Monthly Archives: September 2007


日本とフィリピン間の経済連携協定(EPA)/自由貿易協定(FTA)の締結によりフィリピン人介護士が日本で就労することが可能になると期待されて、はや数年の歳月が経ってしまった。一方日本での介護士の不足、質の低下が叫ばれて久しく、多くの介護施設がフィリピン等からの介護士の派遣を待ち望んでいる。2007年9月現在、フィリピンの議会でようやく議論がはじまったが、その批准には遠い道のりがあるようだ。 日本の介護現場の状況は悲惨なものがある。日本の経済の立ち直りの影響で介護の現場を離れ他の職につく若者が激増しているそうだ。まるで3Kの現場で安い賃金で働くことに若者が嫌気をさしているのだ。介護士不足に対して介護を必要とするお年よりは増え続ける一方で、これは誰にも止めることはできない。人手に頼るしかない介護の現場では、数十人のお年寄りの世話を夜間はたったの一人か二人でしなければならない。だからお年よりいじめが発生してしまうのだ。日本が今後数十万人単位で介護士を海外から受け入れなければ介護制度そのものが破綻することは火を見るよりも明らかだ。 FTAによるとまず、800人の看護士/介護士を受け入れるものとし、資格は4年生の大学を出て、看護士あるいは介護士の資格を持っていて、さらに日本語検定2級の資格に合格しなければならない。そして日本に研修生として派遣され、2年以内に日本語の看護士あるいは介護士試験に合格することが条件だそうだ。日本語検定2級といえばフィリピンでは日本語の先生ができるほど。さらに日本語で資格試験に合格するということは読み書きもすらすらできなければならない。これがどれだけ高いハードルであるか容易に想像できると思う。 フィリピン人介護士の卵たち 当地で介護士といえばメイド/ヤヤ(子守)と看護士の中間的存在で、家庭に入り込んでお年寄りの食事の世話から掃除から簡単な医療行為まで何でもする。したがって、高校を出て、なにか専門的知識を身につけようとする若者が、6ヶ月間のトレーニングを経てとることができる資格だ。大学卒の介護士はほとんどいない。しかも大学を出た人はこのようなメイドのような仕事はやりたがらない。FTAの要求する大卒、日本語検定2級、日本語の資格試験等々の条件がフィリピンの介護士養成の現状といかに乖離しているかということだ。一方、お年寄りの世話をするのにそんなに高度な知識なり学歴がいるのだろうか。私はハートさえあれば誰でもできると思うのだ。現にフィリピン人は小さいときかから、家族の赤ちゃんやお年寄りを、愛情を持って世話してきており、天性の介護士なのだ。 訓練を受ける介護士の卵 2005年の春POEA(フィリピン海外雇用庁)のNo.2のディムソン氏と対談した折、日本政府は政府対政府のアレンジで介護士を受け入れることを強調しているのとことだった。それはジャパユキさんの受け入れがやくざの大きな資金源になったことの反省から来ているものと推察される。介護士や看護婦など天使の職業が日本の裏社会とつながっていたとあったのでは、国際社会になんとも顔向けでいないというのは理解できるところだ。しかしながら、フィリピンの事情を知っているものにとっては、日本政府の示した条件がいかに現実離れしていて、実質的にフィリピン人介護士をシャットアウトしようとしていると受け止められてもいたしかたのないことだ。看護士組合の圧力だとか色々推察されるが、そんな流暢なことをいっていられる状況でないことは百も承知とも思うだが。 簡単な医療訓練も受ける フィリピンには数百の介護学校が日夜介護士を要請しているといわれる。そして毎年数万人の介護士が生まれているのだ。そうなるとフィリピンにおける介護士の需要は大変なものだと思われるだろうが、逆にほとんどないのだ。フィリピンでは介護が必要なお年よりは家庭で面倒をみる。人手はいくらでもある。なくても月々数千円の安い賃金で人手が雇える。フィリピン人はお年寄りや赤ちゃん、そして弱いものを深い愛情でいたわるので、フィリピンには介護施設がほとんど必要ないのだ。それではなぜフィリピンには介護学校がこんなにあるのだろうか。それは例のOFW(海外出稼ぎ労働者)の一環として、介護士の資格を引っさげてより良い条件で海外に向おうという魂胆なのだ。 介護学校のマネージャーのTeeさん ちなみにカナダでは2年間カナダで介護士の仕事をすると永住権が与えられるという。イギリスでは6ヵ月後には子供を同伴することができて、しかも子供の学費は全額免除されるそうだ。このように先進各国ではあの手この手でフィリピン人介護士を獲得しようとしている。それに対して日本の対応はいかがだろうか。やがてFTAが締結されたとしても、日本へ向う介護士は皆無ではないだろうかか。大学を出て日本語がぺらぺらだったら、何も安月給で3Kの介護士をやっていなくてもいくらでも他に就職先はある。 授業風景 こんな状況だから、日本で質の高い介護を受けるなどということは早晩ありえないということになるだろう。そうなったら、フィリピンにやってきて現地直売のサービスを受けることだ。そのためには元気なうちにフィリピンにやってきて、そのときに備えることが肝要かと思う。あるいは介護が必要なお年寄りを抱えていたら皆でフィリピンに来て、介護をフィリピン人介護士に任せて、自分たちは第2の人生を楽しむというのはいかがだろうか。  

