手数料を取って現金を受け取り、TCをその割り引いた人の口座に振り込んで、21日間の時間を稼ぐということだ。ちなみに手数料は5~10%になるそうで、TCの購入代も含めて大変な目減りとなる。だから、フィリピンにTCは絶対にもって来てはいけないのだ。 上の写真はTCの交換のためにマカティを歩き回っているときに目にした風景。パソンタモ通り沿いのキングス・コートとマービン・プラザ(ともにかつて私が事務所を構えていたビル)の間、20年以上空き地となっていた所にいよいよコンドミニアム・ラッシュの波が押し寄せてきたのだ。土地のオーナーは長い間土地の値上がりを待っていたのだろうが、この建設ラッシュで相当な高値で売却したのだろう。この部分はパソンタモ通りのごみためみたいになっていて景観を著しく損なう元凶となっていたのだが、このプロジェクトでかなりパソンタモのイメージがアップするだろう。遠方に見えるのはすべてマカティの中心街に建設中のコンドミニアムだ。  

トラベラーズチェックはフィリピンではご法度 2012年3月16日