雑記帳 世界の介護の助っ人ケアギバー(介護士)


マニラ国際空港を当地では、英雄ニノイ・アキノ(彼の暗殺はマルコス政権崩壊のきっかけとなり、その後、彼の妻が大統領となった)の名を取ってNinoy Akino International Airport (NAIA)、ナイアと呼ぶ。NAIAはマニラの南のパサイ市、マカティから5~6kmの至近距離にあるが、渋滞すると1時間程度かかってしまう。マカティからサウス・スーパーハイウエイをちょっと南に下るとNAIAの滑走路の東端と直角に交わるのだが、時たま頭上を滑空する飛行機にびっくりすることがある。昔の羽田のようにマニラの空には世界各国の飛行機が飛び交っている。 本文とは特に関連ないが翼は空の旅の象徴だ 空港は現在、ターミナル1、ターミナル2、そして国内便(ドメスティック)ターミナルが営業中だ。最新鋭のターミナル3も日本の大手建設会社によりほぼ完成しているのだが、その安全性に疑問が投げかけられており、この時点では開業の目処が立っていない。ターミナル1には日本航空をはじめ、すべての外国の航空会社の便が発着しており、最近開業したターミナル2はフィリピン航空(PAL)専用で、向かって右(南)が国内便、左(北)が国際便だ。 開業が待ち遠しいターミナル3  ターミナル1は1970年 初頭の開業で、大変老朽化しているが、いかにもフィリピンらしさをかもし出している。このターミナルの問題は、始めてきた人は絶対に出迎えの人に出会 えないということだ。入管と税関手続きを済ませて、ターミナルビルを出るとホテルリムジンの出迎え車が入ってきているので、到着客はそこで待ってしまう。しかし、出向かえる側は、特別許可をもらわない限り、そこに入ることができない。到着客は、そこからさらに道路を渡って、左右の長い坂を下っ て再び道路に出なければならない。そこで初めて出迎えの人が道路の反対側で待っているのだ。出迎えの人は、目当ての到着客を見つけると、はじめて待ち 合わせ場所に入ることが許され、道路を渡って、めでたく握手というわけだ。そこで、駐車場に案内するか、空港タクシーを頼んで街へ向かうことになる。そんなわけで、ターミナル1で出迎えてくれと頼まれるとぞっとする。 出国風景 ターミナル1、出発ロビーの入り口 […]

雑記帳 マニラ国際空港(NAIA)はフィリピンの玄関



    フィリピンーナは年の差を気にしないので、熟年独身男性にとっては、フィリピンで若い女性とめぐり合って結婚するチャンスが大いにある。二まわり、三 まわりも年の離れたカップルなども珍しくない。もちろん頭のはげた我々を愛してくれるのには、それなりの打算はあるだろう。フィリピーナにとっ て、金と愛はセットだといわれるが、愛の前提として金があるのは、いたし方のないことだろう。それでも本気で愛してくれて結婚してくれるのだからありが たいものだ。しかもフィリピンには離婚という制度はないから、生涯にたった一人の男として結婚を決意してくれるのだ。 こんなカップルも珍しくない  しかしながら、フィリピンの結婚生活は日本とは大分様相を異にするので、その辺を十分に認識しておかないと、あとで後悔すること必須だ。その違いは色々あるだろうが下記の3点に要約することができる。 フィリピーナはかかあ殿下である フィリピン人の家庭は妻中心に動いており、すべての決定権は妻にある。女の子を口説いても、すぐにお母さんに怒られるとか、お母さんの許可が必要と か、決してお父さんの名前は出てこない。家で食事を作るのは亭主、けんかして相手を張ったおすのは亭主ではなくて女房だ。だから、人前で女房を怒鳴ったりした ら、とんでもないことになる。 すべての財産は夫婦共有となる 婚姻後取得した財産はすべて夫婦共有名義となる。たとえ金は旦那が出しても関係ない。取得した財産が婚姻前だとしても、それを証明することは容 易でないので、すべての財産は共有と思ったほうがよい。離婚に至った場合は、どっちに原因があろうが、半分は確実に持っていかれるということだ。だからフィリピンでの生活に必要のない財産は日本において置くことだ。 3. 妻の親族の面倒を見ることは必須である […]

豆辞典 フィリピン人と結婚する


こ とマニラないしマニラ近郊に住んでいる限り、日本食材の入手には事欠かない。マカティを中心に多くの日本食材店がある。また、醤油などの基本的食材 は普通のスーパーで日本食材店よりも安く売っている。野菜等の生鮮食品を輸入しておいているところもある。特に山芋、レンコン、等、当地では手に入 りにくい野菜を置いている。米はフィリピン、中国、アメリカ等でとれた日本米を普通のフィリピン米の2~3倍の値段で売っている。しかし味は今一のようで、高級なフィリピン米のほうがおいしいという人もいる。 味噌、醤油などの調味料、納豆、豆腐、乾燥わかめ、カップヌードル、お茶、等々の定番食材はどこでもおいてある。ウーロン茶や缶コーヒーまであるが、値段は運搬費の分だけ高めで、ざっと計算して、日本の円での値段をペソに置き換えたくらいかなといった感じだ。すなわち、2倍程度するという勘 定だ。 日本食材店の老舗「はっちん」はセイクレッドハート教会の近くにある    あるとき、フィリピン人が和食レストランで食べたコーヒーゼリーがおいしかったというので、日本でグリコ・コーヒーゼリーの素を買ってきてあげると約束した。若いときに良く作って食べた経験があるので、今でもスーパーに行けばあると思い込んでいた。ところが日本のスーパーでいくら探してもない。思えばその若いころから40年近く経過しているのだから、そんなクラッシックな食品がいまどきあろうはずもない。ところが、数年後、フィリピンの日本食材店“はっちん”でそれを見つけたのだ。早速、大量に買い込んでかのフィリピン人にプレゼントしたのは言うまでもない。 「はっちん」に豊富に並ぶ日本野菜と飲み物   私の農場(タバコ市)に泊まりに来られた退職者が、いつも朝はプレイン・ヨーグルトに新鮮な果物を刻んでいれて食べているので、朝食は是非それを出してほしいと依頼さ れた。それで私のアシスタントとメイドにプレイン・ヨーグルトを買ってくるように言いつけたのだが、どうしても見つからないというのだ。隣町のレガ スピ市に行ってもない。それ以来、プレイン・ヨーグルトが気になって、マニラでもスーパーに行くたびにプレイン・ヨーグルトを探すようになった。そ うすると、実にそれがないのだ。日本のスーパーに行けば色々な種類のプレイン・ヨーグルトを150円 […]

豆辞典 日本食材の入手方法



  フィリピンは、日本ではあまり知られていないカジノ天国だ。マニラ下町、エルミタ等の高級ホテルにはカジノが併設され、たくさんの人でにぎわっている。マニラにはかつて4箇所だった本格的カジノがに加えて3箇所のカジノがオープンされ、スロットマシンなどの簡易なカジノはネットワールドホテル、パンパシフィックホテル等にもある。またセブ、ダバオなど、主要な地方都市にも立派なカジノがある。 フィリピンのカジノはPAGCOR(Philippine Amusement and Gaming Corporation)という100%政府に所有された会社(公社)が独占的に運営している。いわゆる公営ギャンブルで、民間の会社が行うには免許を必要とする。PAGCORのトップはEfraim C. Genuinoといい、その資金力をバックに、アロヨ大統領のバックボーンとして大統領府に貢献し政界に大きな影響力を持っているそうだ。 マニラのカジノ 最近マニラにオープンしたカジノはラスベガス、マカオにも劣らない大型で豪勢なものが多く、一兆円の拒否を投じてモールオブエイシアの南の一帯に Entertaiment Cityと銘うってカジノ・リゾートを建設しマカオに次ぐカジノ天国を創設しようとしている。マニラ空港からはスカイウエイが建設中で、空港からのアクセス も抜群となる(2016年追記)。 リゾートワールド(ニューポートシティ、パサイ市) […]

豆辞典 カジノへの誘い


  フィリピンではインターネットの利用はメールのやりとりやウエブサーフィンに限定されいるが、インターネットカフェは街のあちらこちらにあり、若者がゲームに熱中している(最近はFace Book全盛のようで、若者は例外なくFace Bookに夢中だ。2016年追記)。1時間30ペソ程度と安いので、ゲームセンター的役割を果たしているようだ。しかしながられっきとしたインターネットカフェだから、何らかの事情でインターネットを使えないときは、これらインターネットカフェを利用して用を足すことができる。 フィ リピンのインターネットカフェでは日本語でホームページを見ることができるところは限られている。しかしながら、無料ソフトの日本語パックをダウンロー ドしてインストールすると日本語が読めるようになる。しかし、日本語を書き込むことはできないので、英語かローマ字でメールを書かなければならない。添付書類で日本語のファイルを送ることはできるが、ファイル名は英語としなければならない。また、自分のノートパソコンをつないで使うと日本で メールを打つことができる。無料のYahooメールアドレスを持っていると、インターネットにアクセスすることができる限り、世界中どこでもメールが使えて大変便利だ。  タバコ市のネットカフェの内部 インターネットカフェはフィリピンの市と名のついている限りどこにでも複数の店がある。資本が小さくて簡単にビジネスがはじめられるとあって、開業ブームに沸いたためだ。ちなみに私の農場があるがタバコ市でも5軒以上のインターネットカフェが開いている。 下町のエルミタにもネットカフェがある インターネットのプロバイダーはPLDT、Smart、バヤンテル、イースタンテレコム、グローブなどがADSL高速回線のサービスを提供している。家庭では月々1000ペソ程度、事務所でも8000ペソ程度の契約額で十分なスピードのサービスを受けることができる。マニラ市内では、ほとんどどこでも回線を引っ張ることができますが、地方では限られた地域しか引くことはできないので、事前に調べておいたほうが良いと思う。 ケソン市のアラネタモールのネットカフェ 少々遅いことを我慢すれば電話回線でインターネットが利用できる。Goという100ペソのプリペードカードを買ってきて(25時間利用可能)、パソコンを電話回線につないであとはカードの記述にしたがって手続きするだけだ。ただしパソコンにモデムカードが必要なので確認して置いてください。 従来、フィリピン電話回線を引くには申し込んでから数年待ちが普通でしたが、10年ほど前に通信の自由化が行われた結果の劇的な改善が図られ、数日で回線を取得できるようになりました。しかし、街から離れた田舎では電話線そのものがきておらず電話を引けないとことがあるので注意する必要がある。 […]

豆辞典 フィリピンのインターネットカフェ